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クザンとクリスマス
※海兵主人公と若クザンさんは同期
※こそっと転生トリップ主



 この度訪れた秋島は、緑を茂らせる木々の多い島だった。
 葉が針のように細く、樹皮は焦げた茶色を宿している。
 冬を迎えてなお葉には枯れる様子もなく、背の高い木々は、大地へと大きくその影を落としていた。

「すっごいあおいなァ、こういうの常緑って言うんだっけか?」

 背の高い木を見あげて、はあ、と大きく息を吐いたナマエがそんな言葉を零す。
 それを聞き、同じように木を見あげた海兵が、それから軽く首を傾げた。

「これ、青く見えんの?」

 どことなく不思議そうな同僚からの問いかけに、気付いたナマエが視線を向ける。
 傍らの大柄な海兵よりも傍らの木は更に大きく、上を見上げている彼の様子を見るのは久しぶりだった。
 薄着では身震いしそうな冷えた空気の中、着込んだコートの隙間から入った風に軽く身を竦めてから、何言ってんだ、とナマエが呟く。

「あおいだろ。緑色じゃんか」

「だから、『緑』色でしょうや。ん?」

 話がかみ合っているようなかみ合っていないような、そんな言葉を交わしたところでもう一度相手が首を傾げたので、ああそうか、とナマエは一人で納得した。
 それから軽く笑って、自分の傍らにそびえる木の一本を指差した。

「こういうの、俺の故郷では『あおい』って言ってたんだよ。何でだかは知らないけど」

 方言みたいなものかな、なんて呟いたナマエの傍で、ふうん、と海兵が声を漏らした。
 それを見送りながらもう一度大きくそびえた木を見あげて、これなんていう木なんだろうなァ、とナマエは呟いた。

「この島の特有の種類なんだろ? モミの木かな」

「木なんて、どれでも一緒でしょうや」

「そう言うなよ、モミの木には小さい頃から憧れてたんだ」

「へえ?」

 言葉を重ねてからナマエが歩き出すと、少し置いて同じように佇んでいた海兵もついてくる。
 現在、ナマエが所属している部隊へ出されている『任務』は、この島で要人の警護を行うことだった。
 人数の多い部隊であればこそ行えるパトロールの最中、ナマエは同僚である傍らの男と組んでこうして冷えた空気に満ちた屋敷周辺を歩き回っているのである。
 足元の地面を踏みしめて、ナマエが足を動かす。

「木なんかに、どうして憧れたりすんの?」

 同じように足を動かしながら、ナマエの同僚がそんな風に言葉を寄越した。
 とても不思議そうなその声音に、そりゃあモミの木だからだよ、とナマエは答える。
 かつて生まれて育った平和な世界で、温かい部屋で電飾に塗れた小さな木を飾って遊んだ記憶は、もう随分と前のものだ。
 何せナマエはこの世界に生まれ直したのだから、もはや同じものを知っている人間はナマエの周りには存在しない。
 この世界にも『クリスマス』というものは存在するようだが、ナマエの知っているものとは幾分か違う。

「クリスマスツリーと言えばモミの木なんだ」

 小さい頃は人口の木に飾りをつけて遊んでいたよと紡いだナマエへ、そうなの、と海兵が適当すぎる相槌を寄越した。
 適当だなとそれに笑って、ナマエがきょろりと周囲を見回す。
 寒すぎる秋島には人影も殆ど無く、怪しい影も見当たらない。
 それでもあまり屋敷から離れないようにしよう、と視界の端に屋敷を入れて角を曲がるのは、ナマエと組んでいる傍らの海兵こそが、ナマエの所属する部隊の戦力であるからだ。
 冬島にこそ似合いそうな圧倒的な力をその身に宿した悪魔の実の能力者が、並び生える木に添うように曲がったナマエと同じ方へそのつま先を向けてから、クリスマスと言えばなんだけど、と言葉を紡ぐ。

「今日の任務、それにもろで被ってるでしょうや。文句言われねえの?」

「文句?」

「ほら……付き合ってる奴とか?」

 揉めて大変だったと他の同僚が言ってたでしょうや、なんて言葉を寄越されて、ナマエは少しだけ首をかしげた。
 そう言えば、そんなことを同じ部隊の海兵が口にしていた気もする。
 『正義の味方』として私情を仕事に挟むわけにもいかず、帰ったら盛大に機嫌を取らなくちゃいけないと不満そうな顔をしていた彼は、しかし任務の後に数日の休みを取っているのだととても嬉しそうだった。
 そういえばそんなことも言っていたなと言葉を紡いでから、ナマエはじろりと傍らを見やる。

「何だ、クザン。独り身の俺に対する嫌味なのか、それは」

「……独り身?」

 唸るように言葉を紡いだナマエの横で、おや、とばかりにわざとらしく、クザンがその眉を動かす。
 行儀悪くポケットに入っていた手が片方だけ外へ出て、そのまま軽く自分の顎へと当てられた。

「……おかしいな、おれの情報網だと、ナマエはこの間の飲み屋のお姉ちゃんといい雰囲気になってた筈なんだけど」

「お前の情報網の穴だらけさは今に始まったことじゃないだろ。もうフラれました」

 一体いつの話をするんだと呆れつつ、ナマエの口がため息を零す。それを見やり、あららら、とクザンが言葉を紡いだ。

「可哀想に」

「ふん。お前だって、せっかくのクリスマスに仕事だなんてな。噂の本命はどうしたんだ」

 また告白出来てないのか、案外ヘタレなんだなと仕返しのようにナマエが詰ると、少しだけ押し黙った後で傍らの海兵がまたもため息を零した。

「……その噂、本当にどこが出所なの」

 どれだけ探しても見つからないんだけどと紡がれて、さあな、とナマエはそれへ答える。
 しいて言うならよくナマエと遭遇するいくつか年上の『先輩』なのだが、口止めをされているのだから言える筈もない。
 滑りやすい口はいっそ焼いちまおうかと笑って指先を光らせるのは目に見えていた。
 大体、あの海兵とナマエとの間で話題に出来ることなど限られているのだから、彼が漏らすその情報はただの世間話であるはずなのだ。
 だというのにわざわざ口止めをされる理由は何なのか。考えてみても分からないので、ナマエにとってかの光り輝く悪魔の実の能力者は『不思議な感性』の持ち主だ。

「まあ、どうしても告白出来ないってんなら仕方ない。任務が終わったら、俺と寂しいクリスマスでも仕切り直すか」

 ついでに良い作戦を考えてやるよ、なんて言いながら足を動かしていたナマエは、少し進んだところでふと違和感に気付き、ぴたりとその動きを止めた。
 それからちらりと傍らを見やるも、そこに先ほどまでいた筈の同僚の姿は無い。
 ぱちりと瞬いたその目が、ゆっくりと自分の後方へと向けられていく。
 そこには佇んだままの同僚殿がいて、急に立ち止まったらしい相手に、おいおい、と声を漏らしつつナマエが後ろへ向き直った。

「クザン、何してるんだ」

 おいてくぞ、なんて言葉を放ちながら、ナマエの足が相手へと向けて歩き出す。
 一歩、二歩と足を進めたところでナマエがその足を止めてしまったのは、向かったさきの同僚の傍らで、何やら異様な光景が現れたからだった。

「…………何やってるんだ、お前」

 思わずそう尋ねてしまうのも、無理はないだろう。
 先ほどまでナマエに『あおい』と言わせた常緑樹が、うっすらと霜を降ろして白く染まってしまっているのだ。
 一見して雪が積もってでもいるかのようなそれは随分と幻想的だが、局地的な部分にしか起きていないという事実は、つまりは人工的に作り出されたものであることを示している。
 それをやらかしたに違いない悪魔の実の能力者は、ナマエの言葉にちらりと自分の傍らを見やってから、あららら、と軽く声を零した。

「ちょいとナマエ、どうすんの、これ」

「どうすんのじゃねェよ。お前だろ」

 非難がましい誰かさんに対して、ナマエはそう言いつつ相手の方へと近寄った。
 近付くにつれて増していた冷たさに、寒い! と文句を言いながら、わずかに凍っていた地面を踏みつける。

「こんなにしちまって、可哀想に」

 秋島生まれでは、こんな風に凍らされることだって生まれてこの方経験したことが無いだろう。
 哀れな樹木を見やって眉を寄せたナマエへ対して、ナマエが悪ィんでしょうや、とクザンが呟く。
 どことなく拗ねてでもいるようなその声音に、何だよ、とナマエは眉を寄せて視線を向けた。

「そんなこと言うんなら、作戦なんて一緒に考えてやらねェからな。酒浴びるほど飲ませて、へべれけに酔っ払ったところを本命に見せつけに行ってやる」

「………………ちょいと、まさかおれの本命知ってんの?」

「知らねえけど、町中歩きゃそのうち遭遇するだろ」

 マリンフォードにいるのは確かみたいだしと言葉を続けたナマエへ対して、それを見下ろした海兵の方はどことなく何か言いたげな顔をしている。
 けれども、見上げたナマエが問う前にその視線が外されて、自分の所業で哀れなことになった木々へとその目が向けられた。

「…………それじゃ、あれか。おれの本命が見つかるまで、おれと飲み歩くってこと?」

「ん? そうなるか……?」

 寄越された言葉に、ナマエは軽く首をかしげた。
 しかしまあ、クリスマスが終われば忘年会で、忘年会が終われば新年会だ。
 縦社会で体育会系な人間の多い海軍に置いては、酒を飲む機会も多くなるということである。
 あちこちで飲む時に同席になる確率は、随分と高い。
 その時に共に飲んで、ついでに帰りに何処かへ連れ込んで更に飲ませれば、さすがのクザンでもへべれけに酔っぱらうだろう。
 そう判断して、ナマエの首が縦に動いた。

「そうだな。お前の財布からも金出せよ」

 道に放置したりはしないから安心しろ、と当然のことを言葉にしたナマエの横で、ふうん、と海兵が声を漏らす。
 何とも適当な相槌に、だからどうしてそう適当なんだ、と詰ろうとしたナマエは、ふわりと漂った冷気にその目を見開いた。

「……何やってるんだ、馬鹿」

「あららら、ひでェ言われよう」

 先ほどより被害範囲を増やし、勝手に森林を白く染めた酷い海兵を詰ったナマエは、恐らく何一つとして悪くは無い筈だ。
 呆れて目を眇めたナマエを見下ろして、どうしてだかクザンはとても楽しそうな顔をしていた。



end


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