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ハッピーホワイトデー
※トリップ主人公は一般人(移民)
※スモーカーおたおめ話
※スモーカーが甘いの苦手捏造?
※ワンピースの世界に普通にバレンタインデー・ホワイトデーがありますので注意




「スモーカー?」

「ん?」

 かけられた声にスモーカーが見やれば、微笑んだ男が手元の動きを中断しているところだった。
 身の丈に合った箒を片手に持った、どこにでもいるような普通の見てくれの男の顔には見覚えがあって、スモーカーの眉間に寄っていた皺がわずかに緩む。

「ナマエか」

 久しぶりだな、と呟いたスモーカーの声は、口の端から漏れた葉巻の煙と混ざって転がった。
 本部へ向けていた足をそのままナマエの方へ向ければ、あれ、と男が軽く首を傾げる。

「本部に急いでいるんじゃなかったのか?」

「いいや、さっさと済ませようと思ってただけだ」

 向こうに行くんだろう、と通りの向こうの建物を指差したナマエへ答えながら、スモーカーはそのままナマエへと近寄った。
 事実、スモーカーが急ぎ足で海軍本部へ向かっていたのは、その言葉の通り、彼を呼びつけた上司からの『内密に』と告げられた面倒そうな気配のする仕事をさっさと引き受けて引き上げたかったからだ。
 放っておけば、だらけ切った正義を良しとする恐るべき海兵が、昼寝にすら飽いてどこぞへ出かけてしまうことは目に見えている。
 自分で呼んだのだからそういうことは止めてくれとスモーカーは何度か彼に言ったが、いいじゃないの別に、と笑った彼は気にした様子もなかった。
 グランドラインへ入ってから少々頻発している事態ではあるが、まあ、最悪の場合でもやる気の無い字面の書置きは残っているはずだ。
 そう判断を付けて葉巻を軽く噛みしめたスモーカーの前で、そうか? とナマエが首を傾げた。
 どこにでも転がっているような『普通』の彼が、背中に正義を背負うことを許されている海兵の一人であるスモーカーと既知であるのは、彼が海を漂流していた際に、スモーカーが彼を助けたからだった。
 それはスモーカーが海兵としての職務を全うしていた時のことで、海賊と海軍がやり合いあれほどの砲弾が飛び交っていたと言うのに、二つの船の間を流れていたナマエは板に上半身を乗せたまま目を覚ますことも無く、また怪我の一つも負ってはいなかった。
 どう見ても一般人である彼を助けたスモーカーが、その場に不似合いな平和すぎる寝顔に眉を寄せて軽く蹴って覚醒を促してしまったのは、まあ仕方の無いことだろう。
 スモーカーを見上げ、不思議そうな顔をした後で何故か嬉しそうな顔で笑みを浮かべたナマエは、それから海軍と海賊の交戦中であるという事実に気付いて顔を青ざめさせ、それからはスモーカーの部隊が海賊を殲滅するまでの間、ずっと軍艦の中に隠れていた。
 『争いを知らない一般人が乗っている』『正義を背負う者として彼を守らなくてはならない』、そんな風に叫んだ海兵の誰かのおかげで、士気の上昇したスモーカーの戦友達はそれほどの怪我もなく勝利を掴み、そうしてスモーカーが率いる軍艦に乗ってマリンフォードへと移動したナマエは、そこでそのまま移民となった。
 身元保証もない彼が、それでもまともな仕事についている様子なのは、ここが海軍本部のある島だからだ。
 今日はどうやら、町の清掃に従事しているらしい。
 そんなことを考えながら、自分より少しばかり背の低いナマエを見下ろしたスモーカーは、彼の着ている古びたつなぎのポケットの端から、何かがはみ出てひらひらと揺れていることに気が付いた。
 可愛らしいカラフルなそれは、どう見てもリボンの端だ。

「どうかしたのか?」

 不思議に思って見つめるスモーカーに尋ねながら、ナマエがその視線を追いかけて自分のポケットへとたどり着き、あ、と小さく声を零した。
 左手で右手に着けていた軍手を外してから、裸になったその手がひょいとポケットの中に入り込み、手にしたものをつまみ出す。
 細長い棒の先にフィルムに包まれた飴を付けた駄菓子がそこにあり、棒の部分にはくるりと先ほどスモーカーの視線を掴まえたのと同じ色のリボンが巻かれていた。

「……何だ、貰ったのか?」

 どう見ても『贈り物』であるそれを眺めて、スモーカーが尋ねる。
 ナマエはどう見ても成人男性だが、そういった貰い物をすることは数多いようだと言うことは、あまり会わないスモーカーも知っていた。
 スモーカーがこうして本部へ来るうちの三回に一回ほどの割合で遭遇するたび、彼は誰かに何かを貰っているからだ。
 恐らく、どこからどう見ても普通の、そして平和な笑顔を浮かべる彼は、移民と言う立場をものともしない程度には周囲に溶け込んでいるのだろう。
 小さな子供を抱いて歩いていた時は子供が出来たのかとさすがのスモーカーも驚いたが、ナマエは『隣の人に子守をまかされてさ』と笑っていた。
 緩んだその顔に、紛らわしいことをするなと唸ってしまったのまでを思い出したスモーカーが、軽く葉巻をふかした。
 口の端から零れていく紫煙を見やりながら、そうじゃない、とナマエが呟く。

「ん?」

「これは、俺が配ってるんだ」

 怪訝そうな顔になっただろうスモーカーへそう言いながら、ほら、と声を零したナマエは、もう一度ポケットに手を入れてそこから中身を取り出した。
 先ほど掴んでいたのとは色の違う飴が、掴めば掴むだけそこから顔を出す。
 どれだけ入れてんだと呆れたスモーカーに、これでも半分に減ったんだ、とナマエは笑って答えた。

「だってほら、今日はホワイトデーだから」

 お返しを配ってるんだ。
 そう続いた言葉に、やや置いてから、ああ、とスモーカーが声を漏らす。
 そう言えばちょうどひと月前の今日、ナマエは妙に甘いにおいをさせる紙袋を持っていて、その中には茶色い駄菓子が包まれたものが大量に入っていた。
 全部義理だよとナマエは笑っていたが、高給取りのヒナが好んで買うような高級店の包みも見当たり、それ以外にも、スモーカーの目から見ても『義理』と呼ぶべきではないような気がするものがいくつかあったのではなかったろうか。

「……まさか、全員にそれ配ってるってのか」

 思わず尋ねたスモーカーに、ちゃんとお返しをするもんだろ、とナマエが不思議そうな顔をする。
 『義理』も『そうでない』も同列扱いする酷い男に、スモーカーは軽く肩を竦めた。
 まあ、そんなこと、当事者でもないスモーカーが気にしてもどうしようもないことだ。スモーカーはナマエに贈り物もしていない。
 むしろ、確か、先月の今日はナマエの方がスモーカーに『おすそ分け』を寄越していた。
 甘いものを好まないとスモーカーははっきりと言ったのに、ここのは確か甘くないから、と妙にしつこく言ってナマエが押し付けてきた小さな包みの中身はウイスキーボンボンで、やはりスモーカーには甘ったるい味わいだった。
 あれも『先月』の行事にあたるなら、スモーカーも目の前のこの男に『お返し』をするべきだろうか。
 他のどこの誰にも思わなかったことに考え至り、仕事の引き受けが終わって余裕があったら昼食にでも誘うかと思いついたスモーカーの前で、わずかにナマエが身じろぐ。
 それと同時に妙にカラフルなものが自分の眼前へ近付いたと把握し、スモーカーは反射的に一歩後ろへと引いた。
 追撃をしてこなかった塊が、びっとスモーカーの前へと突きつけられる。
 わずかに光をはじく包みの向こうから睨み付けてくるそれは、先ほどナマエがポケットから引っ張り出していた飴のうちの一つのようだった。
 他のものより一回り大きく、体に悪そうな白と青がぐるぐると絡み合いながら渦を巻いている。

「…………何だ?」

「これ、スモーカーの分」

 ほらどうぞ、と言葉を置きながら軽く目の前で揺らされて、スモーカーは眉間のしわを深くした。

「…………おれァ、お前にチョコレートをくれてやった覚えはねェぞ」

「やだな、そっちじゃないから」

 言葉を零して睨み付けた先で、ナマエがもう一度飴とその棒に巻いたリボンを揺らした。

「今日はスモーカーの誕生日だろ?」

 だからプレゼントだよ、と続いた台詞に、スモーカーの目がぱちりと瞬く。
 その目がもう一度眼前の飴を睨み付けて、それから葉巻をくわえたままの口が言葉を零した。

「そんなこと、何で知ってやがるんだ」

「あー……前に、スモーカーが言ってたんだろ?」

 ホワイトデーが誕生日なんて覚えやすいな、と続いたそれに、そうだったか、とスモーカーは少しだけ自分の記憶をさらう。
 あまり記憶力が悪い方ではないが、逐一誰かと交わした会話を覚えていられるほどでは無かった。
 ナマエが言ったことは大体覚えているかもしれないが、それに対して自分がなんと答えていたかまでは自信が無いので、何かの拍子にそんな会話をしたのかもしれない。
 自分の中で結論を出しながら、動かしたスモーカーの手が、ナマエから棒付きの飴を受け取る。
 口へ入れる前に舌でひたすら舐めなければどうにもならなそうな大きさのそれに眉を寄せてから、軽く零したスモーカーのため息は、葉巻のにおいを纏っていた。

「……先月も言ったが、おれァあんまり甘いものは食わねェ」

「わかってるよ、だから先月も甘くないのを渡しただろ」

「おれにとっちゃあ、アレだって充分甘ったりィんだよ」

 数が少なかったからまだ良かったが、と続けて、口にも一息には入れようのない大きさの『贈り物』へどうしてくれようかと視線を向けたスモーカーの前で、あれ、とナマエが声を零した。
 それに気付いてスモーカーが視線をちらりと向ければ、スモーカーの向かいに立っているナマエが、少しだけ驚いたような顔をする。

「ひょっとして、先月の、全部自分で食べてくれたのか?」

「あ? ああ」

 寄越された問いかけに、スモーカーは怪訝そうな顔をしながら頷いた。
 ナマエから寄越された『おすそ分け』のウイスキーボンボンは、言わばチョコレートが一年のうちでどうしようもない意味を持つ日にナマエによって手渡された『贈り物』である。
 そこに何の意味も込められていないとは知っていても、スモーカーが開けた小さな箱の中身は、すべてがスモーカーの口に収まった。
 そんなことは当然だと言うのに、そうか、と声を漏らしたナマエの顔が、へらりと笑みを刻む。
 その笑顔は相変わらずの緩み具合で、いくらマリンフォードがグランドラインの中では平和的な場所であるとは言っても、海賊が海を闊歩するこの時代には似つかわしくないことこの上ない。
 それゆえに人を惹きつけて無自覚に誑かすその顔を見やって、スモーカーは眉間の皺を深くした。
 その手が乱暴に贈り物を持ち直し、適当に開いていたポケットへと押し込む。

「まァ、これも大事に食ってやる。気が向いたらな」

「うん、ありがとう」

 贈り物を贈った側のくせをして、スモーカーの言葉にそんな風に言い放って、ナマエが箒を持ち直した。
 どうやら仕事に戻るつもりらしい彼に、スモーカーも今の時間を確認する。
 それほど経ってはいないが、恐らくそろそろどこぞの海軍大将が飽きる頃だろう。
 じゃあな、とスモーカーが言葉を零せば、仕事頑張れな、とナマエが軽く口にした。
 そのままひらりと手を振られて、ああ、と言葉を投げてから、スモーカーが彼に背中を向ける。

「あ、そうだ、スモーカー!」

 そのまま本部へ向けてもう一度歩き出そうとしたところで、その足を引き止めたのは後ろからの呼び声だった。
 弾んだその音に肩越しに振り向けば、まだ手を振っていたナマエが、笑顔のままで言葉を放つ。

「誕生日、おめでとう!」

 スモーカーの元まで届いたそれは、今日という日が始まってから、何度かスモーカーへ向けて放たれたのと同じ言葉だった。
 けれども、今のそれが少しだけ特別のような気がするのは、それを放ったのがナマエであるからだ。
 一見してただの一般人であると分かる普通の彼は、けれどもあの日スモーカーへ笑顔を見せたその瞬間から、スモーカーにとっては特別な一人だった。
 どうしてやる気もないし、男同士で相手が受け入れるはずも無い物を晒してやるつもりもないが、ナマエがあちこちに振りまく平和ぼけた笑顔に多少苛立つくらいには、スモーカーは彼を好ましく思っている。
 彼の中での『特別』が自分に向くことがあればいいのにと、そんなどうしようもなく叶いようもないことを願うこともある。
 結局は、スモーカーもまた、あの気の抜けた顔に誑かされたうちの一人だというだけのことだ。

「おう、ありがとよ」

 寄越された言葉へ礼を述べてから、スモーカーがそのまま歩き出す。
 結局、人をマリンフォードまで呼びつけた上司は書置き以外には影も形も無かったが、さっさと来た道を戻って『誰かさん』を昼食に誘う余裕が出来たと言う部分に置いては、スモーカーとしても不本意ながらいい仕事をしてくれたと思わざるを得ないのだった。



end


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