ハロウィン前線
※『愛はあるのよ、愛は』のトリップ主人公はバルトクラブクルー
※79巻未収録のバルトクラブについてのほんのりとしたネタバレ有につき注意
「船長、その格好本当に似合いますね」
「ん? そうだべ?」
俺が放った言葉に、きょとんとした顔でバルトロメオが首を傾げた。
黒づくめのスーツに近い服に包まれたその体にはあちこちに血しぶきに似たペンキが飛び散って、唇の端から覗く発達した犬歯がその顔の中で激しく自己主張している。
髪形も大人しめに撫でつけられているし、服装はいつものに比べてかっちりとしている。ピアスはがんとして外さなかったので少々ファンキーだが、間違いなくこれは吸血鬼だ。
似合ってますよ、格好いいですとまっすぐに言葉を述べると、へらりとバルトロメオの口元が崩れた。
「いんやァ、照れるべー!」
とても嬉しそうな声を出して、デレデレと相好を崩すバルトロメオの号令によって、本日のバルトクラブは『ハロウィンパーティー』だった。
この世界にもハロウィンというものがあるとは思わなかったが、つい最近襲った商船で入手したオレンジ色の巨大カボチャが引き金だったように思える。
船の上はあちこちにジャック・オ・ランタンを模したランタンが吊るされて、船に元々あったオブジェ達をおどろおどろしく照らしている。
飾り付けもされているが、どうして骨付き肉を紐でいくつも吊るしているのかは聞けていない。ひょっとしたら『ご神体』に捧げているつもりかもしれないので、片付けることもできないままだ。
バルトロメオと同じように仮装したクルー達があちこちを歩いていて、俺も今日は適当に仮装をしている。
最初はただシーツを被っただけで済ませようとしたのに、ハロウィンを知らないのかとどうしてか涙ぐまれて複数人に取り囲まれ、そのまま着つけられ、今の俺の恰好はハロウィンらしく魔法使いだった。
「ナマエも似合ってんべ!」
「ありがとうございます」
ぐっと親指を立てて言われて、とりあえず礼を言う。
そんな俺へ向けて、にかりと笑ったバルトロメオが言葉を紡いだ。
「そんでナマエ、何がおれに言うことねェか? ん? ん?」
ぐいぐいと近寄って、言葉を促してくるバルトロメオの顔は何やら期待に満ちている。
それを見上げて、ああはい、と頷いた俺は、ひとまず本日の『呪文』を唱えた。
「『トリックオアトリート』」
『こういえばお菓子が貰えるんだからな』とうちの参謀殿が涙目で教えてくれた呪文は、ハロウィンならではの文句だ。
ひょっとしてみんなして俺のことを可哀想な奴だと誤解したのではないかと少しだけ思ったが、今は気にしないでおくことにする。
俺の言葉にぱあっと顔を輝かせて、バルトロメオが何かをポケットから取り出した。
「ん!」
「ありがとうございます」
そうして差し出されたものを掌で受け止めて、きちんと礼を言う。
見やった手の上の『お菓子』は先ほどの飾りつけの休憩時間に、みんなで分けたおやつだった。どうやらバルトロメオは、この小さな飴を取っておいたらしい。
ありがたくそれをポケットへとしまうと、今度はバルトロメオの手が俺の方へと向けられる。
「ナマエ! トリックアンドトリート! だべ!」
「………………ん?」
とてつもなく楽しそうに寄越された言葉に、取り出したお菓子をその手に乗せてやろうとしてから、俺は動きを止めた。
何か、少し文句が違った気がする。
窺うように相手を見あげると、こちらを見下ろすバルトロメオの顔は何故だか期待に満ちている。
思わず足を一歩後ろに引いてから、先程の『吸血鬼』の言葉を思い返した俺は眉を寄せた。
「何で両方なんですか」
悪戯もお菓子もだなんて、強欲すぎやしないだろうか。
しかし俺の非難に近い言葉に、ふん、とバルトロメオが胸を張る。
「海賊はどっちも諦めねェもんだっぺ」
「ただの我儘じゃないですか」
やっぱりうちの船長は阿呆なんじゃないだろうかと、俺は思った。
お菓子を巻き上げられた上に悪戯されるだなんて、まるで俺にメリットが無い。渡さない方が幾分かましだ。
そう考えてポケットへ手を戻そうとすると、それに気付いたバルトロメオが慌てて俺の腕を掴まえる。
「なして片付けようとしてるんだべ!」
「いや、そりゃ片付けますよ、渡して悪戯までされるだなんて……」
「おれはやったのに!」
「俺はお菓子だけですから」
寄越される言葉に反論しながらぐいぐいと腕を引っ張ってみるも、もともとの力の差でまるで動かない。
数分そのまま攻防して、いい加減疲れてしまった手がぐいと引っ張られ、あ、と声を漏らしたところで俺の手の中の『お菓子』がバルトロメオによって強奪された。
「とった!」
「…………ああ、もう」
人から菓子を奪っておいて、とても嬉しそうにバルトロメオが笑う。
子供とも呼べないような年齢で、陸の上では悪い組織の親玉ですらあったらしいのに、まるで子供みたいだ。
その顔を見上げてため息を零してから、仕方なく、俺はバルトロメオに問いかけた。
「それで、悪戯って言うのは何をするつもりなんですか」
俺の頭に浮かぶ悪戯なんて、せいぜいガムパッチンくらいだ。
ガムの好きなクルーが多いから、もしも船内で流行ったらお互いの間に疑心暗鬼すら生まれそうな悪戯である。できれば別のものでお願いしたい。
俺がそんなことを考えているとはつゆ知らず、そりゃあおめェ、と呟いたバルトロメオが、どうしてだかそっとその目をこちらから逸らす。
夜闇に落ちた海の上、ランタンの明かりだけではあまり色合いが分からないが、何故だかその顔が少し赤くなったように見えたのは俺の気のせいだろう。
しかし、その顔がどうしてかとても厳しく怖いものになったことは分かる。
「…………何をするつもりですか」
何か自分の身に危険が迫っているような気がして、俺は一歩身を引いた。
それに気付いたのか、バルトロメオが慌てたようにこちらを向く。
「だ、大丈夫だべ、怖いこたァなんにもしねえ!」
「じゃあ何をするつもりなんですか」
「そりゃあ、その……」
尋ねた俺の前で、バルトロメオがもごもごと口ごもった。
その様子からして、どうしようもなく言いにくいことであるようだ。
そしてやはり、とても恐ろしいことに違いない。
俺が弱いことを気にしているこの人のことだ、海王類にちょっかいを掛けておいて俺をその目の前に放り出すような悪さをしでかさないとは決して言えない。
ぎゅっと眉を寄せて、怖い顔をしているバルトロメオを前にそう確信した俺は、それじゃあ俺は用意があるので、と言葉を置いてその場から逃げ出した。
「あ! ナマエ! 待つっぺ!」
慌てたように声を上げたバルトロメオがこちらを追いかけてきたのは分かったが、今日という日はこのまま逃げ続けて過ごしてやると、俺は心に誓ったのだった。
end
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