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全部お見通し
※主人公は身体的退行してるトリップ主
※トリップ特典:丈夫



 うちの『アニキ』は変態だ。
 これは悪口だと思うのだが、本人が喜ぶので仕方ない。
 間違いなく変態だ。

「アウ! オイオイ、どうしたナマエ」

 そろそろ太陽が沈む夕暮れ時の、水の都と呼ばれる大きな島の裏道の街角で。
 こんなところでたそがれやがってと声をかけてきた相手が、俺の横に屈み込んだ。
 もとより俺の知っている『一般男性』より恐ろしく大きな相手ではあるけれども、わざわざそうやって相手が屈まなくては視線を合わせられない理由は、俺の体が小さいからだった。
 短い手足に柔らかそうな掌、鏡で見た限り両手でひっぱりたくなるような頬をしている俺の体は、誰がどう見ても『子供』だ。
 本当なら成人しているはずなのに、どうしてこうなっているのかまるで分からない。
 もっと分からないのは、今俺の傍らにいる相手がどうも俺の知っている『漫画』の登場人物にあたりそうだという事実なのだが、今いるこの場所が現実のものであるという事実はいかんともしがたいことだ。

「まァた小難しい顔してやがるなァ」

 ガキはもうちっとガキらしくしたらどうだよ、なんて言って笑ったフランキーが、伸ばしてきた手で軽く俺の頬をつまんだ。
 むに、とひっぱられるのを顔を反らして逃れて、片手で頬を押さえる。

「ほっぺたは痛いって言ったのに」

 解体屋で賞金稼ぎ一家の棟梁であるフランキーの手は、男らしく固いし荒れている。
 それがこすれると頬が痛いのだ。
 ずっと『昔』、甥っ子が父親に頬ずりされて髭がいやだと身を捩っていたのを思い出したのは、仕方ないことだと思う。
 ああすまねェな、なんてまるで悪びれた様子もなく言葉をこぼしてから、フランキーの片手が俺をひょいと持ち上げた。
 そのまま肩へと乗せられて、慌ててすぐそばにあった頭を捕まえる。

「あぶ、ない!」

「オイオイ、このおれが落っことすとでも思ってんのか?」

 俺の言葉に対しても、笑ったフランキーはそんなことを言うばかりだ。
 ついこの間、酔っ払いながら人のことを肩へのせるべく放り投げて木箱にぶつけたという記憶は、どうやらすでにこのサイボーグにとっては忘却の彼方にあるらしい。
 小さくなったことが何か関係しているのか、体がとても丈夫になっているおかげで木箱が壊れるだけで怪我の一つもなかったが、あれはとても驚いたし怖かった。
 あの一瞬は俺のことを心配してくれたくせに、と眉を寄せて、ぺちりと目の前にある額を叩く。

「わすれんぼアニキ」

「変な名前をつけんなよ」

 俺の攻撃を受けてもまるでダメージのないらしいフランキーは、けらけら笑いながらそのまま立ち上がり、そして歩き出した。
 そうされると体がゆれて、改めてまたその頭にしがみつく。
 しっかりと整えられた髪は、俺がしがみついても崩れない。実は人毛じゃないと言われたって俺は驚かないだろう。
 堅くて少し冷たい鼻まで押さえつつ、だから、と声を上げた。

「あぶない! おろして!」

「つれねェこというなよナマエ、機嫌が悪ィなァ。ほら、これでどーだ?」

 笑いながら俺をひょいと持ち上げたフランキーが、今度はそのまま俺の体をぶんぶんと振り回した。
 内臓が外側に吹っ飛んでいきそうな遠心力に驚いて目を見開いた俺の体が、それから真上へと放り投げられる。

「ひっ!」

 見る見るうちに地面が遠くなり、こちらを見上げているフランキーの顔が目で確認できなくなった頃に、俺の体が上昇をやめた。
 それとともに重力が俺の体を大地へ向けて引き寄せ始め、体の中身を置いていけぼりにしそうな浮遊感と不快感が俺を襲う。
 込みあがった悲鳴をどうにかかみ殺し、歯を食いしばった俺の体は、大地へ叩き付けられることなく大きな二本の腕によって受け止められた。
 面白かったか、なんて言って笑顔を向けてくる相手を、両手で口元を覆いながら真下から見上げる。
 こんな『あやし方』、俺が本当にただの子供だったら、大泣きするんじゃないだろうか。
 それともまさか、『この世界』ではこれが普通だというのか。
 そんなことあるはずないと思いつつ、答えないでいる俺の前でフランキーが首を傾げる。

「ナマエ? どうした、アンコールか?」

「……やだ」

 そしてそんな恐ろしいことを言い出す相手に、ふるりと首を横に振る。
 なんだ気に入らなかったのか、と俺の言葉にようやくそんな判断がついたらしいフランキーは、俺を小脇に抱えてまた歩き出した。
 フランキーに荷物のように運ばれて、もはやされるがままになっていた俺の視界に、ふと傍らの体が映り込む。

「…………」

 わずかに眉を寄せてしまったのは、今日もまたどこかの誰かさんが海パン姿だからだった。
 アロハシャツを着ているだけまだマシなんだろうか。
 いつでも泳げそうな姿で街中をうろうろしている上、パンツをポケット扱いしているせいかそれ以外の理由でか、『変態』と呼ばれることも多い。
 俺だったら絶対打ちひしがれるし、まず最初にズボンを穿く状況だ。そうじゃなくても、せめて鞄を持ち運びたい。

「……アニキのヘンタイ」

「アウ! どうしたナマエ、急に褒めやがって」

 やっぱりさっきのが気に入ったのか、とまたも俺を投げる体勢に入ろうとしたフランキーに、そうじゃないと慌てて言葉を重ねて両手をその腕に絡めた。
 がっしり抱き着けばさすがにフランキーもそれを引きはがすことはなく、少し不思議そうにその目が俺を見下ろす。
 俺はそれを、じとりと見上げた。

「ほめてない」

 改めて述べた俺へ対して、そうか? とフランキーが言葉と落とす。
 それから、少し考えるようにその視線を動かして、そういや、とその口が言葉を続けた。

「ここで何してやがったんだ?」

 ここで、という言葉を示すように見回されたのは、ウォーターセブンの町の一角だ。
 オレンジ色の光が差し込む水路すらない、ただの裏路地である。
 俺が屈み込んで眺めていたのは家々の隙間から彼方に見える海の方角だが、別に何か面白いものがあるわけでもない。
 寄越された言葉に、俺はちらりと視線をそらした。
 うちの『アニキ』は『変態』だ。
 わざわざ島のはずれに流れ着いていたみすぼらしい『子供』を拾って、役にも立たないそいつを自分の弟分にして育てるくらいは常識から逸脱した、変わった人間だ。
 そんな誰かさんに惹かれて集まる人間はいくらでもいて、それらで構成されたフランキー一家は今日も随分と騒がしい。
 俺がその騒がしい家をこっそりと抜けて街角に座っていたのは、そろそろ誰かさんがここを通ると思ったからではあるけども。

「…………別に、なんにも」

 『迎えに来た』なんて言ったらきっとニヤニヤ笑って人を放り投げるに違いない相手へ向けてそう言い放ち、それからちらりと視線を向けた。
 俺の顔を見下ろしていたフランキーが、少しばかり押し黙ってから、どうしてかその口元ににやりと笑みを浮かべる。
 びく、と体を震わせた俺の体がまたその肩へと乗せられて、無理やり座らされた。

「わっ!」

「仕方ねェな、さっさと帰るぞナマエ!」

「だから、あぶ、ないっ!」

 機嫌よく足を動かすフランキーにしがみついて、そのまま路地の先から続く方向へと連れていかれる。
 宵越しの金を持たない主義のどうしようもない『アニキ』によって、今日も宴はとり行われることになったのだった。
 その場で今度は酒樽に尻から全身突っ込む羽目になったのだが、俺はもうそろそろ誰かにフランキーを怒ってもらう必要があるんじゃないかと思う。



end


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