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ストローハット
※何気にトリップ系主人公はバルトクラブクルー


 バルトロメオが打ちひしがれている。
 甲板の上でうーうー唸りながら涙をこぼす陸のマフィア上がりの海賊に、俺は思わずため息をこぼした。

「何泣いてるんですか、船長」

「これが泣かねえでいられるが!」

 声をかけつつ横に屈み込むと、憤りもあらわにバルトロメオが声を張り上げた。
 その目はじろりとこちらを睨み付けているのだが、真っ赤に充血した目に涙を浮かべて、はなまで垂らしていてはまるで迫力がない。
 ひどい顔ですよとそちらへ言いながら手元のタオルをその顔に押し付けると、うぶ、と声を漏らしたバルトロメオが少しだけのけぞった。
 その大きな手が俺からタオルをむしり取り、ごしごしと荒々しく自分の顔をぬぐってから、甲板へとそのタオルを叩き付ける。

「ナマエ、どうしてお前は泣いてねェんだべ!」

「またそんなこと言って」

 人に連帯感を押し付けてくる相手にため息をこぼしつつ、俺はちらりと甲板を見やった。
 同じように何人もの海賊たちが打ちひしがれている甲板の中央には、一つの物体が置かれている。
 バルトロメオや他のクルーたちが嘆き悲しんでいる原因は、そのストローハットだった。
 いずれ『海賊王』になるだろう『最悪の世代』の代名詞、今はきっとどこかの島で修行に励んでいるんだろうモンキー・D・ルフィがその頭にのせているものにそっくりなそれは、つい先日バルトロメオが見つけてきたものだった。
 今までで一番『ルフィ先輩』のものに似ていると大興奮で、かぶってみるのかぶらないのでわあわあと子供のように喜んでいたのが、もはや懐かしい。
 しかし今のそれには、あの時の完璧な形など見る影もない。
 外になんて出しているから、うっかりひっかけてしまった海軍と交戦したときに巻き込んでしまったのだ。
 気付いた俺がそれを取りに戻ろうとしたのに、人のことを船室に押し込んで外から鍵までかけたバルトロメオは、俺が出してもらえたときにはこのありさまだった。
 どうやら海軍は退けたらしく、遠くに見えていた黒い煙を引く軍艦ももうその姿は見えない。
 いつもなら『海軍を退けたぞ!』『またルフィ先輩たちに一歩近づいた!』と大喜びだというのに、クルーたちに笑顔はない。
 たった麦わら帽子一つでこんなことになるなんて、海軍に知れたらことなのではないだろうか。
 陸での悪名も手伝って、バルトロメオはなかなかな金額を首にかけた海賊なのだ。
 やっと出してもらった甲板であれこれと後片付けをしていたのだが、それを済ませても動く人間はほとんどおらず、これではまるで船が機能しない。
 甲板にくっついたガムをはがして過ごすにも限度というものがある。
 大体、バルトロメオは馬鹿みたいに楽しそうに笑っているのが似合っているのであって、この世の終わりのように嘆き悲しむ様子なんてまるで似合わない。
 俺を海でひろった時だって俺を船に乗せると決めた時だって笑っていた誰かさんのぼろぼろの顔を見やり、仕方ないな、とため息をこぼして、俺はバルトロメオのそばから立ち上がった。

「んぐ……ナマエ?」

 はなをすすりつつこちらを見た相手には答えずに、一度船室へと引っ込む。
 そして俺以外に使う人間のほとんどいなかった箱を片手に甲板へ戻り、俺は甲板の上のほとんど全員が取り囲んでいる一か所へと近づいた。
 傍らへと座り込み、触ることも恐ろしいと言いたげにそのままにされているものに手を伸ばすと、ああ! とバルトロメオのほうから声が上がる。

「ナマエ、何してんだべ! もっと壊れたらどうすんだ!」

「……あのですね、船長」

 慌てたように近寄ってきたバルトロメオが、俺から麦わら帽子を奪い取ろうとしてしかし強行できずにわたわたと両手をさまよわせているのを見上げつつ、俺は手に持ったものをそっと自分の膝へと乗せた。

「あれだけの伝説を残す『ルフィ先輩』が、まさかその麦わら帽子をずっと無傷にしていられたと思いますか?」

 尋ねつつ、とりあえず横に置いた箱からとってあったものを取り出す。
 俺の手元のそれに、バルトロメオの目が丸くなった。

「『ルフィ先輩』にだって帽子を守れなかったときはあるし、その時はちゃんと仲間が修理してくれるんですよ」

 実際に見たことはないが、確か航海士に修理をねだっていた時があったはずだ。
 そんなことを考えつつ手を動かして、俺は作業を始めることにした。
 何度も何度も『失敗』したので、まあなかなか作業も慣れているのではないだろうか。
 裂けた継ぎ目へ丁寧に差し込み足していくのは、俺があちこちの島で買い込んできた『麦藁』である。
 見るも無残に裂けてはいたが、ちぎれてはいなかったのは幸いだったというべきだろうか。
 いっそ縫い合わせてもよさそうなものだが、それをしてボロボロにしてしまうとまた泣きそうだ。それは困る。

「…………よし……って、うわっ!」

 できるだけ丁寧に手を動かして、気付けば熱中していた俺がどうにか終わったそれに軽く息を吐いて顔を上げると、すぐ目の前に怖い顔があった。
 驚いて身を引いたところで、いつの間にやら自分がこわもての海賊たちに取り囲まれていることに気付く。
 数人がカンテラを持っていて、そういえば見上げた空はずいぶんと暗くなってしまっていた。
 どうやら俺の手元を照らしてくれていたらしいクルーたちには礼を言いたいところだが、しかし明かりを顔より低い位置にはおかないでほしい。下から光が当たって、怖い顔がよけい怖い。
 そして俺の正面に座っていたバルトロメオは、驚いているのか何なのかその目を見開いて、それから震えるその手をこちらへ伸ばした。
 麦わら帽子へ向かっているその手にそっと帽子をのせてやると、こわごわと触れたそれを裏返し、俺の補修のあとを確認したバルトロメオの目が、こちらを向く。

「…………ナマエ……」

「なんですか、船長」

「………………救世主!」

 そうして放たれた言葉ときらきらと輝くような視線に、え、と思わず声を漏らしてしまった。
 そんな俺をよそに、すごいすごいと手放しで子供のような言葉を並べたバルトロメオが、ばしばしと俺の肩をたたいてから立ち上がる。

「よし! 帽子がなおった! 宴だべ!」

 船長からの号令に、クルーたちが大きく声を上げた。
 それからすぐさま散り散りになり、ばたばたと甲板をかけていく。
 どうやら今日はこれから宴らしい、と把握した俺の前で、にかにかととても嬉しそうに笑ったバルトロメオがこちらへ視線を戻した。

「あんがとなナマエ! ルフィ大先輩の帽子が直ったべ!」

「いやそれはただのそっくりな帽子であって……」

 弾んだ声に、思わずそうつぶやいたものの、どうもバルトロメオはそれに気づいた様子もない。
 その手が改めて帽子を支えなおし、とりあえず部屋へ飾ってくると言葉を置いてかけていったその背中を見送ってから、やれやれ、と俺は息をこぼした。
 手元に残った『麦藁』を見下ろして、それからそれを傍らの箱へと放り込む。

「……まァ、捨てる前に役立ってよかった、か?」

 軽く首を傾げて呟いてみても、独り言なんだから誰からも返事はこない。
 どこの店に行っても『似てない』なんて言っては店主を怒らせる誰かさんのために、内緒で満足のいく形を作ってやろうと思い立ったのはいくつ前の島でのことだったろうか。
 補修が早く終わってしまうくらいに手慣れはしたものの、なかなか満足のいく形が作れないでいる間に、バルトロメオはあの帽子を見つけてしまった。
 自分のこれまでの時間が無駄になったかと思うとちょっとむなしかったが、『あの帽子』を見つけたと言って大喜びで帰ってきたバルトロメオの顔ときたら、崩れまくって緩みまくって大変なことになっていた。
 そんなにも喜んでいる顔を見ていたら自分が何をしようとしていたかなんて言い出せるわけもなかったし、結局、俺の技術だって無駄にはならなかったのだから、まあいいか。

「さて、と」

 言葉をこぼしつつ立ち上がった俺も、ひとまず『宴』の準備に参加することにする。
 船の上の人間のほとんどがはしゃいでいるせいか、宴はそれから一時間もしないうちに始まった。
 『帽子』が直ったことがそんなにも嬉しいのか、バルトロメオの酒の飲み方は尋常じゃない。
 ほかのクルーたちも同様だ。
 明日は二日酔いの連中ばかりだろう、恐ろしいことだ。
 わいわいがやがや騒がしい甲板で、酒をよそに料理をつまむ俺の横で、浴びるほど酒を飲んで酔っ払ったバルトロメオがごろりと甲板になつく。
 機嫌よく鼻歌を歌って、その目がふと何かに気付いたかのようにこちらを見やった。

「……そういやナマエ、どーして『麦藁』持ってたんだべ〜?」

「…………」

 バルトロメオの為に麦わら帽子を作ってやろうとした、だなんてそんな簡単なこと、答えたって別に構わなかっただろう。
 しかし俺は、べろべろの酔っ払いから不意打ちのようによこされた問いかけを、聞こえなかったことにした。
 別に恥ずかしかったわけではなくて、意地悪をしたい気分だっただけだ。
 絶対に。



end


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