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ねこのひ
※恐らく異世界トリップ主人公




「あのさ……自己管理の出来ない子供じゃァないんだから」

「呆れたような顔して酷いこと言わないでくださいよ、クザン大将」

 むっと口を尖らせて、ナマエは目の前の相手へそう発言した。
 それを聞き流して、はァ、とため息を零した海軍大将が、ベッド脇の椅子へと座ったままでその長身を折り曲げる。
 ナマエと言う名の海兵が、部隊での遠征訓練の最中に倒れた、と言う話をクザンが聞いたのは、二時間ほど前のことだった。
 遠征の途中で部隊を離れていつもの『散歩』へ出たクザンが、繋がる範囲にいるから本当に緊急の時にだけ使うように、と告げておいたはずの小電伝虫が、プルルルルと可愛らしくない顔で可愛らしく音を漏らし、それに首を傾げて受信した時に聞いた話に、クザンはひとまず海上の自転車の向きを逆にした。
 クザンの知る限り、ナマエと言う海兵は体力が無く、厳しい訓練では倒れてしまうことが殆どだった。
 最初は赤犬の元にいたのだが、そこではやっていけないと言うことでいくつかの部隊を転々とし、最後はクザンの元まで流れ着いたのである。
 『だらけきった正義』を掲げて、当人が部隊指揮から離れることも多いクザンの隊では、そう言った話もあまり聞かなくなっていた筈だった。
 久しぶりで張り切りすぎてしまったのかとも思ったが、それにしてはクザンの手の上の電伝虫の表情がおかしい。
 よく分からないものの、上司としての責任のあるクザンが辿り着いた戦艦の医務室で、ナマエはベッドの上の住人となっていた。
 それだけなら『倒れた』のだから問題ない筈なのだが、クザンの表情に呆れをにじませているのは、その頭上とシーツの端から覗く毛皮である。

「……だから、得体の知れねェもんには触るなって言ってたでしょうや」

 呟くクザンの前で、ぴる、とナマエの頭の上の一対の耳が動いた。
 三角に尖った、どうも猫科を思わせる一対の耳と、同じ毛色の尻尾が、今、クザンの前でベッドに座るナマエの体から生えている『異常』だった。
 クザンを呼び戻した部下達と、それからナマエ自身からの事情聴取によれば、今回の遠征訓練に伴い、島の探索を行っていたナマエは、他の誰も怪しんで近付かなかった胞子まみれのキノコへと近づいたらしい。
 結果としてまき散らされた胞子を吸い込んで昏倒し、慌てて助けに来た何人かでナマエを回収した時には、その頭と腰骨からは人ならざるものの部位が生えていたというのだ。

「だって、怪しかったんですよ。触って確かめないと、何かあったら困るじゃないですか」

 主張するナマエの心を宿してか、掛布の端からはみ出た尻尾が、ぺしぺしと白いシーツを叩いている。
 今まさに何かあったでしょうが、とそれへ意見しながら、伸ばしたクザンの長い腕が、そのままシーツの端からはみ出ている尻尾を掴まえた。
 がし、と掴んだそれが慌てたようにびちびちと暴れるが、気にせず自分の方へと引き寄せて、しげしげと眺める。
 ナマエの髪と同じ色になったそれは、やはりどう見ても猫の尾だった。
 手触りも獣の毛皮のそれで、人の体から生えているとはとても思えない。
 既に診察を終えた軍医曰く、体に入り込んだ胞子達はどうも死滅しているようで、ナマエの体から生えているものも数日で消えるだろうということだった。
 人体に被害が無いのなら、隔離したキノコを持ち帰って、日頃うるさい同僚にでも贈ってみてもいいかもしれない。
 実際にやれば海軍本部にマグマの雨が降りそうな、『どっちつかず』を正義に掲げる後一人が聞いたら微笑んで参加表明しそうなたちの悪いいたずらを思い浮かべたクザンの前で、あの、とナマエが口を動かした。
 それを受けてクザンが視線を向ければ、眉を寄せたナマエの体がクザンの方へと軽く傾いている。

「どうかした?」

「……尻尾、触んないでください」

 くすぐったいです、と続いた言葉に、感覚があるの、とクザンは目を丸くする。
 俺の意思で動かせるんだから当然ですよとそれへ答えて、どうやらナマエの意思で引き戻されたらしい尾が、クザンの手から逃れてシーツと掛布の間へと姿を消した。
 するりと指と掌をくすぐっていったその感触を追いかけるように視線を送ってから、クザンの目が改めて、ナマエの顔へと戻される。

「……何、そんなにイヤだった?」

「イヤです。くすぐったいの嫌いなんで」

 尋ねたクザンへ、ナマエはこくりと頷いた。
 とてもまじめな顔をしているが、くすぐったいから触られたくないだなんて、海兵としては何とも情けない台詞である。
 じっとその顔を眺めてから、やがてクザンの顔に微笑みが浮かんだ。
 穏やかに見えるよう努めたが、それはどうやら、他の海軍大将を思わせるような空恐ろしいものを含んで見えたらしい。
 その証拠に、それを見たナマエが、びくりと体を震わせて身を引いている。
 しかし逃がすわけもなく、立ち上がったクザンの両手が逃げようとしたナマエの体を挟むようにベッドの上へと置かれ、身動きの取れなくなった小柄な海兵をクザンはそのまま上から覗き込んだ。

「あ、あの……クザン大将?」

 びくびくと怯えたような顔をしているナマエの頭の上の『耳』が、わずかに寝かせられている。
 怯えた猫のような相手へクザンが体を寄せれば、それから逃れるように後ろへ傾いたナマエの体が、重力に耐えられずにぱたりとベッドの上へと沈んだ。

「ナマエ、腹筋無さ過ぎなんじゃないの」

 笑って言いつつ、クザンの顔が上からナマエを見下ろす。
 俺はこれから鍛えるんです、とそれへ反論して、ナマエは真下からクザンを見上げた。
 まっすぐにクザンを見上げるその視線に、クザンの目には楽しげな色が浮かんだ。
 ナマエと言う名前の海兵が海軍に入った詳しい理由を、クザンは殆ど知らない。
 どこかの海で海軍が討伐した海賊船に乗っていたという一般人は、どうしてか故郷へは帰らずにマリンフォードへと移民して、何故か海賊を狩る側である海軍へと入隊した。
 やる気はあるが根性は人並で、体力が無く、あちこちの部隊を転々とした後で流れ着いてきたナマエは、いつだって無防備で向こう見ずだ。
 『一回死んだから後は何だってできると思います』と彼は言うが、彼がヨミヨミの実の能力者であるなら、遠泳訓練には参加できていないだろう。
 ナマエはただの、クザンや他の能力者のように大概の攻撃を無効とするわけでもなければ、かの英雄ガープのようにその身一つで海賊船をつぶせるわけでも無い、どこにでもいる普通の男なのだ。
 そのくせ何にだって手を出そうとするし、危険な目にもそれなりに遭う。
 命は大事だと本人は言うが、彼が本気でそう思っているかどうかは、クザンには分からない。

「まァ……二度と変なものには近付きたくならないように、オシオキしなくちゃァね?」

 真上から囁いて、クザンはベッドの上にその全身を乗り上げ、両足で彼の体を跨ぐようにしながら両手を掛布にかけた。
 海軍大将にのしかかれ、掛布を剥がれようとしている事実に気付いたナマエの両手が、がしりとかぶっているものを掴まえる。

「ま、間に合ってます! さっき将校にもめちゃくちゃ怒られましたから!」

「まァまァ、そう言わず」

「い、いやだァ!!」

 悲痛な声を上げる彼の非力な抵抗など、海軍大将であるクザンには全く何の障害ともならない。
 そんなことも把握していない相手へ楽しげに微笑んで、クザンはひょいと掛布を奪い取り、現れた毛皮まみれの尾とついでに頭の上の耳を、思うさま堪能することにした。
 猫を飼ってもいいかもしれない、とぼんやり思える程度には、ナマエの尾と耳は手触りがよく、何よりその反応が面白かった。
 こそばゆさに悶え疲れたナマエをようやく解放したのは十数分ほど経ってからで、どうやらドアの前でタイミングを見計らっていたらしい軍医にクザンが追い出されてしまったのは、それからすぐ後のことである。



end


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