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パンツはレンタルできません
※何となく異世界トリップ系男子はドフラミンゴの現在のお気にポジション
※ドフラミンゴが小さい




 全くもって、意味が分からない。

「ん? どうかしたか、ナマエ」

「……いえ」

 問いかけて『見上げられ』、俺はひとまずそう返事を口にした。
 いつもより静かな室内で、目の前にあるものがどうにも信じられないが、そっと掴まえた自分の頬をつねってみたら痛かったので、どうやらこの目の前の光景は現実のものであるらしい。
 見つめた先には時々主が足を乗せている馬鹿馬鹿しいくらい重厚なつくりの執務机で、どうしてかその机の上には頭部分が丸い黒の鳥籠のようなものがあり、開いたそれの入り口に座り込んだ『人影』がある。
 ぷらぷらと足を揺らして、いつものように機嫌よく笑っているその人影はどう見ても、ドンキホーテ・ドフラミンゴだった。
 しかし、その姿は俺の倍近くあるいつものものではなく、昔妹が持っていたなんたらちゃん人形のもう少し小さい大きさだ。その大きさだというのに着ている衣服がいつもと何も変わらないのは、誰かが特注で作ったんだろうか。そんな馬鹿な、と言えないのは、そこに座る彼を『若様』と呼ぶ誰かさん達ならやりかねないからだろう。

「……それで、どうしてそんなお姿に?」

 ぐるぐるとあれこれを考えながら近づいて、俺はひとまず一番最初の疑問を口にした。
 机の傍で立ち止まった俺を見上げてから、フフフフ! とドフラミンゴが笑う。

「この間のオークションで、面白そうな薬が出回ってたつったろう?」

「……ああ、そういえば」

 一週間ほど前、妙に可愛らしい小瓶を揺らしてそんなことを言っていた気がする。
 しかし、確か飲んでみるかと言ったドフラミンゴの手をモネが止めて、シーザーに成分を確認させてからだとかどうとか言っていた筈だ。
 確かに、何が入っているかも分からない物を飲んで命に危険があっては堪らないし、その理由を出されたドフラミンゴは仕方なさそうに小瓶を彼女へ引き渡していた。
 あれから小瓶を見かけなかったから、もうすでに飲んでいて大した効き目が無かったか、とてつもなく危険な成分が入っていてその報告だけを受けたかしたのだろうと何となく思っていたと言うのに、どうやらそのどちらも違ったらしい。
 なるほど、と把握して頷いた俺の前で、この高さからあれこれ見るのも悪くねェな、とドフラミンゴが呟いた。
 片手で黒い檻を掴んだまま、相変わらず楽しげに足を揺らしている相手に、そうですか、と返事をする。

「普段が大きいですからね」

 日本人である俺に言わせれば『常識外れ』の巨躯を持っていた相手へ言いながら、ひとまず片手に持ってきていた書類を机へ乗せる。
 何で小さくなってわざわざ用意した檻に入っているのかは分からないが、檻の中には人形の大きさのソファやらまで置かれていて、扉も開け放たれ、とても快適そうだった。
 どう見たって本物の素材で出来ている気がする。全く、金持ちの考えることは分からない。
 俺がここでこうして雑用係みたいなことをやって過ごしているのは、この世界に何故か迷い込んでしまった俺があの日、往来で見かけたあの『片足の兵隊』の名前を呼んでしまったからだった。
 だってまあ、ドレスローザではうっかりと英雄扱いまでされているドンキホーテ・ドフラミンゴが、自分の真後ろに立っていると思うはずが無い。
 誰もかれもが忘れているはずのその『名前』を知っていた俺の肩を掴んだドフラミンゴによって、俺は現在この城に『軟禁』状態だ。
 さすがに自分が知っている『未来』の話まではしなかったが、俺は出来る限り正直に答えたと言うのに、ヴァイオレットと名乗る彼女に心まで覗かせようとして失敗したドフラミンゴは、あまりにも不審な俺をそのまま生かして飼うことにしたようだった。
 適度に運動もさせられて、今ではすっかり下働きの一人だ。
 何も知らない城の使用人からは少し羨まれるほどドフラミンゴに構われているようだが、俺としてはそういう名誉はいらないのでここから逃げたい。

「ナマエ、手を寄越せ」

 俺の思いを知っていて踏みにじるような笑みのまま、ドフラミンゴがそう言って俺を手招いた。
 その命令に従って左の掌を差し出せば、鳥籠から降り立ったその足がぽんと俺の掌を足蹴にする。
 そのままひょいと手の上に立たれ、何かを確認するようにその場で足踏みをしたドフラミンゴが、ふむ、と頷いた。

「ナマエの掌程度か。やっぱり、随分小せェなァ」

 そんな風に言いつつ、ひょいと動いた足が俺の方へ向けて動き出し、そのまま人の腕の上を歩き始める。

「え、あの、ちょっと」

 何をしてるんですかと呟きながら、俺は慌てて姿勢を低くし、ドフラミンゴが歩いている場所が出来る限り水平を保つように注意した。
 この海賊が無様に床に落ちるとは思わないが、何か粗相をしでかしたらドフラミンゴより先にそのファミリーが怒りそうだ。

「フッフッフ! こうして見ると、てめェが巨人みたいだぜ、ナマエ」

 楽しげに言いながら人の肩口へと到達したドフラミンゴが、人の顔に手を触れながらようやく足を止めた。
 出来る限りの協力をした結果、不格好に屈んでいた姿勢をそろそろと起こしながら、俺も目だけでドフラミンゴを見やる。
 普段よりずいぶん近くにあるその顔が俺の目を覗き込んで、フフフフ、と笑い声を零してから小さな手が俺の頬を撫でた。
 その体に着込んでいる桃色の羽毛コートのせいで、視界の半分ほどがピンクに染まっている。

「あの、危ないですから降りてください」

「何だ、この程度の高さから落ちたって何ともねェよ、心配するな」

 俺の肩の上で笑いながら、ドフラミンゴがそんな言葉を零す。
 俺は俺の身の心配をしているのであって、最初からドフラミンゴのことは心配していない。
 そう言って良いものか悩んだ俺を見つめて、まあでも、とドフラミンゴが呟いた。

「どうしても気になるっつうんなら、そこを貸せ」

「そこ?」

「『そこ』だ」

 言われて目を瞬かせた俺の視界で、言葉を紡いだドフラミンゴが指で示したのは俺の胸元だった。
 体を傾けないように気を付けながら自分の胸元を見下ろして、ちょうどドフラミンゴが指差したあたりにある胸ポケットに、ん? と首を傾げる。
 俺の動きを気にした様子もなく、身じろいだドフラミンゴがするりと人の肩口を滑り下り、その足元から俺のポケットを侵略し始めた。

「え、ちょっと何してるんですか」

 いつだったかの漫画やドラマじゃあるまいし、どうして俺が人間を胸ポケットに入れて歩かなくてはならないのだ。
 姿勢が気になるのか、もぞもぞ身じろいで体をそこへ押し入れながら、ドフラミンゴが俺を見上げた。

「落ちるんじゃねェか気になるんなら、おれが落ちたりしねェよう、大人しくここを明け渡せよ」

 そんな風に言いながら、更に体を押し込んだドフラミンゴの動きに呼応して、少しばかりの布の悲鳴が聞こえる。
 見やった先でポケットの端がほつれていることを確認した俺は、それ以上の破壊行為が行われないよう慌てて片手でドフラミンゴの体を抑えた。

「やめてください、俺のポケットが破けますから」

「何だ、根性の足りねェ野郎だな」

 俺の言葉に、自分のすぐ傍で少しばかりほつれてしまったポケットを確認し、ドフラミンゴが肩を竦める。 ただの布に根性を求めるのは無理というものだろう。それとも、『ワンピース』の世界ではそれが常識なんだろうか。
 まさかそんな、何処かのテニスプレイヤーだってそこまではしないに決まっている。

「ほら、出てください」

 ため息をこらえて促すと、チッ、とドフラミンゴが舌打ちを零した。
 それから、ポケットからの脱出を促す俺の腕を片手で抑えて、ふむ、と声が漏れる。

「つまり、ナマエがもう少しでけェ服を着ればいいわけだ」

「なんでそういう結論になるんですか」

「いいじゃねェか。ほら、着替えるぞ」

「え、うわっ」

 呟く相手に呆れた俺へ、ドフラミンゴがその視線を向けた。
 そして言葉と共に動いた手に比例して、自分の体が勝手に動き出し、驚きのあまりに声が漏れる。
 おもちゃを操る子供のように手を動かすドフラミンゴに合わせて、前へ前へと動き始めた足が、部屋から出るべく歩みを進めた。

「……そのサイズでもその能力は使えるんですか」

「悪魔の実の能力に常識が通用すると思ってんじゃねェよ」

 得意げな顔をして言いながら、ドフラミンゴが俺の体を操っている。
 ぴたりとその体を片手で支えたまま、自分でやるよりは少しぎこちない動きでドフラミンゴの私室を後にした俺は、自分のつま先が与えられている自室へ向かっていると気付いて、あの、と声を漏らした。

「言っておきますが、俺はこのサイズの服しか持ってませんよ」

 もとより着の身着のままこの世界に現れてしまった俺の持ち物と言えば、同じ体格の使用人仲間から分けて貰えた古着が殆どだった。
 『働き』に対しては『報酬』をくれるこの胸元の雇い主のおかげでそれなりにベリーはあるが、まず城から出ることが出来ないので買い物も満足に出来ない。
 俺の返事に、何だと? とドフラミンゴが声を漏らした。
 それと共に腕の動きが止まって、それに合わせて俺の体の動きも止まる。
 片手で人形サイズの王下七武海を支えたまま、ぽつんと廊下に佇む格好になってしまった俺は、どうしたんだろうかと胸元を見やった。
 今なら片手で握れてしまいそうなくらい小さな頭で何かを考えたらしいドフラミンゴが、それから、よし、と一つ頷く。

「それならおれの部屋だ」

「え」

 そうして言葉と共に動かされた腕に操られて、俺の体はくるりと後ろを振り向いた。
 来た道を辿りながら向かう先は、どうもつい先ほど後にしてきたはずのドンキホーテ・ドフラミンゴの私室のようだ。

「あの、」

「おれのシャツなら文句なくでけェだろう? ありがたく着ろよ」

 戸惑う俺へ言い放ち、フフフと笑うドフラミンゴは上機嫌だ。
 その元々の体格を思い浮かべ、俺はうんざりとため息を零した。
 大人の服を着込んだ子供のような光景になる可能性しか見えてこない。
 そしてなにより、胸にポケットのある服なんてこの男が着たことがあっただろうか。いや、ひょっとしていつも着ているコートで隠れていたから知らないだけだろうか。
 よく分からないが、その能力が発揮されている以上、俺の体は相手のなすがままになるしかない。
 どうせ、少し遊んだらすぐに飽きるに決まっている。ドンキホーテ・ドフラミンゴは楽しいことが好きで、自分が楽しくなければすぐにそれを放り出せる海賊だ。

「…………はァ……もう、好きにしてください」

 諦めて呟き、俺は自分の意思と関係なく動く手足に身を任せることにした。




「まさかこんなに早く薬の効き目が切れるとはなァ……」

「わかりましたから、今すぐ俺の上からどいて、そして服を着てください」

「おいおい、そんな破けたもんをこのおれに着せようってのか?」

「破けたのは内ポケットに入ってた人が悪いんですよ。それに、裸で衣服の乱れた男の上に座ってるのよりはマシだと思います」

「フッフッフ! 下半身丸出しのシャツ一枚にしてェんならそう言えよ」

「…………」



 人をその体で殆ど押しつぶすように床に倒して、人の腹の上に乗ったままで笑う全裸の誰かさんにうんざりとため息を零してしまったのは、その誰かさんの私室へ逆戻りして十分もしないうちのことだった。




end


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