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ささなみの行方
※ドレークさんは海軍将校(本部少将)
※部下主は何気に転生トリップ主
※身体的退行注意
※主人公にはちょっと迷惑かける系女子な幼馴染がいるらしい(オリキャラ注意?)



 これは、まずい。
 俺は目の前の相手を見つめて、胸の内だけでそう零した。

「? どうした、ナマエ」

 そんな俺の気持ちなど知る良しもなく、不思議そうにこちらへ声を投げてきた相手が、こてんと首を傾げる。
 つい一時間前までは俺より少し高い位置にあった相手の目は、今俺の膝程の高さにあり、必然的に上目遣いだった。
 ありていに言えば、俺の目の前にいる俺の上官殿が、幼くなってしまっているのである。
 つい先ほど拿捕した海賊の仕業なのは間違いない。
 追い詰めた筈の海賊に何かの粉を振りかけられてドレーク少将が昏倒し、そのことで鬼気迫る勢いで海賊を追い詰めていった海兵達に混じって、倒れた上官を回収したのは俺なのだ。
 本当に恐ろしい光景だった。血気盛んな我が同期達は、上から『生け捕り』を言い渡されていなかったら海賊を殺していたに違いない。
 何をしたと訊ねても、悪あがきだったのか意趣返しだったのかニヤニヤと笑っていた海賊はそれにこたえようともせず、今も引き続き尋問が行われている筈である。
 毒の類では無かったようで、命に別状はないと軍医が言ったからこそ俺は一端そのそばを離れたのだが、海賊から情報が引き出せたかを確認しに行き、残りの処理の手はずを整えて戻るまでの一時間の間に、こうなってしまったのだろう。
 それにしても、どうしてこの世界の衣類は必要な時にその大きさを自動で変えてくれないのだろうか。
 ドレーク少将が能力を使う時は合わせて膨張し、姿を戻した時はきちんと縮む癖をして、融通の利かない布だ。
 幼い肩を襟ぐりから片方覗かせている相手に溜息を零して、俺はそっと屈みこんだ。
 それから、シャツ一枚を着込んでいるという倒錯的なことこの上ない相手へと視線を合わせて、ゆっくりと言葉を零す。

「……身を隠しましょう」

「…………ん?」

 建設的なはずの俺の意見に、ドレーク少将は首を一つ傾げた。
 不思議そうにこちらを見てくる視線を受け止めて、もう一度言葉を繰り返す。

「身を隠しましょう。せめて、その体が元に戻るまでは。お供します。もしもその期間が長くなり、厳重な処罰が下されることになった場合は、全面的に俺の責任にして頂いて差支えありません」

「…………待て、どうしてそういう話になる」

 出来る限り相手の負担を減らそうと思っての俺の言葉に、ドレーク少将がわずかに怪訝そうな顔をする。
 その手が軽く自分の薄い胸に触れて、確かに情けない話だが、といつもより高い声が言葉を紡いだ。

「体が縮んだとしても、一時的なものだろう。本部に戻って適切な処置を受ければ回復も早いかもしれないし、元々は油断したおれの責任であって、ナマエの責任であるはずが」

「そういうことじゃありません」

 眉を寄せ、生真面目に言葉を紡いでいた相手を遮って、俺は首を横に振った。
 それを聞き、ドレーク少将が更に不思議そうな顔をする。
 その上で、どういう意味だ、と説明を求められたので、仕方なく俺は口を動かした。

「…………本部にいる俺の幼馴染はご存じですね」

「……ああ、『彼女』か」

 恐る恐ると零した俺の言葉に、こくりとドレーク少将が頷く。
 どうしてだかその顔が少しばかり険しくなった。もしかしたら、俺の目の届かないところでドレーク少将に何か迷惑を掛けているのかもしれない。
 本部にいる俺の幼馴染である女性は、少し騒がしい嫌いのある『給仕』だ。
 別に口を利いてやったわけでもないが、俺が海軍に入って少しした頃に本部へと配属されてきた。
 元々幼馴染だし、俺がこの世界へ『生まれ直し』て島を出るまでずっと一緒にいたのもあって、いわゆる妹とでもいうような感覚だ。たまの休みが合えば一緒に買い物にも行くし、何だか知らないが相談があれば訊いてやる。
 そして、近くで見ていたからこそ、俺は彼女の性格をよく知っているのである。
 悪い奴ではないが、あいつは少し迷惑な奴だ。

「『彼女』がどうした」

 少しばかり目を眇めたまま、どことなく不機嫌に聞こえる声で寄越された問いかけに、俺は答えた。

「……あいつは、可愛いものが好きなんです」

 俺の知っている一番最初は、近所で生まれた赤ん坊だった。
 可愛い可愛いと毎日毎日近所の家に上がり込み、田舎だったとはいえさすがに拒否をされたら泣いて喚いて大変だった。三歳児だから許されたことだろう。
 その次は島で流行ったぬいぐるみだった。買い集めて回り、久しぶりに遊びに行った家の中のどこもかしこもぬいぐるみだらけで、可愛らしいどころか恐ろしかった。
 それからも、あいつは『可愛い』と思ったものには近寄るし、手に入るものなら収集する。時々人に迷惑を掛けて、叱られればしょんぼりとするが、繰り返すのだからその反省だって一時的なものでしかない。
 幼馴染の性嗜好なんてものは知らないし、さすがにロリコンだのショタコンだのペドフィリアだとは思わないが、大人は可愛くないから苦手なんだとわけのわからないことを言われたのはいつぞやの恋愛相談の時だ。

「絶対にドレーク少将に付きまといます」

 もちろんドレーク少将が攫われるとは思わないが、毎日毎日用も言いつけていないのに執務室へやってくるようになることは目に見えている。それは間違いなく、彼のストレスになるだろう。
 俺の言葉に、ぱちぱち、と瞬きをしてから、ドレーク少将が自分の体を見下ろす。

「……かわいい?」

「はい」

 戸惑うような声にこくりと頷くと、やや置いてから俺の方へ顔を向けたドレーク少将が、どうしてか俺をじろりと睨み付けた。
 しかし、大きくて丸い目で睨まれても、ちっとも恐ろしくない。
 もちろん絶世の美少女に近いだとか、中世的な顔立ちだとか、人形のようだというわけではないが、幼くなったドレーク少将はまず間違いなく可愛らしかった。
 目を離したくなくなるかわいらしさだ。
 もしも彼が俺の弟だったなら、今すぐ似合う服を着せて美味しいものを食べにつれていくし、変な虫がつかないように注意しながら成長を見守るだろう。
 『可愛い』という自覚のないらしいドレーク少将は、じっとこちらを睨み付けた後で、その口からため息を零した。

「これでもか」

 そんな言葉を口にしながら、不意にその体がぎしりと軋む。
 見る見るうちに目の前でその小さな体が膨張し、着ていた服を少しばかり押し上げて、そして俺の目の前に現れたのは、両手で抱えられそうな程度の大きさの『古代種』だった。
 いつも海賊達を蹴散らすドレーク少将の姿と比較すれば、十分の一もないだろうか。
 ふん、と鼻を鳴らした『恐竜』が、その目でじろりとこちらを見あげる。
 どうだ、と言いたげなその眼差しを受け止めて、しばらくその体を見つめてから、俺はふるりと首を横に振った。

「……まるで駄目です、ドレーク少将」

 どう見ても可愛い。
 あいつが昔集めていたぬいぐるみにもそっくりだ。この姿で遭遇したら、下手をすると『野生動物の保護』を名目に連れ攫われてしまうかもしれない。

「やっぱり逃げましょう」

 海軍本部へ向かう軍艦の中、顔を引き締めて真面目にそう零した俺の前で、わずかに唸った『古代種』が体を縮める。
 それからすぐに先ほどの少年の体へと変貌して、ドレーク少将であるはずの彼が改めて俺を見上げた。
 その手がこちらへと伸ばされて、屈んでいた俺の顔を掴まえる。

「……ドレーク少将?」

 どうしました、と尋ねた俺へと少しばかり顔を近づけて、俺の両目をまっすぐに見つめたドレーク少将は、少しばかり不思議そうな声を出した。

「……目がどうにかなっているようでもないな」

「俺の視力は正常です」

「いいや、おかしい」

 眉を寄せてそう唸り、ドレーク少将が俺から手を放す。

「大体、たかだか『給仕』一人から逃げ出していて、海軍将校が務まるか。予定通り帰還する」

「ですが」

「……お前がどれほど『彼女』に詳しいかは知らないが、もともとおれと『彼女』には接点など殆ど無いだろう」

 きっぱりと言葉を放たれて、話は終わりだとばかりにこちらへ背中を向けたドレーク少将を見やり、ええと、と声を漏らす。
 確かにそのはずだが、俺の知る限り、ドレーク少将はよく俺の幼馴染と顔を合わせている筈だ。
 俺が幼馴染と話していたら通りがかってもすぐに声を掛けてくるし、挨拶や世間話をしているところに遭遇したことも一度や二度じゃない。
 あいつが給仕としてやってくるときは、いつもなら俺や他の部下達が受け取るカートを、ドレーク少将がその手で受け取ることも多い。
 間違いなく親しい筈の間柄なのに、とまで考えてから、はた、と俺は気が付いた。
 もしや、ドレーク少将はあいつと仲良くなりたいんだろうか。
 俺からすればただの変わった幼馴染だが、あいつも女だ。
 ドレーク少将の異性の好みが、少し変わっているという可能性もある。
 そうなると、俺の建設的な提案は、そのすべてが余計なお世話というものだ。

「…………」

 なるほど、と納得したのと同時に何かがもやりと胸をよぎったのを感じて、軽く胸元に手を当てる。
 何だろうか。
 何故だか、とても不愉快だ。

「……おい、ナマエ?」

 どうした、と振り向いたドレーク少将に声を掛けられて、俺は慌てて自分の中のもやついたものを放り出した。
 すぐに立ち上がって、ぶかぶかのシャツを着たままでベッドへと座り直したドレーク少将へと近付く。

「……では、着替えをお持ちします」

「ああ」

「それから……やはり難しそうなら、俺が匿いますので」

 その時はお声かけくださいと言い置いて、返事を待たずに部屋を出る。
 先ほど感じた不愉快の正体は、とりあえずこれ以上は考えないことにした。


 数日後、ドレーク少将からぐったりとした様子で助けを求められ、彼が元通りになるまで俺の家で過ごすようになったので、我が幼馴染にはしっかりと説教しておいた。



end


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