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死が二人を別つとも
※明るく死にネタ(幽霊ネタ?)注意
※クザンさんがまだ大将でないくらい








 まず初めに。
 もしも今この手紙を開いているのが封筒の表に書いてある相手でないのなら、どうかこれ以上先には進まずに閉じて、出来れば宛名の通りの相手に渡してほしい。
 もしもそれが出来ない状況であるのなら、この手紙自体を無かったものにしてくれて構わない。
 これは命令ではなくただの願いだが、貴君の良心を信じている。











 まあ、そんな前置きを書いてはみたが、多分読んでるのはお前で間違いないんだろうな。
 俺の部屋の鍵を持ってるのはお前くらいだし、俺が机の裏に物を隠すのを知ってるのもお前くらいだろう。
 もしもお前がこの手紙を読んでいるんだとすれば、俺はもうこの世界にいないんだと思う。
 そのことを踏まえた上で、ずっとお前に言ってなかったことを伝えたい。

 実は、俺はこの世界の人間じゃない。

 こんなことを書くと、お前はまたどうせ 何を馬鹿なこと言ってんの とか言って笑うんだろうけど、これは事実だ。
 俺は、別の世界から落っこちて? きた人間だ。
 お前は地球も日本も、テレビも漫画も電車も高層ビルも知らないだろ?
 俺は、そう言うものであふれた世界に生まれて、そこで普通に生きて育ったんだ。
 だというのに、ある日突然、この世界に紛れ込んでしまった。
 結局、どうやってなのかは分からないままだと思う。一回あの科学者にも聞いてみたんだが、そんな前例ないと言われたしな。
 わけもわからないままこの世界にやってきたのが、ちょうどほら、あれだ、お前と海軍で会った日の二年前だったかな。
 よそ者に閉鎖的な島ではちょっと居場所と働き口を見つけづらかったから、うまい具合に募集が出てた海軍の事務方になりたくて支部に行ったんだ。
 結局何だかんだで海兵になったが、まあ労働というのは尊いもんだと思った。働き口があって金が稼げて、温かい食事と寝床が付いてくるなんて、まるで天国みたいだったな。
 それはそれとして、お前が俺の言葉を信じてくれると前提して言うが、俺はこの世界以外の世界の人間だ。
 だから、もしも俺が今跡形もなく行方知れずになっているんだとしたら、ひょっとしたら生きて『自分の世界』に帰ったのかもしれない、と思っといてくれ。
 どうやって帰ったのかは俺自身にも分からないが、正直どうやってこの世界に来たのかも分からないからな、その辺を書いておくことは出来ないけど。
 もしもお前が俺の死に目に遭遇してるんだったら不謹慎な話かもしれないが、まあよその部隊に行ったお前の前で死ぬとか、そんなことはなかなか無いだろうな。

 それとも、もしかして俺の死体を確認したか?
 その可能性はちょっと考えてなかったな、まともな死体だったらいいんだが。
 見る前にちゃんと軍医に話は聞いただろうな?
 あちこちちぎれてぐちゃぐちゃになってるんだったら、絶対に見るなよ、恥ずかしいから。自分の体の中身なんてこの目で見たことだって無いんだ。

 さて、この辺でそろそろ気付いたと思うんだが、これはまあ、いわゆる遺書ってやつだ。
 ひょっとしたら元の世界に帰ったかもしれないから、ただの置手紙だと思ってくれてもいい。
 今この手紙を読んでるお前が何て言うのか分からなくて、だからずっと言えなかったことを、それでもいつかは言いたいと思ってたんだ。
 お前とは生まれた世界も違うけど、お前と同じ部隊にいたあの数か月は、まあ随分楽しかったと思う。
 それにしても、お前は昇進が早すぎる。
 いくら未来は海軍大将だって言ってもな、もう少しこう、じわじわ行け。そんなんじゃあ妬まれるだろ、まあお前だったら何かされても蹴散らしていきそうだけどな。

 部隊がわかれてもたまに話しかけてくれたし、飲みにだってよく行ったよな。
 いつかはあの酒を一人で一瓶飲めるようになりたかったんだが、どうなんだろう。
 飲めるようになったらこの手紙を書き直す予定だから、多分まだ無理だったか。
 お前はよく俺を弱いって笑ってたけどな、お前と俺の体格の差を考えると仕方ない話だと思うわけだ。
 だから、もし俺の墓が作られてるんだとしても、酒瓶はいらないからな。いくら俺がよく食べてたからって、菓子やらを持ってくるのもやめろ、もったいない。お前が飲んで食べろ。
 墓に置くなら、せいぜい花くらいだろ。お前が人の墓の前で花を抱えてたらちょっと面白い光景かもしれないな。花言葉なんて知らないが、適当に似合う花でも買ってくれ。

 何となくの予感だが、俺はお前が海軍大将になる姿をこの目で見ることは叶わないような気がするんだ。
 正直、海兵のままで生きていける気がしないしな。
 大体、俺は事務方を希望だったってのに、海兵の方に俺の就職票を間違えて回した方が悪いと思うんだよ。結果的にやっていけてるのは奇跡だと思うし、何より俺はそんなに海賊を嫌いだと思ってないんだ。
 何でって言われると、まあ、俺の中のイメージの問題なだけで、身近で海賊の被害が上がってる奴らに聞かれたらめちゃくちゃ殴られそうだけどな。
 それに、お前は気付いてると思うけど、実は俺はあまり暴力が得意じゃない。
 いくら悪い奴だからって殺していいと思えないんだ、これは俺が生まれて育った世界の、俺が生きていた国が他に比べて平和だったからそう言えるんだろうけどな。
 そりゃ悪い所には悪い奴らがいたんだろうけど、俺は平凡に普通に生きてたから。お前はよく、俺を平和ボケしてるって言ってたけど。

 だから、まあ、お前が海軍大将になるのを見られないのは少し残念なんだが、実は俺はお前がどういう大将をやってるのか、何となくわかってるんだ。
 だからあんまり心配してない。まあ、もともとお前は俺の心配なんて必要も無いだろうけどさ。
 とりあえず、俺のことなんてさっさと忘れてくれよ。
 それが一番いいと思う。
 俺だって、もしかしたら元の世界に帰って、お前のことやこの世界のことなんて忘れてのほほんと生きてるかもしれないしな。
 ほら、そう考えると、お前だけ俺のことを覚えてるなんて不公平だろう?
 お前にしんどい思いをさせる気はないけど、きっとお前のことだから、俺のことを思い出してはしんみりしてるんだろ。
 そういうの苦手なんだよ。
 だから、この手紙を読んだら忘れてくれ。
 頼んだからな。

 それじゃあ、元気に頑張れよ。
 足は大事にしとけ。
 じゃあな。

                    ナマエ





















    さて、手紙は書いてみたものの、お前のことだから多分 忘れろったって忘れられるわけねェだろ なんていうんだろう。
 わざわざ封筒の内側まで覗いてこれを見つけるような律儀な奴だからな、お前は。
 と言うわけで、こんなところまで覗いちゃうようなお前に、プレゼントがある。
 俺のことを嫌な思い出として封印したくなるような、なんとも素晴らしい俺からの心遣いだ。

 実は、俺はお前のことが好きだったんだ。

 ライクじゃないぞ。ラブだ。お前が胸のでかいお姉ちゃんに声を掛けるあれだ。
 何とも気色悪いだろう。
 俺だってびっくりだ。今まではずっと女が好きだったからな。
 まさか男に転ぶとは思わなかったし、しかも自分より体のでかい、どう見たって男にしか見えないお前にそういう気持ちを持つなんてなあ。
 お前は、俺がお前より小さかったことに感謝すべきだと思うぞ。
 そうでなかったら確実に、うちで酔いつぶれてた時に俺に襲われてたな。
 勝手に人のことを親友だなんて呼びやがって。無防備に人の横でごろごろ転がるし。Vネックはやめろとあれだけ言っても聞かねえし。人前で脱ぐし。とても心臓に悪かった。

 きちんと書いておくが、嘘やでまかせじゃないからな。
 俺はお前が好きだった。
 愛してたと言ってもいい。もちろんそういう意味でな。

 さて、これだけ言われるといいかげん気持ち悪くなってきたか?
 さっさと気色悪い俺の事なんか忘れてしまえ。
 分かったな?
 それじゃあな。




 あ、さすがに恥ずかしいから、この封筒はさっさと燃やすなりして捨ててくれ。これだけは頼む。













「……はい、終わり」

 言葉を零して、クザンは目の前の相手を見やった。
 つい先ほどまでジタバタとのたうちまわり悶え苦しんでいた目の前の相手は、今は殆ど瀕死の状態で床の上に転がっている。
 覗く耳まで真っ赤で、強く拳を握ってから、床に伏したままの顔がクザンの方へと向けられた。

「クザン……お前、書いた本人の前で朗読すんなよ……!」

 もはや赤黒くなりかけた真っ赤な顔で、唸ったナマエがクザンを睨み付ける。
 仕方ないじゃない、と軽く肩を竦めて、クザンは手元の開いた元封筒を、机の上の便箋の上へとそっと重ねた。
 ちらりと見やった先のそれは、今床の上に転がる彼が、クザンに宛てて書いたものだった。
 だからこそ、便箋の中身も一音もらさず、そして封筒の内側に記されていた小さな小さな文字まで読み上げてやったクザンの前で、何が仕方ねえんだよ、と唸ったナマエが起き上がる。
 その体がクザンの方へとにじり寄り、その手がクザンの前に放られた『手紙』へと伸ばされた。
 けれども、その指は手紙に触れることも無くずぶりと机に沈んでしまって、それを見下ろしたナマエの口から舌打ちが漏れる。
 それを見ながら、椅子に座ったまま頬杖をついて、クザンは軽くため息を零した。

「本気で『遺書』残して死んだそっちが悪いと思わない?」

 目の前に佇む彼が『殉職』したとクザンが耳にしたのは、今から二か月ほど前のことだ。
 クザンが本部へ配属になった後、彼がいた支部が海賊達の艦隊による襲撃を受けて、あまり強くなかったナマエもまたその刃の下に散ったのだという。
 『手紙』の中の彼の危惧をよそに、慌てて駆けつけたクザンの目の前で布を被せられていたナマエの死体は、それなりにその形を保った綺麗なものだった。
 『親友』とまで呼んでいた彼が死んでしまったと言う事実に呆然としたクザンが、渡されていた鍵を使って彼の部屋を片付け始めたのは、それから何週間も経ってからのことだ。
 そして、小さな部屋の片隅にあった机の裏から『遺書』を見つけたつい一昨日、何故か突然、目の前の『ナマエ』が現れたのである。
 死んだはずの彼は、クザンよりも驚いた顔をしてクザンを見つめた後、『まさかお前も死んだのか』と何とも酷く間抜けな言葉を口にした。
 幻覚を見るほど彼を恋しがったのかと思ったが、クザン以外には見えないらしい彼はクザンが知らないことも知っていて、クザンの想像上で作られた幻覚と呼ぶにはあまりにも『ナマエ』らしい『ナマエ』だった。
 だから彼を受け入れることにしたクザンが、その手元の手紙を開いたのは、とにかく捨てろと口にするナマエが妙に焦った顔をしていたせいだ。
 一体どんなことが書かれているのかと思えば、そこに記されているのはクザンの知らないナマエの『秘密』だった。
 クザンに触れることも出来ないナマエはクザンの手から手紙を取り上げようとしてそれも出来ず、声を張り上げてクザンの朗読を邪魔しようとしてそれも出来ず、先ほどまで床の上をごろごろと転がって必死で羞恥に耐えていた。
 今もその顔は真っ赤なままで、この野郎、とクザンを睨んで憎まれ口を零している。
 それを見ながら、クザンの手が、開いた封筒ごと広げた便箋を掴まえた。
 見下ろすそこに記されているのは、すべてがナマエの書いた癖のある文字だ。
 すなわちそれは手紙を書いたのがナマエであると言う証拠であり、そして目の前の彼のもだえ苦しむ様を見れば、中に嘘が無いのも分かった。
 その出自も、クザンへ『忘れてくれ』と願ったのも、小さな文字で書かれた愛の告白も、すべてだ。

「今わの際で愛の告白とか、どっかの本じゃあるまいし」

 呆れた声を零したクザンの前で、別に死に際に書いたわけじゃねェよ、とナマエが的外れな反論をする。
 そういうことじゃないでしょうや、とそちらへ言葉を零してから、掴み寄せたそれを片手で折り畳みつつ、クザンは口を動かした。

「せめて生きてる時に言やァいいのに」

 いわゆる『幽霊』であるナマエに言っても仕方の無いことだと分かってはいても、そう思わずにはいられない。
 わずかに眉を寄せたクザンの顔を見て、え、とナマエが小さく声を漏らした。
 きちんとたたんだナマエの『遺書』を持ち直し、クザンの視線が改めてナマエへと向けられる。
 見やった先にいるはずの『幽霊』は、クザンが良く知るナマエと同じ顔をしていた。
 化物と呼ばれるほどの圧倒的武力を体に秘めたクザンを見上げて、何が楽しいのか分からないくらい楽しげに笑って、全く足を引かずに親しげに話しかけて来たナマエのそれだ。
 クザンが『親友』と呼ぶことで誤魔化していた気持ちを、自らの命と引き換えにあっさりと言葉にした憎たらしいその顔を見やって、クザンの口からは再びため息が漏れる。

「おれも好きだって言ってみても、キスの一つもできねェでしょ」

 どうすんの、もう。
 誰かさんからのラブレターを片手に呟いて、頬杖をやめたクザンの手がひょいと目の前の相手へ向けて伸ばされる。
 けれども、大きなその掌は目の前の相手の腕を掴むことも出来ないまま、ふ、と軽く空を撫でただけだった。
 ナマエの体を通過した自分の掌を見つめ直して、あーもう、と声を漏らしたクザンの前で、ナマエがわずかに身じろぎをする。
 それに気付いてその顔へ視線を戻したクザンは、そこに佇む彼が、片腕で真っ赤な自分の顔の下半分を隠すようにしながら、一歩足を引いたのを確認した。

「どうかした」

 それを見やって問いかければ、クザン、おまえ、と声を漏らして、ナマエが恐る恐る言葉を寄越す。

「お前…………俺のことが、好きだったのか?」

「………………だから、そう言ってるでしょうや」

 寄越された問いに返事をしてから、仕方ないな、とばかりにクザンは続ける。

「とりあえず……おれが満足するまで、おれと一緒にいなさいね」

 死ぬまで満足する予定はないけど、とは言葉を続けなかったものの、伝わってしまったのか、クザンの向かいの『幽霊』の顔は更に赤みを帯びて、そろそろ頭から蒸気を零してしまいそうなほどだった。



end


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