- ナノ -
TOP小説メモレス

お菓子より甘い
※『ここまで約552時間』の一般人とサカズキ大将
※異世界トリップ主人公はただのマリンフォード住人
※戦争編以前奥手っぽい海軍大将赤犬
※くっついてる



「トリックオアトリートって言ってみてください」

 微笑んでそんなことを言ってきたのは、ナマエの方であった筈だ。
 一般人であるナマエとサカズキが『そういった』関係になって、しばらく経つ。
 月末の今日はサカズキがナマエの家を訪れる約束になっていて、サカズキがその家へと辿り着いた時に仮装した子供の相手をしていたナマエを見かけたのは偶然だった。
 そう言えば今日は、『悪戯されたくなければお菓子を寄越せ』だなんていう不届きな台詞を零した子供へ菓子を配る日だ。
 サカズキにはそのような命令は回ってきていないが、幾人かの部下達が地域住民との交流のために菓子類をもって警邏を行っていると報告を受けた覚えがある。
 子供らが民家を訪れるのもその行事の中に含まれた一つで、ありがとうと礼を言った子供が菓子の入った籠を片手に去っていくのを見送ったナマエもまた、同じように行事へ参加している人間なのだろう。
 離れた場所にいたサカズキを見つけたナマエは、子供に向けていたのよりも柔らかな微笑みをその顔に浮かべて、サカズキを迎えながら玄関先に置いてあったかぼちゃを模したランタンを家の中へと引きこんだ。
 これを目印に子供達が来るんですと言いながら片付けたナマエに、それならどうして片付けるのだと尋ねることがサカズキに出来なかったのは、彼がどういう意図をもって片付けたのかに気付いたからだ。
 せっかくの二人きりの時間を、例えばサカズキが悪から守るべき市民でも邪魔などされたくない。
 気付かれたと気付いたのか、戻ってきたナマエは少しばかりはにかんで、茶を淹れて、それからはいつも通りに過ごしていた筈だった。
 そして何故か冒頭の台詞を寄越されて、強請られたのだから仕方なく、サカズキはその言葉を口にした。
 決して、先程子供らに向けていたような穏やかな微笑みが見たかったとか、そう言うわけではないのだ。強請られたから口にした。相手の望みをかなえてやりたかった、ただそれだけだ。

「お菓子はありません」

 だと言うのにそんな言葉を放ったナマエに、サカズキの眉間にわずかに皺が寄る。
 その目がそれからちらりとナマエの後方を見やると、ナマエが少しだけ姿勢をずらしてサカズキの視線を遮るような動きをした。
 しかし、それでは隠せないほどに大きめの籠が部屋の隅に置かれていて、その中には先ほど子供らに配っていたのと同じ包みがある。
 あれはどう見ても『菓子』だろう。
 だとすれば、ナマエは明らかな嘘を吐いていると言うことだ。

「……どういうつもりじゃあ」

 怪訝な顔で尋ねたサカズキへ、どうもこうも、と答えたナマエが真剣な顔で言葉を繰り返す。

「だから、お菓子はないんです、サカズキさん」

 きっぱりと紡ぎながら、伸びてきたナマエの手が、サカズキの掌を掴まえた。
 ナマエの家を訪れる時には手袋を外すようになったサカズキの素肌に、その指が触れる。
 絡ませるようなそれを受けてサカズキの体に倦怠感が宿ったのは、ナマエの指につけられている指輪が原因だ。
 その中指を飾るそれは海楼石で作られていて、サカズキが贈ったものだった。
 貴重で加工の難しい石をその形にするのには随分な時間とつてと金額が掛かったが、渡した時のナマエの嬉しそうな顔でそんな苦労はどうでもよくなったことを思い出す。
 悪魔の実の力を宿した『マグマ人間』の能力を無効化させた上で、少しだけサカズキの方へと距離を詰めたナマエが、それからほんの少しだけ眉を寄せた。
 困ったような焦ったようなそれは、どちらかと言えば恥じらっているものだと言うことはサカズキにも分かって、わずかにサカズキの目が見開かれる。
 それを見上げて、あの、と声を漏らしたナマエは、そっとそのまま言葉を漏らした。

「……何します?」

 『悪戯されたくなければお菓子を寄越せ』。
 そんな意味合いの文句を言わされたと思い出して、サカズキはわずかに言葉に詰まった。
 見え見えの嘘をついて、菓子はないと言いきったナマエが、『何をするか』と聞いている。
 それがどういう意味かなど、相手へ尋ねるまでも無いことだったのだ。
 あからさまな言葉は出さずに、けれどもあからさまに寄越される誘惑に、サカズキの口から低く唸り声が漏れる。

「…………おどれ」

 何かを抑え込んだような低い唸り声にびくりとナマエの体が揺れたが、逃げ出そうとするその手を握り直して、サカズキはナマエの片手に改めて指を絡めた。
 それからナマエへ向かって身を寄せれば、伝わったと気付いたナマエが嬉しげに笑って、同じように距離を詰めてくる。
 彼に贈った指輪が無ければ、自分は目の前の相手を焼き殺してしまっていたのかもしれない。
 身の内に宿した悪魔を思ってそんなことを考えながら、サカズキはひとまず、恋人の誘惑に乗ることにした。



end


戻る | 小説ページTOPへ