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暴挙は誰が為に
※主人公は無知識男児
※微妙に能力持ち?



 いつかは、と考えていることが、一つある。

「ぜんたーい、ぴっぴー」

 高い声でふざけたような号令をかけるのが聞こえて、くまの足は中庭のほうへと向いた。
 呼び出されることの多い海軍本部で、今日は珍しく『検査』や『実験』ではなく『会議』の名目だった。
 しかし気まぐれな王下七武海のうち、日程に余裕をもって海軍本部へ現れたのは、どうやらくまだけのようだ。
 それならそれでいつもの通り、持ち込んだ本でも読みながら待つところだが、くまは会議室以外の場所を選ぶことにした。
 のそりと気配も殺さず中庭へ踏み込んだくまに、小さないくつかの影がぴょんと跳ねる。
 自分の目の前で驚いたような動きをしたそれらに首を傾げてから、そうして振り向いた小さな子供が、くまを見てその顔を輝かせた。

「くまにーちゃんだ」

 嬉しそうに声を弾ませて、ぶんぶんと短くて幼い手が振られる。
 それらを見ながら呼ばれるようにくまが足を進めると、子供の周りを取り囲むようにしていた小さな生き物達が、慌てたように子供の小さな体の影に隠れた。
 ひよこやとかげ、仔猫というような小動物たちの行動に、不思議そうにしながら子供が視線を向ける。

「くまにーちゃんはやさしいから、大丈夫だよ」

 そしてそんな風に語り掛ける子供に、くまは何とも言えない気持ちになった。
 王下七武海にまでなった『暴君』をそんな風に形容する者は、海広しと言えどそうはいない。
 くまの正体を知る『仲間達』にすら、優しいなどと言われた覚えはなかった。
 そして当然、海軍に保護された漂流者だという話の、ナマエと言う名の幼い子供は、くまのことをそれほど深くも知らないのだ。
 しかし、くまの大きさに怯えるようにしていた小動物たちは、よしよしと頭を撫でる子供の掌とその言葉に、うかがうような視線をくまへ向けた。
 子供のそばまで来て足を止めたくまに、座ってくれと子供が乞う。
 王下七武海に地べたに座れと言ってくる相手を見下ろしてから、くまはひとまずそのまま下へと座り込んだ。
 どことなく慎重になってしまったのは、前に同じようにしたとき、勢いよく座り込んだくまに驚いた仔猫が真上に飛び跳ねたからだ。
 柄が違うのであの時の仔猫ではないらしいもう一匹まで驚かせるのは、くまの本意ではない。
 くまの動きを見やり、ほらね、と声を掛けながらもう一度一匹ずつ動物たちの頭を撫でた子供が、それからひょいと立ち上がった。

「おひざすわっていい?」

「……好きにしたらどうだ」

 寄越された言葉にくまが言うと、じゃあ好きにする、なんて言って笑った子供が自分の服についた汚れを払ってから、くまの膝へと腰を下ろす。
 小さくて幼い体は軽く、膝に乗られたところでまるで重みを感じない。
 ナマエがくまに座ったのを見て、おずおずと言った風に近づいてきた最初の一匹はふわふわの羽毛を持つひよこだった。
 ぴいぴいと鳴き声をこぼしながらナマエの足元まで近寄って行ってしまうと、くまの視界からはまるでその姿が見えなくなる。
 ナマエが少しだけ身を屈めてからひよこを抱え上げると、今度は仔猫がナマエの膝へと飛び乗った。
 そしてそのまま子供の体を経由して、くまのほうへと移動する。
 興味津々と言った風にあちこちを嗅いで回り、さらにはくまの肩口まで勢いつけてよじのぼり、行き過ぎてぽろりと落ちた。
 みぎゃ、と悲鳴を上げた仔猫に、驚いたようにナマエがそちらを見やる。
 仔猫の名前を呼ぶとまた子猫はナマエのほうへとよじ登ってきたが、思い切りうったらしい前足をぺろぺろと舐めながら、どうしてか非難がましい視線をくまへと向けた。
 仔猫の様子にため息をついたくまが、本を持っていない右手を動かし、子供の傍らから回り込むようにして仔猫のほうへと手を伸ばす。
 気付いた仔猫が尻尾を膨らませたが、それに気付いた子供が子猫を両手で捕まえて持ち上げるほうが早く、身動きの取れなくなった仔猫の体にくまの体が近寄った。
 とん、とほとんど触れることなく動かした掌の肉球が、仔猫の体から小さな何かを弾き飛ばす。
 宙に浮いた肉球型の半透明な物体に、ナマエが目を丸くしながら子猫を片手に抱き直し、手を伸ばした。
 けれども小さなその手が触れる前に、くまのもう片方の手がそれをつかんで消してしまう。

「……猫のくせをして、着地に失敗したのか」

 それから眉を動かさずに声を漏らしたくまに、ナマエが軽く笑った。

「だってまだ子供だもん。なー?」

 声をかけて見やった先で、仔猫は膨らませていた尻尾を縮め、目を丸くしている。
 戸惑ったような不思議そうな子猫をナマエがそっと手放すと、また子猫はふんふんと興味深げにくまの体を嗅いで回った。
 爪すら立てて、今度は慎重によじ登る子猫を好きにさせつつ、くまの片手が本を開く。
 ようやく近寄ってきたらしいとかげを足からよじ登らせ、ひよこと一緒に膝へ置きながら、子供はくまをちらりと見上げた。

「くまにーちゃん、俺もさわっていい?」

 問いかけながら、ナマエが手を伸ばしているのは、くまが先ほどナマエのほうへ近づけた右手だ。
 悪魔の実を食べてから掌へ現れた『肉球』に、子供が瞳を輝かせている。

「……好きにしろ」

 膝を許した時と似た言葉を放ったくまに、やったあ、と声を漏らしたナマエの手がくまの右手を捕まえる。
 どんなものでも弾き飛ばす肉球をつついて喜ぶ子供に、くまはわずかにその目を細めた。
 くまがこの小さな子供と海軍本部で出会ったのは、偶然だった。

『おにーちゃん、でっかいねえ』

 たいしょーたちみたいだ、と言って目を丸くして驚いた子供は、まるで普通の少年だった。
 海軍にいるには不似合いな人間に、興味を持ったくまが話しかけるうち、構ってくれる人間に飢えていたらしいナマエはあっさりとくまになついた。
 どうも動物が好きらしい子供は特に、くまの肉球がお気に入りだ。
 自己申告によれば海を漂っていたところを海軍に遭遇して助けてもらったのだというナマエが、どうしていつまでも『海軍』に保護されているのか分からず、独自に調べた情報で子供が『異世界』の人間なのだということは理解した。
 そして観察していて気付いたが、『異世界』の人間としては普通なのか、それともナマエが特別なのか、この子供には動物にある程度言うことを聞かせることができる能力がある。
 まだそれは幼い生き物だけのようだが、前の時は一匹だった対象が三匹になっている様子は、あまり好ましいものだとはくまには思えない。
 その能力が伸びればきっと、子供はもっと大きな動物にでも言うことを聞かせられるようになるだろう。
 大きな生き物を数多く統率できるとすれば、それは立派な戦力だ。
 海軍はそれを把握しているのかどうか、もしそうだとしたらまさかこんな子供を軍事利用するつもりなのかどうか。
 くまだけが気付いているなら藪蛇になるだろう疑問はなかなか解消できず、くまはただ子供の様子が変わらないかを時折確かめに来ていた。
 もしもその様子が変わってしまったら、またはくまがもはや身動きの取れない状況になりそうならば、くまはこの子供を、くまが知る限り一番『海軍』という危険な場所からは遠ざかった場所へと弾き飛ばさなくてはならない。
 突然吹き飛んできた子供には驚くだろうが、きっとくまの知る『仲間達』なら、くまの思惑を調べながら子供を保護してくれるだろう。
 これが『革命軍』として海軍の戦力を削ぎたいという考えなのか、それともらしくなく『正義の味方』のようなことを考えているのか、くま自身にも判断はつかないままだ。

「くまにーちゃん、今日もぷにぷにだ。きもちー」

「そうか」

 興味を持ったらしいひよこと一緒につんつんと人様の肉球をつついて喜ぶ子供を膝に乗せて、くまは適当な相槌を打つ。
 改めて本へ視線を落とし、放っておいたくまの膝の上で、今日も子供は動物をかわいがりながら、たわいもない毎日の話をしていた。



end


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