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如何様なご助力
※主人公はライガー
※ほぼビスタ



 ぐるるるると、牙を剥いて低い唸り声を零す獣が、目の前にいる。
 その事実に眉を寄せ、ビスタはその手の剣を握り直した。
 白ひげ海賊団を、船長を失っている『スペード海賊団』が襲撃してきたのは、つい十数分ほど前のことだ。
 恐らくその目的は、今、この船の向こうにある本船で寝ている『火拳』のエースの奪還である。
 実力差から見ればそのような行動は愚の骨頂とも言うべきもので、しかしそれを面白いと称した『白ひげ』の言葉の通り、ビスタもまた襲撃者たちを丁重に扱っている最中だった。
 鞘から抜いた切っ先で敵を退け、ただし致命傷は与えない。
 とらえた連中は端から順に今いる船から別の船へと放り込み、そこで頭に血の上っている未来の『弟分』達を数人が説得し治療しているというわけだ。
 今もまたもう一人を隣の船へと放り投げさせたところで、そこに現れたのが目の前のこの獣である。
 獅子のような風貌だが、その体は大きく、身を覆う毛皮には虎のような縞模様が入っている。何処かで一戦交えたのか、その毛皮のあちこちに軽く傷がついていた。
 見たことのない風貌の獣が、この海の上で、一体どこから入ってきたというのか。

「……『連中』の飼い猫か?」

 名乗る筈もない獣相手にそう呟きつつ、ビスタの手が剣を構える。
 もしもペットの類なら、それはそれで殺してしまうわけにはいかない。
 しかし、花剣のビスタの名を聞いても、獣では慄くことは無いだろう。
 無力化させるのは随分と骨が折れそうだとわずかに笑ったビスタの前で、戦闘態勢に入ったようにその身を低くしながら、どうしてか獣はその目でちらちらと周囲を窺った。
 目の前に剣を構える『敵』がいるというのに対して、何ともらしくない動きだ。
 注意力の足りぬ獣を前に違和感を抱いて眉を寄せ、す、とわずかに息を吸い込んだビスタの手が、素早い動きで前へと剣を突き出す。
 僅かにしなる切っ先が狙った獣の足先は、しかし俊敏に動いた獣によって避けられ、わずかに甲板を抉った。
 慌てたように飛び退り、改めてビスタへその双眸を向けた獣が、ぐるるると唸る。
 強い敵意に、しかしやはり拭い去れぬ違和感が、ビスタに戸惑いを起こさせた。
 間違いなく、目の前の獣はビスタの『敵』だ。
 しかし、野生の生き物ならあり得るはずの、目の前の獲物の喉元に食らいついてやろうというような殺意が、まるで見当たらない。

「……」

 少しだけ考え、ビスタの手が剣を鞘へと仕舞い込む。
 大きな動きにびくりと獣が体を震わせたが、しかしビスタが剣の柄から手を離してもなお、獣はビスタへと飛びかかろうとはしなかった。

「ふむ」

 その様子を見つめて、軽く髭を撫でたビスタの親指が、つい、と己の後ろを指差した。

「お前たちの『探し物』はあそこだ」

 そちらの方向を見なくても、そこに偉大なる海賊の乗る本船があることは知っている。
 しかし、白ひげ海賊団の本隊へ、スペード海賊団が辿り着くことは敵わないだろう。
 対峙した獣へ向けて言葉を紡ぎながら、ビスタの手がそっと降ろされる。

「大人しくついてくるなら、会わせてやろうか」

 ビスタがそう尋ねるのは、初めてでは無かった。
 けれども、そう誘いかけた『スペード海賊団』の連中は、全員が『自力で会いに行く』と言ってビスタへ挑んだ。
 『白ひげ』の胸の内を知らないが為に、恐らくはこのままでは自分達の『船長』だけが偉大なる航路の彼方へ攫われてしまうと思っているのだろう。
 実際のところは今乗り込んできている『スペード海賊団』全員がかどわかされるのだが、その事実を彼ら全員が認識するのは明日の朝頃と言ったところだろうか。
 ついでに言えば当然ながら、このような言葉を述べたところで、獣が理解するはずもない。
 酔狂なことをしている自覚はありながらも、尋ねて見つめたビスタの前で、ぐるるると唸っていた獣がわずかにその目を瞬かせた。
 それから、敵意を露わにしていた牙がその口の中へと隠れ、苛立ちを露わにしていた尾がするりと降ろされる。響く唸り声もやんでしまい、ぺろりと覗いた舌が自分の口周りを軽く舐めた。
 すっかり敵意を消してしまった目の前の相手に、おや、とビスタは眉を動かし、それから軽く首を傾げる。

「……了承したのか?」

 思わず問いかけたビスタの前で、獣ががう、ともぎゃう、ともつかぬ鳴き声を零す。
 目の前のおかしな生き物が『ナマエ』という名前だとビスタが知ったのは、それから少し後のことだった。







「……っだー! また負けたァ!」

「だーから、ちゃーんと見抜けって言っていってんだろー」

 酒盛りをしている甲板の一角で、そんな風に声が上がる。
 それを聞いてつい、と視線を動かしたビスタがすぐ近くに見つけたのは、傍らにランプを一つ置いてカードに興じる二人の『兄弟』の姿だった。
 そこいらじゅうに置かれた料理を手掛けた一人である四番隊の隊長と、つい最近正式に『白ひげ』の一員となった青年だ。
 その背中に大きく誇りを刻んだエースが、がしがしと頭を掻いている。

「そうは言うけどよ、いつやったんだよイカサマなんて」

「それを教えちゃあ意味ねえっての」

 唇を尖らせているらしいエースの前で、サッチがけらけらと笑っている。
 つい先日の島で賭場へ行き、イカサマ師に随分と貢いでしまったらしいエースを『鍛えてやる』と言った彼がエースをカードへ誘っていたのを、ビスタは見た覚えがある。
 あれから随分と時間が経っているのだが、未だにエースはサッチの『イカサマ』を見抜くことが出来ていないらしい。
 ビスタから見てもあまり器用なことが出来そうには思えないので、もともとそう言ったことが苦手な性分なのだろう。
 カードの引きは良い方であるという話なのだから、それでイカサマに強くなればもう少しうまくやれるだろうに、何とも勿体ない話だ。
 やれやれと肩を竦めつつ、ビスタはわずかにその視線を動かして、エースの横でべったりと甲板に懐いている大きな獣を見やった。
 エースいわく『最初の仲間』であるはずのナマエは、今日も機嫌がよさそうだ。
 時々ぴくりと耳を動かしつつ、エースがもたれかかりやすいように体をわずかに丸くして、その尾をエースの傍で揺らしたりエースにちょっかいをかけたりしている。
 時々首をくすぐられてそれに文句を言いながらも、エースにはカードを止めるつもりはないらしい。もはや意地なのだろう。

「よーし分かった、それじゃあ次は何か賭けるか」

 そうすりゃもう少し気合いも入るだろ、などと言って笑ったサッチが、お互いの間のカードを集め出す。
 賭けるって何をだよとエースが訊ねて、簡単なもんがいいよなァ、と声を漏らした四番隊隊長が、それからカードを掴んだ指の人差し指を立てた。

「あれだ、次の島で買い出しってのはどうだ?」

「買い出し? 別にそんなの賭けなくても行くけど……なあ、ナマエ」

「ばっかお前、ナマエは町に連れて行くなよ」

 騒ぎになるだろ、と呆れた声を零したサッチに、ぴた、とナマエの尾が動きを止めた。
 エースはそれに気付いた様子も無く、そうかァ? と不思議そうに首を傾げる。

「ナマエは簡単には噛まねえしひっかかねえし、そんなに吠えねェのに」

「見た目がいかついんだっつーの。駄目駄目、エースくん一人でお買い物な。ナースの下着とか」

「は」

 おれがちゃんと注文受けてやるからと微笑んだサッチの前で、なななな、と声を漏らしたエースが腕を震わせた。
 ぜってェ嫌だと叫んだ相手に、よしその意気だ、と笑ったサッチの手がカードを配る。

「ほーら、気合い入れろよー」

「ぜってェ勝つ!」

 サッチの誘いに気合いを入れて、エースがその体を前のめりにする。
 それを見やったナマエがむくりと立ち上がるのを見て、おや、とビスタは軽く眉を動かした。
 何とはなしに観察している間に、ナマエがのそりとその場を歩き出し、エースとサッチの傍を離れる。
 ぐるりと酒盛りの場を迂回して進んだその足がそのままビスタの方へと向かってきて、近寄ってきた大きな獣にビスタは軽く首をかしげた。

「どうした、ナマエ」

 傍までやってきた相手へそう尋ねると、ぐる、とわずかな鳴き声を零したナマエの鼻先が、ビスタの傍らへと寄せられる。
 それを見て、傍らに積んであった酒瓶の一つをつまんだビスタがそれを差し出すと、ナマエの口がそれを軽く咥えた。
 その状態で、恐るべき一戦に興じ始めた二人の方へと大きなその顔を向ける。
 何かを待つように佇むナマエに笑い、伸ばしたビスタの手がナマエの毛並みを軽く撫でた。
 触れられても、ナマエは特に嫌がったり噛みついたりすることもなく、ただ好きなようにさせている。
 マルコに言わせれば『賢い』、ビスタに言わせれば『随分と変わっている』獣であるナマエは、こうして接してみると、なんとも大人しい性分の生き物だった。
 『スペード海賊団』としてエース奪還のためにやってきたあの日、ビスタと対峙していた時とは随分な違いだ。
 そっと毛皮を丹念に撫でてみると、毛皮の下に少しばかり隠れた古傷があるのも分かる。痛みは無いのか撫でても唸りもしないが、触れた感触からして、もともとは深い傷であったことは間違いない。
 好戦的なのか、そうでもないのか、よく分からない奴だと笑いながら片手の酒瓶を傾けたビスタの傍らで、しばらくじっとしていたナマエが、ゆっくりとまたその場から動き出した。
 酒瓶を咥えたまま、来た時とは別の進路を辿って、元いた場所へと戻っていく。
 目指す先ではサッチとエースがカードゲームを進めていて、どうやら互いの手札から出し合った数字で争うゲームにしたようだった。
 見ていなかったからサッチがどういったイカサマをしかけたかは分からないが、手元の札の数からして、今回もエースの負けになりそうだ。
 もう少し手加減の一つでもしてやればいいものを、と少しばかり大人気ない兄弟に呆れたビスタの視界で、ナマエがぐるりとサッチとエースの傍を一周するように回り込む。
 じろじろとサッチを後ろから見つめ、そうして元いた場所に座り込んだナマエは、どうやらエースに酒瓶を差し出したようだった。

「お、ありがとなナマエ」

 それを受け取り、片手で栓を抜いた酒を軽く呷ったエースが、それからそろりとナマエの顔の方へとその身を寄せる。
 声を潜めているからかビスタの方までその声は聞こえないが、何相談してるんだよとサッチが笑ったので、手札をナマエに見せているのだろう。
 それを受け、ナマエの体がわずかに動いて、エースの手札へとその顔が寄せられる。
 どうやらナマエがカードを選んだらしく、それをエースが山場にだすと、うわ、とサッチがわずかに身を引いた。

「マジかよ……ナマエ、お前カードできんのか?」

「おれのナマエはすげェだろ」

 どうやら手痛い攻撃だったらしく、偶然にしても出来すぎだろうと肩を落としてため息を吐いたサッチの向かいで、とても自慢げな声を漏らしたエースが笑っている。

「……なるほど」

 先ほどのナマエの行動の意味が分かって、ビスタの口から軽く声が漏れた。
 そんなビスタをよそに、二人と一匹が更にカードをやり取りする。
 数分のうちに勝負は決まり、どうやら今度は久しぶりにエースが勝利をおさめたようだった。

「よっしゃァ!」

「あー、残念だなァ……もう一戦やるか?」

「やらねェ!」

「えー」

 気分よく勝利の美酒を味わっているエースが、サッチの誘いを無下に断る。
 そのやりとりを眺めたビスタは、一匹の獣の名誉のために、誰かさんの手札が堂々と見られていたことは教えてやらないことにした。
 まあ、もとよりサッチの方も何かを仕掛けていたのだから、姑息も何も無いだろう。



end


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