悪戯がお好き?
※主人公は白ひげ古参クルー
※子マルコ
※少しくすぐり注意
「ナマエ! トリックオアトリート、よい!」
きらきらとした目で文句を投げられて、ああ来たか、と俺は小さく笑った。
シーツおばけのつもりなのか、首から下を使い古しのシーツで飾ったほぼてるてる坊主な不死鳥坊やに向けて、用意してあったものを差し出す。
俺がニューゲートに拾われ、誰かさんの『家族』になって数年。普段なら『お菓子』なんてものは用意しないのだが、今年からはマルコやサッチ達が乗っている。
ハロウィンを楽しむ子供がいるのなら、まあ付き合ってやるのもやぶさかじゃない。
「ほら、どうぞ」
「…………よい」
そんなことを考えて差し出した包みを受け取ったマルコが、どうしてか少しばかり口を尖らせる。
当てが外れた、がっかりしたとしか取れないその顔に、あれ、と首を傾げた。
「マルコ? どうしたんだ?」
『お菓子』を貰えなかったならともかくとして、貰えてどうしてそんな顔をしているのだろうか。
拗ねる寸前のようなその顔の意味が分からずに見ていると、むっと眉を寄せて俺が渡したものを肩掛けの鞄へ仕舞い込んだマルコが、それからきりりと顔を引き締めた。
正直なところてるてる坊主が顔をきりっとさせたところで可愛いだけのことだが、とりあえず明日は晴れそうだ。
「ナマエ!」
「うん?」
「トリックオアトリート、よい!」
口にしたら怒らせそうなことを考えている俺に気付いた様子もなく、そんなことを言ったマルコの両手がこちらへ伸びる。
何を言ってるんだとこちらも眉を寄せて、俺は伸ばした片手の指でマルコの丸い額を弾いた。
「いたいよいっ」
「よくばりさんだなマルコは」
海賊らしいと言えば海賊らしいが、人がせっかく渡してやったお菓子をしまった上で追加を望むだなんて、とんだ我儘坊やである。
しかし仕方ないとため息を零して、俺は椅子に座ったまま体を伸ばし、届いた戸棚の一段目を開いた。
マルコに渡した菓子を小袋に分けた時の余りを適当につまんで取り出す。
引き寄せた掌の上にあったのは大きなチョコレートで、よし、と頷いてから俺はそれをマルコの方へと向けた。
するとどうしたことか、俺の方へ向けられていた両手が慌てたように逃げ出して、マルコの体の後ろへと隠されてしまう。
「……マルコ?」
どうしたんだ、と訊ねてみても、マルコは両手をこちらへ向けない。
相変わらず、小さな子供の考えていることはよく分からない。
このお菓子が嫌いなのかと思ったが、しかしこのチョコレートはよくマルコのおやつに渡しているものと同じだ。
俺が渡してやるたびマルコは嬉しそうな顔をするし、あれが子供ながらの演技だとは決して思えない。
少し考えて、仕方なく手元の包みを開いた俺は、丸いチョコレートを指先で摘み上げた。
「マルコ、あーん」
「あー」
声を掛けてやると、条件反射のようにマルコが大きく口を開く。
その口の中にぽいとお菓子を放り込むと、反射的に口を閉じたマルコがそれを頬張った。
もぐ、と口を動かした相手へうまいかと尋ねると、うまいよい、と子供が答える。
それから数秒を置いて、自分が『お菓子を受け取った』という事実に気付いたらしいマルコは、ハッと目を見開いてその両手で自分の口をおさえた。
それでも吐き出そうとはしないので、チョコレートが嫌いになったということも無いだろう。
数秒を置いてもの言いたげになった目が、じとりと俺を睨め上げる。
「……ナマエ、ひりょいよい」
更には口をもごつかせながら非難がましくそんなことまで言われて、俺は軽く肩を竦めた。
「何がしたいんだ、お前は」
ハロウィンと言えば仮装とお菓子だろう。
サッチもイゾウもハルタも、俺のところまで菓子をねだりには来たが、マルコのような奇行は行わなかった。
『悪戯かお菓子か』なんていう呪文を唱えて菓子をせしめるだけの行事でも、マルコ達が楽しむならと用意をしていただけに、不可解な行動をされるとわけが分からない。
俺の言葉に、チョコレートを噛んでいるマルコは返事を寄越さず、何やら恨めしげな顔をしているだけだ。
嬉しそうに笑ってくれると思っていただけに、お菓子をやって恨めしそうに見られるのは何となく納得いかない。
「…………マルコ、それじゃ、トリックオアトリート」
仕方なく片手を差し出して俺が『呪文』を唱えると、もぐもぐと口を動かしながら、マルコは少しばかり俺の方から身を引いた。
どうやら、その鞄に入っている戦利品を俺に分けたり、俺が渡した先ほどの包みを返すつもりはないらしい。
気に入らなかったわけではないようだが、それならこの態度はとても酷いんじゃないだろうか。
「なるほど、じゃあお菓子じゃない方だな」
俺はそう呟いて、ひょいとマルコの体を持ち上げた。
「んぐ!?」
口をもぐもぐと動かしていたマルコが、驚いたような声を上げる。
それを気にせず膝の上に子供を座らせて細い脇腹へシーツの上から指を押し付け、うりゃ、と声を掛けながら指をうごめかせる。
驚いた顔をしたくすぐったがりは慌てて身を捩ったが、俺が膝を立てればそこに跨っているマルコには逃げ道など存在しない。
「やあよい、ナマエ、あっ やあっ ……あははは!」
いやだいやだと身を捩り、後ろに落ちる可能性すら考える余裕も無いのかその薄い体を逸らせて逃げようとしたマルコは、しかし耐え切れずに口元を歪め、そしてそこでもはやこらえきれない笑い声と溶けたチョコレートをその口から漏らした。
口元やシーツや俺の服が汚れているが、身を捩るマルコにはそれを気にした様子も無い。
「やっ ひゃはっ、くしゅぐった、ひゃあははははっ」
「おりゃおりゃ、参ったかー?」
「ひゃ、ふふ、まいんない、よい!」
顔を真っ赤にして笑いながら、マルコがぎゅっと体を締めて無駄な抵抗をした。
そうかそうかと適当な相槌をうち、可哀想な悲鳴を上げる子供に構わず、引き続き腹やわきをくすぐってやることにする。
着込んだ衣装を蹴飛ばしてじたばたと足掻き始めた細い足を掴まえて靴を脱がせ、靴下の上から土踏まずのあたりをくすぐってやると、足の指を閉じたり開いたりして暴れられた。少し蹴られたが、まあ気にしない。
汗までにじませ、笑いつかれてぐったりとしたマルコから『マルがやるんだったのに』なんていう台詞を聞いたのは、やりすぎたと気付いて手を止めた後のことだ。
どうやら、マルコは俺に『悪戯』したかったらしい。
十年早い話である。
end
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