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弟のおつとめ
※転生トリップ系主人公は無知識
※名無しオリキャラ注意



『なー兄貴、それって苦い?』

『そりゃそうだろ、酒だもんよ』

『ふーん……ひとくち』

『何ぬかしてんだ未成年』

『いてっ』

『仕方ねェなァ、それじゃあお前が酒の飲める歳になったら、飲むのに付き合ってやるよ』

 にやりと笑ってそう言ってくれた兄貴の顔もその声も、もうぼんやりとしか思い出せない。
 懐かしいそれにため息を零して、俺は自分の手元を見下ろした。
 ちゃぷりと水音を立てた酒瓶は、今日ようやく辿り着いた島の店先に置かれていたものである。
 ちらりと見やった店内では、俺と一緒にここまで来た『兄貴分』が店主となにやら話しこんでいる。
 多分酒の買い付けをしているんだろうということは分かった。
 何故ならこの店が酒屋だからだ。

「おし、そんじゃあ三日後にな!」

 話が終わったのか、にかりと明るく笑って言葉を投げたその人が、それからちらりとこちらを見る。
 それから軽く首を傾げて、ナマエ、と俺の名前を呼んだ。

「どうした、それ買うのか?」

「え? あ、いや」

 問われた言葉に自分の手元を見直して、慌てて商品を店先へと戻す。
 いくつかの酒が同じように並んだ店先では、それぞれの瓶が注ぐ日差しを弾いていた。
 同じラベルの酒ばかりなので、もしかしたら丁度安売りしているものなのかもしれない。

「別に買ってもいいんだぜ?」

 笑った相手が近寄ってきて、先ほどまで俺が触っていた酒瓶をひょいと持ち直した。
 そしてその目でラベルを確認してから、店主へ向けて声を掛ける。
 ポケットからつかみ出したベリーを店先に置いて、酒瓶を片手に歩き出した相手に、俺は慌てて後を追いかけた。

「サッチ隊長、俺は別に」

「いいからいいから、ほら」

 買って欲しいと頼んだわけじゃないのに、と慌てて声を掛ける俺を見やって、サッチ隊長がその手の酒瓶を俺へと押し付ける。
 ぱっと手を離されて、結局俺は酒瓶を受け取る格好になってしまった。
 手の中で、重たい瓶の中身がちゃぷりと揺れる。
 仕方なくラベルを見下ろして、随分な度数に眉を寄せた俺の横を歩きながら、サッチ隊長が口を動かした。

「その酒、好きなのか?」

「いや、飲んだこともない酒ですが……」

「へえ?」

 別にそんなに珍しい種類のもんでもないけどなァ、と呟くサッチ隊長が、両手を軽く自分の頭の後ろへ添える。
 そのまま歩く相手を横から見上げてから、俺は軽く息を吐いた。

「今持ち合わせないんで、船に戻ったらお金払いますね」

「あ? いいって、別にそのくらい」

「お金のことはきっちりするべきですよ、サッチ隊長」

 きっぱり放った俺の言葉に、相変わらずしっかりしてんなァ、とサッチ隊長が笑う。
 そうでもないですと言いながら、俺は視線を自分の前方へ向けた。
 さすがにグランドラインに浮かぶ島らしく、港へ続く大通りにはいろんな種類の人間が歩いている。
 普通の人間だって、俺の知っている常識とはまるで違う大きさの人が半分以上を占めていた。
 生まれて初めてそんな光景を見たときは、俺を育ててくれた『母親』が心配するくらい言葉を失って立ち尽くしたものだけど、今はもうすっかり慣れてしまった気がする。
 下手をすれば、俺の頭の中にあるあの『常識的な世界』のほうが、妄想か空想の世界のようだ。
 片手で年齢が数えられるような頃から色々なことを知っているなんていう不可思議さえなかったら、きっと俺だって自分が少しおかしいだけだと片付けていたことだろう。
 一番最後の記憶ももはやおぼろげだけど、俺は多分、あの『常識的な世界』で死んでしまった。
 そして今は、様々な事情を経て海賊をやっている。
 俺の手の上にある事実はそれだけだ。

「『兄貴』が『弟』を甘やかしてェって言ってんだから、甘やかされときゃあいいのによ」

 軽く笑ったサッチ隊長がそう言って、動いたその手が俺の肩を抱くようにして捕まえた。
 ぐいと引き寄せられて、酒瓶を抱えたままでたたらを踏む。

「わっ サッチ隊長、危ねェ、です!」

「まーおれのプレゼントが受け取れねェってんなら仕方ねェ、次はどこの店でオネダリしてくれるんだ? ナマエ」

「オネダリなんてしません!」

 言葉を紡ぎながら大通りから横の道へ曲がっていこうとするサッチ隊長に、俺は慌てて足をつっぱった。
 ぐいぐいと引っ張る相手に抵抗すれば、仕方無さそうに足を止めたサッチ隊長が、その目で俺を見下ろす。

「何だよ、強情な奴だな」

 仕方無さそうにそう言って笑う相手に、何でオネダリなんかしなくちゃなんねェんですか、と俺は相手を見上げて唸った。
 サッチ隊長は俺よりいくらか年上だが、俺だってもはやこの世界では成人している男なのだ。
 『兄貴』に色々と強請っていた『過去』とは違うのだから、自分が欲しいものくらい自分で買うに決まっている。
 眉を寄せた俺を見下ろして、サッチ隊長が軽く首を傾げた。
 わずかにリーゼントを揺らしてから、笑みを浮かべたままの唇が動く。

「そりゃお前、『弟』は『兄貴』に甘えるもんだろ?」

 『弟』の自覚が足りねェなァ、なんて言う風に笑うサッチ隊長は、しっかりと俺の肩を抱いたままだ。
 サッチ隊長の言う通り、今の俺はこの人や、他のたくさんの『兄貴分』達の『弟』だった。
 俺の町を襲い、俺の家族や友達達を殺した海賊を島から追い出した『大海賊』に憧れて、俺がその船へと乗り込んだからだ。
 どんな財宝よりも大事なものを『宝』にしている『エドワード・ニューゲート』が、今の俺の『オヤジ』だ。
 そして俺より先にその『息子』になっていたサッチ隊長は、すなわち俺の『兄貴』のうちの一人なのである。

「俺だって大人なんで、甘えてばっかりじゃァいられねェんです」

 『過去』の記憶に照らし合わせても、年齢で言えば酒だって飲めるようになった。タバコはやったことがないが、吸ったって怒られないだろう。
 ひょっとしたらまた子供のうちに死ぬんじゃないかと思ったこともあったけど、俺はこうして生きて大人になっている。

「何言ってんだ」

 俺の言葉に笑いを零して、サッチ隊長があいていた手を俺の頭へ押し付けた。
 ぐしゃぐしゃと俺の髪をかき回すようにして撫で回され、俺はがくがくと頭を揺らす羽目になった。
 うわあともぎゃあとも付かない声が揺れて落ちる俺を気にせず、好きなだけ人の頭を撫で回した後で手の力を緩めたサッチ隊長が、ぐしゃぐしゃになった俺の髪を軽くかきあげる。

「『弟』ってのは、いつだって『兄貴』に甘えていいもんなんだよ」

 わかってねェなァ、なんて言いながら笑うサッチ隊長の顔に、誰かが重なった気がした。
 そのことに戸惑い、ぱちりと瞬きをした俺を気にする様子もなく、サッチ隊長が俺を連れて再び歩き出した。
 油断してそのまま路地に連れ込まれて、踏ん張ろうにも足が滑る。

「あ、ちょっと、サッチ隊長!」

「大体、ナマエはちっと甘え方が下手すぎんだよなァ。ほれ、可愛くオネダリしねェと、おれとおそろいの服ばっかり買っちまうからな」

 それで船に戻ったら髪も整えてやる、と続いた言葉に、俺は慌てて片手で自分の頭をおさえた。
 無理やりリーゼントなんか作られて、しかもペアルックになんてさせられたら、他の『家族』達にどんな風にからかわれるかなんて考えたくもない。

「それだけはやめてください」

「んー? そりゃあナマエ次第だなァ?」

 まァ頑張れよ、と他人事のように言いながら、俺を引き摺るサッチ隊長がちらりとこちらを見下ろした。

「そんで、船に戻ったらその酒でも飲もうぜ」

 つまみも作ってやるよ、と料理上手の『兄貴』が言う。
 結局自分が飲みたいから買ったんじゃないか、とそこで俺は思い至ったが、指摘する前に適当な店へと連れ込まれてそれも叶わなかった。
 ペアルックだけは避けたくて頑張った結果、妙にたくさんの『オネダリ』をしてしまったのだが、散財した誰かさんのほうが満足そうだったので、これも『弟分』の務めだったと言うことだろう。



end


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