エトワールを君に
※何となくトリップ主
※エース誕
冬島の空は、どこまでだって澄んでいるように見える。
「……きれーだなァ」
甲板より星に近い見張り台の上、月と星の明かりでうっすらと青を宿した夜闇の空を見上げて、散りばめられた星々を見つめながらそんな風に呟くと、俺の呟きが冬島の寒さで白く煙った。
すぐに消えていくそれを追いかけるでもなく口を閉ざして、口元までマフラーを引き上げる。
「そォか?」
俺の傍らで、そんな風に呟いたのはエースだった。
俺よりは薄着だが、いつもに比べたら随分と厚着をしているのは、俺が無理やり着せたからだ。
いくら背中を露出したいからと言って、冬島でまで半裸でいようとするのは止めてほしい。朝起きた時は寒がるくせに、活動するとすぐに暑がって脱ごうとするのも厄介だ。
相手の零す息がわずかに白く煙るのを見ながら、綺麗じゃないか、と軽く言葉を向ける。
「俺は結構、こういう星空は好きだけどな」
澄んだ夜空に瞬く星は、どこの世界でも大して変わらない。
俺が生まれて育ったあの世界でこんな風に星が見えたのは、小学校のころまでいた田舎でくらいなものだった。
もはやおぼろげな記憶の中、寝転んで見上げた満天の星空を思い出して口元を弛ませると、ふうん? とエースが相槌にもならないような声を出した。
納得しているのか納得していないのか、よくは分からないもののその視線を星へと向けている相手から視線を動かして、俺は船の周囲を確認する。
今日は随分と月が明るい。
見える範囲には船影もおかしな様子もなく、無人だった冬島はモビーディック号の近くに佇み、積雪で月光をはじき返している。
そちらまで視線を送ってから、俺はちらりと甲板を見下ろした。
俺とエースが『見張り当番だから』という理由で抜けてきた宴は、今もまだ続いている。さすがに親父の姿は見えないし、人数も減ってきているが、多分まだまだ続くだろう。
いつもの『宴』だったなら、エースだって今日はあそこで同じく騒いでどたばたと楽しく酒を飲んでいる筈だった。
元々『当番』じゃなかったはずの誰かさんへと視線を戻して、軽く息を吐く。
年末からどうにも様子のおかしいエースに、マルコ達は首を傾げていた。
何となく理由に思い至ったのは、ひょんなことからこの世界へ紛れ込んだ俺と、エースのことを知っている親父くらいなものだろう。
それでも問い詰めたりはせずにそっとしておいてくれる辺り、やっぱりこの船の『家族』達はいい連中だ。
「星なんて、腹の足しにもならねェじゃねェか」
俺の横で、エースがそんな雰囲気の無いことを言う。
ははは、とそれへ笑い、俺はそっとエースの方へと一歩近寄った。
それから軽く体を傾がせて、エースの方へともたれかかる。
うお、と声を漏らしながらもエースは動じることなく俺を支えて、どうしたんだ、と気遣わしげにこちらへ声を掛けてきた。
「気分でも悪ィのか?」
「いや、やっぱり寒いなと思って」
そんな風に言いつつ、エースの体の後ろへと回る。
その誇りを覆い隠した背中へ背中合わせにもたれかかるようにしても、いつもだったら体温の高いエースの温もりがすぐに伝わる筈なのに、厚着したこちらへはその温かさが伝わってこない。
「重ェぞ、ナマエ」
「あっはっは、またまた御冗談を」
女相手に言おうものなら怒られそうな台詞を寄越したエースに笑いながら、改めて空を見上げる。
広がる星空は、やっぱり綺麗だ。
「知ってたか、エース。死んだ人間は『星』になるなんて言う迷信があるんだと」
「……自分で『メーシン』って言ってりゃあ世話ねェよ」
空を見上げて呟く俺の後ろで、そんな風にエースが唸る。
死んだらそれまでだろうと続いた言葉に、それもそうだけど、と呟いた俺は視線を海原へと戻した。
見張りを務めながら、もたれかかった相手のことを考える。
もう日付の変わった今、昨晩が誕生日だったエースにとって、その日付は自分の大事な相手が死んでしまった日と同じだ。
俺はあまり役に立たない『知識』でそれを知っていて、だからエースが他の奴と見張り当番を代わりたいと言った時、付き合うよと申し出た。
エースは少し不思議そうだったけど、お前だって代わったじゃないかと言えば軽く相槌を打って追及もしてこなかった。
元スペード海賊団の連中も知らなかったのだから、相当だろう。
俺はエースが生まれてくれて嬉しいけれども、きっと祝われたくないんだろう相手へ向けかけた『おめでとう』は飲みこんだまま、今のところは出てきていない。
「まあ、手の届かないところに行かれるのは寂しいしなァ」
ただ見えるだけの星と月を反射する海を見やり、そんな風に呟く。
そうならないよう努力はしているところだが、うまくいくのかはまだ分からない。
「……誰かいたのか?」
どうしたものかなと少しばかり考えた俺の後ろで、エースがぽつりと呟きを落とす。
「ん?」
どういう意味だろうか、と話の流れが読めずに首を傾げ、俺はちらりと後方を見やった。
エースはと言えば、真面目に見張りをしていて、こちらへその視線を向けても来ない。
エース? とその名前を呼びかけると、似合わないため息を零したのか、頭の向こう側で白い吐息が帯を引く。
「…………何でもねェ」
それからそんな風に呟いて、ぐい、とエースの体がこちらへともたれかかってきた。
もたれていた筈なのに、押し返されて慌てて両足を突っ張りながら、おいおい、と声を零す。
「危ないだろ、転んだらどうするんだ」
「ナマエだっておれにもたれてきてたじゃねェか」
「俺はいいんだ」
「何でだよ」
「何ででも」
横暴は『兄貴』の特権だと言ってやると、歳も変わらねェのに、とエースが軽く笑い声を零した。
確かに年齢はそう変わらないが、俺はエースがくる五年も前からこの船に乗っているのだ。立派な兄貴分だと思う。
そう伝えた俺の主張を受け止めて、ふうん? と先ほど寄越したのと同じ気の無い相槌を零したエースが、ぐり、と少しばかりその頭をこちらへと擦り付けてくる。
空を見上げたらしいエースを支えてやると、俺の背中に乗っかるようにしながら、エースがゆるりと言葉を紡いだ。
「それじゃあ、『兄貴』の為に、空島に行ったらおれが星をとってきてやる」
『弟』だもんな、とどういう理論なのか分からない言葉を寄越されて、ぱちりと瞬きをする。
それから、あまりにもファンシーすぎるエースの台詞に、ふふふ、と笑い声が零れてしまった。
なんて夢いっぱいの冗談だろうか。
「星になった人を拉致してくるのか。怖い海賊だなァ」
まあもしも『迷信』が本当だったなら、エースが誘えば攫わなくても星の一つや二つはついてきただろう。
エースの笑顔が誰よりも眩しく目をひきつけてやまないことは、俺だってよくよく知っている。
「何だよ、手が届かない場所に置いたままよりはいいだろ」
「ははは、そりゃそうかもしれないけど」
しかし星は、夜空で輝いてこその星なのだ。
だからやめてくれとエースへ頼むと、何だよ、ともう一度繰り返したエースがこちらへ更に重心を傾けた。
もはやほとんど相手を背負うような格好になってしまって、どうにかエースを支えながら、仕方なく片手をエースの方へと回す。
仰向けになっているエースの体を支えるようにしてやると、エースの手が俺のその手を掴まえた。
ぐっと握り込まれた掌にわずかな温もりを感じる気がするのは、気のせいだろうか。
「エース」
手の向きから考えて握り返せもしないそれを受け止めながら名前を呼ぶと、んー、と声を漏らしたエースがわずかに身を捩った。
そろそろ自分の足で立ってほしいところだが、どうやらまだエースにその気はないらしい。
仕方ないなとそれを支えながら、あいていた手を自分の上着のポケットへと入れた。
そしてそこから掴みだした包みは、俺が日付の変わる前、エースに渡そうと想っていた『プレゼント』だ。
誰にも自分の誕生日だと主張せず、ましてや少し暗い顔までしていたような相手にしっかりとした贈り物をするわけにもいかなくて、本当に小さくて簡単な贈り物しか用意できなかった。
来年か再来年には盛大に祝えるようになるといいな、なんてことを考えているのは、俺だけの秘密だ。
「ほら」
掴みだした包みをもった手を、掴まれている手とは逆側から差し出すと、ん? とエースが声を漏らした。
俺から包みを受け取ったエースが身動ぎ、やっと姿勢が戻される。
しかし片手は掴まれたままだったので、俺は背中を伸ばしてから、くるりと体を反転させてエースの隣へと佇んだ。
エースは少し不思議そうな顔をして、自分の手の上の包みを見ている。
「何だ? これ」
「お年玉」
首を傾げて寄越された問いかけに、俺は用意しておいた返事を渡した。
オトシダマ、と慣れない言葉を口にするエースの目が、不思議そうな光を宿したままでこちらを見る。
「そう。俺の生まれて育った島での風習なんだ。年下の可愛い『家族』に渡すっていうやつ。あんまりたくさんは用意できてないからな、言いふらすなよ?」
適当なことを言って笑いかけると、エースはどうしてか少しばかり眉間に皺を寄せた。
それから改めて手元を見下ろして、顔に近付けたそれの匂いをくんくんと検める。
まるで仔犬みたいな様子に笑って、まあお前に渡したのが最初だけどな、と言葉を続けた。
本当は一袋しか用意していないのだが、エースのものだけだと教えて、エースが俺が『知っている』という事実に気付いたら距離を取られるかもしれない。
せっかく仲良くなったというのに、それはとても残念だ。
俺のそんな思惑に気付いた様子も無く、へえ、と声を漏らしたエースの口が、しっかりと結んだリボンに噛みついた。
手の上の包みを口を使って開こうとする相手に目を丸くして、いやいや手を使えよ、と言いつつ片手を引いてみるものの、エースは俺の手を掴んだまま、まるで放す様子がない。
「エース?」
どうしたんだと呟く間にエースの口が包みを開いて、中から出てきたものにその目がぱちりと瞬きをした。
何だこれ、と寄越された問いかけに、見たら分かるだろうと返事をする。
「金平糖だよ」
「コンペートー」
「そう。ワノ国の菓子だな」
小さくて可愛いだろう、なんて言葉を投げつつ、自由な手でひょいとエースの手の上から一粒をつまむ。
それをそのままエースの口元へと押し付けると、おずおずとその唇が開かれた。
隙間に少しとげのある塊を押し込んでから、美味しいだろ、と相手へ笑いかける。
「俺、これ好きなんだ。星みたいで」
保存がきくから大事に食えよ、なんて放った俺の言葉を受け止めて、ちらりともう一度自分の手元を見やったエースの口の中から、がりり、と小さく砂糖を砕く音が聞こえる。
「……星もうめェのかな」
「食う気か」
やめてやれ、なんて言って笑いつつ、俺はもう一度見張りの為に夜色の広がる海原を見やる。
海面に映り込んで揺れる月と星は、相変わらず美しかった。
end
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