甘いものより君
※『眩さのヒミツ』の部下とボルサリーノ大将
「あ、大将、こちら提出書類です」
振り向いて開口一番、そんな風に言いながら持っていたものを差し出して来た部下に、その書類の宛名を確かめて、おやァ、とボルサリーノは声を漏らした。
その手がもぞりと動いて、被っていたシーツを剥がす。
「わっしだってよく分かったねェ〜、ナマエ」
そしてそんな風に言いながら、彼の視線は手元へと向けられた。
大判の白いシーツにおどろおどろしい目がくりぬかれ、内側からうっすらと網目の入った黒い布が縫い付けられたそれは、即席で作られた『シーツお化け』だなんていう可愛らしい名前の仮装道具だ。
どうしてそれを海軍大将黄猿がその手に持っているのかと言えば、今日がハロウィンと呼ばれる日だからだった。
マリンフォードの市民と交流を深める為にと、海兵達の三分の一ほどが仮装をして過ごしている。夜からは、仮装したまま街を警邏する予定だ。
海軍最高戦力たるボルサリーノがそこに含まれてしまったのは誠に遺憾ではあるが、それならとボルサリーノ自身の遊び心を盛り込んだ結果がそれなのだ。
同じように『仮装』する対象として選ばれた海軍大将赤犬と海軍大将青雉も、同じものを使って仮装している。
元より海軍元帥から海軍大将達へ出ている命令により仮装はしなくてはならず、用意を面倒くさがったクザンや何を着ようがどうでもいいサカズキに勧めるのは、とても簡単だった。
背丈がそれほど変わらないからか、先程から何度か同僚宛の用事があるらしい海兵達に声を掛けられているのだ。
声を聞けばさすがに分かるのか、驚いたり慌てたり困ったり謝ったりと忙しない部下達を見るのはなかなかに面白く、『悪戯』をしたからお菓子はいらないよと菓子を断って歩いていたボルサリーノが、少しばかりつまらなそうに唇を尖らせる。
それを見上げて、そりゃあ分かりますよ、とナマエという名の海兵が言葉を紡いだ。
「シーツの白さなんかじゃ、中々大将の眩しさは隠せません」
そんな風に言いながら、限界だったのか懐から取り出したサングラスをかけた相手に、なるほどねェ、と納得したような納得していないような声がボルサリーノの口から漏れる。
ナマエは少し、おかしなところのある海兵なのだ。
能力の一つも使っていないボルサリーノを掴まえて『眩しい』という人間など、ボルサリーノは今まで出会ったことも無い。
網膜に異常があるのかとも思ったが、日常生活には支障が無いらしく、ボルサリーノに会っていない時はサングラスをかけることだってない。
それに、眩しい眩しいと言う癖に、ナマエはボルサリーノを眺めていることも多かった。
最初の頃は、こちらを見ながら目を眇めるナマエに、妙に睨んでくる部下がいるなと思ったものだ。
眩しいと言われるたび、今一つ納得がいかずにいるのだが、そろそろ彼がそう言うおかしな人間だと言うことにも慣れてきているところだった。
シーツを片手に掛けたまま、とりあえずは差し出されたままだった書類を受け取って、それでェ、とボルサリーノが口を動かす。
「他には無いのかァい?」
「はい?」
「わっしは仮装してたんだよォ〜?」
不思議そうな相手へ、ボルサリーノは言葉を続けた。
「トリック、オア、トリートってねェ〜」
『悪戯か、お菓子か』。
そんな呪文を唱えるのが、今日という日の恒例だ。
何とも酷い脅し文句であるような気もするが、理不尽でねだられるのが金品でないだけましだというものだろう。
言葉と共にあいていた手を差し出すと、虚を突かれた顔をしたナマエが、慌ててぱたぱたと自分の体をまさぐり始める。
いくつかのポケットを叩き、そしてビスケットの一つも出てこなかったそれらにがくりと肩を落としてから、恐る恐ると言った風にその顔がボルサリーノを見あげた。
「申し訳ありません大将……ありません……」
さっき配ったので最後でした、と続いた言葉に、おやァ、とボルサリーノが呟く。
「誰に配ったんだァい?」
「誰にって、今日の仮装部隊です。練習したいと言うので」
サングラスをかけたままそんな風に言い放つナマエへ、へェ、とボルサリーノは頷いた。
それと共にその顔に微笑みが浮かぶと、何やら不穏なものを感じたらしいナマエが足を引いた。
しかし逃すはずもなく、伸ばしたボルサリーノの手がナマエの肩を掴まえる。
「無いのかァい……それじゃあ、仕方ないねェ〜」
「そ、そうですね」
言葉を落としたボルサリーノの前で、こくこくとナマエが頷く。
それを微笑みながらボルサリーノが見つめていると、サングラスをかけたままで眉を下げたナマエが、すぐに買ってきますから、と命乞いのような言葉を吐き始めた。
「大将、お願いします、見逃してください……!」
「オォ〜、人聞きが悪いねェ〜……」
両手を合わせて拝むような姿勢にまでなった相手に目を丸くしてから、ぽんぽん、とボルサリーノの手が宥めるようにナマエの肩を叩く。
しかし逃すつもりなどあるはずもないのだから、それは恐らく当人にも伝わっただろう。
幾度か懇願し、それでも聞き入れられないと分かったナマエの顔に、やがて諦めが浮かんだ。
「………………な、何をすればいいんですか……」
とてつもなく困った顔で、ナマエがそんな風に言葉を零す。
それを見下ろしてとても楽しげに微笑んだまま、ボルサリーノは腕にかけていたシーツを軽く揺らした。
「今日の残り時間は、わっしに付き合いなよォ〜」
「…………へ?」
ボルサリーノの放った言葉に、ナマエが珍しく間抜けな声を漏らす。
そんな彼にまた笑って、ボルサリーノは自分でシーツを被り、そしてその内側に目の前の部下を巻き込んだ。
え、あの、と声を漏らす相手をひょいと持ち上げると、うわあともうひいともつかない情けない声がナマエの口から漏れる。
「あの、大将!?」
「さすがに声じゃあわっしだとばれちまうみたいなんでねェ〜」
「え、いやあの、そうじゃなくてですね、その」
自分より体躯の小さい相手を片腕で肩へと担いだままそんな風に言うボルサリーノに、ナマエが困ったような声を出す。
いいから大人しくしてなさいとそちらへ声を向けると、とりあえずは従うことにしたらしいナマエが、身を捩るのを止めた。
その手が少しばかりボルサリーノの服を掴んで、少ししてから困ったように声を零す。
「……大将、近すぎて眩しいです……」
「…………もう目ェ閉じてりゃあいいんじゃないかねェ〜」
大丈夫、落としやしないよと相手を安心させるように囁いたボルサリーノに、信じていいのか分かりませんと酷いことを部下が言う。
それにくすくすと笑って、ボルサリーノは結局その日が終わるまで、ナマエをシーツの下へ隠して過ごした。
海軍大将であるはずなのにどの大将とも判別のつかない『シーツお化け』がマリンフォードを闊歩し、海兵達の間で『もしや本物か』と噂が囁かれたが、わざわざ否定してやる必要も無いことだった。
end
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