かなしいことは半分
※たぶん戦争編前だけどまったりしてる捏造時間軸
※主人公は麦わらクルーで微知識
「では、あなたの秘密を」
囁くように言葉を寄越されて、ナマエはぱちりと瞬きをした。
月が丸くてきれいだから、なんていうどうしようもない理由で始まった『月見』の宴は、そろそろ終盤だ。
騒いでいた船医や船長は眠ってしまい、先ほど船大工が狙撃手とともに片付けていってしまった。
航海士や考古学者ももう引き上げるらしく、甲板に残っているのは剣士と音楽家、そしてナマエの三人だけである。
そのうちコックもやってくるのだろう、剣士の座るあたりに酒が残っているのを見やりながら、ナマエはブルックと二人で三回目のオセロを終えたところだった。
二回の勝利をおさめ、もうやめましょうと笑った目の前の音楽家に、賭け事をのせてもう一勝負を頼んだのはナマエのほうだ。
勝ち逃げなんて許さないんだからなと唸ったナマエへヨホホホと笑い声をこぼした相手との賭け事は、『負けたほうが勝ったほうの願い事を一つ叶える』なんていう何ともくだらないものだった。
盤上の駒を数え、三度目の敗北に肩を落としたナマエが掛け金の内容を尋ねたのに対しての、ブルックの言葉が先ほどのそれである。
「…………なんの話をしてるんだ?」
酔ってるのか、と酒が入っても酔いなど回りそうにない体をした音楽家を眺めたナマエの前で、ヨホホホ、とブルックが笑う。
「一つ願い事を叶えるとおっしゃったじゃあありませんか」
「言ったけど……」
「ですから、あなたの秘密を、私に教えてください」
真っ暗な眼孔から視線を寄越された気がして、ナマエは少しだけ眉を寄せた。
まるで何もかもを知っているような声音だ。
しかし、そんなはずはない。
ナマエは、自分の秘密を誰かに話したこともなければ、何かに記したこともない。
ナマエは、この世界の人間ではなかった。
気付いたら海へ落ちていて、太陽のように笑い人を惹きつける未来の海賊王の仲間になって、今はこうしてサウザンドサニー号へ乗船している。
自分が今まで見てきたのとは少し違う『物語』をほんの少しだけ知っていて、恐らくそれはこれから先の未来に当たるはずだ。
ただほとんど細部を飛ばした大きな出来事しか知らないから、それを『未来の話』として仲間に話すことはできなかった。
信じてもらえないなんて思いはしない。
けれども、例えば『兄』であるエースが死ぬと伝えたとして、船長がどれだけ取り乱すかを考えれば、『どうなってそうなるのか』の細部を覚えていない自分の口から出すべき情報ではないように思えた。
それならと、自分なりに情報収集をして、今はできるだけ一味の為に動こうとしているところなのだ。
その結果としてどれだけナマエの知っている『物語』から逸れるのかはわからないが、知っていて見過ごすなんてこともまた、出来るわけがない。
けれどももしも機会を外せば、きっとナマエの知っている『未来』になる。
時が近づけば近づくほどどんどん胸のうちで重たくなる、重大な『秘密』。
ナマエの抱える『それ』を知りたいというような相手をいぶかるように見つめると、おや、と声を漏らしたブルックが軽く首を傾げた。
何かを思案するようにわずかに口を開いて閉じれば、並んだ白い歯がかちりと音を立てる。
「知らないからこそお伺いしているんですよ」
「…………別に、俺に秘密なんて」
「ああ、それは嘘でいらっしゃる」
それならばとごまかそうとしたのに、ナマエの向かいで声を漏らしたブルックは、どうやら声の調子からして微笑んでいるようだった。
細かな表情が分からないのは、ブルックの体が白骨化しているからだ。
ナマエよりよほど細い手が酒瓶を捕まえて、ナマエの持っていたグラスへ酒を注いだ。
「以前もお話ししましたが……私はね、ナマエさん。皆さんとお会いするまで、暗い海をずっとひとりで漂っていました」
大体50年くらいですかねェ、なんて呟き、ブルックの手が酒瓶を置く。
「ですから、ひとりでさ迷う寂しさは、よく知っているつもりです」
穏やかに言いながら、ブルックは片腕を軽く動かした。
背丈に合わせて随分と長いその手が、まるでナマエを迎えようとするかのように広げられる。
「おひとりよりは、せめてふたりのほうが良いとは思いませんか?」
優しく寄越された言葉に、ナマエはわずかに目を見開いた。
ブルック、とその名を呼べば、頭を少しだけ傾がせたブルックの口がゆるりと開く。
「仲間になったばかりの私ではありますが、私の願い事を叶えてくださるのならば」
乞うように言葉を紡いだ音楽家に、しばらくその顔を見つめてから、ナマエは小さくため息を零した。
「…………本当に、そんなお願い事でいいのか」
「ええ、もちろん」
「………………大体、なんで俺がそんな秘密を持っているなんてこと」
「あなたの様子をお窺いしていれば、なんとなくは」
ナマエの言葉にそんな風に返事を寄越されて、ナマエは眉間にしわを寄せた。
絶対に隠さなくてはならない秘密だというのに、一番仲間歴の浅い相手がそれに気づいているということは、ほかの仲間も同様なのだろうか。
それならそれで、水臭い奴だと思われていないだろうか。
そんな考えが顔に出てしまったのか、ナマエの顔を見ていたブルックが、ああいえいえ、と声を漏らす。
「気付いているのは多分、私くらいなものでしょう。相手の些細な変化に気付けるのも、恋のなせるわざですから」
「…………………………え?」
「ヨホホホホ」
何やら聞き捨てならないことを言われた気がして目を丸くしたナマエの前で、ブルックが楽しげに笑う。
そして『さあどうぞ』とナマエからの『掛け金』をねだる音楽家に、いろいろと問い詰めたい言葉を飲み込んで、『誰にも言うなよ』と前置きをしてから、ナマエはゆっくりと口を動かしたのだった。
end
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