手乗りカイロは自信過剰につき
※『さあ、楡の棺へご案内』の続編
※アニマル主人公は小型ふくろう
※ホーキンスに対する微妙な捏造
「くぅ……」
寒い。
ぶわりと羽を膨らませて、俺はふるりと体を震わせた。
どうやら冬島に停泊しているらしいこの船の中は、いつもよりさらにひんやりと冷え込んでいる。
やってられない寒さに体が更に丸くなったのを感じながら、俺はひとまずすぐ傍らのぬくもりにぴとりと寄り添った。
「……くすぐったい」
そこで、俺に対して小さな声が寄越される。
くう、と鳴き声を零してそちらをちらりと見やると、先ほどまで目を閉じていた筈のホーキンスが、軽くその目を開いていた。
少し顔を動かして、じろりとその目が俺を見下ろす。
俺の体は、棺桶の中に横たわるホーキンスが毛布から出している中で一番あたたかそうな場所に寄り添っている。
つまり、ホーキンスの首元だ。
どうやら俺の羽毛がくすぐったらしく、もぞりと身じろいだホーキンスがゆっくりと起き上がって、その拍子にころりと俺の体が枕の上を転がった。
「くっくぅ!」
慌ててわたわたと身じろぐ俺を放っておいて、髪をかきあげたホーキンスがため息を吐くと、その口から零れたそれが空気の中で少しばかり白く凍る。
それを目視して、ぱち、と一度瞬きをしたホーキンスが、確かめるようにもう一度息を吐いた。
「……そうか、冬島だったな」
やっぱり白くなったそれを見て、そんな風に言葉を零す。
それからその手が俺を無造作に掴まえて、自分の足の上へと落とした。
毛布の中はあたたかいだろうが、外気に晒されている方はそうでもない。
こんなところに転がすなと身じろいで、俺はころころと毛布の上を転がりながらホーキンスの体へ突撃した。
「くぅ!」
この寒いのに前の空いているホーキンスの体にくっつくと、さすがに先ほどまで毛布の中にあっただけあって、随分とあたたかい。
すりすりとその体に頭を擦り付けると、おい、とホーキンスが声を漏らした。
「言っているだろう、くすぐったい」
感情の見えない声でそんな風に言い、やめろ、とその後ろに続けてから、ホーキンスの手が俺をもう一度わし掴む。
そのままぐいと持ち上げられ、ホーキンスと同じ目線に寄せられて、俺はぱちぱちと瞬きをした。
少し身をよじってみるものの、ホーキンスの拘束は外れない。
もう少し派手に抵抗したら放してくれるかもしれないが、そうすると俺の大事な羽毛が散ってしまうことは想像に難くなかった。
こんな寒い場所で、大事な羽毛を散らすわけにもいかない。
「くーぅ」
鳴きながら、がじ、と俺の体を掴んでいるその指をくちばしで挟む。
しかしホーキンスは俺の攻撃にひるんだ様子もなく、じっとこちらを見つめているだけだった。
感情の見えない目に観察されているのを感じて、ホーキンスの指をかじった恰好のまま、俺もその目を見つめ返す。
じっと視線を交わしあっているうちに時間が経って、体から熱が逃げたのか、ふるりと俺の体が自動的に震えた。
「……寒いのか?」
そこでようやく気が付いた、とでもいうように、ホーキンスが言葉を零す。
その言葉すら吐き出した息とともに室内で白く凍ると言うのに、寒くないわけがあるだろうか。
むしろ、毛布に下半身を突っ込んでいるとはいえ、どうしてホーキンスがそんな薄着でいられるのか理解に苦しむ。
俺なんて羽毛しかないんだぞ。いらないなら服の一枚くらい貸してくれてもいいと思う。
そんなもろもろの気持ちを込めて『くう!』と強く鳴くと、なるほど、と一つ頷いたホーキンスが、それからひょいと毛布をめくり上げた。
それと同時に立ち上がり、揺れた視界に驚いた俺が反応するより早く、俺の体がホーキンスが先ほどまでいた筈のベッドの中へと落とされる。
「しゃ!? く、くううう!」
更にはその上から毛布も掛けられて、慌てた俺の鳴き声が毛布の中でくぐもった。
先ほどまでホーキンスがいただけあって毛布の中やベッドはあたたかいが、視界がきかないと言うのは恐怖だ。
もしも今真上からホーキンスが腰かけてきたら、俺はなすすべもなく煎餅になるだろう。
ホーキンスがそんなことしないと分かってはいても、本能的にジタバタと暴れて出口を探す。
しかし、毛布の中はそこらじゅうからホーキンスの匂いがしていて、どちらが出口かも分からない。
「く、くう、くーぅ!」
それでもどうにか明るい場所を探してうごめいていた俺の視界が急に明るくなったのは、ば、と誰かが俺の上から毛布を奪い取ったからだった。
「何を暴れているんだ、お前は」
もちろんそれはこの部屋の主でありこのベッドの持ち主でもある男で、慌ててそちらを見上げると、どこか怪訝そうな顔をしたホーキンスがベッドの傍らで毛布を片手に立っていた。
いつの間に着替えたのか、先程よりずいぶんとあたたかそうな格好をしている。さすがのホーキンスも、冬島では少しあたたかい恰好をするらしい。
首元にマフラーまで巻いている相手にぱちりと瞬きをしてから、俺はその場から羽ばたいた。
ぱたたたた、と羽音を零しながら飛び上がった俺を見やるホーキンスを放っておいて、その肩口に足を乗せる。
それから、多めに巻かれているマフラーへと頭を突っ込み、無事にその中に体を納めることに成功した。
「く!」
よし、と声を漏らした俺に軽く手を添えたホーキンスが、俺のくちばしより下にあったマフラーを引き上げて、俺のくちばしまでをその中へとしまう。
「落ちそうになった場合は自分でどうにかしろ」
そしてそんなことを言いながら、毛布を手放したホーキンスは、ひょいとどこからともなくカードの束を取り出した。
体の殆どがマフラーに包まれることになった俺の位置からはよく見えないが、手元に目を向けて時々手を動かしている様子からして、またテーブルも使わずにカード占いをしているんだろう。
あれはホーキンスの能力を知らないとただのマジックにしか見えないので、せっかくすぐそこにあるんだからテーブルを使えばいいと思う。
「……仕方ないな」
幾度か身じろぎをしたところで、どうやら本日の占いの結果が出たらしいホーキンスが、ぽつりと一つ呟いた。
それからさっさとカード束を片付けて歩き出したホーキンスの肩の上で、ぐらりと揺れたのに気付いた俺は、がぶ、とくちばしでホーキンスの巻いているマフラーに噛みついた。
自分の体を支える為に頭で何とかバランスを取りつつ、ホーキンスの肩口にもしっかりと足で掴まる。
俺のそんな懸命な活動など知る由もなく、ホーキンスはいつも通りに好きに足を動かして、そのまま俺を連れて部屋を出て行った。
※
何の目的があるのか分からないが、ホーキンスはどうやら船を降りたようだ。
先ほど見た甲板に劣らぬ真っ白な大地が、ホーキンスの肩の上からでもしっかりと確認できる。
俺と言う小さなふくろうの口から漏れた息ですら白く凍るほどの極寒の空気に、俺は更に羽毛を膨らませてマフラーの中に体を沈ませた。
真上の空は夜明けを迎えつつあるからか青白く、すっきりと澄み渡っている。
そのせいで余計に寒い気がするのは、多分気のせいじゃないだろう。
ちらりと首を巡らせた先にはさっきまでホーキンスと一緒にいたはずの船があって、その甲板からは時々どさどさと雪が落とされていた。甲板にいるクルーが雪かきをしているのだ。
「しゅう……」
掠れた鳴き声を零しつつ、マフラーの中でくちばしを動かす。
本当に寒い。
ホーキンスは海賊で、だからこそ船は人里から離れた場所に停泊している。
ホーキンスがどこへ向かって歩いているのか分からないが、気になって見回してみても、辺りはただ真っ白なだけだった。
その後ろにはその足跡が刻まれているが、その前には動物の歩いた痕跡すらないので、多分夜のうちに雪でも降ったんだろう。
ぎし、ぎしと雪を踏みつけて歩いていたホーキンスが、ふ、と小さく息を吐く。
ほんのわずかなそれですら真っ白に彩られてしまうのは、周りが雪まみれで、そしてめちゃくちゃに寒いからだ。
あと他に何か理由があると『昔』理科の教師だったかに教えて貰った気がするが、よく思い出せない。
羽毛を膨らませたままでそんなことを考えていた俺が見やった先で、ホーキンスがもう一度、ふう、と息を吐いた。
先ほどより長く零されたそれはため息と言うには妙に間延びしていて、そして白く凍えたそれが吹いた風に攫われて帯を作って流れていく。
後ろに流れていくそれをちらりと見やってから、もう一度息を吸い込んだホーキンスが、更に長く息を吐いた。
ホーキンスの体温を乗せた吐息が冬島の空気に凍って、そしてやっぱり溶けて消えていく。
息が続かなくなるまでそれをやって、それからすう、と息を吸い込んだホーキンスに、はて、とマフラーの中で頭を傾げる。
何故だか俺を肩に乗せている無表情の海賊が遊んでいるような気がするのだが、はたしてこれは気のせいだろうか。
「……くっくぅ?」
確かにそれをやりたくなる気持ちは分かるが、といぶかしむ俺の目の前でホーキンスがもう一度息を吐き出して、やっぱり、と俺は確信した。
こんなに大きななりをして、まるで子供みたいなやつだ。
仕方の無いホーキンスに軽くため息を零すと、マフラーの隙間から漏れた俺の吐息も白く染まって溶けていく。
マフラーの内側でもぞもぞと身じろいで、俺はホーキンス側へもう一枚分の距離を詰めることに成功した。
「……何をしているんだ、ナマエ」
俺のその動きに気付いて、遊ぶのを止めたホーキンスがこちらへ向けて言葉を紡ぐ。
その足は今までと変わらず雪を踏みつけて蹴飛ばしながらで、ぎし、ぎしと零れる足音を聞きつつ、くーう、と俺はホーキンスの耳元近くで鳴き声を漏らした。
あと一周分のマフラーが邪魔だが、これ以上近付いてぴったりとホーキンスにくっつくと、またくすぐったいだの何だのと言われてしまうので無理はしないでおく。
こんな寒いところでマフラーから放り出されたりなんかしたら、俺と言う哀れなふくろうが凍え死んでしまうことは間違いない。
だからその代わり、最大限に羽毛を膨らませて、熱を内側にこもらせることにする。
マフラーに包まれている分あたたかいが、俺がこうやって熱をためていれば、ホーキンスだってちょっとはあたたかいはずだ。
そんなに極端な深呼吸をしていたら冷たい空気ばっかり吸い込んで寒くなりそうだし、仕方ないから俺が少しでもあたためてやることにしよう。
「くぅ」
できるふくろうたる俺の鳴き声をどうとらえたのか、しばらくこちらを窺っていたホーキンスが、それからふいとその目を逸らす。
そんなに寒いのか、なんて呟くホーキンスの声に当たり前だと返事をする代わりに鳴きながら、俺はそのまま、ホーキンスが町へ足を踏み入れて船へ戻るまで、ホーキンスの首元をあたためると言う大役を務めあげたのだった。
ホーキンスが俺の籠に冬島で人気だと言う特別あたたかい毛布をひと塊入れてくれたのは、恐らくその報酬だと思う。
end
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