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秘め事
※戦争編以前(大将赤犬)
※異世界トリップ主人公が足に後遺症を持っているので注意?




 『海軍大将赤犬』は、何とも苛烈で激しい正義をお持ちの海兵だ。
 俺を助けてくれたあの時だって、空から降ってきた珍しい人間である俺を売ると話していた海賊達を、俺の目の前で消し炭にした。
 『悪』と決めたなら人を殺すことすら厭わないその『正義』に驚愕しながらも、怯えるよりまず最初に安心して喜んでしまった俺は、どうしようもない奴だと思う。
 けれども、右も左も分からない『この世界』へ突然放り出されて、海賊達に捕まって、逃げ出さないように足の腱を切られるところだったと言うことを考えると、仕方の無いことだったんじゃないだろうか。
 海賊を悪だと定めた海軍大将に『救助』された可哀想な一般市民の俺は、そのまま、一番近かった海軍の支部へと運ばれて怪我を適切に処置された。
 あともう少し深く斬られてたら歩けなくなってたなァと言って笑った軍医の言葉が本当だったなら、俺がこうやって二本足で立っているのも、あの日海賊を殲滅しに来てくれた海軍大将のおかげだ。
 だから、久しぶりに目にした赤いスーツに、顔がほころんでしまったって、仕方の無いことだと思う。

「サカズキ大将」

「……ナマエか」

 本部からの遠征の帰りらしい軍艦が、この支部に到着したのはつい数時間前のことだった。
 それが海軍大将の部隊だと聞いて、もしやと思って軍港へやってきたのだが、どうやら俺の勘は当たっていたらしい。
 正義を掲げるコートを潮風に翻して立っていたその人が、俺の方を見るのを見返しながら、俺は少しだけ急いでそちらへと近づいた。本当は走りたいのだが、あの日走れなくなってしまった俺の足には、これが精いっぱいだ。

「急がんでも、逃げやあせん」

 俺へそんな風に言って、サカズキ大将がこちらへその体を向けた。
 海へ落ちたらどうするんだと続いたそれに、口元を緩ませながら、手が届きそうな距離でようやく足を止める。
 心配してくれてありがとうございます、と言葉を置いて見上げると、帽子の下のその視線がわずかに和らいだのが見えた。
 大将赤犬は、随分と大柄な海兵だ。
 いや、他の大将も似たようなものらしいと聞いたこともある。
 むしろ、『この世界』には俺の常識では考えられないような大きさの人間がたくさんいて、俺はこうして相手を見上げることの方が多かった。
 男として何となく不満は感じるのだが、帽子をかぶっているサカズキ大将がその顔を少し伏せても顔を覗き込むことが出来ると気付いてから、まあこの身長差にも妥協しようと思うようになった。

「今日は、どちらへ行かれてたんですか?」

 言葉を紡ぎながら、視線を軍港の軍艦へと向ける。
 支部の海兵達と、乗組員だった海兵達があれこれと荷物を運び込んだりしている海軍の軍艦達は相変わらずの大きさで、見た目は俺が知っているそれとほとんど変わらない。
 しいて言うなら、一隻だけ装甲がただれたように溶けているものがいるくらいだ。きっと、あれにはサカズキ大将が乗っていたんだろう。
 俺の言葉に返事をするように、冬島じゃ、とサカズキ大将が返事をした。
 続いて寄越された名前に、知らない名前ですねェ、と返事をする。
 いくつか見た海図でも見たことのない島だ。きっと、この島から随分離れた場所にあるんだろう。この前に聞いた秋島というのもそうだった。
 俺を保護してくれた支部があるこの島で、きちんとした手続きをして移民となり、連れてこられてからひと月で晴れて『住所不定無職』から脱却したただの一般人である俺には分からないが、海軍というのは随分とたくさん遠征を行うようだった。
 もしかすると大将赤犬の部隊が特別なのかもしれないが、ここ二年、三か月に一回は噂を聞いて、毎回足を運んでいる俺が見つけるのは赤いスーツの海軍大将なのだ。
 軍港にいる彼に話しかけるのが毎回の俺の行動で、それを嫌がることも遠ざけることも無く話を聞いてくれるサカズキ大将は、見た目は怖いし悪に対してはとてつもなく厳しいが、意外と優しい海兵だと思う。

「しばらくは島にいらっしゃるんですよね?」

 尋ねながら視線を戻すと、俺の言葉を聞いたサカズキ大将が、俺と交わった視線をふいと逸らした。
 その目がそのまま軍艦を睨み付けて、そうじゃのォ、と低く声が落ちる。

「帰りにもう二か所寄ることになっちょるけェ、ここで休ませていかんと、無駄に怪我人が増えるかもしれん」

 補給も含めて二日は掛かるか、と呟いた大将の声にかぶせるように、ごとんと少し大きな音がした。
 驚いてそちらを見やれば、海兵の二人が、大きな荷物を運ぶ途中に落としてしまったようだった。蓋が開いて零れてしまったものを、慌てた様子で拾い上げているのが、離れたここからでも見える。
 近くだったらすぐに駆け寄って手助けをするところだが、俺の足で駆け寄るよりも、周囲の他の海兵達が気付いて手を出す方が早かった。
 みるみるうちに片付けられていくそれを見やってから、視線をもう一度サカズキ大将へと向ける。
 俺と同じ方向を見ていたらしいサカズキ大将の顔は、何とも厳しいものだった。
 少し周囲の温度が上がった気がするのは、出来れば気のせいだと思いたい。

「その……みなさんお疲れみたいですね。サカズキ大将は大丈夫なんですか?」

「わしゃあ平気じゃ」

 尋ねてみると、サカズキ大将はきっぱりとそう言葉を寄越した。
 確かにその言葉の通り、海軍大将として海軍の最高戦力に名を連ねるその体にも顔にも、疲れは見当たらない。
 それなら良かった、と手を叩いた俺に、サカズキ大将の視線が戻された。

「何の話をしちょる?」

「お疲れじゃないなら、島にいる間はご一緒できるかなと思って。最近、また行動範囲が増えたんで、新しい所にもご案内できますよ!」

 この島は、海軍の支部があるだけあってそれなりに広い。
 ここへ置いて行かれた後、二回目に会った時に『軍港のある支部の近くから出ない』と言っていたサカズキ大将を、暇でしょうから案内しますよ、と誘ったのは俺の方からだった。
 俺の言葉に少し目を丸くしたサカズキ大将は、それでも仕方なさそうに俺についてきてくれて、それからはここで会うたび誘うのが俺の習慣なのである。
 俺の足を考慮してか、店長が回してくれる仕事はデスクワークが多くて、空いた時間であちこちを散策しているのだ。
 俺の言葉に、ほォ、とサカズキ大将が声を漏らした。
 少しだけ身を屈めてきて、その顔がわずかに近づく。

「…………また、危険な場所に行ったりはしとらんか?」

「この前の入り江は、サカズキ大将が丸ごと焦がしちゃったじゃないですか」

 寄越された言葉に返事をして、俺は首を傾げた。
 前回、俺がサカズキ大将を支部から少し離れた場所にある入り江へと連れて行った時、何ともタイミングがいいのか悪いのか分からないことに、そこに海賊が現れたのだ。
 海軍にも喧嘩を売れちゃう俺ってかっこいい、というタイプだったのかどうかは俺には分からないが、驚いて転んでしまった俺を背中に庇った大将は、入り江に錨を降ろしていた船ごと海賊達を『どうにか』してしまい、そして何故か入り江まで破壊した。
 ちょっと生態系が変わってしまったのではないかと思うのだが、まあ確かに、冷え固まったマグマ岩で覆われた入り江は、船で上陸しづらくはなっていた。
 大体、入り江自体は危険じゃなかったですよ、とそちらへ返事をして、俺はじっと目の前の顔を見つめる。
 あんまりにもきれいだったから見せたかったのに、あんなことになって残念だった。
 だから今度は、そう言う邪魔の入りそうにない場所にしようと思って、山の方を散策したのだ。
 休みも使ってじっくり歩いたので、道なりはばっちりである。
 猛獣だって見当たらなかったし、きっとこの島にはそう言う生き物は居ないんだろう。

「いい場所を見つけたから、サカズキ大将にもお見せしたいなって思ってたんですよ」

 そう続けた俺の言葉にやや置いてから、サカズキ大将が屈んでいた分の体を持ち上げた。
 その手がそっと自分の帽子に触れて、わずかに顔を隠すようにつばを下げる。
 しかし下から覗きこむことが出来る俺には何の障害も無く、その口元がわずかにほころんだのが見えた。
 もしかしたら気付かれていないと思っているのかもしれないが、彼はもう少し自分と俺の身長差について考慮すべきだと思う。
 口からは述べない意見を心のうちで唱えながら、ひとまず俺は問いかけた。

「あの、少し遠いので、ちょっとお時間頂かないと回れない場所なんです。だから、サカズキ大将の体を休める時間も取って頂きたいんですが……この島には、何日くらいいらっしゃいますか?」

 もしもさっき言っていたとおり二日の予定だというのなら、山へ入るのは次回に延期した方がいいのかもしれない。
 訊ねた俺の前で、そっと帽子を手放したサカズキ大将が、その目でちらりと軍艦と働く兵士たちを見やり、それから言葉を紡いだ。

「……四日を予定しちょる」

「あれ、そうなんですか?」

 もしかして、さっきのは聞き間違いだったんだろうか。
 首を傾げた俺の前で、そうだ、とサカズキ大将が返事をした。
 自分の言葉を覆すことをしない人だということくらい、部下でもない俺にだって分かるので、四日だと言うのは本当なんだろう。
 それなら、山の中を案内したりしても、サカズキ大将が体を休める時間は十分にある。
 嬉しくなって顔が更にゆるんだのを感じるが、どうしようもない。
 あの日助けてもらった恩を返したい気持ち以上に、俺はこの海軍大将と一緒にいるのが好きなのだ。
 この人の苛烈な正義はまだ理解できないし、この足で部下としてついていくなんてことも出来ないけど、それでも、好きなものは好きだから仕方ない。
 親愛だとかそう言う気持ちとはかけ離れていて、命の恩人とは言え年上の同性に抱くにはふさわしくない気持ちだが、言うつもりは無いから、一緒にいて喜ぶことくらいは許してもらえないだろうか。

「それじゃあ、良かったら今日か明日、一緒に夕食なんていかがですか。俺が御馳走しますから」

 告げた俺に、サカズキ大将がちらりと視線を寄越してくる。
 その口が笑みの形を刻んで、市民にたかるような真似はせん、と続けた大将赤犬は、その言葉の通り、俺に夕飯を奢ってくれた。
 自分では行かないような高い店に連れて行かれて緊張したが、彼と一緒の食事は、やっぱり楽しかったし美味しかった。



end


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