不死鳥が格好良すぎてつらい
※何気に異世界トリップ主人公
「マルコが格好いいんだけどどうしたらいいんだろう」
「まず唐突にそんなこと言われたおれこそどうしようなんだけど」
そっと呟いた俺に、横に座っていたハルタがうんざりした声を出した。
何だおい、悩みがあるならいつでも相談に乗るよって言ってきたのはハルタじゃないのか。
何だか理不尽なものを感じてじとりと視線を向けると、その視線を感じたらしいハルタが肩を竦めた。
その手が掴んだものをこちらへ放られたので、水を含んで少し重たいそれを受け取り、ハルタがやったようにもう一度絞ってから広げて、汚れを確認する。
いくら当番とは言え、この洗濯物は本当に洗い終わるのだろうか。甚だ疑問だ。
まあしかし、やらねば何事も終わらないのも事実である。
気合いを入れて、広げたそれを改めて目の前のタライへと浸して仕上げすすぎを始めた。
もはや何着目の服だろうか。今さらながら文明が恋しい。
もしも洗濯機を作ったら、俺は大儲けできるに違いない。
「ナマエはいっつもそれだよね」
つらつらと、何故俺は理工系に進まなかったのかと過去の自分の進路について考えていたら、横からそんな風に声が掛かった。
顔を向ければ、じゃぶ、と水に手を沈めて泡だらけのそこから持ち上げたシャツを確認しながら、ハルタの目がちらりとこちらを見やった。
「いっくら死にそうだったところを助けてもらったからって、そこまで尊敬するもんなの?」
おれにはよく分からないんだけど、と続く言葉に、俺に限ってはそうなんだよ、と反論する。
あの日、何故か唐突に『こちらの世界』へ来てしまった俺は、水中に突如出現すると言うアレな事態に陥り、溺れかけたところを海王類に丸呑みにされた。
そのままだったら死んだに違いないが、俺の体では足りなかったらしい海王類がモビーディック号を狙ったおかげで、蹴り倒したマルコにより救助された。
マルコは偶然だったと笑っていたが、俺にとってはもはやマルコは神様で天使様だ。
たとえその髪形が特徴的で、明らかに体を炎に変えていて、どう見たってここが俺のいた『元の世界』とはかけ離れているという事実を突きつけていたとしてもそれは変わらない。
ひとまず確実に行くあてが無かった俺は、どうにか頼み込んでこのモビーディック号に乗り込ませてもらえることになった。
得体も知れない俺を『息子』にしてグラララと笑っていた船長のことも、今ではしっかり『オヤジ』と呼べる。実の父親だってそんな風に呼んだことが無いので何となく気恥ずかしいが、それはそれだ。
「マルコ、恰好いいじゃないか」
告げた俺の言葉に、うーん、とハルタはとても失礼な声を零した。
何だこいつ、俺に喧嘩を売っているのだろうか。
身体能力的に絶対買いたくないが、男には負けると分かっていてもやらなくてはならない時があると言う。今がそれか。
「いや、別に格好悪いとは思ってないから、そんな顔しないでよ。おれ敵じゃないから」
俺の思考を読んだようにそんな風に言って、ひらひらと手を振ったハルタが今擦っていた服をぎゅうぎゅうに絞り、そうしてこちらへと放ってきた。
受け取ったそれを水桶に放り込んでから、俺もすすぎ終わった一枚をきちんと絞って籠へと投げる。
エースがいたら簡単に乾かせそうな衣服達だが、まだこの船にはエースはいなかった。いつ頃になるんだか、正確な年表なんて知らない俺には全く見当もつかない。
「それで、ナマエはどうしたいの」
「え?」
「マルコがかっこいーって言ってるのは分かったんだけど。それだけ?」
先ほど寄越された服をすすぎながら見やった先で、ハルタが洗濯桶に両手を入れながら言葉を零す。
寄越された言葉に少しだけ考え込んで、俺は首を傾げた。
「…………マルコ親衛隊でも作るか?」
「やめて。それ絶対ナマエ以外入らないから。やめて」
呟いてみたところで、横から慌てたように言葉が寄越される。
そうは言うが、俺と同じ下っ端の中には俺と同じように『マルコさん恰好いい』と言っている奴らもいるので、そこそこの人数が集まるんじゃないだろうか。
活動内容はその日のマルコの動向報告でどうだろう。何だかちょっと楽しそうな気もする。活動場所は一番隊管理の第七倉庫でどうだろうか。サークル結成はどこに申請したらいいんだ。隊長か。船長か。
権限も無いのにそんなことを考えつつ、すすぎ終わった服を絞った。
それを籠に放ったのと同じタイミングで、横から次の服が放られてくる。
ハルタの隣の衣服の山はまだまだ大量で、終わる気配が全くない。
やれやれとため息を吐いた俺の横で、ハルタが口を動かした。
「そうじゃなくて。ナマエ、好きでしょ、マルコのこと」
「ん? ああ、もちろん」
「そういうんじゃなくて。本気で」
好きでしょ、ともう一度言葉を寄越されて、じゃばり、と水を掻いていた手が止まる。
見下ろした先には日差しをはじく水面があって、ゆらゆら揺れるそこに、見下ろす自分の顔が少しだけ映った。
いつもと何も変わらないそれを見下ろしてから、掻き消すようにもう一度手を動かして、丁寧に服をすすぐ。
ハルタの言う通り、俺は自分の命の恩人であるマルコのことが好きだった。
尊敬だとか友愛だとかそういうものを通り越した、もう少し汚らしい感情だ。
ありていに言えば恋愛と言うべきものなんだろうが、男が男に抱くにしては少々おかしな感情であることは、まあ理解している。
理解しているが、好きなものは好きなので仕方ない。
「……バレてたか」
「見てりゃ分かるって、こんなに懐いたら」
誰にも言ったことのないそれを言い当てたハルタの横で呟くと、ハルタはうんざりした様子でそんな風に呟いた。
その言葉に少しだけ背中が冷えたような気がして、手を止めて傍らを窺う。
「……そんなに見てて分かりやすいか?」
「まーね。まあ、マルコはぜんっぜん気付いてないみたいだけど」
男からそんな風に見られるなんて思ってもいないんじゃないの、と寄越された言葉に、ほっと息を吐いた。
俺のそれに気付いて、同じように手を止めたハルタが、こちらをちらりと見やる。
「…………え、あんなに好き好きやってて、隠してるつもりだったんだ?」
「……まァ、一応は」
ハルタの言葉に頷くと、甘すぎるよナマエ、とハルタからは何とも厳しいお言葉が落ちた。
そうは言うが、実際マルコには気付かれていないのだったら、隠しきれているということにはならないだろうか。
改めてすすぎを再開した俺の横で、同じく手の動きを再開したハルタが、ため息交じりに言葉を零す。
「いっそのこと、言ってみりゃいいじゃん」
「そんなことして気持ち悪がられたら俺はもう生きていけない」
「相変わらず大げさだよ……ほら、ヤケ酒ならおれも付き合ってあげるって」
「急性アルコール中毒になるまで飲んで死ぬ」
「え、待ってナマエって酒でも死ねるの?」
それは貧弱すぎないかと少し驚いたような顔をされたが、ただの日本人でしかない俺と驚異的な肝臓を持つ海賊達を一緒にしないで頂きたい。
日本人は基本的に酒に弱い生き物なのである。もちろん個人差はあるし、たまにめちゃくちゃ強い人もいるそうだが、俺は平均的な方だ。
すすぎ終わった服を絞りながら頷いて、手に持っていたものを籠へと放る。
それからもう一度タライを見下ろして、ひょいと立ち上がった。そろそろ水を変えないとすすげない。
「水変えてくる」
「うん、行ってらっしゃい。おれはその間にここに仕事を積んどくから」
言葉を寄越しつつ、ハルタが俺と自分の間に置いた小さい籠の中に洗い終えた服を入れた。なんて酷い仕打ちだろうか。
よっと、とタライを持ち上げて、いつものように大樽へとそれを運ぶ。服をすすいだりする生活用水は、海水をろ過したり使用済みの水をろ過したりして作っているらしい。何ともエコロジーだ。
ばしゃりと中身を零して、空になったタライを抱えたまま、水を汲みに船内へと侵入する。
そのまま辿り着いた場所でろ過水を汲んで、まあ運べるか、と気合を入れて持ち上げたところで、かちゃりと後ろの扉が開いた音がした。
「ん? ナマエ」
「あ、マルコ」
気にせず振り向いた先にいた相手に、口元が少しだけ弛んだのが分かる。
扉を開いた格好のまま、よろりと近寄ってきた俺を見下ろしたマルコは、どうやら俺と同じように水を汲みに来たところだったらしい。
こちらを見る顔が微笑みを浮かべていて、機嫌がよさそうなのが分かる。今日のマルコの仕事はどこだったんだろうか。
「今日は洗濯当番だったのかよい」
「そうなんだ。これでもう、ここにくるのも四回目だよ」
「そいつは大変だねい」
俺の言葉に笑って、マルコが扉を開いたままで体を避けた。
外へ出るよう促していると分かったので、素早く通路の方へと通り抜ける。
当たり前のように優しくしてくれるマルコを振り返ると、通路より少し薄暗い部屋にいる癖をして、かの不死鳥は少し輝いて見えた。気のせいかもしれないが、そう見えたのだから仕方ない。
「今日のマルコは、どこの当番なんだ?」
扉の前でそう尋ねると、オヤジの部屋の掃除だとマルコは答えた。
なるほど、通りで楽しそうな顔をしているはずである。
家族が大好きなマルコは、その中でも当然ながら一番に『オヤジ』と呼んでいる船長を据えている。他の家族達も大概が同様で、その部屋の掃除となれば、その間は一緒に過ごしてあれこれ話が出来る口実になるのだ。
早めに掃除が終わると酒盛りに誘われることもあるし、そのまま酔いつぶされたのが先週の俺だったりする。
マルコにそれだけ好かれるオヤジがうらやましい反面、そのおかげでこんなに楽しそうな顔をしているマルコを見られたのだと思うと、後で感謝の祈りを捧げに行ってもいいくらいだ。
「そっか。良かったな」
言葉を落としてから、それじゃあな、と言葉を置いて、そのままふらりと歩き出した。
本当はもう少し話していたいところだが、そろそろ腕がつらい。水入りのタライというのはどうしてこんなにも重たいのだろうか。
ハルタは軽々と運んでいた気もするがそれは気にしないことにして、ゆったり歩き出した俺の背中に、ナマエ、ともう一度声が掛かった。
それを受けて足を止め振り向けば、通路の方へマルコが顔を出していた。
「後で手伝いに行ってやるから、あんまり無理するなよい」
そんな風に言葉が寄越されて、ぱちりと瞬きをする。
不思議そうな顔になっただろう俺に笑いかけて、じゃあなと手を振ったマルコは、俺の返事も待たずに部屋の中へと引っ込んだ。
それを見送ってから、改めて顔を前へと戻す。
しっかりと水入りのタライを持ったまま、ふらふら歩いて甲板へ戻り、元通りの場所へタライを置いた。
「お帰りー…………どうしたの、ナマエ」
そっと元の場所へ座り込んだ俺へ向けて尋ねながら、ハルタは宣言通り洗い終えた服を積んでいるところだった。
何でもない、とそれへ返事をしながら、そっとハルタが置いたばかりの服を掴まえる。
水の中へとそれを放り込んで、新しい水で丁寧にそれをすすいで、終わった服を絞って籠へと放り投げる。
単調に行動を繰り返しながら、頭の中で先ほどのマルコとその言葉がぐるりと回った。
どう見たって海賊には向かない俺がこの船の『家族』となってから、マルコが俺のことを気遣ってくれていることを俺は知っている。
体を鍛えると言ったら稽古をつけてもくれたし、無茶苦茶な筋力トレーニングを自分に課してぶっ倒れた時は心配して怒ってくれた。
そうして、どうやら大好きなオヤジとの時間を切り上げてまで、俺の仕事の手伝いをしてやろうと思ってくれるくらいには、気にかけてくれているらしい。
ばくばくと心臓が跳ねて、どうしようもない。
もしかしたら顔も赤いかもしれないが、隠すより手を動かす方が先決だろう。マルコが来るまでに仕事を終わらせて、大丈夫だからオヤジのところへ戻っていいよ、と言うことこそが今の俺の使命だ。
「…………マルコが恰好よすぎてどうしよう……」
手を動かしながらの思わずの呟きに、またそれ? と隣のハルタが呆れたような声を出した。
酷い奴だと思う。
end
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