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お口のある理由
※主人公は転生系トリップ主
※『アドベンチャー オブ ネブランディア』のネタバレを多大に含みます
※主人公はコーメイの副官
※微妙にオリキャラ出没



 力は無くとも、知略を使えば海賊を排除することは可能。
 そう言い放ち、そしてその言葉の通りに海賊を捕縛していく中将殿を見あげて、さすがだなァ、なんて思ったのはいつだったか。
 俺が生まれ育ったことのある『あの世界』であれば一度は耳にする名前をモチーフにしたとしか思えないその単語が、この人には随分とよく似合っている。

「どうかしましたか、ナマエ」

「ああ、いえ」

 軍配を片手にちらりと視線を向けられて、ふるりと首を横に振った。
 俺の返事に『そうですか』と返事をして、その手が俺の渡した報告書を確認する。
 ふむ、と呟いたきり、真剣に書類へ視線を向けながら、きっと頭の中では様々な出来事が比べられて構築されて瓦解しているのだろう。
 小さな頃に酷い目に遭わされたらしく、海賊という『悪』を憎むこの人は、けれども今の元帥殿よりは平和的な解決を好む海兵だ。
 時々あえて自分の策略に引き込んで楽しむ辺りは酷いとは思うが、自らの手で海賊を殺すことすらあまりせず、生け捕りを優先する。
 非力な一般人でも頭脳を武器にすれば海賊に対抗することが出来るのだと、そんなことを世間に知らしめたいという『弱きもの』の味方なコーメイ中将に俺が従っているのは、その考え方がとても共感できるものだと思ったからだ。
 『フィクション』でしかなかった世界に生まれたのだと気付いた時は、いっそ海賊にでもなろうかと思った。
 けれども、いざ世の中を知ってみれば『主人公』のような海賊と言うのはほんの一握りで、わざわざ海軍という正義を民衆が頼りにして助けを求めるくらいには、世界は悪意で満ちていた。
 俺が正義の味方になったのは、故郷が山賊と海賊の小競り合いで壊滅して、助けに来てくれた海軍に保護され、その恩を返したかったから。
 俺を助け、俺からの恩返しをしたいという申し出に笑って『それじゃあ、おれはいいから、お前も誰かを助けてみろ』と言ってくれたあの海兵も、今はもういない。
 『麦わら』は、きっとあちこちでいろんな人を助けるだろう。
 けれども、その余波を受けて威勢を良くする海賊達が、どれほどの民衆を危機に陥れることか。
 打倒『麦わら』を掲げようとしているこの人が、『主人公』に勝つことはかなり難しい筈だ。
 何せ、例えばコーメイ中将が勝つことがあれば、それは俺の『知っている』お話の崩壊が待っている。
 けれども、もしも『主人公』が『主人公』ではなくなるのだとしても、俺やコーメイ中将みたいに『悪』に踏みにじられる人間を作らないためならば、俺だって全身全霊を持ってコーメイ中将が勝利する方向に力を振り絞るに決まっている。

「……これは一度、確認が必要ですね」

 しばらく書類を眺めて何かを考えてから、コーメイ中将がそんな風に呟いた。
 その視線がちらりと寄越されたのを受けて、背中を伸ばして敬礼する。

「お伴します」

 相手が望むだろう言葉を口にすれば、鷹揚に頷いたコーメイ中将が立ち上がる。
 俺がかき集めてきた情報の取捨選択を行うのが、いつものこの人だ。
 そしてそのうち、これは使える、と判断したものがどの程度実用可能かどうかを、大体その手で確かめに行く。

『貴方の報告が信用ならないとは言っていませんよ、ナマエ』

 俺が抱いた不満を見抜いたかのようにそう言葉を口にして、実際に確かめなくては作戦を立てることなど出来ませんから、と自分の言い分を口にしたコーメイ中将に、それもそうかと考えを改めたのはもうかなり昔のことだった。
 『お前は言いくるめられてるんじゃねェのか』と呆れた顔をしてきたのは確かドウジャクだったが、決してそんなことは無いと口に出して言いたい。
 俺に言わせてみれば、天才を自称する癖にコーメイ中将にいいように扱われているあいつの方こそ言いくるめられているのではないだろうか。
 俺はあまり頭が良い方ではないし、大体の場合はコーメイ中将についていけば問題ない。
 さて、今日は何を確かめに行くのだろう。
 『死ぬような毒ではないらしい』という言葉と共に、その効能を確かめようとしたコーメイ中将の手から奪い取ったキノコを俺が口に入れたのは、つい先月の話だ。
 俺がキノコを奪い取った時、とてもわざとらしい様子で驚いていたコーメイ中将は、どう考えてももともと俺を実験体にするつもりだったに違いない。
 そのキノコを食べた人間を観察したかったのか、酷くやる気のそがれた状態になり、もはや置物のように自分から動くことの無かった俺を世話したのもコーメイ中将だった。
 俺がモドリダケを口にしたのはそれから三日後のことで、その時に『やってほしいことがあるなら言ってください』と申し上げてからは、中将のああいう演技は少なくなったように思われる。

「ナマエ、貴方は悪魔の実を口にしていましたね?」

「はい。あまり役には立ちませんが」

 確認するように寄越された言葉に頷いて、俺は自分の体に軽く手を当てた。
 見た目はあまり変わらないが、体の内側がぐっと熱くなる。
 傍から見ればただの人間だが、あの悪魔の実を食べてから、俺の身体能力と耐久力はガープ中将クラスになった。
 ただ殴るだけでも、武装色の覇気で体を武装した相手にそれなりのダメージを与えることが出来る。
 砲弾を投げては軍艦までも巻き込むあの人を後ろから掴まえて止められる存在として、向こうの副官にだけはあがめられているが、いわばただの怪力人間である。
 強くなりたかったからこそあれだけ恐ろしくまずい食べ物を口にしたというのに、その結果がなんとか言うモデルの『ヒトヒトの実』なのだから、俺という人間はつくづく運が悪い。

「よろしい」

 俺の言葉に軽く頷いて、コーメイ中将が軍配で軽くその口元を隠した。
 どこぞの貴婦人のようだが、姿かたちは間違いなく海軍将校である。

「それでは、この報告書にある『霧の島』へ向かうとしましょう。体に異常があれば、逐次私へ報告するように」

「はい」

 寄越された言葉に頷いて、俺はコーメイ中将と共に『ネブランディア』と名付けられた島へと向かうことになった。







 結果から言うと、霧の島『ネブランディア』は、悪魔の実の能力者にとってはとてつもなく恐ろしい島だった。
 海面より低い窪地には夜になれば霧が満ちるが、それは地下に入り込んでいる海水を地熱が温めて漏れる水蒸気であり、すなわち海に浸かっているようなものなのだ。
 べったりと肌に張り付く感覚というだけでも苛立つというのに、これは酷い。
 そして、何よりこの植物である。

「恐らくですが……これはこう、海楼石みたいなアレだと……思われます」

「そうですか」

 唐突に襲い掛かってきた植物に絡みつかれ、高さのある場所で転んで放り出されて宙づり、だなんていう何とも間抜けな恰好のままで言葉を投げると、俺のさかさまになった視界でこちらを見やったコーメイ中将が、こくりと一つ頷いた。
 海水を吸い上げて育つ植物だからどうしたこうしたと、俺にはあまり理解できないうんちくを並べつつ、その手が俺の体を拘束している蔓の先を軽く引きちぎる。

「島の様子を見に来ただけでしたが、思わぬ収穫でした。船に戻り次第、詳しい人間を手配することとしましょう」

「はあ」

 放たれた言葉に頷きつつ、だらりと体の力の抜けてしまった状態でコーメイ中将を見あげる。
 片手につまんだ植物の切れ端を懐に仕舞い込んでから、ひょいとこちらへ伸びたコーメイ中将の手が、いつも持っている軍配を軽く振り上げた。
 見る見るうちに覇気を伴い形状の変化を行った軍配が、まるで大剣のような風体に変貌する。
 大きく振り上げたその切っ先がざん、と音を立てて空気をなぎ、俺を捉えている植物ごと俺が引っかかっていた大岩を切り刻んだ。

「いだ」

 ごつ、と頭から真っ逆さまに地面へ落ちて、声を漏らしつつ身を捩る。
 受け身くらい取りなさい、なんて言いつつその手がこちらへと伸びてきて、コーメイ中将は俺を立ち上がらせた。

「さあ、行きますよ」

「ああ、はい」

 俺の足がまともに動かないことなんて知っている癖をして、そんな風に言い放ったコーメイ中将が足を動かし始める。
 それを見やって足を動かそうとしたものの、両腕はまだ蔓に絡まれているせいで、相変わらず体に力が入らない。
 頑張って引きちぎろうとはしているのだが、俺の怪力というのは基本的に悪魔の実に起因するものなので、少々難しい。
 コーメイ中将が切り離さなかったということは、このままの形で持ち帰りたいということだろうか。
 なかなかに厳しい道のりになりそうだが、まあ、船へ戻れば何とかしてもらえるだろう、なんて結論をつける。
 打ち付けた頭もじくじく痛むので、きっとたんこぶが出来たに違いない。早く治療したいところだ。
 とりあえずは転ばないように気を配りながら足を動かした俺の足へ向けて、ずるり、とうごめいたものが近寄った。

「あ」

 思わず声を零しても遅く、海の匂いがする蔓が、くるりと人の足にまとわりつく。
 それと共に更に力が抜けて、がくりと膝をつく恰好になってしまった。

「ナマエ?」

 俺の立てた物音に気付いて、コーメイ中将がこちらを振り向く。
 その目がこちらを見たのを見上げてから、すみません、と言葉を投げつつよろりと立ち上がった。
 俺の様子を見て、ため息を零したコーメイ中将が少しだけ来た道を戻り、その手の軍配で俺の足に絡みついていた蔓を切り刻む。
 ぽろり、と根を失った蔓は力なくその場に落ちて、少しだけ体は楽になった。
 しかし、俺の両腕に絡みつき、俺の体を後ろ手に縛っている蔓はまだ残っているので、あまり状況は変わらない。
 次はあの蔓にも気をつけなくては、と気持ちを引き締めた俺の前で、コーメイ中将がまたしてもため息を零す。

「……ナマエ。何か私に言いたいことは?」

 問いかけながらその目がこちらを見つめたのを見あげて、ぱちりと目を瞬かせた。
 それから少しだけ考えて、ああ、と声を漏らす。

「この蔓、恐らく能力者を狙うんだとは思いますが、コーメイ中将も一応気を付けてくださいね」

 中将が転ぶなんてさすがに情けないですよ、と笑いかけた俺を見たコーメイ中将の目が、どうしてだかわずかに眇められた。
 未だに剣の形をしていた軍配がふわりと緩み、普段通りになったそれでコーメイ中将の口元が隠された。

「……ええ、まあ、無様な姿はさらさぬよう気を付けるとしましょう」

 貴方も転ばぬように、なんて気遣わしげなことを言われて、はい、と答える。
 それからは本当に蔓にも障害物にも気を付けて、俺は俺の腕を縛っている蔓をそのままに軍艦へ戻るという任務を成功させることができた、のだけれども。

「そこは、助けてくださいってお願いするところだったっすよ。自分には分かるっす」

 船に戻った俺を治療しながら、呆れた顔をしたカンショウに言われて、俺はどうやら選択を誤っていたらしい、ということを知った。
 なるほど、船に近付くにつれ、コーメイ中将の機嫌が悪くなっていた理由はそれだったのか。
 しかしそれならそれで、『頼ってほしい』と言ってくれなくては困るというものである。



end


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