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愛と言うらしい
※主人公は海兵さん(多分転生トリップ)でスモーカーの恋人



 スモーカーはいらだっていた。

「…………」

 海賊を検分するときのような険しい視線が、その正面で寝たふりを決め込む電伝虫へと突き刺さる。
 夕暮れ時の海軍支部、本来ならもう帰るべきといった時間帯で、スモーカーが押し付けてひしゃげた葉巻がすでに数本、灰皿の上に転がっていた。
 嗅ぎ慣れた煙に満ちた部屋で、やがてスモーカーの口から煙交じりのため息が漏れる。

「……馬鹿か」

 低いその声音には、わずかな自嘲が含まれていた。
 たかだか一か月、目的の相手から電伝虫が鳴らなかったからといってなんだと言うのか。
 その間に何か少々変わったことがあったとすれば、二日前にスモーカーの誕生日というべき日付が通り過ぎた程度のことだ。
 たしぎや他の部下たちが騒いでいたのを、スモーカーは『勝手にしろ』と流していた。
 ただ妙な引っ掛かりを感じて、『誕生日』が終わるときに気付いたのが、毎年贈られていた『言葉』をある人物から贈られなかったという、ただそれだけのことである。
 相手は勝手にスモーカーの『恋人』となった男で、半年ほど前に、南の海へと配置換えされていった海兵だった。
 毎年毎年、飽きもせずに寄越されていた『おめでとう』の言葉を聞けなかったのは恐らく、電伝虫を『カタツムリ』と呼んで嫌厭していたからだろう。
 書くからと言われた手紙だって、まだ二回程度しか来ていない。
 だがしかし、本当にただ、それだけのことだ。
 スモーカーは男だ。
 いちいち誕生日を祝ってほしいと思うような幼い年齢でもなく、第一ナマエが『恋人』になったのだって、勝手にあの同僚が『そう』なったからだった。

『だってお前、俺のこと好きだろ』

 勝手にそう決めつけて、『だァいすき』なんてふざけた声音で告げてきたそれすらもはや遠く、それがスモーカーのいら立ちに拍車をかける。
 別に、『恋人』とやらをそばに縛り付けたいだなんて思わない。
 そんな女々しいことを考える暇など、スモーカーにはないのだ。

『ス、スモーカーさん、最近機嫌が悪いですよね』

 やっぱりナマエさんがいないからでしょうか、なんていう本人たちは聞こえていないつもりだったらしい会話を思い出し、スモーカーの口からは舌打ちが漏れた。
 それにつられたように脳裏に浮かんだ男の顔に眉間のしわを深めて、スモーカーはがたりと椅子から立ち上がる。
 脱いでいたパーカーを着込み直し、短くなった葉巻を灰皿の上へと放って新しいものを銜えた。
 火を付けて、銜えた葉巻の先から零れた煙で尾を引きながら、スモーカーの足が部屋の中から廊下を目指す。
 扉を開いて出た先は、わずかに静まった支部の通路だった。
 ちらりと見やった先にいた部下の一人が、スモーカーへと素早く敬礼する。
 それを見返し、頷いて足を動かしたスモーカーは、それからそのまま支部を出るために移動した。
 歩いて通り過ぎていくいくつかの窓の外は、すでに夕闇に飲まれかけている。
 本来ならまっすぐに家へと帰宅するところだが、支部を出たところでスモーカーの足が向いたのは、自宅とは別の方向だった。







 酒が入っても気分が上がらないなど、相当だ。
 うんざりした気持ちで酔いのまわった足を動かしたスモーカーは、すでに深夜の時間帯となった島の中を、自宅へ向けて歩いていた。
 適当に選んで入った店には数人の部下がいて、その全員を沈めてから帰宅したのだが、やはり気分はよくならない。
 どうしてなのかと考えればやはり脳裏に一人の男の顔が浮かび、いら立ちがもくりとスモーカーの体から煙を立ち昇らせた。
 夕闇に溶けようとするそれに気付いて気を引き締め直したスモーカーが、そこでようやく自宅へとたどり着く。

「…………?」

 そうして、扉前にあった黒い影に、その顔に怪訝そうな表情が宿った。

「…………あ、スモーカー」

 スモーカーがあらわれたことに気付いたのか、もぞりと身じろいだ黒い塊の方から、そんな風に声がする。
 街灯の明るさすら届かない暗がりで、声の主が誰なのかに気付いたスモーカーの目が、わずかに見開かれる。
 スモーカーの表情の変化に気付かないのか、さらに身じろいで明るい場所へと出てきた相手は、やはりスモーカーの予想通りの男だった。

「あれ、酒飲んでるのか?」

 何かいいことでもあったのかと尋ねて笑うその顔は、スモーカーの記憶の中とそれほど変わらない。
 そのことにとんでもなく苛立って、気付けばスモーカーは握った拳を目の前の相手へとふるっていた。

「うわ!」

 驚いたように身を引いた男が、ぎりぎりのところでスモーカーの拳を避ける。
 それに唸って蹴りを放つとそれも防がれ、わずかにバランスを崩したスモーカーの体はゆらりと傾いた。
 酒の入った体ではこらえきれず、そのまま傾いでいったスモーカーの体が、正面から抱き留められる。

「スモーカー? どうしたんだ?」

 慌てたように声を漏らし、なんで荒れてるんだと漏れた声に、スモーカーは舌打ちをした。

「……うるせェぞ、馬鹿ナマエ」

 そうして放ったスモーカーの拳は間違いなく彼を支えている男の脇腹へと打ち込まれたが、何とも残念なことに、酒のせいであまり力は入らなかったらしい。







「サプライズしたかったんだ」

 ひとまず家へ入れてやったナマエの供述は、そんな言葉から始まった。
 いわく、スモーカーには直接『おめでとう』を言いたかっただとか。
 そのために配属されたばかりの職場で海を渡るための長期の休みを申請して、ほかの日の仕事の密度が上がってしまっただとか。
 島を出たところで数回海賊に遭遇しただとか。
 素面で聞かされても鼻で笑いたくなるような言い訳が並んでいるが、真面目な顔をしたナマエのその言葉のどこからが真実でどこからが嘘なのかは、酒の入ったスモーカーには判別がつかない。

「遅れちゃったけど、誕生日おめでとう」

 ただ、プレゼントなんだと言いながら取り出された小箱は外装にわずかなへこみができていたので、少なくとも述べた言葉のいくらかは真実なのだろう。
 ナマエの差し出したそれを受け取り、検分しながらそう判断したスモーカーは、開いた中身を見てわずかにその目を眇めた。
 ほんの数本だけ入っている葉巻は、スモーカーの見たことのない銘柄だった。
 片手で一本を取り出したスモーカーを見やり、南で買ったんだと告げたナマエは、スモーカーへ微笑みを向けている。
 贈り物などさっさと郵送すればいいだけで、言葉だって電伝虫なり手紙なりを使えばいいだけのことだ。
 だというのに拘り、わざわざそれを運んで東の海までやってきた男へ視線を戻し、馬鹿じゃねェのか、とスモーカーは口を動かした。

「いちいち休みまで取りやがって」

「だって、恋人の誕生日じゃないか」

 そりゃあ俺だって休むよ、なんて言いながら、ナマエがそっと立ち上がろうとする。
 それに気付き、スモーカーが足で改めてその膝を踏みつけると、ナマエはおとなしくもう一度床に座り直した。
 スモーカーの自宅のリビングで、先ほどからすでに三回繰り返したやり取りだ。
 まだ怒ってるのかと声を零して、ナマエは少しだけ困った顔をした。

「本当に悪かった、そんなにすねないでくれよ、スモーカー」

「……そんなガキくせェことをするわけがあるか」

 相変わらず甘ったるくスモーカーの名前を呼ぶ男を見下ろして、スモーカーが低く唸る。
 間違いなく今のスモーカーは恐ろしい顔をしている。
 いら立ちを向けるべき相手が目の前にいるのだから当然だ。部下だったらそっと目を逸らすだろうし、海賊だったらおののくかもしれない。
 しかしナマエはそれを見上げても微笑んでいるだけで、まるで引く様子がなかった。
 それがやはり気に入らないが、それもまたナマエなのだと、スモーカーは知っている。
 しばらくその顔を睨み付けてから、やがてため息を零したスモーカーは、その手につまんでいた葉巻を元通り箱へと押し込んだ。
 それからそれをすぐ傍らのテーブルのほうへと放って、ナマエの膝を踏んでいた足を退ける。

「もういい、残りは後でだ」

 見やった時計はもはや日付変更を過ぎていて、酒の入ったまま起きていては仕事に支障をきたしてしまいそうだった。
 認めたくはないが、いら立ちを押し流すために深酒をして翌日の仕事ができないなんて言う馬鹿な事を、スモーカーが許容できるはずもない。
 スモーカーの言葉に分かったと答えて、床からそろりと立ち上がったナマエが言葉を紡いだ。

「スモーカーは、明日は早いのか?」

「ああ、どこかの誰かと違ってな」

「うーん、まあ俺もあと二日くらいで帰らなきゃなんだけど」

 それじゃあ朝飯は俺に任せていいぞなんて偉そうなことを言った相手に、スモーカーはじろりとそちらを睨み付ける。
 しかしそれでも何も言わず、しばらくその顔を眺めてからふいと目を逸らすと、それを見たナマエがスモーカーへと近寄った。
 その手が軽くスモーカーを押しやるのは、スモーカーの寝室だ。
 随分昔に何度か泊まりに来たことのある男は、スモーカーの自宅の間取りをちゃんと覚えていたらしい。
 促されるままに足を進めて寝室へ向かえば、扉の前で先に足を止めたナマエが、スモーカーを室内へと押しやる。

「おやすみ、スモーカー」

 そう囁く声が優しく響いて、背中に触れたナマエの手が、するりと離れた。
 それに気付いたスモーカーが、寝室へ入ったところで後ろを見やる。
 扉を閉ざそうとしているナマエに気付いた時には、その腕から煙がこぼれて、実態など無いはずの白煙がそのまま扉をおさえつけた。

「…………スモーカー?」

 少しばかり戸惑った顔をして、どうしたんだ、とナマエが呟く。
 不思議そうなその顔にさらなるいら立ちを抱えて、スモーカーは好きなように能力を使った。
 海賊を絡めてとらえるスモーカーの煙が、寝室の前に立っていた男の体を捕まえる。
 慌てて身じろいでも逃げることなと当然叶わず、そのままスモーカーが寝室の奥へと移動すれば、ナマエも引きずられてついてきた。
 ついでに煙をひっかけてしまえば、寝室にぱたんと音を響かせて扉が閉じる。

「なあ、おいって」

 寝るんじゃなかったのかと尋ねてくる相手を気にせず、捕まえた相手をベッドへ放ったスモーカーは、それからパーカーだけを脱いでさっさとベッドの上へと転がった。
 すでに先客のいたベッドの上でもぞりと身じろぎ、狭いと隣に文句を言う。
 それから寝返りを打つと、ナマエは随分と困った顔をしていた。
 部屋は薄暗いはずなのに、少しその顔が赤らんでいるように見える。
 スモーカーの煙にとらわれて身動きの一つも取れない男を見つめていると、あのな、とナマエが声を漏らした。

「なんで俺まで」

 落ちた問いに、そういえば、とスモーカーは思い出す。
 ナマエは数回泊まりに来たが、その時は大抵そろってリビングで雑魚寝状態だった。
 ベッドで『友人』と寄り添って寝るだなんていううすら寒いことをする気は、スモーカーにはなかったからだ。
 だがしかし、今は別に気にすることでもない。

「『恋人』なら、別に構わねえだろうが」

 明かりすら満足につけていない寝室でそう呟くと、傍らでナマエが息を飲んだ。
 呼吸すら忘れた様子の相手を放っておいて、スモーカーが目を閉じる。

「ちょ……ちょっと、おい、待ってくれスモーカー、せめてこれ」

 十秒ほど後、囚われた男がもぞもぞと身じろぎながら慌てた様子で何かを言っていたが、スモーカーに拘束をほどいてやるつもりは毛頭なかった。


 あくる朝、疲れた様子の男が『ひどい罰ゲームを食らった気分だ』と唸ったので、どうやらスモーカーの懲罰はきちんと相手に響いたようである。


end


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