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冬の日のこと
※『100万打記念企画sss』『うちのパパのこと』設定
※主人公は何気にトリップ系男子で普通にミホークと付き合ってる
※クライガナ島に四季があります



「寒くないのか、ミホーク」

 目の前の相手を見つめて、俺は思わずそう尋ねていた。
 どうやらこのクライガナ島にも冬というものは訪れるらしく、一昨日から急に冷え込んだ。
 慌てて温かな服を用意して朝晩の冷え込みに対処しているのだが、この城の主様はまるで普段と変わらない。
 もう少しあたたかい恰好をした方がいいんじゃないか、と呟いた俺の前で、こちらが寒くなるくらい薄手の服を着込んだ相手が、猛禽類を彷彿とさせるその目をこちらへちらりと向けた。

「必要ない」

 ばっさりと切って捨てる相手の言葉に、またそんなことを言って、と少しばかり呆れる。
 どうしてだか分からないまま、『この世界』へとやってきてしまった俺が、この城で過ごすようになってはや半年。
 学生時代に漫画で読んだ『キャラクター』にそっくりのミホークは、あまり会話のキャッチボールには向かない相手だ。
 初めて出会った頃は、何か怒らせているんじゃないかとそわそわビクビクしたものだった。
 しかしどうやらこれが素らしい誰かさんは、きっとあちこちで色々と誤解も招いてきたんじゃないかと思えるくらいには分かりにくい。
 今だって、こちらの申し出を拒絶したわけではないのだ。

「寒さに強いのは分かったけど、見てると寒くなってくるから、やっぱりもう一枚くらい着てくれないか」

 なんならよさそうなのを見繕ってくるから、と言葉を重ねると、ミホークの視線がこちらを外れた。
 そのまま手元の本へと向けられて、椅子に座って空いた手で頬杖をついたまま、好きにしろ、と大剣豪が口にする。
 寄越された許しを受け入れて、俺はすぐに部屋を出た。
 この城の誰かが使っていたらしい部屋へと入って、用意してあった上着を掴まえる。
 冬によさそうな服たちのうち、一番ミホークに似合いそうだと思って出してあったそれを手にすぐさま来た道を戻ると、やってきた俺に気付いてミホークがぱたんと本を閉じた。
 その手が本をすぐそばのテーブルへと放って、それからもう一度その目がこちらを見る。

「ミホーク、ほら、これ……」

 言いつつ相手へ服を差し出すと、ミホークもこちらへ腕を片方差し出した。
 しかし、触れさせた服を掴むわけでもなく、ただまっすぐに伸ばされている腕に、ぱちりと目を丸くする。
 どうしたのかと見つめていると、じっとこちらを見つめたミホークが、それから口を動かした。

「貴様の我儘に、おれが手を貸す道理はない」

 何ともきっぱりと、そんな風に口にされて、え、と声を漏らす。
 どういう意味かと見つめた先で、ミホークはまだ片腕をこちらへと差し出していた。

「…………ああ、なるほど」

 やや置いて、ようやく相手の言いたいことが分かって、軽く息を吐く。
 それから、広げた上着の袖へその腕を通させると、ミホークが少しばかり椅子から背中を浮かせた。
 その間にさっさと残りを椅子の間に挟むようにしながら羽織らせて、くるりとミホークの椅子を迂回する。

「着せてほしいのなら、そう言えばいいのに」

 流石に下だったら断るが、上着を着せるくらいなら別に断ったりはしない。
 笑いながらもう片方の袖を通させて、それからきちんと前も閉じた。
 先ほどよりは随分と温かそうな格好になったミホークが、自分の体を軽く見下ろしてから鼻を鳴らす。

「『着せてくれ』と乞うつもりはない」

 あくまでお前が勝手に着せたんだと言いたげな口ぶりだが、着せるのに協力的だったのはどこの誰だろうか。
 出会った頃だったなら委縮していたに間違いない相手を見やってから、仕方ないなと軽く笑う。

「今度、使いそうにないセーターを解いてマフラーでも編もうと思うんだけど、出来上がったら巻いていいか?」

 うまい具合に『編み物』や『手芸』の本も見つけたし、何せ毎日時間はたっぷりとある。
 元々て先は器用な方だし、多分何とかなるだろう。
 海に出るなら首元もあったかくしなくちゃな、と相手へ向けて言葉を投げた俺の前で、手を伸ばしてテーブルから本を取り戻したミホークが、ぱらりと小さなそれを開いた。

「好きにしろ」

 寄越された言葉は先ほどと同じで、俺はどうやら、相手の了承を手に入れたようだった。







 ぴゅう、と寒々しく風が吹く。

「……うわ、寒くなってきたなァ」

 思わず呟いて、俺は朝日が昇ってしまった後の窓の外を見やった。
 この島へ来て、もう随分と経った。
 春と夏と秋を過ごしたクライガナ島は、またも冬が到来したらしい。
 明日からもっと冷え込んでいくんだろうと考えて、丁度良かったな、と腕に掛けてあったものに触れる。

「寒いぞナマエ!」

 まあまずは朝食だろうとキッチンへ向かうと、俺がやってくるのを待っていたように、部屋に入ってすぐに高い女の子の声がした。
 それに気付いて視線を向けると、体の半分を壁にめり込ませたペローナが、むっとした顔でこちらを見ている。
 お化け屋敷で見るような光景だが、もはや見慣れてしまったものなので、おはよう、と俺は彼女へ挨拶をした。

「もう冬みたいだな、急に冷えてきた。ちゃんとあったかくしてるか?」

「毛布が足りないんだよ! 寒くてベッドから降りたくねェ」

 女の子なのに男のような口振りで言葉を零して、ペローナがぷくりと頬を膨らませた。
 あとちょっとしたら少しは暖かくなるよ、とそちらへ言いながら、とりあえずケトルに水を入れて火に掛ける。

「でもその前に飲み物を持って行こうか。何がいい?」

「ココア!」

 ベーグルも食べたい、といつものメニューを口にした相手に、はいはい、と返事をする。
 用意をし出した俺を眺めて、そういえば、とペローナが言葉を紡いだ。


「ロロノアの奴、もう外に出て行ったぞ」

 だからあいつの朝食はいらねェ、なんて言い放った相手に、なるほどと俺は一つ頷いた。
 どうやらこんなに寒い日でも、誰かさんは日課を怠るつもりはないらしい。
 あれだけ努力しているのだから、きっととてつもなく強くなるんだろう。
 前から一週間は経つし、そろそろミホークがまた『稽古』をつける頃合いだろうか。
 それじゃあお昼前に何か差し入れようかな、なんてことを考えた俺の横で、なあ、とペローナが声を漏らす。
 寄越されたそれに知らず逸らしていた視線を戻すと、ペローナがふよりと宙を漂いながらこちらへ近付いて、どうしてか不思議そうに俺の腕を見た。

「それ、どうしたんだ?」

「それ? ああ」

 寄越された言葉に同じ方へ視線を向けてから、そこにあったものを確認して軽く頷く。
 俺の腕にぐるりと巻き付けられたそれをひょいとつまむと、俺の動きに合わせて視線を上げたペローナが、マフラーか、と形状から推察したらしい単語を口にした。

「随分長ェな、ナマエのか?」

「いや、これは」

「ナマエ」

 不思議そうに問われて返事をしようとしたところで、真後ろから声を掛けられる。
 それに気付いて振り向くと、いつの間にやらキッチンの扉をあけ放っていたらしいミホークが、つかつかと歩んでこちらへ近寄ってきた。
 相変わらず薄手のシャツを着ただけの上に、寒そうな恰好してんじゃねェよ! とペローナが文句を言っている。
 どことなく気遣いの感じられるそれを背中にして、おはよう、と俺はミホークにも挨拶を投げた。

「今日は冷えるなァ、もう冬だな」

「そのようだな」

 俺の言葉にミホークが相槌を打って、コーヒー、と更に端的に単語を続ける。
 どうやら今朝はコーヒーが飲みたい気分らしい大剣豪殿に頷いて、コーヒーの缶をココアの缶と一緒に取り出してから、俺はミホークの方へと一歩近づいた。

「ミホーク、ほら」

 言葉と共に腕に巻いてきたものを差し出して、くるりと相手の首に巻く。
 振りほどくことも避けることもなく、ただ大人しくしているミホークへくるくると首にマフラーを巻いていき、その口元近くまで覆ってから手を止めた俺は、相手を見つめてよし、と頷いた。
 今の恰好には少しアンバランスだが、少しは温かくなったんじゃないだろうか。
 ついでに体を寄せて、冷気に触れて少し冷えている頬に軽く唇を押し当てる。
 わずかに目を眇めたミホークがどことなく不満そうな雰囲気を持ったのを感じたが、歯磨きをしたばかりの口で吸い付いては余計に寒くなりそうなので、笑って誤魔化すことにした。

「後で上着も持っていくから」

「……好きにしろ」

 俺の言葉に、ミホークが相変わらずの口振りでそう呟く。
 それからその手が椅子を引き、コーヒーを待つために座った相手を見てからカップを取り出した俺は、こちらを見つめる一対の双眸に気付いて視線を傍らへ戻した。

「ペローナ?」

 元々丸い目を丸く見開いているらしい相手に、軽く首を傾げる。
 やや置いて、宙に浮いていた体をするりと滑らせたペローナが、来た道を戻るように壁の方へとめり込んだ。

「どうしたんだ?」

 不思議に思って首を傾げた俺の前で、ふるり、とペローナの幽体が震える。

「わ……私は何も見てねえからな!」

 そうして声を上げた彼女は、慌てた様子で壁に全身をめり込ませ、すっかりその場から姿を消した。
 見てないからなと繰り返した悲鳴のような声が遠ざかっていくのを聞きながら、何だったんだ、と小さく呟く。
 それからちらりとミホークの方を見やると、椅子に座って頬杖をついたミホークが、俺の視線を見つめ返した。
 何も言わないが、向こうも怪訝そうだ。

「…………刺激が強かったとか?」

 たかだか頬にキスをするくらい、付き合ってる同士でなら問題ないと思っていたのだが、ペローナの知っている『常識』からは外れていたのだろうか。
 俺の言葉に、知らん、とミホークが返事をする。
 その顎がマフラーに触れて、もふり、と顔の動きだけでそれを使って遊んでいるのが分かった。
 案外、ミホークはふかふかしたものが好きらしい。
 だったらもう少し服装にもファーをあしらえばいいんじゃないかと思うのだが、ひょっとしたら航海中は帽子で遊んだりもしているのかもしれない。

「何だろうなァ……?」

 よく分からないまま、そんな風に呟いて、もう一度首を傾げる。

 意を決した顔でおずおずとやってきたペローナに『お前ら付き合ってるのか』と問いかけられて、そういえば言ってなかった、という事実を俺が思い出したのは、その日の夜のことだった。



end


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