ガープさんとクリスマス
※ガープ中将と部下主
この人に『クリスマス』というものを教えたのは、一体どこの誰だろう。
今目の前にいたとしたら、是非とも首根っこ掴まえて何てことをしてくれたんだと詰ってやるところだ。
「ガァープ! 何だこれは!」
青筋立てて怒鳴るセンゴクさんを見やり、わはははとガープ中将殿が笑っている。
最近よく気に入って被っている犬のマスクがトナカイ仕様になっていて、磨かれたつややかな赤い鼻がぴかりと光を弾いた。
普通はガープさんが『サンタクロース』なのではないかと思うが、どうせなら『ジジイ』以外の恰好がしたいと言い放った誰かさんが自分で用意したものだ。
「ガープ中将、もうそろそろおやめになった方がいいと思うんですよ」
「なんじゃ、まだわしはイケるぞ」
とりあえず後ろから進言してみるものの、俺を振り向いたガープ中将が胸を張る。
「いえ、中将がどうということじゃなくて……うわ!」
そう言葉を放ちかけたところで相手が走り出し、その腰に巻き付けられた紐に引かれて動いたソリの上で、俺はとりあえず荷物を抱えたままでソリの縁にしがみ付いた。
「ガープ!」
「おう、すまんすまん、先を急いどるんでな!」
後ろからさらなるセンゴクさんの怒鳴り声がするが、どうにか申し訳ありませんと頭を下げてやり過ごす。
俺だって、確かに時々びくびくと動く大きな袋には恐怖心を抱いていたものの、まさかガープさんがあんなプレゼントをセンゴクさんに用意するだなんて思わなかったのだ。
いくら高級食材でも、生きたエレファントホンマグロが執務机の上で書類の山を蹴散らしてびちびちと跳ねていたら、そりゃあ怒るだろう。
むしろ、どうして他の『贈り物』達が濡れていなかったのかがまるで分からない。
終わったら片づけを手伝いに戻ろう、と心に誓って、俺はひとまず自分の目の前にある背中を見やる。
「それで、次はどちらですか?」
「次は、そうじゃな、どこへ行くか」
ばたばた駆けつつ寄越された言葉に、決めてないんですか、と少しばかり声を零す。
一体いつから用意していたのか、巨大な白い袋をたずさえてそれらを配り歩くこの人に『付き合え』と言われたのは、今日の午前中のことだ。
もうそろそろ夕方で、俺の知る限りのガープさんと親しい方々にはもはや配り終えてしまっている。
俺の役目は赤い衣類を身にまとってそりに乗りながら『贈り物』を落とさぬよう抱えているということで、傍から見ればまるでガープさんを働かせて楽をしているようにすら見えるだろう。
だというのに、何故かすれ違う海兵達みんなが俺の方を憐れんでいる気がするのは、やらかしているのがこの人だからだろうか。
「よし、次はクザンの所へ行くか」
走りながらぽんと手を叩き、行き先を決めたらしいガープさんがぐんと角を曲がる。
勢いの良さにソリが殆ど翻り、必死になってしがみ付いた俺の体がソリの上で軽くはねた。
「あ、安全運転でお願いします!」
「おお、すまんすまん」
俺の言葉に軽くそう答えながら、ガープさんが廊下をひた走る。
突き当りの壁には大きな窓があり、それが開かれているという事実に気付いて青ざめた俺をよそに、誰かさんは俺の予想通りその窓から外へと飛んだ。
悲鳴を上げることすらできずに身を丸めてソリにしがみ付いた俺の体が、ふわりとわずかに浮く。
重力に置いてけぼりを食らった内臓が浮き上がる感覚に、ぞわりと背中が粟立ち、三階建てから落ちるという恐ろしさに身を固くした俺の前で、同じく宙に浮いたガープさんがくるりとその体を反転させた。
ロープに引きずられて動くソリは放っておいて、のびた手が俺の体を掴まえて引き寄せる。
ぐんと担がれ、それと同時にガープさんが地面へ着地すると、そのたくましい肩が間違いなく俺の腹を圧迫した。
「うっ」
「うむ、怪我はないな」
呻いた俺をよそに、着地を終えてから俺を改めて持ち上げたガープさんが、俺の体をじろじろと確認する。
そして、遅れて派手な音と共に着地したソリを見やってから、その上へと落ちた荷物の傍へと俺を乗せた。
「行くぞ、ナマエ」
「う、うう……」
まだ痛む腹を押さえつつ、どうにか頷いた俺に笑って、またもガープさんが走り出す。
俺では出せないスピードを保って走れる年上の上官殿を見やってから、俺は腹に手を当てたままで眉間に皺を寄せた。
今日は『クリスマス』だ。
そして、ガープさん曰く、今日は『大事な相手にいいものを贈る日』であるらしい。
相手がほしいものでも喜ぶものでもなく、『いいもの』。
それは圧倒的に送り主の主観が物を言うわけで、はっきり言えばガープさんはあまり贈り物のセンスがない。
せめてもっと早く言ってくれれば買い出しにだって付き合ったのだが、ガープさんがうきうきと用意したものを渡す姿を見ているとそれ以上は言い出せなかった。
とりあえず、ガープさんのセンスの帽子を贈られたコビーくんとヘルメッポくんはとても面白い顔をしていた。
俺だったらあの帽子は被れない。
決して馬鹿にするつもりはないが、頭の上に馬の首の中ごろから上がそびえるのは勘弁してほしい。
他の中将たちも、おつるさん以外は渡されるものに困った顔をしていたのを思い出してから、あれ、と気付いて俺の視線はもう一度傍らの袋へと向けられた。
あともう少しで中身が無くなるだろうそれが落ちて行かないように掴み直しつつ、もう片方の手でソリへとしがみ付きながら、前方へと目を向ける。
「お! おったな!」
目的の相手を見つけたのか、更にガープさんの足が速くなった。
すでに相手の方も気付いているだろう。むしろ、すでにあちこちで騒ぎを起こしているガープさんだ。ひょっとしたら相手側も分かっていて待っていたかもしれない。
いや、それよりも。
「…………俺のは?」
『付き合え』と言われてからかれこれ数時間、まだ俺は『贈り物』を貰っていない。
ガープさんのおかしな『常識』の通りなら、この『贈り物』達は『大事な相手』に配られるべきものの筈で。
そしてそれを貰っていないという事実は、何とも深く俺の心臓を刺した。
「…………」
別に女々しいことを言うつもりはないし、決してこの人からの『贈り物』が欲しいわけじゃない。
今までのラインナップから見ても、受け取って喜んで見せるのは至難の業だ。何を渡されるか分かったものじゃない。
それでも、目の前で配られるものが手元にはやってこないというのは、何と言うか、面白くない。
「行くぞクザァァアアン!」
もやもやとした考えを宿した俺の前で、恐らくはクザン大将に駆け寄ったのだろうガープさんが、どうしてかその拳を握りしめて振りかぶる。
そうして、突然始まった英雄トナカイと最高戦力の模擬戦に、哀れなサンタクロースとなった俺はソリから袋ごと退避するしかなかった。
十分足らずの殴り合いでどうにか決着はついてくれたが、どうしてお互いなんてことない顔をしているのか俺にはまるで理解できない。
ガープさんにとっての『贈り物』とは、物体とは限らなかったらしい。
本当に、あの人に『クリスマス』というものを教えたのは、一体どこの誰だろう。
今目の前にいたとしたら、絶対に首根っこを掴まえて、なんてことをしてくれたんだと詰って、
「よォし、次はナマエじゃな。ほれほれ」
……そして、まあ一杯奢ってやろう。
がしがしと頭を撫でられ、いつも頑張ってるな、偉いなと子供に言うように褒められてちょっと考えを改めた俺の前で、ガープさんは相変わらず豪快に笑っていた。
end
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