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上から下までお好みで
※主人公は(何気にトリップ系)海兵さん



「黄猿殿、お誕生日おめでとうございます」

 きりっと顔を引き締めた男が仕事中に寄越した言葉に、ボルサリーノはぱちくりと目を丸くした。
 本日の執務が始まったばかりの午前中、ボルサリーノがいるのは当然彼の執務室だった。
 彼の目の前に佇む海軍将校は、恐らくは己の上官の所から持ち込んだのだろう書類を手にしているが、その上に小さな箱が乗っている。
 誰がどう見ても贈り物だと分かる小さな包みをその目にとらえて、それからもう一度佇んでいる相手の顔を見やった後で、ボルサリーノの口から漏れたのは『オォ〜』なんていう少し間抜けなため息交じりの声だった。

「……わっしの誕生日、知ってたんだねェ〜」

「それはもちろん」

 背中をピンと伸ばしたままで応えた相手が、ボルサリーノの方へと持っているものを差し出す。
 先に書類を置いた相手に、書類の印鑑が海軍大将赤犬のものであることを確認してから、ボルサリーノの手が触れたのは小さな贈り物の方だった。
 持ち上げてみても、どうということは無い大きさだ。ボルサリーノが両手を使えば、簡単に隠してしまえそうだった。

「これ、何だァい?」

「プレゼントです」

 問われた言葉に淡々と答える相手に、そいつは見たら分かるよォ、なんて言うふうに言ったボルサリーノの手が、引き寄せたそれを自分の膝の上へと置く。

「中身の話をしてんでしょうがァ〜」

「それは」

 寄越されたボルサリーノの言葉に、彼は少しばかり戸惑った顔をした。
 きりりと引き締まった顔が崩れたことに、そちらを見やったボルサリーノが笑う。
 ボルサリーノの前に佇む男は、ナマエという名前だった。
 一体どんな境遇にあったのか、海軍大将赤犬が遠征の際に殲滅した海賊の船から拾ってきた、元一般人だ。
 助けてくれた赤犬に心酔しているのか、それとももともとこの世から悪など滅びればいいと思っていたのか、連れて戻られ移民の手続きをした後で海軍へ入隊した彼が赤犬の直属になったのは、数年をかけてのことである。
 同僚に話しかけに行ったりするたびにそこにいた青年が何となく気になって、構ううちに親睦を深めた、というのがボルサリーノの認識だった。
 ナマエにとって一番従うべき相手は当然ながら『海軍大将赤犬』で、いつだって『大将』『大将』とサカズキを慕うそのナマエが、仕事のついでとは言え勤務中に私用を行っているという事実は、少しばかり驚くところだ。

「……ご覧になって頂ければ、すぐに分かると思いますが」

 そして今、ボルサリーノの前でそんな風に言い放つナマエの顔に、いつものような緊張した面持ちは無い。
 おずおずと声を漏らす相手が少しばかり困った顔をしていることに、ボルサリーノは目を細めた。

「何だァい……口で言えねェようなものなのかァい?」

 そう尋ねながら、膝に置いたものをひょいと指二本で摘み上げると、そんなことはありませんが、と慌てたようにナマエが言葉を口にする。
 その顔がわずかに赤らんでいて、それを見やってふうんと声を漏らしたボルサリーノは、相手の贈り物を摘まんだままで軽く首を傾げた。

「それじゃァ、言えるよねェ〜?」

 別に、贈り物の中身にそれほどの興味は無い。
 重さと大きさからして事務用品であろうことは想像に難くないし、ナマエが変なものを贈ってこないだろうということは信用している。
 それでもあえて相手をつつくのは、寄越された言葉に更にナマエが困った顔をしているからだ。
 ボルサリーノの前ではいつだってきりりと顔を引き締めて『海軍大将赤犬の部下』をしているナマエが表情を崩すことなど、そうは無い。
 遠目にその笑顔を見かけた時には、思わず二度見してしまったくらいだ。
 同期の前では顔を崩すナマエが大将赤犬の前では顔を引き締めた時に、彼にとっての自分が部隊の違う上官でしかないのだと気付いたのも確かあの時だった。
 それはただの事実でしかないが、何となく面白くなかったのだから仕方ない。
 こうやって贈り物をしてくれているのだから『ただの上官』から『親しい上官』には変わっているのかもしれないが、大将赤犬が同じように贈り物を得ているかどうかで随分と変わるだろう。
 サカズキと一緒の対応だと言うのなら、やっぱり少し気に入らない。
 たった一人の男に特別扱いを求める自分に何だか笑いたくなったボルサリーノの口元が緩むと、それを見ていたナマエが眉尻を下げ、そっと目を伏せた。
 あまりいかついとは言えない見た目だが、男が少女のように恥じらうその様子に、おや、とボルサリーノが目を丸くする。
 その間に数秒を置いてから、ナマエが声を振り絞った。

「…………その、やっぱりお返事は結構ですので!」

 そうしてきっぱりと意味不明なことを言い放ち、失礼しましたと敬礼を一つして執務室を出て行ってしまう。
 光になれば簡単に引き止められただろうが、戸惑ってそれが出来なかったボルサリーノは、離れていく相手を見送って扉が閉まってから、その視線を自分がつまんでいる贈り物の方へと向けた。

「……返事ィ〜?」

 一体何の話だろうか。
 どう考えても贈り物の中身を差しているのだろう言葉に、ボルサリーノの手がそっと贈り物を執務机の上へ置く。
 丁寧に結ばれたリボンを解き、出てきた平たい長方形の箱を開くと、ボルサリーノの予想の通り、そこには万年筆が入っていた。
 ボルサリーノの手に丁度いい大きさのそれは、恐らくは随分と高いものだ。
 持ち上げて、何の変哲もない万年筆であることを確認したボルサリーノの目が、今度は中身を失った筈の箱へと向かう。
 万年筆が箱の中で揺れたりしないようにと詰められた緩衝材の隙間に、ちらりと何やら白いものが見え、ボルサリーノは箱をそのままひっくり返した。
 小さく音を立てて緩衝材が箱から落ち、その上に白い封筒が重なる。
 出てきたものに目を丸くしてから、万年筆を置いたボルサリーノの手がその封筒を掴む。
 そうして開いた中に入っていたどこぞのレストランのペアチケットと、開いた封筒の内側に書かれていた『ご一緒しませんか?』という手書き文字に、やや置いてボルサリーノの口から『オォ〜』とため息交じりの声が漏れた。

「……何だァい、これは」

 もはや答えてくれる相手はいないというのに、ボルサリーノの口がそんな風に問いを零す。
 封筒の内側にある文字の癖には見覚えがある。何となく覚えていたそれは、この『贈り物』を持ちこんだ海軍将校のものだ。
 だとすれば、ナマエがボルサリーノを誘ったということだ。食事に。わざわざ。
 何となく弛んだ口が笑みの形を作ったのに気付いて、仕方ないねェ〜、なんて声を漏らしたボルサリーノの手が、チケットを傍らへ置いた。

「嫌がられても、お返事はしてやんねェとォ〜」

 ちょうどいいところに、目の前には『海軍大将赤犬』からの書類がある。
 中身を確認して承認印を押した後に返しに行くべき書類であることは一番上の一枚に記載されているし、ボルサリーノがそれを大将赤犬の執務室へ持ち込んだところで、何の問題も無いだろう。
 ナマエにちょっかいを出すようになってから、向こうへ書類を届ける時にはボルサリーノ自身が持参することが多くなったので、これからやってくる副官もボルサリーノを引き止めたりはしない。
 機嫌よく鼻歌交じりに書類を作成した海軍大将黄猿が、午後から休みを取って逃げ出していたとある海兵の家を襲撃したのは、その日の夕方のことである。
 何故か床を転がっていたらしいナマエは普段着だったが、服まで選んでやって彼を格式高いレストランへ連れて行ったボルサリーノの今年の誕生日は、中々に上出来だった。



end


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