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幽霊の心得 (1/2)
※主人公が幽霊なので死にネタ注意
※名無しオリキャラ注意
※一人称→三人称→一人称の流れ
※前提として、巻き込まれで赤犬に殺された自殺志願者ですので、やっぱり注意
読む?


































 死んだ後にも意識が続く地獄があるということを、俺は全く知らなかった。
 ただ、死ねばこの素晴らしくクソッタレな状況から逃れることが出来ると、そう信じてやまなかった。
 親に捨てられて世間体だけ気にした施設長に見えぬところで虐げられて、卑屈な顔が気に入らなかったのか学校でもいないもの扱いされて、どうにか逃げ出して社会人になったら親友だと思っていた奴に騙されて巨額の借金を背負わされ、勤めていた会社は倒産して貯金もまっさらになった。
 文章にしてみればほんの少しだが、生きていても全くいいことが無いと、俺がようやく気付いたのは無駄に二十年以上も生きてからのことだ。
 神様なんて信じようとも、すくわれるのは足元だけだったってことだ。
 どうやって死ぬかを考えると人に迷惑をかける方法しか浮かばず、それでももう死ねば俺には関係ないことだと、無理やりそう思い直して。
 身の回りの物を片付け、一瞬で全部終わりそうなものを選んで、うつろな目をした俺が線路を見つめていたって、きっと誰も気付かなかった。
 だというのに、これは一体どういうことだろうか。

「……なあサカズキ、あんたマジで何も感じないのか?」

 問いかけながら、首にぐるりと腕を巻いて、俺にされるがままの相手の顔を覗き込む。
 しかし俺の言葉など気にした様子も無く、そいつは真剣な顔で手元の書類を見下ろしていた。
 いつもと何も変わらぬ光景だ。
 ふ、と軽く息を吐いて、改めてその肩にぶら下がることに専念する。
 あまりよろしくない頭で覗き込んだ先のその書類は、ついこの間の『海賊討伐』に言った際の報告書だった。
 俺がこの男に出会った、その時のものだ。
 あの日、死ぬつもりで電車の入ってきた線路へと足を踏み出した俺は、けれども線路では無い場所へと落ちた。
 頬で地面との間に挟んだがれきは硬くて痛く、顔をしかめながら起き上がった俺は、その場が死体の転がる場所だと気付いて目を見開いた。
 何だこれ、と呟いたのを覚えているし、血とそれ以外のせいで漂った生臭いその匂いに吐き気を感じて、思わず手で口元を押さえていた。
 こちらを見るその死体達の濁った眼が恐ろしくて、体すら震え始めたその時に、ごう、と何かが燃える音がして。
 気付けば俺の体は無くなっていて、今俺がぶら下がっている男の後ろにぼんやりと立っていた。
 背中に『正義』と書かれた白いコートを着込む男に、どっかで見たことあるな、なんて考えながら近づいて話しかけてみても、返事が無い。
 それは、男を『アカイヌ』と呼んだ部下らしい変な恰好の奴にやっても同じで、どうやら俺は彼らから見えないらしい、と把握した俺が、『死んだらしい』と知ったのはそれから何時間か後のことだ。
 殆どが焼き尽くされた『悪人』達の死体の中に、見覚えのある体の破片があったのだ。
 あの腕に巻かれていた時計は、俺が高校を卒業して施設から逃げ出せた記念に自分で買ったものだった。
 そう把握して、へえ、と声を漏らしてしまった俺は、それからしばらく考えて、そういえば『アカイヌ』というのはどこかの漫画のキャラクターだったことを思い出した。
 あまり漫画を読まない俺でも知っているような、有名漫画のキャラクターで、確か主人公の敵役だ。
 顔立ちすらあやふやだが、それを思い出して改めて俺が見た先で、男はその片腕をどろりとしたなにかものすごく熱そうなものに変えた。
 人間がそんな特殊能力を持っているなんて、聞いたことも無い。
 衝撃を受けて立ち尽くす俺の目の前で死体達が焼かれて、後には冷えて固まった赤黒い岩しか残らなかった。
 その光景は、つまり、俺の死体を焼いたのも目の前の男だという事実だった。
 死のうとしていたのにおかしな話だが、どうやら俺は、『アカイヌ』に殺されたらしい。
 わけもわからない世界にやってきて、ものの数分で死んだと言う事実に、は、と声を漏らして。
 それからもう三日ほど、俺はこの男に憑りつき、背後霊ライフを送っている。
 どうやら『アカイヌ』というのはあだ名で、本名はサカズキというらしいとも知った。漢字で書けそうな名前だ。
 というより、どこをどうとって『アカイヌ』だったのかがとても気になる。名付けた奴は誰だ。上司か。部下に『犬』と名付けたんだとしたらとんだイジメだ。
 この世界には霊感のある人間というのはいないのか、俺が後ろをしたがって歩いてもサカズキの肩にぶら下がってみても、行き交う人間も当の本人も、全く気にした様子も無い。
 最初は後ろをついて歩くだけだったが、この間サカズキとすれ違った海兵が俺と同じように誰にも見えないらしい誰かを肩からぶら下げていたので、最近はよくサカズキの肩にぶら下がっている。
 俺のことには気付かなくても重量は感じるのか、最近のサカズキはよく肩が凝るらしい。今も、報告書を読みながら片腕で自分の肩を揉んでいる。
 はは、とそれに軽く笑って、俺はサカズキの肩口から手を伸ばした。
 机の上に積まれた書類に手を触れて、ぐっと気合いを入れてその一番上の一枚を動かす。
 俺の指に押されてぺらりとめくり上がったそれは、しかしそれに気付いたサカズキの手ですぐさま抑え込まれた。
 その手が書類横に置いてあったペーパーウェイトを掴んで、ぽん、と書類の上に乗せる。
 あまりうまくものに触れられない俺は、その重石の前に敗北し、仕方なく手を降ろした。
 それから、改めてサカズキの顔を覗き込む。
 何の関係も無い民間人を巻き込んで殺しておいて、この正義を背負う海兵は、まったく気にせず平常通りだった。
 ひょっとすると、当人は俺を巻き込んだことすら知らなかったかもしれない。報告書にだってそう言う記載は無かったし、恐らくあの時の俺の体の一部も、ただの『海賊』の物だと判断されたんだろう。
 死のう、死のうとは思っていたが、まさかこんな俺を俺とも認識しない世界で死ぬとは思っても見なかった。
 そして、別の世界へ来てしまったからなのか何なのか、今の俺には何をしたらいいのかも分からない。
 死んだ奴がどこにもいかなかったら、さすがにこの世界だって幽霊であふれている筈だ。だから死んでも成仏とやらをしてどこかに行くとは思うのだが、その方法も分からない。
 むしろ、この世界で俺はそれが出来るんだろうか。
 わけが分からず、だから仕方なく、俺は俺を殺した男に憑き纏っているのである。
 死ぬつもりだったのだし、殺されたからって恨んだりはしていないが、この世界の俺にかかわりを持っているのはこの恐ろしい正義の男しかいないのだから仕方ない。
 話しかけても返事が無いのは寂しいことなのかもしれないが、そう言う感覚もあまり湧かなかった。
 ひょっとすると、死んだときにそう言う『心』は体と一緒に焼き尽くされてしまったのかもしれない。
 どちらかといえば、サカズキの後ろをついて回って、あれこれ見て回る方が楽しい。
 本当にこの世界は漫画の世界だ。俺よりかなり大きいサカズキが、見上げるほど大きい人間がたくさんいる。
 魚人というのも見かけたし、何だかよく分からないけど羽の生えている人間もいた。天使かと思ったけど俺のことは見えないようだったので、多分普通の一般人だったんだろう。
 今度『遠征』というのに行くらしいので、他の島がどんな風なのかも見て回れるに違いない。
 わくわくと音もしない胸の内が湧き立つような感覚を感じるのは、一体何年振りだろう。

「楽しみだなあ」

 そんな風に呟きながらそっと片手で目の前の太い首裏を撫でてみると、何かを感じたのか、ざわりと目の前の首筋に鳥肌がたつ。
 それが面白くて、また笑ってしまった。





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