バースデーパンケーキ
※全面的に捏造
※リアタイのドSホイホイトリップ系海兵さんネタ
※若黄猿さん夢だけどカク誕話
「というわけで、今日はケーキを作ろうと思います」
「……ン〜? どういうわけだってェ?」
戦艦のとある一室で、ぐっと拳を握りしめて宣言をしたら、目の前の上司が軽く首を傾げた。
上背があるせいでそのままこちらをジトリと見下ろすその目つきが、どこからどう見ても正義の味方じゃなくて町中のごろつきにしか見えない。
しかしそこを指摘しても直さないことは分かっているので、俺はあえて気付かないふりをしてから手帳を開いて差し出した。
「ほら、だって今日は八月七日じゃないですか」
「そうだねェ〜……」
俺の言葉に、我が上司がこくりと頷く。
俺の手元にある手帳の上にはいくつかの遠征や訓練の予定が書きこまれていて、今日という日付の横には赤い小さな花丸が記されている。俺が先月書き込んだものだ。
「何かの記念日だったかァい?」
手帳を見やってそんなとぼけたことを言う上司に、何を言ってるんですか、と俺は口を動かした。
「今日はカクの誕生日ですよ」
カクとはつまり、ぱっちりとした可愛らしい目に似合わずニコニコと笑って毒を吐く、未来のCP9であるかの長鼻の少年のことである。
本来ならば俺が出会う筈もなかったその存在のことをどうして俺が知っているのかと言えば、俺がここでは無い世界からやってきた人間で、そしてどうしてか俺の目の前にいる我が上司が懇意にしている少年だったからだ。
まさか遠征先がCP9達が『故郷』と呼んでいた島だったとは知らなかったし、上司が小さな子供から強烈な攻撃を受けた上、笑って相手を光の速さで蹴り飛ばすところなんて見たくなかった。
正直言って驚いたし、ぽんぽんと弾んで転がっていた子供を慌てて抱え上げて上司に抗議したあの時の俺は、成り行きで入ったわりには海兵らしい動きだったと思う。
俺が助けた子供はいずれCP9となる少年で、その恐るべき身体能力ですぐに回復したけれども、あの時の俺は正義だった。これは間違いない。
だが、どうやらその成り行きで俺のことを気に入ったらしい子供が、出合い頭に似たようなことを俺にしてくるようになったのだけは誤算だった。
『ナマエは弱いんだから、手加減しなさいよォ〜』
『わかっとる! それにしても、ナマエはほんっとうによわいのう!』
そんな会話を交わす前に止めてほしいと思ったが、我が上司が俺の言葉を聞き入れてくれるはずも無い。
結果としてこの島に来るたび生傷をこさえるものの、おかげさまで危険を察知する能力だけは上がったと思っている。俺よりずいぶんと年下だが、多分カクが本気を出せば俺は殺されると思うので、ある程度の手加減もしてもらえているんだろう。
昨日だって久しぶりにこの島を訪れて、相変わらずの洗礼を二人で揃って受けたところだった。
昨日作ったかすり傷を手の甲に晒したまま、言葉を発した俺を見やって、少しばかり我が上司殿が怪訝そうな顔をする。
「……誕生日ィ〜?」
意味の分からない言葉を聞いた、とばかりのその顔に、え、と思わず声を漏らす。
「誕生日っていうのは、つまり、生まれてきたことを祝う日、ですが……」
まさかこの世界にはその概念が無かっただろうか、と思わず恐る恐る言葉を零すと、そのくらいは知ってるよとため息を零した上司が、俺の手から手帳を奪い取った。
追いかけたものの、高い場所に置かれると俺の手では届かない。何度も呪ったが、やっぱり我が上司はもう少し縮んだほうがいいと思う。
開きっぱなしの手帳の中を眺めて、まだ怪訝そうな顔をしたままで目の前の相手が口を動かす。
「生まれて来た日なんか祝って、どうするってェ〜?」
「え?」
落ちて来たその言葉に、俺はぱちりと瞬きをした。
「あの……普通は祝いますよね?」
どうするって、祝うことに何か意味なんてあるだろうか。
めでたいことだから祝う。その間に理由なんて存在するだろうかと、少しだけ考えてみる。
俺だって、無差別に毎日誰かの誕生日を祝っているわけじゃない。もしそんなことをすれば毎日甘ったるいにおいをさせてケーキを作り続けているに違いないし、そんなことをすればまず最初に金が尽きる。
けれどもカクは、俺にとっては親しいに分類される相手だった。
毎度の出会いがしらの攻撃は酷いが、この島にいる間、よく近くに寄ってきてはあれこれと話しかけてきて、俺のどうでもいい話に楽しそうな顔をするのだ。
ナマエ、と俺を呼ぶその声ににじんだ幼さに『元の世界』にいるだろう弟を思い出して、ついつい俺も構ってしまう。
訓練生として体を鍛える最中、子供らしいことはあまりしていないらしいカクの手は俺のそれよりずいぶんと傷だらけで堅くて、それでもやっぱり小さな子供の手だった。
それがせめて自分と同じくらい大きくなるまでの間は、無事に育っていることを祝うのだって大人である俺の役目じゃないだろうか。
本当なら親がやるべきことなのだろうが、この島にはカクの親はいないらしい。
他の子供はどうなのか分からないが、カク以外にこの戦艦が迎えられている港へ近付いてくる子供はいないようだった。
「『普通』ねェ〜……」
声を漏らしながら、我が上司がぱらりと手帳をめくる。
それは俺の手帳であって目の前の彼の物では無い筈だが、どうやら彼には関係の無い話らしい。別に大したことは書いていないが、俺のプライバシーは一体どこに行ってしまったんだろう。
一番終りまでぱらぱらとめくり終えてから、上司がこちらへぽいと投げて来た手帳を両手で受け止める。
「特別の間違いじゃァないかァい?」
他の子供らのも祝ってやるつもりかと尋ねられて、さすがにそんな聖人みたいなことはできませんと言葉を投げた。
まず持ってきた小麦粉が足りない。そして、俺が焼けるケーキなんてパンケーキを重ねたケーキモドキしかないのだから、それを見知らぬ誰かに振舞うなんて恐ろしいことが出来るはずもない。
「別にカクが特別ってことじゃあないですけど」
そう言葉を続けると、ふうん? と声を漏らした我が上司が、またも軽く首を傾げる。
だから、その状態で見下ろされると怖い人を目の前にしている気分になるので止めてほしい。
そうは思うものの言葉に出来ないまま、それじゃあそういうことで、と言いながらポケットに手帳をしまい込んだ。
「今日は俺の休息日ですし、昼頃からは厨房にいますので、何かあればそちらに」
「別にいいけどォ、そう都合よく来るかねェ〜?」
いつもは毎日通ってはこないでしょォと笑った上司に、それなら大丈夫です、と手帳と入れ替わりに取り出した物を差し出して見せた。
くうくうと眠っている可愛らしい子電伝虫が、俺の掌の上に鎮座している。
「お互いに番号を交換してあるので」
電波の弱い子電伝虫では遠距離の連絡を取ることは出来ないが、この島の中でならそれなりにうまくいく。
そう言いながら『にひきつかまえたんじゃ』と笑ったカクがくれた一匹に慣れるのにはとても時間が掛かったが、おかげで俺もついに生きた携帯電話の持ち主となったのだ。最近やっと、食事する姿もちょっと可愛く見えてきた。
俺の手の上を見下ろした我が上司殿が、ぱち、と一つ瞬きをした。
「…………電伝虫、持ちたくないって言ってなかったっけェ〜?」
「そうなんですけど、カクに貰ったんです」
生き物が電話になると言うこの世界の恐るべき常識に慣れるのには、かなりの時間がかかった。
だってまず、このカタツムリがどういう構造なのか気になって仕方ない。それに、普通に販売しているものはそれなりの値段がするのだ。
時々目の前の誰かさんが『買ってあげようかァ?』なんて冗談を言っていたが、そんな買い物を上司にさせるわけがない。
だから拒否していたのだが、野生のカタツムリを掴まえただけならば話は別だろう。
使うのだって基本的にカクとくらいですし、と上司に見せたそれをポケットにしまうと、へえ、と目の前で声が落ちた。
どことなく不穏に聞こえるそれに、あれ、とそちらへ視線を向ける。
こちらを見下ろしている我が上司殿の表情は、いつもと変わらない、相手を小馬鹿にしたような笑顔だ。
しかし、この人に海で拾われてから長らく、無理やり入れられたこの海軍でずっと部下をやっている俺の第六感が、目の前の彼の機嫌が良くないことを伝えている。
「…………あの?」
どういうことだと思わず声を漏らした俺の前で、まァいいけどォ、と呟いて、我が上司殿は両手をポケットに仕舞ってしまった。
「それじゃあ、わっしは演習に行ってくるからねェ〜」
「あ、はい。お気をつけて」
そうして言葉を放ち、横をすり抜けて行く相手にそう言葉を掛ける。
はいはいと返事を寄越して、船外へ続く通路を歩いていく背中は、やはりちょっと不機嫌だ。
この状態のこの人が教官を務める演習を想像してみて、今日が休息日でない同僚たちに胸の内側で両手を合わせながら、あの、と後ろから声を掛けた。
呼びかけられたと気付いて足を止めた彼が、ちらりとこちらに視線を向けてくる。
何だと尋ねてくるその顔を見返して、俺は言葉を続けることにした。
「一応呼んでおくんですが、もしカクがそっちに行ってたら、一緒に連れて来てくださいね」
さすがに部外者を戦艦に乗せるわけには行かないので作り次第船を降りるつもりだが、まさか休息日にパンケーキを抱えて演習場に行くわけにもいかない。どう考えても喧嘩を売っているし、下手をすれば巻き込まれて休息日が無くなってしまう。それは嫌だ。
だからそう頼むと、何故かこちらを見ている上司殿が不思議そうな顔になった。
ぱち、とその目が瞬きをして、何だってェ? とその口が言葉を紡ぐ。
そんなに離れていないのだから聞こえていない筈がないのに、そんなとぼけた問いかけをしてくる相手に戸惑いつつ、俺は言葉を繰り返した。
「もしカクがそっちに行ってたら、一緒に連れて来てくださいね」
場所はいつものところですから、と時々カクも交えて休んでいる港近くの森の中を示して言うと、俺を見ている上司殿が、その眉間に軽く皺を寄せた。
その手が軽く頭を掻いて、つまり、とその口が言葉を零す。
「わっしもおいでってェ?」
「え? 来ないんですか?」
放たれた言葉に、俺の中の戸惑いはますます大きくなってしまった。
三人で食べることを前提に材料を持ってきたのに、もしも来てくれないなら誰かに分けるしかないだろうか。
しかし俺の知っている同僚たちはあまり甘いものが得意じゃないし、と少しだけ眉を寄せた俺の前で、行くけどォ、と我が上司殿が言葉を零す。
その顔にいつもの笑みが浮かび直して、ポケットから出て来た片手がひらりと振られた。
「それじゃあ、気合い入れて作りなよォ〜」
「はい! 焦がさないよう気を付けます」
「オォ〜……志が低いねェ〜」
俺の心からの発言に笑って、そんな風に言った上司がこちらへ背中を向け直した。
そのまま改めて歩き出す様子を見送って、その背中が見えなくなってから、ふと気付いてあれ、と瞬きをする。
「…………機嫌が良くなってる」
拾われてから数年たつけど、相変わらず、未来の大将黄猿は訳の分からない人だった。
end
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