- ナノ -
TOP小説メモレス

きみだけの味方
※元気な先輩は何気にトリップ主
※中途半端に敬語メッポ



「いいかヘルメッポくん、今日は、シーツの塊に近付いてはいけない」

「…………はあ」

 いつになく真剣な顔で変なことを言ってきた相手に、ヘルメッポの口からは相槌のようなそうでもないような声が漏れた。
 ヘルメッポの頭からは太すぎる一本の釘が貫通したかのように装飾されていて、ヘルメッポの前に佇む彼より少し背の低い『先輩』は、その頭に斧を食い込ませている。
 刃にぬらりと這う赤黒い血が生々しいが、触れられるほど近寄っても鉄さびの匂い一つ漂わないそれは、誰がどう見ても偽物だった。
 今日は『ハロウィン』と呼ばれる日だ。
 海軍本部のあるマリンフォードでもそれなりに行事として執り行われていて、ヘルメッポは下っ端らしくその仮装を押し付けられていた。
 ヘルメッポの友人も、今頃は何か仮装をして本部の窓か床を磨いていることだろう。
 今日の雑用は夕方までで、それが終われば夕食後から町中をその格好のまま警邏することになっている。
 一般人も仮装をしていると言う話なのだからおかしくは無いかもしれないが、わざわざ本部内でまで仮装をする必要はないのではないかと、ヘルメッポは思っていた。
 しかしそれでもその仮装を解かなかったのは、朝突然つけられたそれを外してまた装備するのが面倒だったからだ。
 それはともかくとして、普段なら明るく笑っている顔に真剣さだけを浮かべたナマエが、ちゃんと聞くんだ、とヘルメッポへ向けて言葉を放つ。

「そうは言っても、おれァ雑用なんで、シーツにだって触るに決まってんじゃあないですか」

 それを受けて軽く頭を掻きつつ、ヘルメッポは相手へそう口答えした。
 縦社会の海軍でそんな口を叩くのは、ナマエがそう言うことを気にしないとすでに知っているからだ。
 ヘルメッポが海軍本部へ連れてこられてから少し後、あちこちでしごかれ、強くなると誓いはしたものの体のついていかなかったヘルメッポがへたり込んだところへ近寄ってきたのが、最初だったように思える。
 『案外頑張り屋さんだなァ』と失礼なのか褒めているのかも分からないようなことを言ってヘルメッポへ構うようになったナマエはヘルメッポより少々上の階級で、どうやら海軍大将の誰かの直属部隊に配属されているらしい、というのがヘルメッポの認識だった。
 何人かに訊いたところそれぞれが違う大将の名前を口にしたので、結局ナマエの直属の上官がどの海軍大将なのかは分からないままだ。恐らく、異動の多い部隊なのだろう。

「違うんだ、雑用の話じゃない」

 ヘルメッポの向かいでそう言って首を横に振り、血糊を顔に着けたままのナマエが言葉を続けた。

「『シーツおばけ』が出るんだ」

「…………はあ」

 とてもまじめな顔で寄越された言葉に、ヘルメッポの口からは先ほどに負けず劣らずの間抜けな声が漏れる。
 いい年齢の男が、しかも海兵が『おばけ』だ何だのと言っている状況のおかしさを、果たしてナマエは気付いているのだろうか。
 じっと見つめてしまったヘルメッポに気付いた様子もなく、ナマエが拳を握った。

「絶対に避けて通るべきだ。太刀打ちできる相手じゃない。避けたのに遭遇してしまったなら、速やかに逃げたほうがいい。そしてお菓子も意味がない。向こうの狙いはお菓子じゃないんだ」

「いや、それハロウィンの意味がねェし……どんだけの相手なんですか、そりゃあ」

 たかだかシーツにどれだけの警戒を感じているのかと眉を寄せてから、はた、とヘルメッポは自分と相手の恰好を思い出した。
 今日は『ハロウィン』だ。
 いちいちおばけだ何だと言っているが、それはもしや、『誰か』の仮装なのだろうか。
 ナマエの実力を正確には知らないが、海軍大将の直属の部隊に配属される程度なら決して弱くは無いだろう。もちろん日夜鍛練を積んではいるが、まだヘルメッポの方が負けてしまうことは先日の模擬戦で分かっている。
 そこまで考えて、恐ろしい考えに行き着いてしまったヘルメッポは、恐る恐ると口を動かした。

「まさか、その『中身』って……」

「…………そう、そのまさかだ」

 ヘルメッポが察したと気付いて、ナマエがこくりと頷く。
 否定してほしかった事実を肯定されて、海軍最高戦力が何をしてるんだよと思わずヘルメッポの口が言葉を零した。

「大丈夫だ、安心しろ、訓練のつもりらしい」

「どこが訓練だって、」

「あの人達の悪戯は『一本勝負』だ」

 ヘルメッポの言葉を遮り、そう言い放ってきたナマエの言葉をヘルメッポが理解するのに、数秒が掛かった。
 見る見るうちに顔を土色にしたヘルメッポに、そうだろう怖いだろう、とナマエが頷く。
 それは果たしてハロウィンの催しとして使っていい『悪戯』なのだろうか、ヘルメッポには甚だ疑問だった。
 ガープ中将の部下との戦闘訓練ですら、ヘルメッポとコビーが二人で掛かっても敵いはしないのだ。
 殺される可能性は低いとしても、あえていたぶられるためにライオンへ挑みに行く鼠がいるだろうか。

「そ、それ、誰かが止めなけりゃそのうち死人が出るんじゃ……」

「毎年黄猿殿が楽しそうでな……赤犬殿も構わないと言うし、青雉殿はどうでもいいそうで」

 つまりどうにもならないんだ。
 そう言葉を続けてから、ナマエの手がぽんとヘルメッポの肩を叩いた。

「だから、いいな。今日は絶対、シーツの塊に近付いては駄目だ。もし出会って逃げ出して、面白がられて追われたら呼んでくれ。聞こえたらすぐに俺も行くから」

「ナマエさん……!」

 頭に斧を食い込ませたまま、きりりと顔を引き締めて拳を握ったナマエに、ヘルメッポは目の前の相手に後光が差したような気がした。
 多分助けられないだろうけど出来るだけ庇うから、とナマエは言うが、助けを呼ばれたらそんな死地にすら飛び込むと言うのだから、まさしくナマエは正義の味方だろう。
 思わず両手を合わせて拝みそうになってから、はた、と気付いてヘルメッポが眉を寄せる。

「……でもそれ、おれが呼ぶ前に他の人に呼ばれてたら、おれのことなんて助けにこれねェじゃねえですか」

 ナマエは、朗らかで話しやすいからか、それともあちこちの部隊を転々としているからなのか、妙に顔の広い海兵だった。
 上や同期だけではないその友人達に助けを求められれば、ナマエはきっとそちらへ駆けつけるだろう。
 さすがのナマエも、海軍大将を相手にして無傷で帰れるわけがないし、何度もそんなことをしていては体力がいくつあったって足りない。
 この場合は早く出会った方がいいのか、それとも頼りにすること自体が間違っているのかと眉を寄せたヘルメッポの前で、ナマエが不思議そうに首を傾げる。

「何言ってるんだ?」

「いやだって、ナマエさんが『助けを呼べ』って言って歩いてんでしょうに」

「ヘルメッポくんにしかそんなこと言わないのに、他の誰かが呼ぶわけないじゃないか」

 変な勘違いをするんだな、ととても不思議そうな声で言われて、え、とヘルメッポはわずかに声を漏らした。
 目を丸くして見つめた先で、もう一度不思議そうに首を傾げたナマエが、それからまあいいか、と軽く笑う。

「とりあえず、頑張ろうな。あの人達は毎年警邏部隊が街へ出るまで遊んでるから、夕食時頃までが勝負だ」

「はあ……」

「それじゃ、掃除頑張れよー」

 ぽんぽん、ともう一度ヘルメッポの肩を叩いて、そんな風に言ったナマエがするりとヘルメッポの隣を抜けて歩き出した。
 通り過ぎていくその背中を見送ってしまってから、あの、とヘルメッポが離れていく背中へ声を掛ける。
 きちんと届いたそれに足を止めてナマエが振り返ると、それを見やったヘルメッポは少しだけ声を張り上げた。

「それじゃ、役には立たねえと思いますけど、おれも駆けつけますから!」

 そっちがやばかったら呼んでくださいと、そんな風に放ったヘルメッポの言葉に、ぱち、とナマエが目を丸くする。
 それからとても嬉しそうに笑って、おう、とナマエは軽く頷いた。
 じゃあなともう一度手を振られて、それに振り返したヘルメッポが見ている先で、ナマエが廊下を曲がって姿を消す。
 しばらく佇んでそちらを見やっていたヘルメッポは、ナマエが声を掛けて来た時に壁際へ追いやったモップへ手を伸ばした。
 後はこの通路を磨ききれば終わりだと、果てしなくまっすぐのびる通路を見やってから、ひとまずはすぐそばから磨き始める。

「………………ひえっひえっひえっ」

 何故だかふつふつと湧いてきてかみ殺しきれなかった小さな笑い声がその口から漏れて、それに気付いたヘルメッポは慌てて唇を引き結んだ。



end


戻る | 小説ページTOPへ