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さあ、楡の棺へご案内
※アニマル主人公は小型ふくろう(多分コノハズク)
※ホーキンスに対する捏造がありあり



 どうしたものだろうか。

「くっくぅ……」

 開いた口から少し高い音を出して、俺はただ一匹、現状の打開策を模索していた。
 何と言ったって、どれだけ首を回しても全方位がおおわれているのだから仕方ない。
 俺の頭の上から降ってきた毛布が、たった少しの高さだと言うのに気持ちよく広がってこの体を丸ごと包み込み、そして俺と外界を遮断したのである。
 ぶわりと羽を膨らませてみても、ふるりと体を震わせてみてもそれは変わらず、端へ向けて歩いていても外からの音が少し遮られているせいで方向感覚がなくなっているのか、ぐるぐると同じところを回っているような気がする。
 どうして俺がこんな哀れな目に遭っているのかと言えば、まずはこの体が『ふくろう』のものであるからだった。
 確かに人間だった筈なのに、気付けばふくろうの体になっていたのである。世界の誰より俺がびっくりだ。
 『人間』であった頃の最後のあたりの記憶はおぼろげだが、思い出せば思い出すほど自分が死んだような気がするので、最近はあまり考えないようにしている。
 とにかく、気付けば堅い何かに覆われていた俺は、それを見事蹴破り『この世界』に『ふくろう』として生誕した。
 何という種類なのかは知らないが、もうそろそろ成鳥であるはずなのに人の掌に乗れる大きさであることからして、恐らくは小さい種類の『ふくろう』なんだろうと思う。
 本来なら『親』と同じようにあの森で生きて、意識が人間なせいか雌ふくろうを見ても「わあ雌だ」としか思えなかったからきっと独身のまま、そこそこの生活をしてひっそり死んでいく運命だったんだろう、と思う。
 その俺が今こうして毛布に包まれているのは、あの日うっかり巣の洞から落ちた先で、歩いていた男の頭に激突したからに他ならない。
 独立するためにもと飛ぶ練習を始めたところだったのだが、まだ俺には早かったらしい。
 落ちた先に居た男は金色の長髪で、眉毛なのかタトゥなのか首を傾げたくなるような模様が入っていて、虫も多い森の中だというのに上着の前が全開だった。
 俺をその頭で受け止めて、痛みに身動きもとれなかった俺がころりと落ちたのをその手で支えたその男に、知っている顔のような気がした俺は、そいつが漫画で見たのと同じ顔だと少し置いてから気が付いた。
 バジル・ホーキンスなんていう名前だったそいつは、怖くなるような無表情で俺のことを見つめてから、どこからともなく取り出したカードをぺたりと何かに張り付けて空中に置いた。
 そして、俺にはよく分からない動きをした後で一枚をめくってから、俺を自分の腰に巻いている腹巻だかサッシュベルトだかと自分の腹筋の間に押し込んで、俺を拾得することにしたようだった。
 はっきり言って、男の腹筋に全身を押し付けられたのなんて前の『人生』を入れても生まれて初めてだった。わあ堅い、と何とも言えない感想を抱いたものの、逃れる術を哀れな『ふくろう』たる俺は持っていなかったのである。
 そして、その日を境に、俺は恐らくルーキーと呼ばれているだろう一人の海賊の飼いふくろうとなった。
 名前も無かった俺に『ナマエ』と名付けて、『仲間』に任せることも多いものの餌をくれたり世話をしてくれるホーキンスが、何を思って俺を持ち帰ったのかは分からないままだ。
 しかし、まあ攫われたに近い形であるとは言え、充実していると言えないこともないこの船での暮らしで無事成鳥となった俺が、役に立てるように動こうと思うのも仕方の無いことだと思う。
 俺の体は夜行性であるので、元気になるのは夕方から真夜中、明け方近い時間にかけてのことだ。もちろん昼間に起きていることだってあるが、動きは鈍いという自覚もある。
 そして見た目にはあまり似合わないことに、ホーキンスは夜眠るタイプの人間であるらしい。
 まあ、昼間から船を降りることも多いようだから、それは仕方の無いことだと思う。夜更かしはするし、その際にはろうそくで明かりを取りながらなにがしかの占いをしていたりすることが多いが、それだって明け方までということは無い。
 そしてこの時間も、ホーキンスはお休み中だった。
 自由にしていいと入り口を開けられた籠から飛び立ち、ホーキンスがわずかに開けさせた扉の端の穴から通路へ出た俺が、外気の寒さに目を瞬かせたのは数十分前のことだ。
 ついこの間まで夏島に居たはずだが、どうやら次の島は秋か冬の島であるらしい。外気はひんやりと冷えてきていて、扉の向こうのホーキンスがかぶっているタオルケットでは心もとない温度だった。
 この時間に元気なのは俺と見張りくらいなものだし、さすがに見張りに仕事を中断させるわけにもいかない。
 ならば、俺こそが倉庫の毛布を持ち出すべきだと、俺はそう考えたのだ。
 結果として侵入先の倉庫でこうして毛布に監禁されているわけだが、俺は悪くないと思う。
 毛布が意外と重たかったのが悪かったのだ。もう少し軽ければ、頑張って引きずって飛ぶことだってできたに違いない。

「……くぅ」

 ひとまず鳴き声を零してから、俺は改めてぐっと体に力を入れた。
 こうなれば、とにかくこの毛布の下から抜け出さなくてはならない。
 ホーキンスが風邪をひいては困るのだ。あの顔で体調を悪くされてしまったら、生気が無さ過ぎていよいよ死ぬんじゃないかと不安になってしまうではないか。
 さあいざゆかん、と大きく翼を動かして、よたりと足を一歩前へと踏み出す。
 爪で床を擦りながらかつりかつりと足を踏み出し、ついでに一緒に動いているらしい布団がずるりずるりと少しずつ動くのを感じつつ歩いていた俺は、何かがぎしりと音を立てて軋んだのに気付いて動きを止めた。
 おや、と窺った先に、通路を歩む誰かの足音が聞こえる。
 見回りだろうか。
 声を掛ければ助けてもらえるか、と息を吸い込んで鳴き声を零そうとした俺を遮るように、がちゃりと音を立てたのは倉庫の扉だった。
 ぎぃ、と低く軋む音を立てて扉が開くその音に、毛布の下でぱちぱちと瞬きをする。

「……ナマエ?」

 そこか、と声を寄越しながら近寄ってきたその誰かが、ひょいと俺の上から毛布を取り上げた。
 現れたその人物は、声を聞いた時点で分かった通り、どう見ても先ほどまで寝ていた筈のホーキンスだ。

「くっくぅ!」

 鳴き声を上げてから、そのままばさりと羽ばたく。
 飛び上がった俺の前に毛布に包まれたホーキンスの腕が伸ばされたので、誘われるがままにそこへ降り立つと、それを待ってから腕を折りたたんだホーキンスの目が俺を見下ろした。

「毛布の下で遊んでいると、誰かに踏まれかねないだろう」

「しゃあ!!」

 危ないことをするな、と言いたげな言葉に、誰が遊んでいたりしたものかと上げた俺の鳴き声は、音しか漏れない警戒音に似たものだった。
 ぶわりと羽を膨らませて見せた俺を前に、ふむ、と呟いたホーキンスの自由な方の手が伸びて、威嚇するために開いた口の間にそっと指が挟まれる。
 かじ、と軽く噛んでみるが、相変わらず手袋の下にいるホーキンスの指はびくともしない。俺のくちばしもそれほど弱くは無い筈なのだが、こいつの指はもしや鉄か何かで出来ているんではないだろうか。
 更に何度か抗議するためにがじがじと噛みついて、何の味もしないそれを軽く舌で押しやるようにして口から追い出した俺は、仕方なく広げた羽を折りたたみつつ、じとりと改めてホーキンスを見上げた。
 表情一つ変えないまま、俺の様子を見下ろしたホーキンスが、俺が踏みつけている腕が引っかけているだけだった毛布を折りたたむ。
 足元がずるりとずれたのに気付いて羽ばたき、俺はホーキンスの肩を安住の地にすると決めた。左肩の、腕に何やら装備品を付けている辺りがいい感じに引っかかってお気に入りだ。
 落ち着く位置に体を置いて翼をたたんだ俺をちらりと見やり、ふ、と軽く息を吐いたホーキンスが、片手に毛布を持ち直してから足を動かす。
 くるりとその場から踵を返し、倉庫を出たその足が通路を歩いた。

「自由にするのは構わないが、危険行動をとるなら籠に鍵を掛けよう」

 どうやら自室へ戻ろうとしているらしいホーキンスが口から紡ぎ出した言葉に、それは困る、とホーキンスの顔の方へと身を寄せる。

「くっく〜う」

 髪に覆われている顔へすり寄るように体を寄せて耳元で鳴いた俺に、媚びを売られてもな、とホーキンスが呟いた。何ともつれない奴だ。
 だがしかし、言わせたままにしておくと、ホーキンスが有言実行することを俺は知っている。
 部屋で暇そうにしていた俺に、そのうち出入り口でも作るか、とホーキンスが呟いた翌日には、ホーキンスの部屋の扉に穴が開いていたのだから間違いない。
 それどころか船内の殆どの扉には俺が通れる程度の穴が開いていて、おかげさまで夜の俺は何とも自由で快適だ。

「くぅ!」

 もうしないから止めてくれ、と主張しつつ、くちばしで軽くその頭をつついた。
 髪の隙間からちらりと覗いたその耳もついでにそっと噛んでみると、ぴく、とホーキンスの体が揺れる。
 ホーキンスが俺からの攻撃に反応したのが珍しくて、顔を離してから軽く首を傾げた。
 少しだけ考えて、もう一度ホーキンスの耳元にくちばしを近付ける。
 あむ、と痛くしないように気を付けつつその耳をもう一度くちばしで挟み、ついでに口の中に入った分に舌を当てると、やっぱりホーキンスの肩が少しだけ揺れた。
 それと共に歩みが止まった、と思ったら、横から伸びてきた手がすばやく俺の足を掴まえて、快適な安住地から俺を引き剥がす。

「く!?」

 思わずばさりと羽ばたいた俺に構わず、ホーキンスが持っていた毛布を軽く広げて、俺の体を丸ごと包む。
 もぞりと身じろぐ俺の体をその中で固定して、顔だけを出させてから、ホーキンスがじろりとこちらを見下ろした。
 いつもと変わらない無表情に近いが、それ以外の色もあるような気がする。
 じっと観察するように見上げれば、ホーキンスの口から軽くため息が落ちる。

「……全く。悪戯をするなら、今日は籠の中だな」

「くっくぅ……」

「哀れな声を出しても認めん」

 そんな酷い、と訴えた俺へぴしゃりと言い放ち、ホーキンスの足が船長室の方へ向けてもう一度歩き出す。
 結局そのまま部屋へ連れて行かれた俺は、有言実行であるホーキンスの手により籠へと戻され、その手によって鍵まで掛けられた。
 ホーキンスが寝ている時にこっそり開けたことがあるからか、その錠は何とも頑丈なもので、鍵に通った紐を首に掛けたホーキンスが『ベッド』の方へ行ってしまったのでどうにもならない。

「くぅ……」

「おれは寝る。静かにしていれば、明け方には出してやる」

 夜行性の俺を相手に何とも酷いことを言い放ち、ホーキンスはその体を『ベッド』へとおさめた。
 どう見ても棺桶なのだが、ホーキンスが『ベッド』と呼ぶからそれは『ベッド』だ。
 話によれば、前に寝ている時に嵐に遭遇し、思い切り普通のベッドから落ちてしまったが為の対策だと言うことだが、どこまで本当かは分からない。
 あおむけのまま中に入り、持ってきた毛布を体に掛けてから両手を腹部の上に組んだホーキンスは、まるで死体のように静かに目を閉じた。
 どうやら本気で眠るらしい相手に、しゅう、と鳴き声なく息を漏らしてから、仕方なく俺は大人しく居住まいを正す。
 ホーキンスは有言実行の男であるから、静かにしていればその言葉の通り、ちゃんと外へ出してくれるだろう。
 もしかしたら、耳を噛んだのが痛かったのかもしれない。さすがに鋼鉄の指を持つホーキンスでも耳は弱かったのだ。きっとそうだ。
 ならば、明け方の自由を満喫するためにも、今は体を休めておくべきだろう。
 起きてから一時間も経たないが、従順な飼いふくろうたる俺は、そっとくちばしを閉じた。
 そういえば、ホーキンスは寝ていた筈なのに、さっきはどうして倉庫まで来ていたのだろう。やっぱり寒かったのだろうか。
 それとも、何となく起きて、暇だったから俺のことでも占ったんだろうか。テーブルの上に俺が部屋を出る時は無かったカードが積まれているからその可能性の方が高いかもしれない。
 そんなことを考えつつ、籠の中からじっと視線を注ぐ。
 だって眠くないのだから、音をたてないようにじっとしているのなら、後はホーキンスを観察するくらいしかやることもないのだ。



「…………視線がうるさいぞ、ナマエ」



 だというのに、一時間ほどして甦ったホーキンスが、そんな酷いことを言った。




End


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