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子供の特権
※若シャンクスとロジャー海賊団古参クルー



「おれにだってできる!」

 ロジャーの船に乗ってきた、元気のいい青年と子供の中間のような年頃の男は、よくそう言った。
 同じ年のもう一人と張り合って、騒いで喧嘩をして、怒るのは大概がレイリーだ。
 ガキだなと言われて『ガキじゃない』と怒って、そんなところがガキなんだと笑われてしまって。

「ナマエさん、みんながひでェんだ」

 口を尖らせた子供が近寄ってきてそう訴えるのを、よしよしと慰めるのは俺の役目だった。
 そのせいで懐かれたんだろうという自覚はある。
 『この世界』へやってきて、たまたま通りかかったロジャーに仲間へ誘われて、船に乗っただけの俺には大した力量もないのだから、むしろそんなきっかけが無ければきっと赤毛の誰かさんの目には留まらなかっただろう。
 だがしかし、これはどうしたものか。

「あ、あの、ナマエさん?」

 どうしたんだよ、と声を漏らすシャンクスの手が、わずかに震えていた。
 俺の上に跨って、人のシャツの前を開こうとしながら、その目が窺うように俺を見下ろしている。
 『この世界』で長く船乗りをやったせいか、それとも生まれ育った世界で過ごした時間よりこちらでの時間が長くなったせいか、女を買うだのといった、性的な項目に関する抵抗があまり無くなった。
 だから久しぶりの陸に上がったその日の夜、俺が最初にしたことは、金で女を買うという選択だ。
 しかしそれを引き止めたのは、俺に跨る赤毛の『ガキ』だった。
 最近俺が女に近付くのを阻止しようとし出していると気付いていたから、意図的に距離を取り始めていたのに、どうやらシャンクスも気付いてしまったらしい。
 何で避けるんだよ、何で逃げるんだよ、何で女なんか探すんだ。
 船室へと引き戻され、詰るように言葉を寄越されて、なんだか嫌な予感を抱きながら後ろへ引いた俺の足が、ベッドに引っかかって倒れ込んだ。
 それを逃さず人の上にのしかかったシャンクスが仰るには、

「……お、おれにだってできるんだからな」

 これである。
 何を、なんて無粋なことを今更聞く筈もない。
 さっきまで俺は女を買いに行こうとしていたわけなので、つまりはそういうことだ。
 体をわずかに震わせて、時々手元を狂わせながら、その手が俺のシャツの前を開いていく。

「…………シャンクス」

 鍛えはしたものの、他のクルー達に比べれば見劣りするだろう腹筋が露わになったのを感じながらその名前を呼ぶと、びくりとシャンクスの体がわずかに震えた。
 その目が、改めて、おずおずと俺の顔を覗き込む。
 船に乗った時より見てくれは大きくなったというのに、そうしているとまるで年端もいかない子供のようだった。
 俺がこの場から逃げ出すことは、多分可能だろう。
 大声でも上げれば船内に残っているクルーの誰かが来てくれるだろうし、そうでなくたって死に物狂いで暴れれば、さすがにシャンクスの下から逃げ出すことくらいは出来る。
 けれどもそうしないのは、そうしたらきっとシャンクスが傷付いてしまうだろうということが、分かっていたからだった。
 だから、シャンクスからそう言う熱が向けられていることに気付かないふりをしていた。
 じわじわとエスカレートするシャンクスの行動を避けるようにしたのだって、そのうち他に目をやってくれないかと思ったからだ。
 『ずるい奴だ』とレイリーに笑われたのを思い出して、小さくため息を零す。
 俺のそれを何と思ったのか、体を強張らせたシャンクスが、わずかに眉を寄せた。
 そしてそのまま、何かを言おうとしては口を閉じる相手を見あげながら、ひとまず俺の方から言葉を放つ。

「……その前に、俺に何か言いたいことは?」

 真下からの俺の問いかけに、シャンクスはわずかに息を飲んだ。
 それからその目がじっと俺を見つめ、数回の深呼吸をした後で、薄い唇から言葉が零れ落ちる。

「…………ごめん、ナマエさん。おれ、アンタが好きだ」

 アンタはそうじゃないって知ってるけど、と続けて、シャンクスの手が俺の顔に触れた。
 それからそのまま身を屈めて、間近に迫った双眸が、俺の目を覗き込む。

「だけどナマエさん、アンタはおれから逃げないだろ?」

『よしよし、俺はお前の味方だぞ、シャンクス』

 囁くようなシャンクスの声に、何度も俺がシャンクスへ繰り返した慰めの言葉が重なった気がした。
 それにわずかに目を見開いて、それからははぁ、と声を漏らし、俺の口元に諦めに似た笑みが浮かぶ。

「……なるほど、ずりィ奴だな、シャンクス」

 なんでそんな子に育っちまったんだ、と続けた俺の言葉に、目の前のシャンクスの口元も笑みの形に歪んだ。
 どことなく安堵したように瞳を緩ませて、笑いの形になった唇から言葉が落ちる。

「おれ、海賊だからさ」

 欲しいものはどうやったって手に入れるんだ、と呟く『ガキ』に、末恐ろしい奴め、とわずかに笑い声を零した。
 しかしなるほど、それなら仕方ない。
 せめて『どっち役』かくらいは選ばせてもらえないかと考えた時点で、俺はどうやらシャンクスの『もの』になってしまったらしかった。



end


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