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仔猫といっしょ
※トリップ系主人公はジンベエさんと付き合っている


 猫というのは、可愛いものだ。
 特に仔猫はもはやずるいとしかいいようが無い。
 みいみい鳴くし甘えて擦り寄るし、柔らかいし温かいし小さい。
 庇護欲をとてつもなく刺激してくるその生き物を拾ったのは、確かに俺だった。
 本当は駄目だったはずだけれど、冷たい雨の中で震えているのを見たら、半年前の自分のようで放っておけなかった。
 猫を拾った俺にあの人は目を丸くしたけど、優しい人だからすぐに受け入れてくれた。
 だが、しかし。

「み!」

「む、やりよるのう」

 振り回された猫じゃらしに飛びつく小さな猫と、それを喜ぶ誰かさんをこうして眺めて、そろそろ三十分だ。

「……ジンベエさーん」

 飲み物冷めちゃいましたよ、と後ろから声を掛けると、おお、スマンな、なんていう風にジンベエさんが返事をする。
 しかしその目はやっぱり猫に釘付けだった。
 なんと言うことだろうか。
 どうやら、ジンベエさんは猫派だったらしい。
 俺が名前をつけた仔猫のことを、とても可愛がっている。
 猫のほうも現金なもので、最初は大きなジンベエさんを怖がっていたくせに、今ではすっかりべったりだ。
 ジンベエさんが楽しいのなら俺だって嬉しい、という気持ちは確かにまだあるはずなのだけれども、しかしそれ以上に、なんと言うかつまらない。
 だって、本当ならばこの時間は、俺がジンベエさんを独り占めできる唯一の時間だったのだ。
 ジンベエさんは王下七武海で魚人で船長だ。
 海賊と言うわりに何もかもを自由にやっているわけではなくて、結構忙しくしている。
 そんなジンベエさんと一緒に過ごしたいと思ったら、ジンベエさんの休憩の時間に合わせて休憩を取らなければならないのだ。
 だというのに、ジンベエさんは全然こっちを向いてくれない。
 つまらなさにため息を零しつつ、俺は自分のカップに手を伸ばした。
 すっかり冷えてしまった中身をこくりと飲んで、それからお茶請けのクッキーも口にする。
 じっと眺めながら物音を立ててみても、やっぱりジンベエさんは仔猫につきっきりだ。

「…………もういいや」

 しばらくそれを眺めてから、ため息混じりにそう呟いて、俺はカップの中身を全て飲み干した。
 それから、すっかり中身のなくなってしまったカップを置いて、椅子から立ち上がる。

「ん? ナマエ?」

 それに気付いたジンベエさんが振り向いて声を掛けてきたのには応えず、俺は床に座るジンベエさんへと近付いた。
 いまだジンベエさんの手は猫じゃらしを操っていて、じゃれつく仔猫はジンベエさんの手繰るそれに夢中だ。
 不思議そうなジンベエさんの傍で足を止めて、座っているジンベエさんの肩へと手を触れる。
 ジンベエさんは体が大きいので、俺が立ったまま身をかがめても、その顔はすぐに近付いた。

「どうしたんじゃ?」

 不思議そうに声を掛けてくるジンベエさんの青い頬に、そのまま唇を押し当てる。
 ちゅう、とわざとらしく吸い付いてから顔を離すと、ジンベエさんが目を丸くしてこちらを見ていた。
 驚いてしまったのか、動きの激しかった猫じゃらしがその動きを止めて、今が好機とばかりに仔猫が猫じゃらしを強奪しようとしている。
 こちらなんて気にしている様子も無い仔猫を横目に、俺は口を動かした。

「………………にゃあ」

 そんなに猫が好きだというのなら、猫扱いでもいいから、そろそろ俺のことだって構うべきだ。
 一応、俺とジンベエさんはいわゆるそういった『お付き合い』をしているはずなのである。
 さすがに子供っぽいお願いまでは口に出来なかったものの、じっと見つめた先で伝わったのか、やや置いてジンベエさんが小さく息を吐く。
 そしてそれと同時に伸びて来た手が俺を捕まえて、ぐいと引き寄せた。
 驚いて抵抗するよりも早く、胡坐をかいていたジンベエさんの膝の上へと、仰向けで転がってしまう。
 倒れこんだ俺に驚いたのか、ついに猫じゃらしを強奪した仔猫が、ぴょんと飛び上がってから慌てた様子で距離をとる。

「大きな猫もおったもんじゃ」

 俺を自分の足の上へと転がしてから、ジンベエさんが楽しそうにそう呟いた。
 その手が俺の顎の下を撫でて、何ともこそばゆい。

「ふ、ふふっ! ジンベエさん、あ、ちょっと!」

「よーしよし、ここならどうじゃ」

「わ」

 あちらこちらを撫でられ、ついでのようにくすぐられて、必死になって身を捩る。
 本当はその膝の上から逃げればそれで終わりなのかもしれないが、せっかく乗った膝から降りるつもりなんて、俺にはなかった。
 まさしくまな板の上の鯉だが、まあ問題ない。

「……すまんかったのう。明日は一緒にどうじゃ」

 時間の許す限り俺を構い倒し、そして俺が疲れきったところで休憩時間の終わったジンベエさんが、そんなズレたことを口にする。
 一緒にというのはつまり、あの仔猫を一緒に構わないか、ということだろう。
 しかしまあ、次もジンベエさんが俺を構ってくるなら、是非ともお願いしたいところだった。



end


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