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酒の勢いとは
※主人公はトリップ系職員



 酒を飲んでのどんちゃん騒ぎ。大声で笑う奴、脱ぐ奴歌う奴絡む奴。
 そういうのはまあ、どこの世界でもそれなりにありえるものらしい。
 いくつかのドックで合同の飲み会は年に三回、そのいくつかに参加してそう把握した俺は、それにしても、と斜め向かいを盗み見た。
 酒に弱いCP9というのは、大丈夫なのだろうか。

「わははは、のんどるかァ〜パウリー!」

「っだー! おもってェ!」

 顔を真っ赤にして楽しそうな顔をした鼻の長い職長が、傍らに座っていたパウリーを捕まえて圧し掛かる。
 同じく酒に酔っているらしいパウリーは、のしかかってくんな、と声を上げて傍らの酔っ払いを別の方向へと押しやった。
 簡単に体を傾がせて、冷たくされてもカクはとても楽しそうだ。
 その顔は真っ赤にそまったままで、明らかに酔っ払いだった。
 一番ドックの面々は気にした様子も無いので、きっといつもそうなんだろう。

「『カク、飲みすぎだ』」

 倒れてきた相手を肘で受け止めるようにして支えてから、その傍らに座っていた黒髪の男の肩口で鳩が身じろぐ。
 酔っとらんわい、とカクがそれへ唇を尖らせて、鳩のハットリがふるふると首を横に振った。

「『酔っ払いはみんなそういうんだッポー』」

 まるで鳩が話しているかのようだが、その声の正体は真面目な顔で酒を舐めているルッチである。
 初めて見たときはその顔で腹話術を本当にやるのかと衝撃だったが、案外ひょうきんな奴だと受け入れられていった様子を遠目に見て、なるほど、と把握した。
 ついでに言えばだんだんと見慣れてしまって、前のように三回も四回も相手の口や顔を確認したりはしなくなった。
 それでも何となく彼らに近寄りがたいのは、俺がこの世界へ来て一年しか経っておらず、そして俺が彼らの『正体』を恐らく知っているからだった。
 カクもルッチも、それからアイスバーグさんの秘書になった彼女も、本当なら政府の人間だ。
 漫画でしか読んだことのない知識だが、今まで見たことの無い生き物が多数いたこの世界で、今更そこだけが嘘だとは思えない。
 しかし『知っている』という事実を知られたら殺されてしまいそうな気がするので、今のところは出来るだけ相手に近寄らないようにしている。
 今日だって、あの二人がこのテーブルに座ると知っていたら、最初から別のテーブルについていたのだ。先に座ったのは俺だった。これだけは断言できる。

「のう、ナマエ!」

 そんなことを考えながら酒を飲んでいたら、そんな風に声を掛けられた。
 驚いて意識を戻すと、酔っ払いの長鼻職長がこちらを見ている。
 今、名前を呼ばれただろうか。
 困惑しながらきょろりと周囲を見回すと、何をしとるんじゃ、とカクのほうからどことなく不思議そうな声が寄越される。
 それに反応する人間が自分の周囲にいないということから、俺はその『ナマエ』が自分のことなのだと把握して、そして視線をカクへ戻した。

「……悪い、何の話だ?」

 会話に混ざった覚えがないのだが、いつのまに巻き込まれたのだろうか。
 せめて内容をもう一度言ってくれと言葉を向けると、なんじゃ酷い奴め、とカクが子供のように頬を膨らませる。

「もういいわい、パウリーにする!」

「え?」

「どわ!」

 そしてその手が自分に背中を向けていたパウリーへと触れて、隣に座っている相手をぐいと引き寄せた。
 パウリーが悲鳴を上げて、おい何だよ、と慌てたように言葉を紡ぐ。
 それを無視して、ぷくりと頬を膨らませたままのカクが、その両手でパウリーの頭を捕まえた。
 引き剥がそうとパウリーも頑張っているが、どうやらカクに敵わないらしい。
 無理やり顔を引っ張られ、いてェ! と声を漏らすパウリーをよそに、カクがその顔をパウリーへと近付ける。

「パウリー、んー!」

「どうわあああ!」

 明らかに唇を尖らせ、その目すら閉じたカクに対して、パウリーからは随分な悲鳴が上がった。
 酒を零すのも構わず、本気の抵抗を見せたパウリーの手が、カクの顔を掴んで押しやる。
 鼻先すら触れないようにと必死に体をそらしているパウリーの力が、先程よりも明らかに強いのは見て分かった。
 これが火事場の馬鹿力と言う奴だろうか。そんな感想を持ってみていた俺の前で、カクの体がパウリーから引き剥がされ、押しやられるのと同時に、その顔が無理やりそっぽを向かされる。

「あ」

 そして、運悪く、逸らされたその顔が傍らに座っていたルッチの頬へとぶつかった。
 カクの体が触れていない反対側で、鳩が驚いたようにばさりと羽ばたいている。
 数秒の沈黙の後、ぎろりとルッチがカクを睨み、さすがにそれが怖かったのか、ぱっとカクがルッチから離れた。
 自分の身代わりにするようにパウリーをルッチのほうへと押しやり、場所を移動したカクが、俺のすぐ隣まで殆ど四足で移動する。

「カク、てめェ!」

「ルッチにしてしもうたのはパウリーのせいじゃ、ルッチ、怒るならパウリーじゃ」

「なんだと、この!」

 放たれた責任転嫁に眉を吊り上げたパウリーが、付き合ってらんねえと声を上げてすぐさまルッチから距離をとった。
 酒を片手に離れていくパウリーへ、逃げるのか卑怯者、とよく分からない非難をしたカクに、俺はそっとテーブルの傍で空いていたグラスに水を入れる。

「今日は随分と酔ってるんだな、カク」

「ん? わははは、今日は大仕事があったからのう」

 やりがいがあったわい、と言い放ったカクの手が、俺の差し出したグラスを掴む。
 それから中身を一口舐めて、水でしかないことに眉を寄せたその手がテーブルの上から適当に酒瓶を掴み、グラスの中にだばだばと注いだ。
 そんな適当な水割りの作り方をするから、そんなに酔うんじゃないだろうか。
 思わず見つめてしまった俺の斜め向かいで、ポー、と鳩が鳴く。

「『この貸しは高くつくッポー』」

「なんじゃ、わしの唇も安くはないぞ!」

「どういう張り合い方なんだ」

 寄越されたルッチの言葉に反論するカクに、呆れた声が出てしまった。
 本当に、今日は随分と酔っている。
 どうやら酔いが進むと絡みが激しくなるらしい。
 よくよく見回してみれば、一番ドックの連中が、何となくカクから距離をとっているように感じる。
 パウリーが離れると、もはや近くにいるのはルッチくらいなものだ。
 ということは、この酔い方もありえる範疇と言うことだろうか。
 これはもう、酒を取り上げたほうがいい。

「カク、そろそろ……」

「よし、次じゃ!」

 酒はやめて水にしたほうが、と言葉を続けるところを遮られて、それと共にがしりと顔が掴まれる。
 それに目を丸くした俺の方へと、カクの顔が近付いた。
 むに、となにやら柔らかいものが頬に触れた上、ちゅう、と軽いリップ音が聞こえる。
 ぱち、と瞬きをした俺の前で、カクがにんまりと笑った。

「どうじゃ?」

「…………どう、って」

 これは、何か感想を求められているのだろうか。
 よく分からず、軽く首を傾げる。
 先ほどのパウリーみたいな反応を期待していたのか、カクのほうも多少怪訝そうだ。
 しかし、頬にキスをされたくらいで、あそこまでわあわあとは騒げない。さっきだって、パウリーは明らかに口を狙われていたが、頬だったならもしかしたら、仕方ねえなと流されていたかもしれない。その程度のものだ。
 少し悩んでから、俺は軽く口を動かした。

「案外柔らかいな、その口」

 鼻も、と一瞬触れた感触を思い出して言ってから、とりあえず水を飲ませてやろうと新しいグラスを探す。
 しかし、テーブルの上と横にあるグラスは全て酒が入ってしまっていて、無事なものが見当たらない。ついでにいえば水のボトルも空だった。
 仕方ないなと判断して、傍らのカクの肩を軽く叩く。

「水を持ってくるから、大人しくしててくれよカク。ルッチを襲わないようにな」

「『次はルッチがぶんなぐるッポー』」

「酔っ払いなんだから、優しくしてやってくれ」

 『悪いお客様』相手に武力をふるうルッチとカクを思い出して、軽く笑いながらそんな風に言葉を落として立ち上がる。
 水のボトルを手に入れたら、カクへ渡して別のテーブルへ移動しよう。
 このままここにいて、酒に任せて何か口を滑らせてしまったら、酔っているカクはともかくルッチに後で始末されかねない。
 そんな風に考えて、水が残っていそうなテーブルに目星を付けて移動した俺は、だから俺を見送っていたカクがどうしてだかやがてテーブルにつっぷしたことも。

「…………やるんならしっかりやりやがれ、バカヤロウ」

「土壇場で口を狙えなくなるなんて思わんかったんじゃ、しかたなかろう……」

 騒がしい酒場で二人がひそひそとそんな会話を交わしていたことも、まるで知らなかったのだった。


end


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