来年は当日で
※若レイリーさんとトリップ系ロジャークルー
※微妙に子シャンクス
ナマエが四日ぶりにオーロ・ジャクソン号へと戻った時、船内は静かなものだった。
どうやら、ほとんどの船員たちは町へと繰り出しているらしい。
きっとどこかの酒場で陽気に酒を食らっているのだろうと把握して、ナマエが笑う。
「俺も後で行こうかな」
「あー!!」
同じように酒を飲めるとは思えないが、終わりの頃に参加すれば、他のクルー達と同じように酔えるだろう。
そんなことを思って呟いたその声に重ねるようにして、他の船員たちより幾分高い声が上がった。
お、とナマエがそちらへ顔を向ければ、どうやら倉庫の方から出て来たらしいシャンクスが、ナマエの方を思い切り指差して大きく口を開けている。
人を指差すもんじゃないぞと何度かやっている注意をしたナマエを無視して、駆け寄ってきたシャンクスの幼い手がナマエの服を掴まえた。
「ナマエ、どこ行ってたんだよ今まで!」
「え?」
咎めるような声をだして、咎めるようにその顔を見上げながら、言葉を放ったシャンクスがぐいとナマエの服を下へ引く。
ぐいぐいとされるがままに少しばかり身を屈めて、両手に持っている荷物を抱え直したナマエは不思議そうな顔をした。
「どこって、島に決まってるだろ」
海を愛するロジャー率いるこの海賊団は、今回も無事航海を終えて、新たな島へと辿り着いた。
久しぶりに長期間の停泊をすると聞いて、それじゃあちょっと出かけてくる、とナマエはいつものようにロジャーとレイリーに声を掛けて船を降りたのだ。
案外と海賊を歓迎する様子のある港町を離れて、海に面していない町の方まで足を伸ばしたのは、そちらに珍しい酒があるという噂を聞いたからである。
ナマエの言葉に、何考えてるんだよと告げたシャンクスが頬を膨らませる。
「レイリーさんがかわいそーだろ!」
「レイリーが?」
そうして飛び出して来た名前に、ナマエはますます不思議そうな顔をした。
ナマエの記憶にあるシルバーズ・レイリーは、つい三日前、出かけてくると口にしたナマエ相手に頷いたいつもの彼だ。
そう言ったナマエが言い渡されている期間内に島を出歩くのはいつものことであったし、どちらかといえばひとところに留まることの多いレイリーはそれについて来ようとはしない。
今頃は女でも侍らせて酒でも飲んでいるのだろうと思いながら帰ってきたと言うのに、一体何の話だろうか。
戸惑うナマエを見上げたまま、シャンクスがぐいとナマエの服を引いた。
古着が破れてはかなわないと、それに従ったナマエが足を前に動かす。
それを見て、ぐいぐいとナマエを引っ張って通路を歩き出しながら、シャンクスが口を動かした。
「いいから、早くレイリーさんに謝っとけって」
「謝る?」
「レイリーさん、ナマエに『おめでと』言われるの楽しみにしてたんだからな」
「オメデト?」
「あーもう! だから!」
ひたすらに不思議そうな顔をするナマエを見上げ、シャンクスは地団太を踏むように足を踏み鳴らした。
大きくなれば船長と同じように人を魅了するようになるのだろうその瞳がナマエを見上げて、少しばかり尖った口が言葉を紡ぐ。
「一昨日はレイリーさんの誕生日だったろ!!」
「……………………え?」
放たれた言葉に、ナマエはきょとんと目を丸くした。
※
「ああ、ナマエか」
そっと訪れた一部屋で、室内へと入ってきたナマエをちらりと見やって名前を呼んだシルバーズ・レイリーは、いつもと変わらぬ様子で手元の本を読んでいた。
その傍らには酒があって、どうやら仲間達からの贈り物らしいそれらは室内の端に大量に置かれている。
そのうちの何本かが空になっているのを確認して、酒の匂いの充満したその船室の中で足を動かしたナマエが、椅子に座るレイリーへと近付いた。
「レイリー、一昨日誕生日だったって言うのは本当か?」
そうして正面から尋ねたナマエに、レイリーの指がぴくりと動く。
その目がちらりとナマエを見やって、まあな、とそのまま小さな声が戻った。
本人からの肯定に、ナマエががくりと膝を折る。
「嘘だろ……!」
「まァ、この年になってまで祝って欲しいとは思わないがな」
ナマエの言葉に重ねるように言いながら、レイリーの手がちゃぷりと酒の入った瓶を揺らす。
しかしきっと、祭り好きのロジャー海賊団は、彼の誕生日を盛大に祝ったことだろう。
部屋の端にある贈り物の山を見れば、そんなことは容易に想像できる。
船を離れていたが為にそれに参加することのできなかったナマエは、何とも悔しげに声を漏らした。
「レイリーの誕生日は絶対に四月八日だと思ってたのに……! どういう語呂合わせだったんだ……!」
「何の話だ」
ばしんと床を叩くナマエに、レイリーが首を傾げる。
しかし、どうせいつもの『おかしな』発言だろうと思っているのか、追及してくる様子はない。
つい最近ロジャー海賊団の一員となったナマエは、彼曰くの『おかしな奴』だった。
その頭にはこの世界にはない常識や情報が詰まっているのだから当然だ。
わけもわからないままこの世界へと放り出されて、途方に暮れていたナマエを拾ったのはこの船の船長だった。
その顔と名前を聞いて昔読んだ『漫画』を思い出したナマエが『船に乗せて欲しい』と頼んだ時、いいぞと笑顔で快諾したロジャーをよそに渋ったレイリーも、今ではしっかりとナマエを自分たちの身内に数えてくれるようになっている。
たったひと月足らずでその態度になるあたり、彼も優しい海賊だ。
そんな彼の『誕生日』が過ぎていると『勘違い』してしまった事実に、ナマエはその口からため息を零す。
「ああもう……いいや……」
小さく呟いてから、ナマエは己が抱えていた荷物を床へと置いた。
大きな麻袋の中から箱を取り出して、床の上に膝立ちになったまま、それをそっとレイリーの机の上に置く。
「はい、どーぞ」
「……何だ?」
「誕生日おめでとう、レイリー」
膝を折った姿勢のまま、机の向こう側からナマエが見上げた先で、レイリーが少しばかり怪訝そうな顔をしている。
その手が軽くナマエの差し出した木箱を撫でて、それからナマエの方へと押しやった。
「自分の為に買ってきたんだろう、そんなに気を遣わなくていい」
「うわ、中身割れ物なんだから落とそうとするなよ」
そのまま机の上からナマエの方へ落とそうとする相手へ声を上げて、ナマエの両手がそれを押し留める。
「違う違う、これレイリーのだから」
そうして言葉を紡げば、レイリーの目が軽く瞬きをした。
随分飲んでいるらしいわりに、それほどぼんやりともしていない眼差しがナマエを見やって、それから木箱へ視線を戻す。
「……土産か?」
「もともと、レイリーの誕生日プレゼントだから」
ちょっと遅れたけどな、ともう一度ため息を吐きつつ、ナマエは木箱を改めてレイリーの前へと押しやった。
それを聞いて首を傾げたレイリーが、その手でもう一度木箱に触れる。
「誕生日は知らなかったのに、誕生日プレゼントを用意したのか?」
「いや、一年かけていろいろ用意するつもりだったんだ」
寄越された言葉に、ナマエは素直にそう答えた。
彼の『誕生日』だと思っていた日付が過ぎているとナマエが『気付いた』のは、一週間ほど前、シャンクスとバギーが己の誕生日の話をしていた時のことだ。
海のことも船のことも分からないナマエは本当にロジャー海賊団の下っ端の新入りで、ため息を吐きながらもそれを構って色々なことを教えてくれた副船長に感謝を示すなら、『誕生日』というのは絶好の日取りだろう。
しかしいつ何時この世界から『帰る』かも分からないナマエは、それならばレイリー宛の誕生日プレゼントを買いだめておこう、と言う結論に達したのである。
レイリーの好きなものなどあまり知らないが、一年近くも買い貯めておけば結構な数にはなるだろうし、そうすれば一つくらいはレイリーの気に入るものも出てくるだろう、という判断だった。
『元の世界』から持ってきていた私物を売り、そうして手に入れたベリーを使って物を買うことくらいはできる。
その最初の一つ目をレイリーに差し出す羽目になっているというわけだが、これはもう仕方がない。シルバーズ・レイリーが五月生まれだなんて、その名を聞いただけではわからない。
ナマエの返事に、レイリーが少しばかり呆れた顔をする。
「船に余計なものを積もうとするな」
「俺の私物ということで、そこは一つ」
「荷物は最低限にしろと言っているだろうが。全く……」
溜息を零しながら、レイリーの手が仕方なさそうに木箱を手繰り寄せた。
リボンもかかっていないその贈り物を片手で開いて、中身を覗き込んだレイリーの目が、それからぱちりと瞬きをする。
「…………しかし、趣味は悪くないな」
そんな風に呟いてから、木箱のふたを持っていない方の手が自分の持っていた酒瓶を持ち直し、机の向こうのナマエへその瓶底を向けた。
ちゃぷ、と揺らされるそれに受け取れと言われていると把握して、ナマエが両手でそれを受け取る。
くるりと回したラベルは随分と度数の高いもので、自分が飲んだらすぐに潰れるな、とナマエは把握した。ロジャー海賊団に乗り込む人間たちの肝臓がどうなっているのかは知らないが、ナマエは純粋な日本人である。
しかしそんなナマエへ向けて、レイリーがあまり見せないような爽やかな笑みを浮かべる。
びくりと思わずナマエが身を引いてしまったのは、その笑顔を浮かべる時のレイリーがあまり優しいことを言わないせいだ。
「さて、せっかくの酒だ。付き合えナマエ」
「え、あ、いや、これだって誰かから貰ったんだろ? せっかくだからレイリーが飲んだほうが」
「安心しろ、その瓶はおれが自前で用意した。強いのが飲みたかったからな」
慌てて言ったナマエの言葉を遮るように言葉を重ねて、微笑んだレイリーの手が木箱からナマエの贈り物を取り出す。
珍しい銘柄らしいそれのラベルをその指が軽く撫で、まさか嫌だとは言わないだろう? と柔らかな声で囁いたレイリーに、困った顔をしたナマエが仕方なく飲みかけの瓶を持ち直した。
開いた酒瓶からはつんとするアルコールの匂いがしていて、もう半分は減っているものの、飲み干せる自信は皆無だ。
「……俺が潰れたら、介抱してくれよな」
「まあ、善処しようじゃないか」
ナマエの言葉に楽しそうな顔をして、それなら椅子を使えと部屋の端の椅子を指差したレイリーに、従ったナマエがようやく立ち上がる。
引きずってレイリーの近くに寄せたその椅子の上に座り、改めてレイリーの誕生日を祝ったナマエの意識があったのは、それから一時間程度のことだった。
end
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