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君の好きなひと
「ハンコックぅ? 海賊女帝の名前じゃねェか」

 じろりと睨まれて、ベッドの端に座ったまま、俺は首を傾げた。
 どこかの閣下を彷彿とさせるメイクの我らがキャプテンは、片手にきっつい酒を入れたグラスを持ったまま、机に頬杖をついて俺を睨んでいる。
 今日は久しぶりに海戦があった。
 とは言っても、キッドやキラーの懸賞金を目当てに掛かってきた知らない海賊団相手で、もちろんここの海賊団が負けるはずも無く、キッド達は勝利とともに略奪を行った。
 最後に相手の海賊旗を燃やすという酷い行為を行って、その上で楽しそうに笑ったキッドを囲んだ全員で行った宴が終わったのは、二時間ほど前のことだ。
 片付けは相変わらずとても大変だった。
 思うんだが、せめて自分の部屋で眠る程度で終わらせてはくれないだろうか。
 片づけを終わらせて、そういえばキッドの姿を見ていないと思った俺が船長室に来たら、宴でしこたま飲んだはずのキッドはまた酒を飲んでいた。
 いい加減肝臓を悪くしそうだと思って、食料庫からとりあえずチーズを少し失敬して戻ってきた俺を捕まえたキッドに促されるまま、注がれるレモン水を啜ってはや一時間。
 時々チーズを摘みながら酒を飲んでいるキッドの話を聞いて、促されるまま俺も話して、時間ばかりが過ぎていたはずだ。
 そろそろお開きにしないだろうかと思ってみた先で、大分酔っ払った顔のキッドに聞かれたのは、俺が好きな相手の名前だった。
 どうやら、酔っ払ったキャプテンは、この前の悪ふざけを思い出したらしい。普通酒が入ったら記憶はなくなるんじゃないのか。
 最初ははぐらかしたけど妙にしつこい船長にため息を吐いて、俺は重大な秘密をキッドへ打ち明けたのだ。
 黒い髪でツンツンでルフィ限定でデレデレで美人で巨乳で可愛い海賊女帝は、俺がワンピースで一番好きなキャラクターだった。
 恥ずかしながら、おっぱいマウスパッドだってゲットした。
 ハンコックの照れ顔めちゃくちゃ可愛かった。勿体無さ過ぎて使えず仕舞い込んでいたのを目の前で捨てられた時は、聞こえないと分かっていても家族相手に喚いたものだ。

「どこで会ったんだよ」

 俺は名前も知らない酒を舐めたキッドに聞かれて、ええと、と言いよどむ。まさか漫画で読みましたとは言えない。

「何でそんなこと気にするの」

 とりあえずごまかそうかと尋ねてみたら、うるせェぞさっさと答えろ、と唸ったキッドの眼光が鋭くなった。
 もともとが悪人面なのに、そんな表情をされたら更に怖い。キッドと知り合ってない頃の俺だったら「キャプテンキッド怖ぇえええ!」って思うこと間違いない。
 けれども、俺はキッドがやさしいことを知っていた。
 そして、思った以上に恋話が好きらしいことも今知った。
 もしかしてキラーともそういう話をしたりしてるんだろうか。案外可愛いところもあるもんだ。

「その、あっちが船に乗ってるのを見かけただけ。すっごい美人だった。メロメロメロウされたら石化するのは間違いない」

 そんなことを思いつつ答えると、キッドが怪訝そうな顔をした。

「メロメロメロウ?」

 不思議そうな言葉に、そうか、と思い出す。ハンコックの能力をキッドが知っているはずが無い。
 しまったしまったと頭を掻いて、そのくらい美人だった、と言ってごまかした。
 俺の下手なごまかしを信じるくらいには酔っていたのか、そうかよ、と呟いたキッドが酒を煽る。
 そうして空になったグラスへ酒を注ぎながら、こちらも見ずに言った。

「それで、海賊女帝をモノにする算段はあんのか」

「モノに!? いやいや、無い無い」

 あまりにも唐突に無理難題を言ってくるキッドに、俺は笑った。

「ハンコックは男嫌いだからさー。ほら、女ヶ島って女ばっかりだし、男が入るってのも基本的に無理だし。それに」

 言葉を紡ぎながら、脳裏に浮かんだのはツンツンしてたハンコックと、それがデレデレになったときの場面だった。
 ルフィはさすがに主人公らしく人タラシだけど、あれはすごかった。ルフィにデレるハンコックまじ可愛い。

「メロメロメロウが効かない相手じゃないと、ハンコックは好きになってくれないよ」

 まだまだ先だろう展開を思いながら口を動かすと、キッドの動きが少しばかり止まった。
 どうしたのかと思ってみていたら、最後の一滴らしい酒を綺麗にグラスへ注いだ後で、空になった瓶がその足元に放られる。
 それからその手がグラスを掴んで、三分の一は入っていた酒が、瞬く間にキッドの口へ吸い込まれて空っぽになった。
 キッドは酒が好きらしいしぐびぐび飲むほうだとは思うが、それにしたって今日はよく飲むな。
 一般クルーが一瓶煽って倒れたのと同じ奴が、空の状態で足元にもう七本あるぞ。

「キャプテン、飲みすぎ。肝臓悪くなるよ。海賊の船長が肝硬変になるのは格好悪いよ」

「おれがカンコーヘンになるって? 何がヘンだ? あ?」

 いい加減止めようと思ってそう言うと、酔っ払っているキッドがまたしてもこちらを睨んだ。
 その手が新しく瓶を開けようとするのを、自分のグラスを置いてから、キッドが掴もうとした瓶を自分のほうへ引き寄せて止める。

「体壊して航海できなくなったらワンピースだのラフテルだの言ってる場合じゃないって。最悪死んじゃうんだぜ? キッドが死んだら俺もキラー達もいやだ」

「…………チッ」

 俺の言葉にキッドの手がようやくグラスを手放す。
 それから椅子から立ち上がってこちらへ近付いてきて、上から掛かった影に何となく既視感を感じたと思ったら、どさりと体が後ろへ倒される。

「え」

 真上にはキッドの体があって、僅かに声を漏らす。
 前のときと全く同じだ。
 酔っ払い相手に困惑しながらも、俺は慌てて口を動かした。

「ご、ごめんキッド、俺にはその、心に決めた人が、」

「うるせェ。知ってる、何もしねェよ、黙れ」

 前と同じ呪文を唱えようとしたら唸られて、とりあえず言われるがままに口を閉じる。
 俺が目を瞬かせている間に、俺を見下ろしたキッドがもぞもぞとベッドの上を移動した。
 さらには、俺よりずいぶん太い腕が俺の体を引き上げて、むぎゅうと抱き寄せられた。
 キッドの着ている服の金具が体に当たって少し痛い。というか痛い。
 この体勢は何だ。まるで俺は抱き枕じゃないか。

「…………あれ、キッド、寝る?」

 そこまで考えてはたと気付いた俺が尋ねても、キッドは返事をしてこなかった。
 腕に力が入ったままだから、まだ起きているとは思うんだけど、どうしよう。
 キッドに抱えられたまま、持ったままだった瓶で軽くキッドの腕を叩いてみた。
 キャプテンの反応は無い。

「キッドー?」

 名前を何回呼んでも返事は無くて、けれども腕の力はまったく緩まない。
 何度かチャレンジして、やがて諦めた俺は、キッドが完全に眠ったら逃げ出すことに決めて体の力を抜いた。
 そういえば、俺の好きなキャラの名前は教えたけど、キッドのは聞いてないななんて、そんなことを思いながら。







「あ、キラー」

「ナマエか。おはよう。今日は早いんだな」

「うん、さすがに男の添い寝はなかなか熟睡は出来なくてさー」

「…………そうか」

「あ、そうだ。ちょっと卑怯かもだけど、キラーなら教えてくれる?」

「何だ?」

「キッドって好きな人いる?」

「…………………………」

 しばらく黙ったキラーは、キッドに直接聞けと言って俺から離れていった。
 そうは言っても、目が覚めたからさっき聞いてみたら、酒が抜け始めていたらしいキッドに怒鳴られて部屋を追い出されたのだ。
 俺のは聞いたくせに酷いと思う。
 でも、確かにキラーの言葉も一理ある。
 自分の卑怯さを恥じた俺は、とりあえず今度キッドが酒を飲んでいる時にでも聞いてみようと決めて、本日の雑用へ向けて足を動かすことにした。




end


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