君と、すきなひと
※名無しオリキャラ注意
キラーはひたすらに疑問だった。
何故、ナマエはああも鈍いのだろうか。
「おいナマエ、暇だ、ちょっと付き合え」
「あ、キャプテン。暇ならまた将棋する? 取ってこようか」
「ショーギはもうしねェ」
「大丈夫だって、俺は飛車角落ちでやるし」
「ああ? おれに手加減してやるっつってんのか?」
手招きされてキッドへ近付いたナマエが、座っているキッド相手に馬鹿なことを言って、キッドにぎろりと睨まれている。
いたっていつも通りの光景だ。
だからこそ、キラーは疑問だった。
何故、ナマエは気付かないのだろうか。
食後の休憩をとっているキラーの向かいで、食堂の椅子に腰掛けたままのキッドは、自分の傍らを空けている。
キッドから見て通路側に当たるそこのすぐ傍にナマエは立っていて、キッドに話しかけられながらもテーブルの横から動こうともしない。
それを睨むキッドが少しいらだたしげな顔をしているなんてこと、この食堂に居座るナマエ以外の全員が把握していることだ。
キッドの死角となるナマエの斜め向かいに座っているクルーが、ナマエへ向かって『座れ座れ』と声もなく囁いているようだが、当然ながらナマエには届いていないらしいとキラーは把握した。
それも当然だ。届いていたら、今頃ナマエは大人しくキッドの横に腰を下ろしているはずだ。
「それじゃ、リバーシでもする? 昨日作ったんだ」
「昨日は夕食後から見ねェと思ったら、まァた一人でセコセコと作ってやがったのか」
軽く手を叩いて言い放ったナマエを見やりながら、キッドが少しばかり眉間に皺を寄せる。
キラーやキッドや、他のクルーが知っていたり知らなかったりするボードゲームが遊戯室に増えたのは、ナマエがこの船に乗ってからのことだった。
航海の最中、ナマエが時々夜中までかけて何かを作っているのを、キラーも知っている。
つい一週間ほど前に作っていた『海賊王ゲーム』は、なかなかに面白いものだった。
最下位になりかけたキッドが不満顔でサイコロを破壊しなかったら、もうしばらく船内で流行っていただろう。
「どうせならチェス盤でも作れ」
「だって俺チェス知らないし」
「ショーギと似たようなもんだろうが、あんなもん」
キラーが見やった先でそう言い放ったキッドに、そうなの? とナマエが首を傾げている。
「でも、駒の形も種類もしらないしさ」
「…………だったら……」
「それに、将棋と似てるんだったら将棋でいいと思うけど」
そして何かを言いかけたキッドを気にすることなくそう言い放ったナマエに、キラーは少しばかり呆れた。
今のは明らかに、『だったらおれが教えてやる』と言われるタイミングではなかっただろうか。
先ほど立ったままのナマエへ座れと念じていたクルーも、がくりと肩を落としている。
キッドの目つきが少しばかりの剣呑さを抱いているが、ナマエはまったく気付いていない。
あれだけ睨まれてよくも震え上がらないものだと、キラーは少しだけ感心した。
以前聞いた話によると、ナマエは確かにキッドのにらみを『怖い』と認識しているようだが、『でもキャプテンが優しいって知ってるから』ということらしい。
全くもって馬鹿らしい話だ。
かの悪名高いキャプテンキッドを『優しい』なんて言えるのは、この広いグランドラインのどこを探してもナマエくらいのものだろう。
そうして、確かに、キッドはナマエには甘い。
キラーが感じているそれを、この船のナマエ以外のクルーもそろそろ全員が勘付き始めている。
キッドはナマエを可愛がっている。
キラー以外のクルーはまだ知らないが、最近の宴のたびにキッドが飲む量を制限しているのも、周りが酔いつぶれた頃に酒瓶を抱えて船長室へ移動していくのも、キッドがナマエと二人になりたいが為のことだ。
時々酔いに任せて引きとめ同衾までしているらしいが、朝に出くわすナマエの雰囲気からして、手を出している様子すらない。毎度毎度、辿り着いた島で爪の赤い猫を何人もはべらせているあのキッドがだ。
ならば一晩も一体何をしているのかとそれとなく聞いたキラーは、ナマエからの『ちょっとおしゃべりして寝ちゃったよ』という返事に愕然とした。
キッドはナマエを猛烈に可愛がっている。
そして、キラーが知る今までのどの相手よりも、大事に大事に扱っているらしい。
男同士だからだとか、ナマエの身元が不明であるからとか、ましてやナマエに意中の女がいると思っているから、というだけではないだろう。キッドは海賊だ。海賊は、欲しいものは奪うものだ。
なのに、キッドはそれが出来ないほど、ナマエを大事にしている。
だからこそ、キラーは疑問だった。
何故、ナマエはそれに全く気付かないのだろうか。
「そういえばキッド、今度俺と組み手やってくれる?」
「はっ。おれが相手してやれるくれェ強くなったんだろうな?」
「いやいや、キャプテンには到底及びませんけども。たまにはキッドともやりたいなーって。やっぱり、この船で一番強いのキッドだし」
今だって、ただの事実のように告げたナマエの言葉に、少しばかり目を丸くしてからにやりと笑ったキッドが、どうしようもなく嬉しいらしいということをキラーは十分把握している。
当然だ。一番強いだなんて、キッドには褒め言葉でしかない。
ましてやナマエの口から漏れた言葉であれば。
「…………チッ 仕方無ェ奴だな。甲板に出ろ、足腰立たねェくらいにしてやる」
「いや、そこまでは……」
「思い立ったら即日、やるんなら徹底的にだ。決まってんだろうが」
「……はーい」
案の定、隣に座らないナマエを睨んでいたはずのキッドは少しばかり機嫌よくそんな風に言って立ち上がり、ナマエを伴って食堂を出て行った。
食堂の全員で何となくそれを見送ってから、二人が出て行ったのを皮切りに、それぞれが自分がしていた作業へ意識を戻す。
先ほどナマエの発言にがくりと肩を落としていたクルーが、キラーが自分のほうを向いたのに気付いて肩を竦めながら苦笑いした。
「ナマエの奴も、いい加減にして欲しいよな」
「違いない」
同意を示して頷いたキラーに、笑ったクルーが食事に戻る。
それを見やったキラーも同様に、食休みを兼ねて行っていた武器の手入れに戻った。
片腕に取り付けた刃の一本一本を丁寧に磨いて、反射するそれを見下ろす。
サビ一つないそこに映る自分の仮面を見やりながら、キラーの脳裏にぼんやりと、つい一昨日聞いたナマエの声が甦った。
『キッドの好きな人って、誰だかわかる?』
いつだったか聞かれたのとは違う、キッドに意中の相手がいることを確信したその声は、どこか不安げに揺れていた。
何と返事すればいいのかと迷ったキラーを窺うナマエの顔までを思い出し、キラーはやれやれ、と仮面の中でため息を零す。
あんな顔をするくらいキッドのことを気にしておいて、キッドの態度に気付かないというのは、一体どういうことだ。
「……鈍いにもほどがある」
これがキッドの相手でなかったら真後ろから蹴り飛ばしてやっているところだと、殺戮武人はうんざりと声を漏らしたのだった。
end
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