甘いはかりごと
※主人公は革命軍古参メンバー
「ナマエさん、トリックオアトリート」
「やあサボ、はい、どうぞ」
真夜中に近いこの時間、そろそろかと開いてあった窓の向こうからやってきた客人にそんな言葉を寄越されて、ナマエは笑って手元に置いてあった包みを差し出した。
笑顔でそれを受け取りながら、腕の力だけで体を引き上げた相手が室内へと侵入してくる。
椅子に座って机に向かっていたナマエの横を通り過ぎた相手を見やって、おや、とナマエが声を漏らした。
「今日は随分ハロウィンらしい恰好なんだな」
「そりゃあハロウィンだからな」
いつになくごてごてとした装飾を身にまとい、背中に小さな蝙蝠の羽まで生やしている相手にナマエが微笑むと、サボはそれへそんな風に言葉を返した。
それから、背負っていた革袋の鞄を床へ置いて、ナマエから受け取ったものを中へと仕舞い込む。
「随分大量だな」
「ああ、全員に回ってたらこんな時間になった」
ナマエのつぶやきにそう言葉を返してきた相手に、すごいなサボは、とナマエが声を漏らす。
少しだけ気になってその視線を彼の持ち込んだ鞄へ向けると、ナマエの視線に気付いたサボが鞄の口を開いて見せた。
「こっちはコアラから貰ったんだ。これはドラゴンさんから」
「なるほど……」
革命軍のトップに君臨する男の名前まで出てきて、本当に全員に回ったんだなとナマエは感心した。
ナマエがサボより年下の少年だったなら、恐らくサボについて回って色んな人間から菓子をせしめたに違いない。サボはこの革命軍の参謀総長で、その性格と立場で随分と人望のある青年なのだ。
鞄は随分と膨らんでいて、食べるのに時間がかかりそうだなと笑ったナマエに笑い返したサボが、ひょいと立ち上がる。
それから近寄ってきた相手に、椅子に座っていたナマエが不思議そうに首を傾げると、ナマエの椅子の真横に佇んだ青年がにかりと明るく微笑んだ。
「ナマエさん、トリックオアトリート」
そうして先ほど窓からやって来た時に寄越されたのと同じ台詞に、ぱちりとナマエが瞬きをする。
それからすぐにその顔へ笑みを浮かべて、その手が机の引き出しから先ほどと同じ包みを取り出し、ほら、とサボの方へと差し出した。
「これでいいか?」
尋ねながら手渡したものを見下ろして、まだあったのか、とサボが少しばかり目を丸くする。
まあな、とそれへ答えて、ナマエの手が机の上に開きっぱなしだった本を閉じた。
「何か企んでそうだからなァ、サボは」
「はは、酷い言われようだな」
ナマエの言葉にサボは困ったように笑っているが、その笑顔が油断ならないことをナマエは知っている。
その若さで革命軍の参謀総長を任されている青年が、ただ単純な子供であるはずがないのだ。
油断ならぬ相手を見あげると、それを見返してさらに笑みを零したサボの口が、そろりと言葉を零す。
「ナマエさん」
「ん?」
「トリックオアトリート」
言葉と共に、先程渡した包みを持っていない手がナマエの方へと差し出されて、ナマエの口からは溜息が漏れた。
机の引き出しからまたも一つの袋が引っ張り出されて、青年の手の上へと乗せられる。
「まだあるのか……」
「いや、何がしたいんだ、サボ」
「うん? 悪戯に決まってるだろ」
ナマエの問いへそう答えて、サボは両手に持った菓子の包みを片手に持ち直した。
つけ牙がその唇の端から覗いており、その背中に着けられた蝙蝠の羽と相まって、まるで本物の小悪魔のようだ。
「だから、何がしたいんだ?」
それを見上げてナマエが頬杖を突くと、あれ、と声を漏らしたサボがどことなく期待に満ちた眼差しをナマエへ向けた。
「させてくれるのか?」
嬉しそうに、そんな風に言う相手の目を見上げて、どうしたものかな、とナマエは少しばかり考え込む。
革命家ドラゴンの連れてきた小さな子供は、もう随分と大きくなった。
ナマエが構い、他の連中と同様に守り続けていた筈のサボは、今ではもう立派な成人であり、もはやナマエの庇護など必要としない強者だ。
ナマエへ向けるいとけない顔のどれだけが計算なのかなんて、もはやナマエには推しはかることも難しい。
だとすれば、ここで頷けばきっと、後で後悔する羽目になるだろう。
「やだね」
そこまで考えが到って断ったナマエに、けち、と詰るような声を漏らしながらも、サボはいたって気にした様子もなく笑う。
その後で幾度か寄越された『トリックオアトリート』に、ナマエは日付が変わるまで相手に菓子袋を押し付ける作業を行った。
end
戻る | 小説ページTOPへ