うそのひ
※異世界トリップ主人公は白ひげクルー
「マ、ママママ、マルコ! 何か出たぞ!」
「落ち着けよい、ただの魚だろい」
「俺の知ってる魚にはこんなに立派な牙は生えてない! 目玉も三つもない!」
釣竿を抱えたまま慌てて掛けて来た相手にマルコが言えば、ぶんぶんと釣り上げた獲物を振り回してナマエが声を上げる。
男だろいシャキッとしろい、とそれへ笑いながら、伸ばしたマルコの手が振り回された哀れな獲物を掴まえた。
確かにナマエの言う通り鋭そうな牙が生え、ぎょろりと三つの目玉を動かす魚だ。
食えば旨いと知っているそれの口へ手を入れて、マルコはそのまま釣り針から魚を外した。
指にその牙が食い込み、傷付いたのか痛みが走ったが、気にせずに自分の腕の半分ほどの長さのそれを宙吊りにする。
「サッチ、これ持ってけよい」
「え? うお!」
そうして視界に収めた四番隊長へ声を掛けながら魚を放り投げると、慌てた声を上げたサッチがひとまず飛んできた魚を避けた。
べちんと派手に音が鳴り、甲板に叩き付けられた魚が哀れに跳ねる。
投げるな! と文句を言いながら、サッチはマルコに託された魚を連れて船内へと戻って行った。
それを見送ったマルコの手に、そっと何かが触れる。
「ん?」
「わ、悪い、血が」
マルコの腕を掴まえたのは、慌てたように声を零したナマエだった。
言われて見れば確かに、マルコの指からはだらりと血が零れている。どうやら、あの魚の牙は相当に鋭かったようだ。
情けない顔をさらに情けなくさせているナマエに、ああ、とマルコが声を零した。
その手が軽く持ち上げられるのと同時に、傷から青い炎があふれる。
「こんなん、さっさと治っちまうよい」
だから気にするなとマルコが言うと、ナマエは更に情けない顔になった。
困ったような、なんといえばいいかも分からないようなその顔を見ながら、相変わらずだな、とマルコは笑った。
とある日マルコが海で拾ったナマエと言う男は、とても臆病で心配性な人間だった。
この偉大なる航路を木片にしがみ付いて流されていたのだから、それなりに船旅はしていた筈で、当然海王類も海賊も悪魔の実だって知っていただろうに、いちいちそれらに驚き声を上げる。
それどころか、自分が見知らぬ生き物を見ると慌てて逃げ出すし、誰かが怪我をすればすぐに今のように情けない顔で心配する。
他のクルー達へも、自然系能力者であるクルーにも、ましてやすぐに傷の癒えるマルコを相手にしても同様だ。
「ごめんなマルコ、俺なんかのせいで」
そうしてそんな風に言葉を零すナマエに、『俺なんか』言うなつったろい、と笑ったマルコの手が軽くナマエの頭を叩いた。
自分に好意が向けられるのも信じられないらしく、少し卑屈のきらいがあることをマルコは知っている。恐らく他のクルーも同様だ。
海に流される前のナマエにどういった事情があったのかをマルコは知らないが、聞いていいことなのかどうかも分からないでいる。
「いや、でも……」
「それよりナマエ、次の島の話、聞いてるかい」
もう一度謝罪を繰り返そうとするナマエの言葉を遮って、マルコがそんな風に口を動かした。
島? と首を傾げてから、ナマエの目が瞬きをする。
不思議そうなその顔に、誰からも聞いていないと判断して、マルコは言葉を続けた。
「次の島には、『ウソツキソウ』があるんだってよい」
「……うそつきそう?」
「どんな嘘でも、一つだけ本当にしてくれる花だと。まあ、どんな花だかは分からねえがねい」
島のどこかに一輪だけ咲くというその花を求めて、その島には人が集まるのだと言う。
大体が、空から飴が降ってくるだとかわたあめの木が生えるなどといった子供などの他愛無い『嘘』を現実にして枯れていくそうだが、すなわちそれを手に入れれば、『どんな願いも叶う』と言うことだ。
「そんな花、本当にあるのか?」
「まァ、ここはグランドラインだ。あり得ねェとは言い切れねェだろい」
不思議そうなナマエへ言い、マルコはナマエへ尋ねた。
「お前が、それを手に入れたらどうする?」
『どんな願いも叶う』のなら、ナマエは何を願うだろうか。
そんなただの世間話に、ナマエは一つだけ瞬きをした。
それから、少しだけ考えるようにしてから、小さく笑う。
「……俺の嘘を叶えてもらえるかどうか分からないから、マルコにやるよ」
寄越された言葉に、欲の無い奴だ、とマルコは笑った。
※
確かにその希少な花の咲く季節であるらしく、島には島民では無い顔ぶれが多いようだった。
島の人間もそれを分かった上で商売にせいを出していて、港町は大賑わいだ。
白ひげ海賊団のクルーの中にも、山へ入る者もいれば、情報を集めに歩く者もいる。
マルコはそのどちらにも属さず、頑張れよと勇むクルー達を見送って久しぶりの陸を満喫する派閥のうちの一人だった。
必要な物資を買い足して、不要なものを売り払う。
そうしてできた金で酒を飲んで、気付けば夜、ほろ酔いのマルコの足はモビーディック号へと向かっていた。
「…………ん?」
港町から少しだけ離れた場所にある岩場を歩いていたその足が、ふと人影を見つけて止まる。
その目が見やった先にいたのは、岩場の縁から海を見下ろす一人の男の姿だった。
「……ナマエ?」
思わず呼びかけたマルコの声が風に乗って届いたのか、離れた場所にいたその人影が振り返る。
それはやはりナマエで、マルコの姿を見つけてから見開かれたその目が、慌てた様子でもう一度海の方を見やった。
どうかしたのかと首を傾げて、マルコの足がそちらへ向かう。
「ナマエ、何か落としたのかい?」
モビーディック号が近くに乗り付けられるだけあって、岩場の傍は深くなっている。
そこに物を落としたと言うのなら、夜が明けてから潜るかナミュール達に頼むしかない。
そんな風に言いながら近寄ったマルコをもう一度振り返り、別になんでもないけど、とナマエが少し困ったように言葉を零した。
まだ岩場の向こうを気にしている様子のナマエに首を傾げて、ナマエの傍までたどり着いたマルコも、もう一度そちらを見下ろす。
「あ、」
「……? 何だ、何もねェじゃねェかよい」
呟くマルコの視界にあったのは、潮風と波に削られ荒くなった岩肌と、その端にへばりつくようにしているいくつかの草や海藻程度だった。
咲く場所を間違えたのだろう、潮にやられたらしい花が枯れているのも確認できる。
やはり何かを落としたのかと目を凝らしてみたが、白く泡立つ波の多い水面の底は確認できなかった。
「マルコ、落ちるぞ、危ない」
少しだけ身を乗り出してのぞき込んでいたマルコの服が、軽く引っ張られる。
それを受けて後ろへ足を引いてから、マルコは傍らの男へ視線を戻した。
マルコの視線を受け止めたナマエは、いつものように少し情けない顔をしている。
眉を下げたその顔をじっと見つめて、マルコは両手でナマエの頭を掴まえた。
「マルコ?」
「ナマエ、お前もうちっとキリッとしてみろい」
戸惑って目を瞬かせるナマエへ言いながら、酔っ払いの手が軽くその眉尻を上へと持ち上げる。
無理やり表情を変えられて、ついでに目じりまで上に引っ張られたナマエが、マルコの手から逃れようと身をよじった。
「うわっ」
その拍子に体が少しだけ海側に傾いで、慌てた声を上げたナマエの手がマルコの腕を手放す。
それとほとんど同時にナマエの顔から離れたマルコの掌が、今度はその腕を掴まえて、傾きかけたその体を支えた。
「っと、あ、ありがとう、マルコ」
驚いたのか、少し冷汗をにじませて言葉を零すナマエの顔を、じっとマルコが見つめる。
まだ自分の肩を掴んだままのマルコに、やや置いてから不思議そうな顔になったナマエが首を傾げると、それまで確認したマルコの口からため息が漏れた。
「……お前……危ない時に手ェ放してどうするんだよい」
臆病で、おかしなものを見つけたら真っ先にマルコの下へ逃げてくるほどマルコを頼るくせをして、今のナマエはまるでマルコを巻き込むまいとしたようだった。
むしろ、こんな危ない場所に一人でいること自体がらしくない。いつものナマエならモビーディック号から身を乗り出すことだってしないし、何がいて何が起きるか分からないからと、一人で行動することすら嫌がるのだ。
マルコの言葉に困ったような顔をして、ナマエがそっとマルコの手を掴まえる。
「いや、だってほら……海に落ちたら、マルコは溺れちゃうだろ?」
悪魔の実の能力者なんだから、と続いた言葉に、マルコの眉間に皺が寄った。
「おれは不死鳥だ、海に落ちる前に、お前ごと飛ぶぐらい軽いよい」
お前を海から拾ったのは誰だと思ってるんだ、とじとりと睨み付けた先で、ごめん、とナマエが謝罪する。
困ったようなその顔を見つめて、やや置いてからため息を漏らしたマルコは、仕方なくその手をナマエの体から離した。
「全く……こんなとこにいるから危ない目に遭うんだ。さっさとモビーに戻るよい」
「いや、さっきのはマルコが……」
「戻るよい」
「……分かった」
寄越された言葉にマルコが睨み付けると、臆病な男はすぐに言葉をひっこめた。
歩き出したマルコにつられてその足が動くのを聞きながら、それにしても、とマルコが呟く。
「本当に、あんなとこで何してたんだい」
尋ねたマルコに、変な花を見つけたんだ、とナマエが後ろから返事をした。
「モビーディック号から島を眺めてたら、岩場に光ってる花が見えたから、マルコが言ってた『ウソツキソウ』ってやつじゃないかと思って見に行ったんだ」
「ん? そんな花、咲いてたかよい」
言われた言葉に、マルコは先ほど見た岩場の様子を思い返す。
しかし、ナマエが言っていたような『花』はどこにも無かったはずだ。
不思議に思って首を傾げたマルコへ向けて、ナマエが言葉を紡いだ。
「上から眺めてたら目の前で枯れてったから、もしかしたら違ったのかもしれない」
「枯れて……?」
そうして寄越された言葉に、マルコが足を止める。
岩場には確かに潮に負けたように枯れた花があった、と言うことも思い出してから、マルコはちらりと後ろを見やった。
「マルコ?」
足を止めたマルコを見やり、ナマエが不思議そうな顔をする。
「……ナマエ、そりゃ、何かナマエの『嘘』が叶ったってことなんじゃねェのかよい」
この時期にしか咲かないと言う嘘を叶えるその花は、何でも一つ『嘘』を本当にする代わりに枯れてしまう。
実物は見たことが無いが、マルコの知っている情報では『そう』だった。
目の前でみるみるそれが枯れたと言うのなら、どこかで誰かの嘘が叶った筈だ。
一番近くに居たのがナマエなら、ナマエの嘘が現実になったのだろう。
「何か嘘をついたかい」
首を傾げて尋ねたマルコに、ナマエは先ほどと同じく困ったような情けない顔をした。
どうだったかな、と呟いたその目が少しだけ何かを探すようにさ迷って、それからようやくマルコへ追いついたところで、その口から言葉が漏れる。
「……『嘘』なんて、何も言ってないな。願いごとはしたかもしれない」
「願い事?」
「そう、願いごと」
マルコの言葉に頷いてから、ナマエの口にはわずかに笑みが浮かんだ。
「そうしたら、マルコが来たんだ」
驚いた、と続いた言葉に、マルコは首を傾げる。
一体ナマエの『願いごと』と、マルコに何の関係があるのだろうか。
どんな願い事をしたんだよい、と尋ねても、ナマエは曖昧に笑ったままだった。
これは答えるつもりがないなと把握して、マルコの口からはため息が漏れる。
一体ナマエがどんな『嘘』を『願いごと』にしたのかは分からないが、笑っているナマエを見るに、それはきっとナマエにとっては良いことだったのだろう。
船に戻ったら酒を飲ませて聞き出してやろう、と決めて、ひとまずはモビーディック号へ戻るためにもう一度歩き出す。
「さっさと戻るよい、ここじゃあ風が強くて冷えちまう」
「そうだな」
マルコの言葉に頷いて、ナマエの足がマルコの隣を歩いた。
海側でない方を歩いているのは、先ほど落ちかけたのが怖かったからだろう。縁の凹凸に合わせて距離をとったり縮めたりするナマエの相変わらずの臆病さに笑って、マルコがその口を動かす。
「そういや、見つけたらおれにくれるつってたんじゃねェのかい」
「あ、そういえば」
「なのに自分の『願い』を叶えちまうなんて、ナマエは嘘吐きだねい」
けらりと笑って言ったマルコに、まさか本当に本物だなんて思わなかったんだ、とナマエが慌てて言い訳をした。
それを聞いてまた笑いながら、視界に入ったモビーディック号の見張りへ向けて、マルコが大きく手を振って見せる。
『マルコ達とずっと一緒にいたい』なんてことをどうしてナマエが願ったのかはマルコには全く分からなかったが、聞き出されたナマエはどうしてか恥ずかしそうにしていたので、ひとまずそんな当たり前のことで数年に一度の奇跡を無駄遣いした馬鹿の頭は軽く叩いてやった。
end
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