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突発リクエスト1

「キャプテン、恋バナしよう」

「……あ?」

 唐突に切り出してきたナマエに、キッドは怪訝そうな顔をした。
 その手には酒の入ったグラスがあり、すでに空いた瓶が二本ほど足元に転がっている。
 キッドの船の連中は酒盛りが好きだ。
 なんだかんだと理由をつけて宴を開いて酒を飲む。海賊と言えばそういうものだと言われればそれまでだが、とにかく酒盛りが好きだ。
 仲間内で唯一飲まないナマエが、宴の片づけをするのもいつものことだった。
 そこで甲板に転がっている連中の確認をして、キッドの姿が見えなければ船長室まで探しにくるとキッドが気付いたのは、いつ頃だったろうか。
 だから、キッドは周りのクルーがつぶれたらそのまま酒瓶を抱えて船長室へ戻り、ナマエがくるのを待つようになった。
 ばたばたと走り回っている体力の無い雑用と船長では、二人きりになるのも難しい。
 キラー辺りは気付いているのかもしれないが、それ以外の連中には気付かれずにナマエと二人で過ごすことが出来るのは、こういった時間のほかになかった。
 酒を飲みすぎだとナマエは呆れた顔をするが、ふらつきもせずに船長室へ戻れるよう、宴では気を配って酒を飲んでいるのだ。いつも飲んでいる量を船室で飲もうとすれば、当然こうなるだろうとキッドは反論したい。反論したいが、待ち伏せている自分に自覚があるからそれも出来ないでいる。
 その代わりに、今日も、寝起きに飲むと理由をつけて用意させたハーブ入りの水をナマエの前において、船室を覗いて呆れた顔をしたナマエがとってきたつまみを片手にナマエと向かい合って酒を食らっていた。

「何だそれ」

 向かいに座っているナマエを見やりつつ、キッドの手が自分のグラスへ酒を注ぐ。
 氷も無い船内で常温になった酒がとろりとグラスを撫でて、口へ運べば喉の奥がわずかに熱くなった。
 こくりとグラスの中身を少しだけ飲んで、ナマエが持ってきたチーズを口へ運べば、キッドと同じようにただの水を口へ運んだナマエが、えー、と声を漏らす。

「恋バナは恋バナだよ。この間したじゃない」

「ああ? だから、何だそれは。聞いたこともしたこともねえよ」

「うっそだ! 俺の記憶に間違いはない!」

 馬鹿みたいに言い放って胸を張ったナマエが、そのままで言葉を続ける。

「恋バナっていったら『恋愛の話』に決まってるよ」

「…………は」

「こないだ、俺はハンコックの話しただろ。だから、今日はキッドの番だと思いまーす」

 はーいと手を挙げて発言したナマエに、キッドは眉間に皺を寄せた。
 キッドの向かいに座っているキッドより小さくて世間に疎くてキッドより弱いくせに大してキッドを怖がらない男は、どうしてか七武海の海賊女帝に恋心を抱いているらしい。
 ハンコックという名のアマゾンリリーの女の話をするときのナマエの顔はだらしがなく、瞳すらきらきらと輝かせている。
 少し前の宴会の日に見たその顔を思い出せば何だか腹立たしい気分になって、キッドは自分が持っていたグラスの中身を飲み干した。
 それからまたすぐに新しく酒を注いで、ちっ、と舌打ちをする。

「キャプテン、飲むペース早くない?」

 そんなキッドを少し気遣わしげに見たナマエがそんなことを言うが、恐らく自分がキッドを苛立たせている自覚は無いのだろう。
 憎たらしくすら思えるその顔を睨みつけて、キッドは最後の一滴まで酒をグラスへ注いだ。

「何でおれがお前にそんな話をしなけりゃなんねェんだ」

「え、ひどい。俺の好きな人の話は聞きだしておいて、自分は言わないなんて卑怯だ」

「ああん? 誰が卑怯だって?」

 聞き捨てならない発言に持っていた空瓶を足元へ放れば、キッドの顔を見たナマエがキャプテン怖いと笑いながら言った。
 そんな発言をしながら笑顔を向けてくる相手に、キッドの口から漏れたのは小さなため息だった。
 ナマエはよくキッドを怖い怖いと言うが、まったく怖がるそぶりを見せない。
 無人島にいたナマエを船へ乗せたキッドを信頼しきっているし、こうして呼び止めればキッドが酒を終わらせて眠るまで付き合うし、キッドが話しかければ笑顔で応じる。
 卑怯なのは自分のほうだと、ナマエには自覚が足りないらしい。

「もしかして、キャプテン、好きな人いないのか」

 そんなことをキッドが考えていたら、ナマエがそんなことを言った。
 あまりにも唐突だったそれに、いや、と思わず返事をしてしまって、慌ててキッドは口を閉じる。
 けれども、二人しかいない船室ではキッドの発言は無かったことにはならず、それを聞いたナマエがおおと声を漏らした。

「やっぱりいるのか。だよな、俺に聞くんだもん、キッドにもいるよね」

「どういう理屈だそれは」

「キラーも否定はしなかったし」

「……キラー?」

 ナマエの発言の中からキッドがもっとも信頼しているクルーの名を拾って、キッドがじとりと目の前の相手を見つめる。
 キッドが何かするたびフォローに回ってくるかの殺戮武人は、恐らくは何も言わずともキッドが『誰』を『そういう風』に見ているかを知っている。
 まさか名前まで聞いたのかと思って探るような顔をしたキッドに、誰なのかは教えてくれなかったけどさ、とナマエは笑った。
 どこか残念そうな声に、グラスの酒を少しだけ舐めて、キッドは尋ねた。

「なんでキラーに聞いてんだよ」

 別に、キッドが誰を好きでいたって、ナマエには関係ないはずだ。
 それとも、まさか、関係があるとでも言いたいのか。
 無駄な期待をしてしまいそうな自分を叱責しつつ口を動かしたキッドの前で、ナマエはだって、と言葉を零した。

「俺だけ知られてるなんて不公平だと思う」

 きっぱりとしたその言葉には、全く他意が感じられない。
 しばらくナマエの顔を見つめてから、キッドはため息のかわりにグラスの酒を煽った。
 度数の強い酒を飲んでいる所為か、ぶわりと頭の奥が熱を帯びる。心地よい酔いのはずなのに何だか口の中に別の苦味を感じるのは、決して気のせいではないだろう。

「だから教えてよキャプテン。もし名前が駄目なら、見た目とか年とか性格とかどこが好きなのかとかさ」

 つまみへ手を伸ばしたキッドへナマエが言い放って、その手が自分の持っていたグラスを自分の口へと運んだ。
 こくりと喉を動かして水を飲む様子を少しだけ眺めてから、キッドの手が頬杖をつく。

「…………見た目は、まァ普通だな」

 目の前の相手を眺めてキッドが言うと、へェ意外、とナマエが目を丸くした。

「キャプテンって美人ばっかりはべらしてそうなイメージなのに」

「おい、何だそのイメージは」

「どっかの悪い人が集まってそうな酒場とかに行ったら、横にホステスさんがたくさんいそう」

「…………」

 ナマエの発言は確かにその通りであったので、キッドはむっと口を閉じた。
 少し機嫌を損ねた様子に、ナマエが慌ててキッドのほうへつまみの皿を押し出す。

「ごめんごめん、続きが聞きたいなキャプテン!」

「…………年は、そんなに離れてねェ、と思う」

 寄越された賄賂を指で摘んで口へ入れながら、キッドは少し酔いの回った頭でナマエを観察してそう発言した。
 そういえば、ナマエの年齢を聞いた覚えが無い。だが見た目からして、キッドより少し年下と言ったところだろう。

「性格は……馬鹿で、卑怯だな。まァ悪い方向じゃねェが」

「何それ絶対悪口だよね……」

 キッドの言葉に脳内で人物像を作成しようとしたのか、眉を寄せたナマエが少しばかりううんと唸った。
 そんなことはせずとも、鏡を見れば事足りる話だ。
 やっぱり馬鹿だなと自分の評価に満点を与えつつ、キッドはグラスを空け、次の瓶の封を開けて酒を注いだ。

「それで、どこが好きかって話だったか」

「あ、うん」

「分からねェ」

「え」

 律儀にナマエの質問へ答えたというのに、ナマエはキッドへ怪訝そうな顔を向けた。
 何だよ、とそれへ問いかければ、なんでわかんないの、とナマエが首を傾げる。
 可愛らしい犬のような動作に、分からねェもんは仕方ねェ、とキッドは発言した。
 実際、キッドの想い人には特筆すべき魅力が無いように思えるのだ。貧弱だし、すれ違う人の目を奪うほどの美貌でもなければ、博識だったり金銭面で裕福であったり悪に染まった思い切りのある方でもない。普通、という評価がもっとも適切だ。
 キッドが回答を打ち切ったと感じたのか、そっか、と呟いたナマエは、まァでもそうだよな、と更に続けてキッドへ寄越したはずのチーズを一切れ口へ運んだ。

「アレだよね、ハンコックと同じだ。恋はいつでもハリケーン!」

「……何だその馬鹿みたいな発言は」

「恋に落ちるのに時間や理由なんて要らないんだよ、キッド」

 きっぱりと言い放つナマエを前に、キッドは眉間に皺を寄せる。
 ハンコックというのは、海賊女帝の名だ。
 つまりはナマエの想い人のことだ。
 ナマエが誰よりも一等優しく呼ぶその名前を聞いただけで、キッドは苛立ち手に持っていたグラスをほんの少し軋ませた。
 今この場でその名前が出せる辺り、やはりナマエは馬鹿で卑怯な男である。

「馬鹿馬鹿しいこと言ってんじゃねェよ」

 鋭く舌打ちを零して、キッドは口の中の苦味を消すためにぐびりとグラスの酒を一息に飲みこんだ。
 人の気も知らないで、図星だとけらけら笑うナマエは、腹立たしくもいつも通りキッドの目を奪う笑顔だった。



end


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