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ねこのひのこと
※偉大なる航路ご都合主義
※猫耳猫尻尾注意
※なんとなーくトリップ主



 『ネコネコフルーツ』とは何か。
 馬鹿みたいな名前だが、れっきとした不思議果物であるらしい。
 一口食べれば猫の耳が生え、二口食べれば尻尾が生え、と食べれば食べるほど体が猫の姿をとっていき、そして最後は街角を歩く普通の大きさの猫になる。
 感性や習性もどことなく猫になるようだが、一日もあればもとに戻るし副作用もない、いわゆるジョークグッズのようなものという扱いだった。
 あとうまい。とてもうまい。
 なぜ俺がその『味』を知っているのかといえば、まあ今俺の頭の上に耳が生えて尾骨から尻尾が生えているからである。

「……こういうのは、せめてナースが食べるべきだろ……!」

 こぶしを握って甲板をたたく。
 ちょっとまふんとした感触があるのは、恐らく俺の両腕も毛皮に覆われているからだろう。
 噂の果物を半分食べただけで、俺の体はまるで努力の足りない動物系能力者のような姿になっていた。
 いつもの宴の最中、フルーツの盛り合わせに手を伸ばした俺が悪かったのか。
 人の変貌を見てゲラゲラ笑っていた仕掛け人らしいわが『兄弟』殿は、すでに酔いつぶれて眠っている。

「引っかかるほうが馬鹿なんだよい」

 ため息とともに傍らに座った気配を感じて、俺はそちらへ視線を向けた。
 酒瓶を片手にこちらを見つめたマルコが、じっとこちらを見ている。

「初めて見たし初めて食ったんだ、引っかかるのもしょうがないだろ」

「ナマエは世間知らずだからねい」

 俺の言葉に、やれやれとマルコが肩をすくめた。
 確かに、俺はマルコたちに言わせれば『世間知らず』の分類らしいが、ちゃんと常識に基づいて行動している。
 唯一の問題は、この世界で俺の『常識』が通用しないということだけだ。

「しかし、本当に生えてんだねい」

 しみじみとそんなことをかみしめている俺をよそに、マルコが俺へ向けてひょいと手を伸ばした。
 耳をつかんで軽くひっぱられ、何するんだと耳を動かす。
 ぱたりと動いたそれで指をはらうと、目を丸くしたマルコが俺の隣で言葉を紡いだ。

「自在に動かせるのか」

「そりゃそうだろ。ほら」

 問われた言葉に頷いて、今度は尻尾を動かしてみる。
 マルコが持っている酒瓶に長いそれを軽く絡めると、へえ、と声を漏らしたマルコがその手で軽く俺の尻尾を捕まえた。

「どのあたりが触られてる感触なんだよい」

「どのあたりって……尻尾だろ」

 問われた言葉に首を傾げると、わかんねェやつだねい、とマルコが笑う。

「生えてないときなら、どの辺だよい」

「生えてないとき?」

 訳の分からないことを言い出す相手に、俺は軽く首を傾げた。
 それから少しだけ考えて、マルコの背中側に手を伸ばす。

「大体たぶん、この辺の」

「っ!」

 軽く背骨をたどって尾骨のあたりに手をやろうとすると、びくりと震えたマルコが背中をそらした。
 思わず動きを止めてしまって、俺は目の前の相手を見やる。
 マルコのほうはばつが悪いのか、眉間にしわを寄せてこちらを睨み付け、なんとひどいことに俺の尻尾を強く握りしめた。

「いっ!」

 指を数本束ねて握りしめられるような痛みに、思わず声が漏れる。
 慌てて尻尾を取り返し、俺はマルコに握られたあたりを軽くさすった。

「馬鹿マルコ、何すんだ!」

「うるせえよい、ナマエが悪ィ」

「何が!」

 聞かれたことに答えようとしただけだっていうのに、なんてひどい言いぐさだろうか。
 大体それなら、そんな回答を得る質問をしたマルコが悪いのだ。
 なんて奴だと片手でさすさすと尻尾をさすってから、俺はつんと顔をそらした。
 まったく、もうマルコの話なんて聞いてやるものか。

「……ナマエ?」

 傍らから声をかけられるが、それにも応えなかった。
 少々大人げない気もするが、酒の入っている今の俺を止めてくれる理性は存在しない。

「おい、ナマエ?」

 ガキかよい、なんて声が聞こえたが、それも放置して無視を続ける。
 ややおいて、軽くため息が聞こえた後、ひょいと何やらぬくもりが俺の背中に触れた。
 半分ほど毛皮に覆われてしまった俺の背中を、服の上からするするとそのぬくもりが撫でていく。
 数回の上下を繰り返した後、たどるように動いた手がくるりと首のあたりまで辿って、無視を続ける俺の頭まで撫でた。
 さらには顎元まで撫でられて、穏やかなその手つきにごろ、と何やら低い音が自分の体の中で鳴ったのがわかる。

「…………」

 思わず身を固めてしまった俺の横で、ぷふ、と何やら噴き出すような音が聞こえた。
 それに気づいてすぐさま隣を睨み付ければ、片手で口元を抑えたマルコが座っている。
 隠れているが、その口がニヤついているのなんて一目瞭然だった。
 俺に触れているほうの手は、俺の視線なんて構わずさらに俺の顎や首周りを撫でて、かゆいところに手が届くようなこそばゆさにやはりゴロゴロと音が鳴った。
 これは一体俺のどこから鳴っている音なんだろうか。
 自分の体なのにまるで分からない。

「…………不可抗力なんだからな」

「わかってるよい」

 眉を寄せたまま言葉を紡いだ俺の横で、どうしてか気分よさそうにマルコがそう言葉をこぼす。
 その余裕ぶった顔がなんとなく面白くなくて尻尾を動かしたものの、その首元に触れたところで肩をすくめたマルコのもう片手によって、なんなく捕まえられてしまった。
 その手の中でびちびちと俺の尻尾が暴れているが、活きがいいねい、なんて言って笑ったマルコは逃がしてくれない。
 結局俺はその日、宴会が終わるまで、マルコの好きなようにあちこちを撫でられて過ごしたのだった。



end


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