拾得者の責任について
※異世界トリップ(無知識)主人公が海兵さんで大将青雉に依存気味
※戦争編後
「責任を取るべきだと思います」
唐突にそう言われて、クザンは発言者を見やった。
とてつもなく真剣な顔をした彼は、青雉の部下だ。
否、部下だった青年だった。
ポートガス・D・エースの処刑に伴ったかの戦争の後、全ての責任を持って元帥を退任したセンゴクの跡目争いを経て、敗北した大将青雉は海軍を退役した。
争った相手はクザンとは相容れぬ正義を掲げた男で、彼の手によってクザンの体にはいくつもの火傷が刻まれている。
辞表を出したクザンを、勝者の男も傍観者の男も、かつての上司も恩師も、誰も止めなかった。
それでいいとクザンは思ったし、今日は最後の片付けの為に明日から別の誰かが使うことになる執務室の私物を引き払いにきたところだったのだ。
大将青雉を慕ってくれていた部下達が片づけをしてくれたらしい執務室は、クザンが初めてそこを訪れた日のように綺麗に清掃されていた。
執務机に並んだ自分の私物からいくつかだけを選んで、残りは捨てるなり誰かが貰うなりしてくれればいいと、そう思って執務室から立ち去ろうとしたその時、どうしてかクザンは冒頭の台詞を投げられたのだ。
クザンが開いたままの扉の傍、部屋の入り口に佇んだ青年は、まっすぐに元上司を見つめていた。
「ナマエ」
その名を呼んで、クザンの体が彼へ向き直る。
「責任を取るべきだと思います」
返事を返すように、青年は同じ言葉をもう一度紡いだ。
彼が何を言いたいのか、クザンには分かっていた。
だからこそその口がため息を零して、馬鹿言わないの、と宥めるように言葉を落とす。
「馬鹿を言ってるのはそちらのほうです」
「あららら、手厳しい」
「責任を取ってください」
「女の子みたいなこと言わないでさ」
「男でも女でも、この際関係ありません」
きっぱりとそう言葉を放って、青年はまっすぐにクザンを見つめたまま、更に続けた。
「あの日、俺を助けたでしょう」
ナマエの言う『あの日』と言うのは、クザンが初めてナマエと出会った日のことだ。
クザンがいつものように仕事を置いて散歩に出かけた先で出くわした海賊船に、ナマエは乗っていた。
奴隷の扱いを受けてぼろぼろで、もしもクザンがその船へ出会わなければ一週間も後には死んでいてもおかしくなかった。
背中に正義を背負う者としてクザンは彼を助けたし、助けてくれたクザンをナマエは英雄扱いした。
「貴方は責任を取るべきだ」
そうして紆余曲折を経て大将青雉の部下となったはずの青年は、そう繰り返してクザンの前に佇んでいる。
彼が何を言いたいのか、クザンには分かっていた。
「おれはお前を連れて行けないよ」
大将を辞めるとクザンが言ったとき、すぐさま近寄ってきたナマエへ言ったのと同じ台詞を、クザンは繰り返す。
「ナマエはちゃんと、ここで、生きていくべきだ。何があるかも分からない当てもない放浪について来いなんて言えないし、外に出たら、お前の嫌いな海賊だってたくさんいるんだから」
大きな声で怒鳴る相手や、暴力的な相手に酷く怯えた顔をする青年は、クザンの言葉に眉間へ皺を寄せた。
話は終わりだと最後を締めくくって、クザンはそっとその場から歩き出す。
巨躯が青年の傍らを通り過ぎようとして、伸ばされた手に腕を掴まれてその動きが止まった。
執務室と廊下の中間で、並ぶ格好になった二人は、互いに視線も合わせないままでいる。
主を失ったがらんどうの部屋を眺めながら、ナマエがゆっくり口を動かした。
「なら、やっぱり貴方は責任を取るべきだ」
きっぱりと言い放ち、そうしてクザンのそれに比べて小さな手が強くクザンの袖をにぎる。
「俺にはもう帰る場所も無くて、ここにいる理由も生きている目的も、たった一つだけだったのに」
淡々とした声に、クザンは助けたときのナマエを思い出した。
自分がいる海の名前も知らなかった青年は、助けたクザンが説明をするたびに絶望にその顔を染めて、おとぎ話のような質問をクザンへして、その返事を聞いた最後の最後に、元居た場所にはもう帰れない、と言った。
親も友人も家も何もかもを無くしたのだと、そう言ったのだ。
さめざめと泣き出した青年に慌てて、『おれがいるじゃない』と優しさを示したのはクザンのほうだった。
「貴方がいるから俺はここにいたのに」
そのときの言葉を指して言い放ち、そこでようやくナマエの視線が傍らを見やる。
クザンはまだ廊下側を見やったままで、青年へ視線を向けなかった。
「責任を取るべきだと思います」
背の高い相手の横顔を仰ぎ見て、ナマエが言い放つ。
「俺を置いていくのなら、貴方は責任を取って俺を殺していくべきだ」
とがった声音は、廊下へわずかに響いて消えた。
それを最後まで聞こうとするように押し黙った後で、クザンの口から長く長くため息が漏れる。
袖をつかまれたままの腕が動いて、大きな掌が青年の頭に触れた。
その指先にひやりと冷たい空気が集って、触れたナマエの髪が少しばかりの霜を付ける。
悪魔の実の能力者にとって、一般人を殺すということは酷く簡単な行為だ。
例えばクザンの能力で氷漬けにしてしまえば、あとはその体を砕くだけで対象は簡単に死んでしまう。
それを部下だったナマエも承知のはずだというのに、ひんやりと頭を冷やされて、その毛先を凍りづかされてもなお、ナマエはクザンから目を逸らさなかった。
その目をちらりと見下ろして、クザンが口を動かす。
「ここにいれば、一生安全だ。何せ海軍本部だし、そっちは文官。この間の戦争みたいなことでも無い限り、戦闘の場に狩り出されることもない」
「はい」
「そこらで働くよりも給料もいいだろうし、食うのにも寝るのにも困らない」
「はい」
「異動先だってモモンガの下に配属されるよう申請を出してあるし、受理されてる」
「はい」
「それにアレだ。仲のいい友達もできてたろ」
「はい」
クザンの寄越す言葉に頷きもせずに返事をして、でも、とナマエは続けた。
「貴方がいないんなら、全部、あってもなくても変わらない」
だから責任を取るべきだと思います。
何度も何度も繰り返した言葉を呪文のように唱えられて、ついにクザンの手がナマエから離れた。
袖を掴まれたままの手がぶらんと垂れて、袖を掴んだままのナマエの手もぶらんと揺れる。
左半分がうっすら凍ってしまった前髪の向こうからクザンを見上げたナマエの顔には、嘘も迷いも焦りすらも無かった。
その顔を見下ろして、クザンがもう一度、小さくため息を零す。
「……なんでおれが置いていこうとしているのか分かってるくせに、よくそんなこと言えるよね」
「そちらこそ、俺を助けたくせに、よく責任を放棄しようなんて思いますね」
「だから、助けた側の責任を果たそうとしてるんでしょうが。……ああ、もう……面倒臭ェ」
低く唸って、クザンの手が軽く動き、自分の袖を掴んでいた青年の手を捕まえた。
そうして廊下を歩き出して、手を引かれた青年がそれに続く。
背の高い廊下に二人分の足音が響いて、ばらついた音を立てた。
「責任取って、殺すくらいなら連れてってあげるから、絶対死なないように。これ命令だから」
先を歩きながらクザンが言い放つと、それを聞いたナマエの手がぎゅっと自分より大きな掌を握り締めた。
それに気付いてクザンが見やれば、この上なく嬉しそうな顔をした青年が、楽しそうに口を動かす。
「はい、わかりました」
そうして部下らしく良い返事を寄越されて、正面へ向き直ったクザンはやれやれと三度ため息を吐いた。
「とんだ拾い物だよ、ほんと」
end
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