ぼくの好み
※主人公は無知識トリップ系麦わらクルーでオープンゲイ(寄りのバイ?)
チョッパーにとって、ナマエと言う人間は今ひとつよくわからない『仲間』だった。
チョッパーより先に麦わらの一味となった男で、その生まれは『随分と遠く』らしい。
昔から器用なのか、いろんなものを少しずつかじっているようで、チョッパーの知る限り大体の物事の技術をある程度持っている。
『大体のことはそれなりにできるけどこれと言って特技はない、こういうのを器用貧乏っていうんだ』とは本人の談だ。
チョッパーから見れば、ナマエいわくのその『器用貧乏』は、ナマエがいろいろなものに触れているから身につくものだった。
おそらくナマエは自分の知らないものに触れて知っていくのが好きで、そして極める前に満足してしまう人間なのだ。
確かに、戦えはするが麦わらの一味で上位に入るほど強いわけでもなく、天候や海図がそれなりに読めるようだが海図が書けるわけでもなく、投擲はなかなかの腕前だが狙撃に秀でているわけでもない。
色々なことを知っているがロビンのようにたくさんの文字を読むことはできないし、料理もできるがコックから見ればまだまだだという話で、工作をすることも多いが船が組み立てられるわけでもない。
一味が一度離散する直前にブルックから習っていたヴァイオリンは、二年の間に自己流でかなり奏でられるようになっていて、聞いていて気持ちよかったけれども、確かにナマエの自己申告の通り、ブルックと比べることは出来ない。
そしてどうやら、二年の間に『暴君くま』によって吹き飛ばされた島で薬学を身に着けてきたらしいナマエは、今度は調剤に手を出したくなったらしい。
「副作用がないか確かめさせてくれるんなら材料を使うのはいいけど、なんでそんなの作るんだ?」
首を傾げて尋ねたチョッパーの前で、必要だからだよ、とナマエが呟く。
その目はとても真剣に手元の本を見つめていて、チョッパーの見知らぬそれは、どうやらナマエが『修行』先の島から持ち込んだ『荷物』の一つらしかった。
横からのぞいた中身は見たこともない文字が記されていて、眺めているだけで目を回しそうだ。
しかし端々の挿絵からそれが薬に関する本なのはわかったので、少しばかり気になって目を凝らす。
チョッパーの視線に気付いたナマエは、本を少し大きく広げて、自分の膝の上へとおいた。
基本的に人獣型をとることの多いチョッパーの目の高さに合わせたようなそれに、見ていいのか、と尋ねながら横から覗き込む。
見てるじゃないかとそれに笑ってから、ナマエが紙の上の字を撫でた。
「ここに書かれてるものが欲しいんだ。ニガトリコの葉と、ガクサノオウと、ザミドの薬丸と」
どうやらそこに記されている文字を読んでいるらしいナマエに、すげえなあ読めるのか、とチョッパーは目を丸くした。
改めて覗き込んでみても、やはり意味の分からない文字ばかりだ。
「なあナマエ、ここ、なんて書いてあるんだ?」
「ここか? ここは……いやそうじゃなくて」
尋ねたチョッパーの手が紙を叩くと、その部分を音読しようとしたナマエが、それからふるりと首を横に振った。
あ、ごめんとそれへ返してから、少しだけ考えたチョッパーが、同じように首を横に振る。
「悪いけど、ガクサノオウは使っちゃったぞ、この間」
鎮痛剤として重宝されることの多い薬草の名前を口にして、チョッパーはその手で軽く戸棚を示した。
チョッパーの作った常備薬がいくつかある棚には、ナマエが今言った『材料』を使った鎮静剤が置いてある。
次の島で買おうと思ってるんだと続けてから、チョッパーは不思議そうにナマエを見やった。
「でも、なんで欲しいんだ? 性欲を抑制する薬なんて」
部屋にやってきて唐突に、『薬が作りたいから材料を貸してくれ』と言ってきたのはナマエだった。
薬と聞いてまさか風邪でもひいたのかとチョッパーは慌てて診察を申し出たが、どうしてかナマエは首を横に振って、『そんなんじゃない』と言った。
それならなんの薬が作りたいんだと問いかけて、とても言いづらそうに口を動かしたナマエが言ったのがそれだ。
チョッパーはそんな薬の作り方を知らなかったが、ナマエはそれを『知っている』と言って本まで持ち込んできた。
作ったことのない薬を作ってみたい気持ちはあるが、やはりどうしてそんなものが必要なのか、発情期すらおぼつかない人間トナカイであるチョッパーにはよく分からない。
大体、チョッパーは、ナマエはかなり『そういったもの』とは遠ざかった人間だと思っていたのだ。
「『タイプは乗ってない』って言ってたのに」
いつだったかのナマエの言葉をなぞって、ぴる、とチョッパーの耳がわずかに動く。
もう二年以上も前のこと、船へ乗ることを決めた船医たるチョッパーへ向けて『基本的に男が好きなんだ』とカミングアウトをしてきたナマエにチョッパーは戸惑ったが、どうやらそれは、ほかの仲間もみんなが聞かされていた台詞であるらしかった。
『だが安心してくれ、俺のタイプは俺を抱きしめてくれる可愛い奴だ。女らしい女性は無理だし、この船に俺のタイプは乗っていない』と、とてもまじめな顔で言っていたのはナマエのほうだ。
何を安心しろってんだこの野郎と怒っていたサンジを思い出して、チョッパーは瞬きをする。
それを見下ろして、そうだったんだけどなァ、とナマエが声を漏らした。
「事情が変わったんだ」
「? 好きな奴ができたってことか?」
落ちてきた言葉に、チョッパーはそう尋ねた。
ナマエは頷かないが、否定もしない。
それはつまりそういうことなのだろうかと、少し考えてチョッパーは口を動かす。
「ナミかロビン……じゃないんだよな?」
「俺は基本的に男が好きだからなァ」
あんなに胸のある柔らかそうな子はちょっと、とナマエが呟く。
それはつまり硬そうな方がいいという意味なのかはよく分からないが、そう言われてすぐにチョッパーの頭に浮かんだのは、全身骨だけの音楽家ともはやロボとなった船大工だった。
しかし、二年前に比べて体を鍛えたウソップも、いわば『硬そう』な部類に入るのではないだろうか。
それで言えば、二年前より明らかに強くなったサンジやゾロだってそうだ。
ルフィはゴムだからこそ柔らかいが、武装色の覇気をまとって真っ黒になった腕は間違いなく硬いに違いない。
うーん、と高い声を漏らして唸ったチョッパーの背中を、ぽんとナマエの手が叩く。
「いや別に、材料がないなら今はいいんだ。俺だってその気のない相手に襲い掛かるほど屑人間のつもりもないし」
「それじゃあ、なんで薬が欲しいんだ?」
言葉を寄越されて、チョッパーは首を傾げた。
確かに、ナマエはこの船の中でもかなり自制のきく人間だろう。
『薬』というものは大体が副作用のあるものなのだし、必要ないなら飲まないに越したことはない。
チョッパーのそばで本を閉じ、ちらりとチョッパーを見やったナマエが、軽くため気を零す。
「…………夢に見たときの罪悪感がだな」
「夢?」
「いや、なんでもない」
落ちた言葉がよくひろえずにチョッパーが聞き返すと、明らかな嘘でそれを押し流したナマエが、それからそっとチョッパーの背中から手を離した。
「しばらくは禁酒するし、ベッドも離れてるから大丈夫だろ」
「ナマエとブルックは隣同士だから……えっと、じゃあブルックじゃないのか……」
「骨だけなのはちょっと」
差別なのか区別なのか分からない言葉を寄越したナマエに、ブルックはいい奴だぞ、とチョッパーは反論した。
なんでブルック推しなんだとそれに笑ったナマエの顔には少しばかりの違和感があって、あれ、とチョッパーが目を瞬かせる。
けれども、見上げる前ですぐにわずかに浮かんだ何かをひっこめたナマエが、笑顔のままで自分の持っていた本をチョッパーのほうへと差し出した。
「それより、これ読むか?」
「あ、読むぞ! 読み方教えてくれ!」
「あー、読んでやるし教えてやるよ」
お前にやろうと思ってたくさん本もらってきたからな、と言って笑ったナマエに、チョッパーはなんだかとても嬉しくなった。
二年の間、全員がばらばらの場所で『修行』をしてきたのだ。
もちろんチョッパーだって仲間のことを忘れたことなんて一度だってなかったのだから、ナマエがチョッパーのことを考えてくれたのだって珍しいことじゃないが、それでもやっぱり、チョッパーのことを考えて『土産』を持ってきてくれたというのは嬉しいことだ。
仲良くなった人間はトリノ王国にもたくさんいたけれども、やっぱり仲間に会えないのは寂しかった。
きっとナマエだって、それは同じだろう。
『ナマエ〜!』
『うわっ……って、チョッパー!?』
シャボンディ諸島で見つけた仲間に駆け寄り、思わず人型になって飛びついて抱え込んだ時のナマエの驚いた顔が、少し赤らんだまま嬉しそうな笑顔になったのを思い出せば、チョッパーの胸の内がふわふわとあたたかい気持ちになる。
「まず、このページはだな」
「おう!」
カンテラが照らす部屋の中で、少しチョッパーのほうへ体を傾けてから言葉を紡いだナマエの前で、こくりと頷いたチョッパーはナマエが読む本の中身に集中することにした。
ナマエの想い人が誰なのかも、本から離れたナマエの目がちらりと傍らの船医を見たことにも、人間トナカイはまるで気が付かなかったのだった。
end
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