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ママとパパと僕
※『幸せ味』でハロウィン
※ほぼほぼロシー(子ロシナンテ)だけどセンゴク夢



「似合う似合う」

「ほ、ほんと?」

 微笑み寄越された言葉に、ロシナンテはもじもじと身じろいだ。
 黒い柔らかなローブの前は星の形をしたピンが閉じていて、先程ナマエと一緒に手作りした杖をその小さな手で握りしめる。
 今日は、ハロウィンという日らしい。
 ロシナンテの知らないことを知っているナマエが、あちこちの店が飾りつけを始めていた頃にロシナンテへ教えてくれたものだ。
 すでにナマエを相手に『予行練習』は済ませていて、ナマエがくれたお菓子の包みはテーブルの端に置いてあった。
 そわそわ、と落ち着かない気持ちで壁掛けの時計を見あげたロシナンテより早く、何かに気付いたらしいナマエが、あ、と声を漏らした。
 それに戸惑って視線を向けると、立ち上がったナマエの手が軽く背中に触れてロシナンテを促す。

「行こうか、ロシー」

 優しく言われて頷いて、ロシナンテがナマエと共に廊下を出て玄関へと向かったところで、がちゃりと扉の鍵が回された。
 それからすぐに現れたこの家の主が、今帰ったぞ、といつもの文句を家の中へと放り込む。

「おかえりなさい!」

 それを聞いてすぐにぱたぱたと駆け出して、辿り着いたロシナンテが見上げて笑顔を向けると、ああただいま、なんて優しい言葉を零した海兵が少しばかり身をかがめた。
 彼の大きな手がロシナンテの頭を撫でて、温かで優しいそれにロシナンテが嬉しげな顔をする。

「ロシー、言わないのか?」

「あ、あの、えっと」

 頭を撫でられることで満足しかけたところで後ろから寄越された言葉にはたと気が付いて、ロシナンテは言葉を言い淀んだ。
 その目がちらりと後ろを見やると、ロシナンテを追って玄関へとやってきたナマエが、笑ってこくりと頷く。
 寄越された言葉にぐっと杖を握りしめて、改めてロシナンテは海兵の方へとその顔を向けた。

「とりっく、おあ、とりーと!」

 ナマエに教えてもらったその呪文に、ぱちりとセンゴクが瞬きをする。
 それから数秒を置いて、なるほどと笑い、動いた手がロシナンテの頭を離れてロシナンテの握っていた杖の先の星を掴まえた。

「魔法使いか」

 そんな風に言いながら、星から離れていった手が、羽織っていた海軍コートのポケットから何かを取り出した。

「ほら、食べなさい」

「わあい! ありがとう!」

 ナマエに教わった通りに発揮された呪文の効果に、ロシナンテが嬉しげな声を上げる。
 その小さな両手の上に包みを乗せて貰って、ロシナンテはそのままくるりと後ろを向いた。
 ナマエの方へと掲げてみせれば、良かったな、とナマエが笑う。
 伸びてきたその手が先ほどセンゴクがしたようにロシナンテの頭を撫でて、穏やかなそれにロシナンテが笑うと、ナマエの視線がセンゴクの方へと向けられた。

「お帰りなさい、センゴクさん。今日もご無事そうで何よりです」

 それから放たれたいつもの言葉へ、センゴクが返事と共に羽織っていたコートを手渡す。
 いつも通りの二人のやりとりを見あげたロシナンテの前で、いつもとは違う動きを先にしたのはセンゴクの方だった。

「こっちは土産だ」

「え?」

 言葉と共に差し出された小さめの紙箱に、ナマエが目を丸くする。
 その手がそれを受け取って、隙間から見えたらしい中身に、あ、と声を漏らしたナマエの顔に笑みが浮かんだ。

「限定ものじゃないですか。買うの大変だったでしょう」

 並んだんですかと寄越された問いかけに、それほど混んではいなかったとセンゴクが言う。
 下から見上げた箱にプリントされていた絵に、ロシナンテはそれがたまにナマエが買ってくるケーキ屋のものであると気が付いた。とてもおいしい、ロシナンテも大好きな店だ。
 ロシナンテほどではないが甘いものが好きなナマエにとっても嬉しいものであるらしく、先程よりにこにことしている。
 嬉しげなその顔を見やってから、靴を脱いで家の中へと入ったセンゴクが、ふむ、と声を漏らした。
 その目がちらりとロシナンテを見下ろして、それからもう一度ナマエを見やる。

「同じ顔をして笑うな」

「え?」

「え?」

 そうして放たれた言葉に、同じタイミングで声を漏らしたナマエをロシナンテが見上げると、同じようにナマエもロシナンテを見下ろしたところだった。
 ぱちぱち、と一緒に瞬きをしてからもう一度センゴクへと視線を戻したロシナンテとナマエに、いや、なに、と笑ってセンゴクが言葉を続ける。

「一緒に暮らしてると似てくるものだな。親子みたいでいいじゃないか」

 どことなく嬉しそうなその言葉に、おやこ、とロシナンテは小さな声でその言葉を繰り返した。
 ロシナンテのそれに気付いた様子もなく、大きなコートを片手で器用に折り畳みながら、何を言ってるんですか、とナマエが軽く肩を竦める。

「最近のロシーは寝相までセンゴクさんにそっくりです。二人の方が親子みたいですよ、お父さん」

 言葉の最後でふざけて呼びかけられたセンゴクは、それに怒るでもなくただ楽しそうに笑ってから、その場から歩き出した。
 手を洗いに行くのだろう、同じくコートをもったナマエも歩き出したので、ロシナンテもお菓子の袋をもったままでそれを追いかける。

「……おやこ」

 もう一度、ロシナンテの口からその言葉が漏れた。
 『おやこ』というのはその言葉の通り、親と子供のことで、つまりは家族のことだ。
 ロシナンテにとっての父親と母親は、もうこの世には存在しない。
 今ロシナンテと血のつながっている相手は、きっとどこかで生きているたった一人の兄だけだ。
 けれども、ナマエはロシナンテがセンゴクに似ているという。
 センゴクも、ロシナンテがナマエに似ているという。
 それに、ロシナンテはついこの間、息子のように思っていると言って貰ったことがある。
 それならもしかして、ロシナンテはナマエとセンゴクの『家族』になれるのだろうか。
 失ったものを手に入れたような気がして、ぎゅっとロシナンテは手の上のものを握りしめた。
 少し硬い袋の中身は、きっとセンゴクの好きなお菓子だろう。自分が好きなものを人にくれる正義の味方は、日持ちがして隠せるものをロシナンテが喜ぶことを知っている。
 ふわふわと足元すらおぼつかないまま足を進めると、先に辿り着いたリビングで、ナマエが夕食の用意をしているところだった。

「ん? どうした、ロシー」

 じっと見上げれば、ロシナンテのその視線に気付いたナマエが微笑んで声を掛けてくる。
 『親』というのは二人いる。ナマエはセンゴクを『お父さん』と呼んだから、きっとセンゴクが父上だ。
 それならばと、一つ息を飲んでから、ロシナンテはナマエへ向けて言葉を投げた。

「は……ははうえ!」

 放たれたロシナンテの言葉に驚いてか、ナマエがその目を丸くする。
 それでも、嫌がったり怒ったりすることも無く、ただ優しく微笑んで、手元のものをテーブルへ置いたナマエは少しばかり屈みこんだ。
 おいでと招かれて近付くと、ロシナンテの頭をナマエが軽く撫でる。

「その呼び方はちょっと時代掛かってるから、ちょっとなァ」

 そうしてそんな風に言葉を寄せられて、ロシナンテは少しばかり眉を下げた。
 けれども、まるで嫌がっている様子の無いナマエは、そんなロシナンテの頭を撫でながら言葉を続ける。

「お前の母親にも申し訳ないし、違うのにしてくれないか?」

「ちがうの……?」

「そう、ほら、お母さんとか、かあちゃんとか、ママとか、お父さんとか、とうちゃんとか、パパとか」

 お前が俺を『親』にしてくれるんならその中から選んでくれていいよと、そんな風に続いた言葉に、ロシナンテは少し瞬きをした。
 それから少しだけ考えて、じゃあ、と声を漏らす。

「ままうえ……?」

 これならいいか、と恐る恐る尋ねたロシナンテの後ろで、がたんととても大きな音がした。
 跳びあがって驚いたロシナンテが慌てて振り向くと、どうしてだか壁に頭を打ち付けたらしいセンゴクが、その手で自分の額を押さえている。
 その様子に驚いて、それから慌てて駆け寄ったロシナンテが見上げると、何でもないぞとセンゴクは笑顔を見せてくれた。
 しかしその顔は赤らんでいて、どうにも無理をしているように見え、ロシナンテとしては心配で仕方がない。

「お菓子を貰ったうえで悪戯するなんて、やるなァ、ロシー」

 『ぱぱうえ』がびっくりしてるぞと笑ってそんなことを言ったナマエは気にしていないようだったが、どうも先ほどの呼び方は封印した方がいいらしいと、賢いロシナンテは理解した。



end


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