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シャチとクリスマス
※主人公はハートクルー



 偉大なる航路のどこかには、クリスマス諸島なる島があるらしい。
 そこにいるサンタクロースへ手紙を書くと、サンタクロースが欲しいものをくれる、だとか。
 それはただの子供だましのおとぎ話で、信じるのなんて小さな子供くらいなものだ。
 俺はそう信じて疑っていなかったのだが、だとすれば目の前のこの事態はどう結論付ければいいのだろう。

「どうした、ナマエ。まだ書かないのか?」

 サングラスの向こう側でその目を輝かせて、シャチがそんな風に声を掛けてくる。
 向かい合っての細い机の上で、俺とシャチの前には一枚ずつの便箋があった。
 二人とも、片手にはペンを握っている。
 なぜかと言えば当然、『手紙』を書けと言われたからだ。
 しかし、その宛名は『サンタクロース』である。

「……お前は書けたのか?」

 サンタクロースへ、から進まない自分の便箋をよそにそう尋ねると、おう、と答えたシャチがにまりと笑う。
 何とも楽しそうで嬉しそうなその顔には、悪戯だとかそう言った悪そうな雰囲気は何一つ無かった。
 純粋に、真面目に手紙をしたためたらしい相手に、何を書いたんだ、と尋ねてみる。
 けれども俺の問いを受けて、慌てたようにシャチの手が自分の便箋を折り畳んだ。

「馬鹿、見せるわけねェだろ。サンタクロース宛なんだっての」

「そうか……」

 非難するようにそんなことを言われるが、まるで納得がいかない。
 何せ、サンタクロースというのは子供だましの童話の一つだ。
 人の家に侵入して贈り物をするだなんていう恐ろしい善人が、あっさりと存在していいような世の中じゃない。
 そして何より『海賊』であるシャチがそれを信じているという事実に、何だか少し頭が痛くなってきた。
 そっとこめかみに手を添えた俺の前で、どうしたんだ大丈夫か、なんて言葉をシャチが漏らす。

「お前いつも頭いたいって言ってるよな。片頭痛もちか?」

「……そうだな……」

 それらは毎回阿呆をやらかす誰かさんがいるからなのだが、どうやら原因殿は自分の所業をご存じないらしい。
 ハートの海賊団になってからというもの、俺の目と心を奪ってやまない自覚くらい、そろそろ持ってほしいものだ。
 毎回毎回誰かさんがやらかすたびに心臓が縮みそうだし、次は何をするのかと気になって仕方ない。
 この船を率いるトラファルガー・ローもまた型破りで恐ろしい海賊だが、あちらはまだ安定感がある。
 シャチはもう少し落ち着いて欲しいと零した俺に『無理だな』と言い放ったペンギンの声すら思い出してみると、やはり無理なのかもしれない。

「禿げそうだ」

「そうやって生え際ぐりぐりするからだろ」

 思わず呟いた俺の言葉に、シャチがそんな風に言葉を寄越す。
 それからその手がそっと俺の手を掴んで降ろさせて、代わりのように触れた指が俺のこめかみに添えられた。

「ナマエの片頭痛よー、去れー」

「…………何だその痛いの飛んでけみたいなのは」

 転んだだけで泣きわめくような子供だった頃に母親がやったのと似たことを言い出した相手に、俺の口から思わず呆れた声が出る。
 それを受け、手を添えるだけでも痛いのが和らいだりするって言うだろ、とシャチが笑った。

「それとも、船長に頭の中見て貰うか? 船長の能力ならイケるだろ」

「流石に自分の脳は生きているうちは見られたくない」

「死んだらいいのかよ」

 死ぬのはダメだぞ、と更に言葉を紡ぐ相手に、俺の口からはまたもため息が漏れる。
 それから、まだ頭に添えたままのシャチの手を辿ってそちらへ視線を動かした俺は、テーブルに放置されている折り曲げた便箋に目を止めた。
 数秒を置いて素早く手を動かしたのだが、それを上回る俊敏さで便箋がテーブルから消える。

「何してんだ、馬鹿!」

「いや……やっぱり、中身が気になるというか」

「だから、見せねえっての!」

 人の心配を無下にしやがって、と頬を膨らませたシャチが、そんな風に言いつつがたりと立ち上がる。
 片手に先ほどの手紙を持ったまま、さっさとお前も書いとけよな、なんて言い放った相手にテーブルの上の便箋を指差され、俺は自分の前のそれへと視線を落とした。
 相変わらず宛名しか記されていない便箋は、その殆どが真っ白だ。

「おれ、封筒に入れてくる!」

 一緒に入れてやろうと思ったのに、などと言いながら、どたどたと足音を立ててシャチが食堂を出ていく。
 うるさいぞと途中で声をかけられて、それにごめんと返事をしながら去っていく背中を見送った後で、俺は改めて手元へ視線を戻した。
 相変わらず、白い便箋はそのままだ。

「……サンタクロースへ手紙、なァ……」

 クリスマス諸島のサンタクロースなんて、おとぎ話もいいところだ。
 手紙を書けば欲しいものが手に入るなんて、そんな絵空事、あるはずもない。

 その筈、なのに。




「ねえナマエ、どうして便箋にシャチの名前を書いてるの?」

「うおあ!」



 ひょいと横から覗き込まれての発言に、俺は今までにないほどの大声を出して便箋を握りつぶした。
 なるほどとりあえず、『サンタクロースへの手紙』は人に見られるのは恐ろしく恥ずかしいものであるようだ。
 ちなみに当然俺は手紙なんて出すわけもなかったが、何故かシャチの手元には差出人不明の小包が届いていた。
 中身の小瓶は痛み止めの錠剤が詰められていたのだが、普通そういう願い事で日用品を頼むことは無いんじゃないだろうか。しかもほとんどが俺の『片頭痛』の処置に使われているのだ。何とも勿体ない。
 相変わらず、シャチはいかんともしがたい奴である。


end


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