よるがおの白星
※『黄昏草の咎』の続き
※主人公の知識はドレスローザ手前まで
※トカゲ注意
※名無しオリキャラ注意
「却下だ」
「えっ」
苦虫をかみつぶしたような顔で低く唸られ、俺は思わずのけ反った。
しかし俺のそんな様子を見やり、どうして許されると思ったんだ、とドレーク船長が口を動かす。
ほらなァ、とそれを見やって肩を竦めたクルーが、俺の肩を軽く叩いた。
「おれも言っただろ、多分駄目だぞって」
「そんな……」
やれやれと言いたげに寄越された言葉に、俺はがくりと肩を落とす。
俺が生まれ育って死んだ世界からドレーク船長に『浚われて』来てから、俺は改めてドレーク船長の船に乗ることになった。
俺とドレーク船長の帰りを待っていたらしいクルーのみんなは、口々に俺を歓迎してくれたのだ。
その日は宴まで行われて、持って帰るつもりだった荷物すらほとんど解かず宴へと連れ出された俺が、主役の席で飲み食いしながら傍らに置いてあった箱には、俺がドレーク船長から贈られた『トカゲ』が入っていた。
乾杯をして、酒も料理も進み、近寄ってきて『お前が戻ってくることはおれァ分かってたんだ』と笑っていたクルーの一人が、俺の傍らの箱に気付いて声を掛けてきた。
『そういやナマエ、こいつの名前は決めたのか?』
『はい、『船長』です』
『…………は?』
目を丸くして戸惑っていた彼も、あの時は箱の中で食事を終えて満足げに眠り込んでいたトカゲを『似ている』と言ってくれたというのに、何と言う掌返しだろうか。
確かにあの時だって『でも多分駄目だぞ』とは言われたけれども、味方をしてくれてもいいのではないか。
宴が終わって数日が過ぎ、通常の運航に入った本日、ドレーク船長の近くで『船長』に声を掛けたのも悪かったに違いない。
俺の後ろから、俺の呼びかけに『何だ』と返してきたドレーク船長に、俺はまたしてもやはり手の上のトカゲが喋ったのかと跳びあがってしまった。
だってここはグランドラインなのだから、そのくらいあり得るのではないか、と思ってしまうのだ。
俺の様子にわずかに首を傾げたドレーク船長が、俺の呼びかけが手の上のペットに対してのものだと気付いてしまったのが、つい先ほどのこと。
やり取りは通路で行っていた筈なのに、気付けば俺は食堂と談話室を兼任しているような一室へと連れ込まれていて、目の前のドレーク船長は腕を組んで仁王立ちしている。
俺の膝にへばりついている『船長』も、その異様な雰囲気を感じているのか、じっと息をひそめているようだ。
「それは役職であって、名前には向かない。紛らわしいだろう」
それともトカゲを首に据えるか、と尋ねてくるドレーク船長は、表情はいつもとそれほど変わらないが、やっぱり少し怒っているようだ。
もっともな言葉を寄越されて、これはもはやこの足の上の『船長』を『船長』と呼ぶことは不可能だと判断した俺は、はい、と大人しく頷いた。
こんなにそっくりなのに、と膝にくっつくトカゲを軽く撫でると、開いたその口がぱくりと俺の指を挟む。痛くは無いから手加減しているんだろう。トカゲも甘噛みするのだろうか。
「……ええと、それじゃあ……何て名前をつけましょうか?」
噛まれるがままにされながらひとまずそう呟いてちらりと視線を上げると、俺があっさりと要求を引っ込めたことに軽く息を零したらしいドレーク船長が、常識の範囲で好きにしろ、と口を動かした。
「俺がつけた名前は却下されたじゃないですか」
椅子に座ったまま非難した俺に対して、常識の範囲でと言っただろう、とドレーク船長が返事をする。
どことなく疲れたようにその視線が外されたのを見送ってから、仕方なく俺は自分の膝の上に視線を落とした。
「やっぱり強そうな名前が良いんじゃねェのか、海賊団にいるんだしよ」
「トカゲの強そうな名前ってどんなんだ?」
「そうだな、例えば……」
部屋の中にいたクルー達数人がそんな話をしているが、その口から出てくる名前は今ひとつピンとこなかった。
「うーん……」
しかし俺の頭で考えてみても、ポチやタマしか出てこない。
いっそ『ドレーク』とつけてみようかと考えてはみたものの、却下されることは目に見えていた。
それじゃあ、似たような名前で誰かいないだろうか。
できればこちらが出会うことはなさそうな有名人の名前にあやかる、なんてのもいいかもしれない。
ついでに言えば長生きしてくれて、大きくなってくれそうな名前だともっといい。せっかくドレーク船長がくれたんだから、末永く可愛がりたい。
「…………あ」
そこまで考えて、はた、と一人の海賊を思い出した俺は、ぽん、と軽く手を叩いた。
俺のその仕草に気付いたように、決めたのか、と訊ねてきたドレーク船長が俺を見下ろす。
「言ってみろ」
どことなく威圧的に言葉を寄越された。
変な名づけは許さない、だなんてまるでこのトカゲのお父さんみたいなことを言っているドレーク船長へ、笑顔を向けて言葉を紡ぐ。
「それじゃあ、ドリーで」
「……………………」
微笑み放った俺の言葉に、どうしてだかドレーク船長がわずかに目を見開いて硬直した。
その様子に、あれ、と目を瞬かせた俺へ向けて、何で『ドリー』なんだよ、と不思議そうな顔をしたクルーの一人が訊ねてくる。
「ほら、『青鬼のドリー』って海賊、知らないですか」
そちらへ顔を向けて言葉を紡ぐと、青鬼? と首を傾げたクルーが、少しばかり考えるようにその視線を彷徨わせた。
「あー……ずーっと昔に古い手配書を見た気がするな……巨人族だっけか」
「ああそうか、巨兵海賊団か。100年くらい昔の海賊だってジジイに聞いたことがあらァ」
言葉尻と共に顔を向けられた他のクルーが、そんな風に言葉を放つ。
そう、それです、と手を叩いて、俺はそちらへ体を向けた。
俺が動いたことで驚いたように俺の指を放したトカゲが、慌てたように俺の体をよじ登ってくる。
肩口までやってきたのを好きにさせながら、俺はクルーへ言葉を向けた。
「巨人族って長生きなんですよね? だから、ドレーク船長から貰ったこの子も、大きくなって長生きすればいいと思って」
もともと長生きするという話だが、その中でも長寿記録を更新してもらいたいものだ。
巨人族くらいデカくなったらどうするんだ、なんて言って笑ったクルーが、それからふと気付いたようにその視線を俺の傍らへと向ける。
「船長?」
そうして佇んだままの相手に言葉を投げるクルーに、俺も改めて視線を傍らへ向けた。
ドレーク船長は相変わらずの仁王立ちで、しかしさっきまで組んでいたその手を解いていた。
あまり感情の揺れが見えない瞳が珍しく何かの感情を揺らしているのに、それが何なのか分からない。
「ドレーク船長、どうしたんですか?」
そちらを見上げて訊ねてから、もしかして、と少しだけ眉を下げた。
「『ドリー』も駄目ですか?」
『誰かの名前』なんていうのは、ドレーク船長の言う『常識の範囲』からは外れているんだろうか。
そうだとしたらもう思いつかないから、ドレーク船長に決めて貰う方がよさそうだ。
俺の言葉に、しばらく押し黙ったドレーク船長が、それからやがてゆっくりと言葉を零した。
「……いいや、大丈夫だ」
「…………本当ですか?」
何やら間違いなく言いたいことを飲みこんだらしい相手に、俺は思わず少しばかり身を乗り出していた。
そんな俺を見下ろして、少し身をかがめたドレーク船長が、大丈夫だ、と言葉を繰り返しながらこちらへ手を伸ばす。
大きなその掌が俺の肩口へと向けられて、そのことにどうしてだか心臓がはねた。
思わず身を引こうとしたが、肩に『ドリー』が乗っているのを思い出してどうにか踏みとどまる。こんなに小さい『ドリー』が落ちてしまって、怪我でもさせたら大変だ。
「…………よろしく、『ドリィ』」
伸ばした手を俺の肩にいるトカゲへと触れさせて、囁くように、ドレーク船長が言葉を紡ぐ。
それは俺がつけたのとは少し違う響きを持っているように感じて、俺はわずかに目を瞬かせた。
間近で見つめた先で、俺の視線に気付いたようにこちらから目を逸らしたドレーク船長が、屈めていた姿勢を戻す。
「これからはそう呼んでやってくれ」
それから室内にいる数人へそう声を掛けると、クルー達が口々に応じる返事をドレーク船長へ向けた。
話し合いが終了したと言うことなのか、作業へ向かうクルーがわざわざ俺の方へと近寄って、よろしくな『ドリー』、と声を掛けながらどうしてか俺の頭を軽く撫でていく。
「あの、俺は『ドリー』じゃないんですが」
「いいじゃねェか、そんな小さい奴撫でまくったら可哀想だろうが」
何故か船医まで俺の頭を撫でていくので抗議したら、そんな風に言葉が返された。
確かにそれも一理あるが、わざわざ頭を撫でて行かなくてはならない道理もないのではないだろうか。
ぐしゃぐしゃと俺の髪を乱してから、そのまま部屋を出る為に離れていく船医まで見送ったところで、なるほど、とすぐ傍から声が落ちる。
それからすぐさまがしりと頭が掴まれて、妙に力のこもった掌に髪をかき混ぜられた。
ぐらぐらと体が揺れて、『ドリー』が驚いたように俺の胸ポケットへと飛び込んでしまう。
「わ、わわ、あの」
戸惑いつつどうにか声を漏らすと、そこでようやく動きを止めた掌が、今度は優しく俺の髪を梳いた。
そのことに気付いて視線を動かした先には、俺の頭に触れているドレーク船長が立っている。
表情に出てはいないが、これは面白がっているのだろうか。それとも『自分』が『ドリー』を触ったことを非難されているとでも感じて拗ねているのだろうか。
どちらかも分からない相手を見つめた俺へ、その視線を向けてから、ドレーク船長が唇を動かす。
「ではおれも、これからは『ドリィ』のかわりにナマエを撫でることにしよう」
どことなく穏やかな声で寄越されたそれに、ぶわ、と顔が熱くなったのを感じた。
こんなことで照れてしまうなんてどうかしているが、心臓の動きが激しくなるのを抑えることができない。
きっと『ドリー』は今迷惑をしているだろう。胸ポケットになんて入るからだ。
ここ数日の間に気付いたことだが、ドレーク船長に『浚って』もらったあの夕暮れから、俺は少しおかしい。
これじゃあまるで、と考えたことを口には出さずに、わざとらしく困ったように眉を寄せる。
「誰も『ドリー』を撫でてあげないんですか」
こんなに可愛いのに、と言葉を続けると、何故だかドレーク船長の手が動きを止める。
それから、また少し押し黙った後で、ドレーク船長の口からは溜息が漏れた。
「…………『ドリィ』を可愛いというのは、恐らくお前だけだろうな」
「そうですか?」
寄越された言葉に首を傾げた俺に対して、そうだ、と答えたドレーク船長がそっと俺から手を離す。
そのことを少し残念だと思ってしまって、慌てて自分の中に浮かんだ考えを取り消した。
「ドレーク船長も可愛がってあげてください。俺に買ってくれたの、ドレーク船長なんですから」
「………………ああ、そうだな」
自分を誤魔化すように動かした口から出た言葉に、ドレーク船長が頷く。
数日のうちに、ドレーク船長の『ドリー』に対する呼び方は他のみんなと同じになっていて、『ドリー』もドレーク船長に懐いたようだった。
それは喜ばしいことの筈なのに、ドレーク船長の肩にへばりついている『ドリー』を羨ましく思ってしまった辺り、俺は本当に、どうしようもなくおかしいのだった。
end
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