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星に願いを
※主人公は異世界トリップ主で白ひげの初期クルー?
※他にもクルーはいるはずだけど不在
※若オヤジと子マルコ注意




 海は波音で騒がしいものの、ナマエの腕につけているアナログ時計は、確かに深夜をその針で示していた。
 だと言うのに、どうして目の前に彼がいるのか分からず、その目は剣呑に眇められる。

「何で起きてるんだ、マルコ」

 問いかけた先で、真後ろにナマエが立っていることに気付いていなかったらしい小さな子供が、びくりと体を震わせた。
 恐る恐るといった風にナマエを振り返るその子供は、特徴的な頭と目つきをしている。
 数か月前、ナマエがこの船の船長達と共に訪れた島で拾った彼が未来の『不死鳥マルコ』だと知っているのは、今のところこの世界にはナマエ一人だけだった。
 ナマエ、とまだ声変わりもしていない音が名前を綴るのを聞きながら、ナマエの目がじとりとマルコを見下ろして、それからその手にあるものに気付いてわずかに瞬く。
 小さな手が掴んでいるのは、ナマエが夕方ごろに船室の一つへ片付けたはずの魚獲り網だったからだ。

「何でそんなものを……」

 思わず呟いたナマエを見上げて、マルコはきゅっと眉間に皺を寄せた。
 それから、少しだけナマエに近付いて内緒話でもしようとするように声を潜めて言葉を漏らす。

「ナマエ、なばれぼしってしってるよい?」

「……流れ星か?」

 不明瞭な言い間違いに首を傾げてから、ナマエが問いかけた。
 それよい、と小さな頭を大きく動かして、マルコが少しだけ嬉しそうな顔をする。

「しゃららーっておそらをながれてって、おねがいしたら、ねがいごとかなえてくれるのよい!」

 そう言いながら、網を掴んだままの手を大きく振り回したマルコに、流れ星がそんな音を立てたのを聞いた覚えはないな、と零してから、ナマエは軽く顎に手を当てた。
 少し考えて、思い当たることに口を動かす。

「…………そうか、そういえばそういう感じの絵本を買ってやったな」

 一つ前の島で、マルコに服の裾を掴み引かれ、誘い込まれた先の本屋で買ったものが、確か表紙に分かりやすく流れ星を描いたものであった筈だということを、ナマエは思い出した。
 子供向けの本には興味が向かず、ぱらぱらと軽くめくっただけの本の中身は覚えていないが、最後は出てくる人物も何もかも笑顔で終わっていたので悲しい結末ではないだろうと判断し、マルコに買い与えたものだった。
 ナマエに本を買ってもらったマルコはとても嬉しそうな顔をしていたし、恐らく何度かその本を読んだのだろう。
 そこまで考えてから、それで、とナマエの口が言葉を紡ぐ。

「流れ星とその手元の魚とり用の網の関係性を教えて貰えるか」

 あとどうしてこんなに夜更かしをしているかもだ、と続いた言葉に、マルコが軽く頬を膨らませた。
 口まで尖らされても、ナマエとしてもそこを譲るつもりは無い。
 今は夜半、見張り当番との交代を控えて甲板に出て来たナマエは別だが、マルコは本来なら今頃は毛布に包まれて眠っているべきクルーなのだ。
 ナマエの膝までしか背丈も無いような子供に見張りをさせるつもりはナマエには無いし、船長たるニューゲートも、他のクルー達もそうだろう。
 改めて目を眇めたナマエの前で、マルコが両手で持っていた網を広げた。

「マルがこれで、なばれぼしつかまえるのよい!」

 言いながら、網の向こうに透けて見える子供の顔は真剣だ。
 困惑し、思わず押し黙ったナマエの前で、マルコが続ける。

「たかいとこにはっとけば、いっこくらいかかるよい。きょうのおさかなもそうやってつかまえてたってナマエがいってたよい」

 その言葉は、確かに夕食時にナマエがマルコへ語って聞かせたことだ。
 ナマエが放った一網は見事に魚を大量に捕え、ナマエの手では引き上げられずに、グラララと笑ったニューゲートが水揚げした。
 大量に並んだ魚料理に大喜びをしたマルコの問いに、少し得意げになって返事をした数時間前の自分を思い出すと何だか少し恥ずかしかったが、それはおくびにも出さずにナマエは答えた。

「魚は、海に網を入れて獲ったんだが」

 魚は海を泳いでいるのだから、当然ナマエが放った網は海上から水中へと放られた。
 高い所に張ってどうする、と尋ねると、先ほどまで膨らませていた頬をしぼませてから、マルコがじっとナマエを見上げた。

「だって、なばれぼしはうみじゃなくておそらにいるのよい。だからあみはたかいとこにはるのよい?」

 そんなことも分からないのかと言いたげに言葉を紡ぎながら、その大きな目が何か哀れなものを見るように和らいでいるのが見て取れて、ナマエは軽く眉を寄せた。
 まるで馬鹿を見る目を向けられている気分である。間抜けなことを言っているのは目の前の子供だと言うのに、なんと失礼な話だろうか。
 しかし、ナマエがそれを問う前に、だいじょーぶよい、とマルコが網を下ろしながら言葉を放った。

「なばれぼしにこつかまえたら、いっこにはマルが『ナマエがかしこくなりますように』っておねがいしてやるよい」

 だから安心しろ、と小さな胸を張られて、その場合は自分の為に使え、と言ってやりかけたナマエは、そこでようやく思い至って、ん? と声を漏らした。

「何か、叶えたい願い事があるのか。欲しい物でもあるのか?」

 わざわざ星に願いを掛けるほどの『願い事』なんて、思えばそうとしか考えられない。
 子供の願い事など際限の無い物ではあるが、マルコは案外好き勝手に要求を口にする方であるし、ナマエはそれを聞きのがした覚えは無かった。
 何が欲しいんだ、と尋ねたナマエへ、マルコが首を横に振る。

「ほしいのはじぶんでてにいれるのよい」

「そうは言うが、この間だって島で俺に本を強請ったじゃないか」

「だから、じぶんでオネダリしててにいれるのよい」

 ナマエならかってくれるよい、と続いた言葉に、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 少しだけ考えてみるものの、そういえば、マルコが何かを欲しがる時は自分に声を掛けてくることが殆どで、ニューゲートや他のクルー達が声を掛けられているのは見た覚えがない。
 あれが欲しい、と指差して見せることもあるし、この間のようにその商品を置いてある店まで服を引いて連れ込むこともある。
 マルコが初めてナマエと共に訪れた島で物を盗もうとした時にこっぴどく叱ったので、そのせいだとナマエは思っていたのだが、どうやら全てこの小さな子供の計算であったらしい。
 しかも、強請られるものはそう贅沢なものでもなく、むしろ子供には必要なものである気がして、基本的にナマエの財布の口は全開だった。

「…………そうか、だからあいつらは俺に『甘い』と言うのか……」

 いつだったかの酒の席で、他のクルー達に笑いながら言われた言葉を思い返したナマエが肩を落とす前で、マルコが言う。

「なばれぼしは、オヤジにあげるのよい!」

 自分のために捕まえるのではない、と主張し、そのまま見張り台のあるメインマストへ向けて歩き出そうとする子供の頭を、ナマエは慌てて掴まえた。
 頭頂部にのみ生えている柔らかな髪を掌で押しつぶすようにしながら掴んだ頭を引っ張れば、前へ踏み出そうとしていたマルコの足が浮く。

「どうしてニューゲートに?」

 後ろへ傾いたその体を支えてやりながら、上から覗きこんでナマエが尋ねると、体を逸らせてナマエを見上げたマルコが、その眉間に皺を寄せた。

「だって、あしたはオヤジのおたんじょーびよい! どんなおねがいでもできるなら、なばれぼしがいちばんいいものよい!」

 きっぱりと寄越された主張に、なるほど、とナマエは言葉を漏らした。
 正確にはすでに『今日』だが、この小さな子供にとっての『明日』は夜明けを過ぎてからのことだろう。
 ならば今日は酒宴に違いない、と考えて、ひとまず食料の残りが後どのくらいあったかを考える。
 ニューゲートに合わせて大きく作らせたこの船はモビーディック号と名乗る『あの船』だが、さすがに無尽蔵に食料や酒がわいてくるわけではないからだ。
 動きを止めたナマエの掌から逃げ出して、マルコは軽く頭を擦った。
 そうして、ぎゅっと両手で網を抱きしめる。

「だから、マルはこれをあっこにはるのよい」

「見張り台にお前が一人でのぼるのは認めん」

 そう言葉を置いて歩き出そうとした子供を、ナマエはもう一度その頭を掴まえて引き止めた。
 短い手足をジタバタと揺らし、なんで! とマルコが声を上げるが、駄目なものは駄目に決まっている。
 のけぞる子供を見下ろしてから、ナマエは口を動かした。

「まず第一に、危ない」

 見張り台に上るのは『大人』であるクルーが基本なので、縄梯子も何もかもが『成人男性仕様』なのだ。
 ましてや、ナマエの目の前の子供は悪魔の実の能力者ではあるが、まだうまく飛ぶことすら出来てない。咄嗟の判断で不死鳥の姿になったとしても、そのまま甲板に叩き付けられるのは目に見えている。

「おっこちてもなおるからへーきよい」

 口を尖らせたマルコが主張するのに、落ちることを前提にするな、とナマエは唸った。
 それから、次に、と言葉を続ける。

「星を入手したいなら、あの高さではまるで足りない」

 あの、でメインマスト上の見張り台を指差したナマエに、マルコがぱちくりと目を瞬かせる。
 不思議そうにその頭が傾いで、よい? と小さく声が漏れた。

「『星』はもっと上の、雲より高い所から流れていくんだ。さすがにモビーディックのメインマストもそこまで高くない」

 ナマエがそう言いながら手を離すと、解放された頭を支えて体勢を立て直したマルコが、それから慌てたように言葉を紡いだ。

「じゃ……じゃあ、マルとんでくるよい! がんばってとんだらなばれぼしつかまえられるのよい!」

 自分がそれほど高くも早くも長くも飛べないということをすっかり失念しているらしいマルコに、ナマエは首を横に振る。

「あと、『流れ星』は燃えているので持ち帰ることも認めない」

 お前はモビーディック号を火事にするつもりか、と重ねて言うと、主張をやめたマルコが、その両手に網を持ったままで不思議そうな顔をした。

「…………もえてるのよい?」

 戸惑いの眼差しがナマエを見上げて、それから真上に広がる星空を見やる。
 同じようにちらりとそちらを見やってから、相変わらずの瞬きを零す星々を視界に収めた後で目を逸らし、だから光って見えるんだ、とナマエは答えた。
 流れ星はともかく、通常の星は燃えているわけでないものが殆どだが、今の小さなマルコにそれを説明しても理解することは無いだろう。
 そして代わりに、駄目押しとばかりに言葉を続ける。

「あとな、ものすごくでかい奴もあるぞ。ニューゲートくらいじゃないか、持てるのは」

 何年も前に海を漂っていたナマエや、重たかった魚入りの網すら軽々と引き上げた男を思い出して告げたナマエに、さすがオヤジよい! とマルコが目を輝かせる。
 輝くその眼差しは尊敬に溢れているが、決してナマエに向けられたものではなかった。
 この船に乗る者の殆どがエドワード・ニューゲートを尊敬していることを、ナマエは知っている。ナマエ自身もまた、そのうちの一人だからだ。
 それでもそんな顔をされると寂しさを感じるのは、目の前の子供が自分に懐いていると自覚していて、それが手元から離れていくように感じるからだろうか。
 何て身勝手なことだろうかと胸の中だけで吐き出して、ナマエの口が動かされた。

「あと」

「…………まだなんかあるよい?」

 ナマエが言葉を続けようとしていると把握して、マルコがあからさまに眉を寄せる。
 まあ聞け、とそれを宥めて、ナマエは続けた。

「捕まえなくても、見つければ願い事は叶うらしい」

「……よい?」

「だから、どうしても何か願い事がしたいなら、今日だけは特別に夜更かしを許可しよう。全方位見られるように、俺が見張りをしている間だったら見張り台で抱き上げておいてやる」

 不思議そうな子供へ向けて囁けば、見る見るうちに嬉しそうな顔になったマルコが、今度はその輝く瞳をナマエへまっすぐに向けた。
 ぶんぶんと大きく頷いて、それからすぐに、あ、でも、と声が漏れる。

「それじゃ、オヤジのおねがいかなえられないよい」

「『ニューゲートの願い事が一つ叶いますように』と願っておけばいいんじゃないか」

「それよい! ナマエすごいよい!」

「そうだろう。俺は星に願わなくても賢い」

 誤解しないように、と言葉を置いてから、ナマエはその両手をマルコへ向けて差し出した。
 慣れた様子でマルコの手がそれにからみ、ナマエの手によってその体が抱え上げられる。
 手早くマルコの体を抱き上げて、マルコが持っていた網を落とさせ、代わりにいつも携帯している幅広の紐でマルコの体を自分に括り付けてから、ナマエは近くなったマルコの顔を覗き込んだ。

「さて、行くか」

「よい!」

 囁いた先で、マルコがとても楽しげに頷く。
 よし、とそれへ頷き返し、そこでナマエはようやく見張り台の上のクルーへ合図を送って、メインマストへと近寄った。









「聞いてくれニューゲート……あの子供、育ってやがる……」

「グラララララ! 腕がしびれたってか。相変わらず、お前ェはマルコにゃあ甘ェなァ」

 見張りを終えたその日、ほんの少しの仮眠をとってからマルコと一緒だった寝床を抜け出したナマエは、その足でそのまま船長室を訪れていた。
 見張りを交替したクルーが何かを言っていたのか、ナマエが訪れることを予想していたらしいニューゲートは自分の向かいに柔らかそうな布を敷いており、ナマエはそれに甘えてそこに座り込んだ。
 ある程度は紐で分散されていたものの、夜が明けるまでマルコの体を支えていた腕を軽くさすりながら、そうでもないと思うが、とニューゲートの言葉に反論しつつ、ちらりとその目が大柄な海賊を見やる。

「とりあえず、マルコが起きるまでの間に、何か適当に願い事を考えておいてくれ。無事に星が流れていたからな」

 出来る限り叶えられるよう努力する、と続けたナマエに、面白そうに笑ったニューゲートが頷く。
 『家族』思いの海賊がそう無体な願い事を口にしないことをナマエも知っているので、とりあえずはこれで、小さなマルコが星に託した『願い事』は叶うだろう。
 一人で達成するのが難しければ何人か巻き込むか、と付き合いそうなクルーの顔を思い浮かべてから、ああそうだ、とその口が声を漏らした。
 自分の手元に、部屋へ来るときにナマエが引きずってきたナマエの背丈ほどもある酒瓶を引き寄せてから、どうした、とニューゲートがそれへ問いかける。
 改めてその顔へ目を向けて、ナマエは微笑み言葉を放った。

「誕生日おめでとう、ニューゲート」

 一番乗りではないだろうが、別にそんなことにこだわるような性分でもない。
 ひょっとすると後で目を覚ましたマルコが『一番じゃなかった』と騒ぐかもしれないが、そこは目の前の海賊が対処することで、ナマエの知ったことでは無かった。
 寄越された言葉に微笑んで、ニューゲートが口を動かす。

「おう、ありがとよ」

 ついでだ一杯付き合っていけ、と手元の酒瓶を揺らされたのを、下戸であるナマエは丁重にお断りした。
 その日のニューゲートの願いは『一日中宴がしたい』というどうしようもないものだったが、クルー総出で祝うためにはむしろ都合がよく、その日のモビーディック号は、いつもに輪をかけて騒がしく一日を過ごしたのだった。



end


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