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食う子と寝る子は育つ
※エースくんが原因不明のまま見た目のみちびっこになりました
※グランドラインご都合主義
※名無しオリキャラが微妙に出現につき注意



 あの日エースがとある無人島で見つけた『動物』は、虎とも獅子とも違う風貌の、変わった生き物だった。

『…………悪ィが、おれは食ってもうまくねェぞ』

 海水まみれで力の入らなかったエースがそう言った時の『ナマエ』は、今と似たような目つきをしていたな、とそんなことを思い出しつつ、エースの手が目の前の大きな顔へと伸ばされる。
 常人なら一噛みで殺してしまえそうな牙を隠した口元を撫で、それから辿るように掌を滑らせると、毛皮を撫でつけられたナマエが小さく唸った。
 ぐるる、と零れるそれは例えば猫が喉を鳴らすような音に似ているが、その巨体の所為か、それとも猫というには野性的過ぎる生き物であるが故か、ナマエのそれはとても低く、どこか相手を威嚇するような響きを持っている。
 けれども、自分の目の前の動物が自分を『威嚇』したりしないことくらい知っているから、エースはにんまりとその顔に笑みを浮かべた。

「やァっと起きたのかよ」

 寝坊だぞ、と言いながら少し背伸びして耳と耳の間辺りを撫でてやると、エースを見下ろしていたナマエが少し頭を低くする。
 エースを気遣うその様子に更に笑みを零して、エースは近くなった大きな獣の頭を更にがしがしと撫でた。
 ナマエの顔に比べて、その毛並みを撫でるエースの手はとても小さい。
 指も短く、つい昨日までエースが見ていた己の手に比べて柔らかそうで、とても幼い見た目をしていた。
 それもそうだろう。
 何せ、今のエースの見た目は『子供』となってしまっている。
 何故なのか、原因すら不明だ。
 白ひげ海賊団は久し振りの島の傍へ停泊中で、エース自身、食事中にいつものように眠りに落ちて、目が覚めたらこの状況なのである。
 最初はとても混乱したが、自分が偉大なる海の男の船の上にいると言う事実は変わらず、周りの方がエースを心配してくれていたために、すっかり落ち着いてしまっていた。
 背中や腕の刺青は変わらず、能力も少々扱いづらいが使えるのだから、問題ない。
 今は『原因究明』の為に何人かのクルーが情報を集めたり本をひっくり返したりしていて、すでに他の船へ連絡が取られ、エースを乗せていた本船だけが無人島の傍に留まって、情報を集めに出た彼らの帰りを待っているところである。
 そして、エースがそんなことになっていると言うのに騒ぎで目を覚まさなかったナマエが、ようやっと目を覚まして甲板へと出てきたのが昼下がりのこの時刻だ。

「ちィっと小さくなっちまってるけど、別に平気だからな」

 笑ったままでエースが言うと、じっとナマエがエースの顔を見つめてくる。
 『本当にか?』と問いかけてくるようなその眼差しを見つめ返してエースが頷くと、ぐる、ともう一度ナマエが唸った。
 それと同時に、大きなその前足が、とすりとエースの体を押す。

「お?」

 ぐいと押しやられ、どうしたのかと声を零したエースを気にした様子もなく、もう片方の前足でエースの靴の先を抑え込んだナマエが、更にエースの体を押しやった。
 足の移動を制限されたまま体を押しやられて、戸惑った声を零したエースの体が後ろに傾ぐ。

「いて」

 どす、と小さな体でしりもちをつき、何だ一体、とエースが顔を向けると、エースを転ばせた獣が、ずい、とその体を寄せてくるところだった。
 戸惑うエースが転がってしまうように誘導しながら覆いかぶさり、真上からエースを覗き込んだナマエの舌が、べろりとエースの額を舐める。
 水を舐めやすいざらついた舌に幼い皮膚を擦られて、いでで! とエースが悲鳴を上げた。

「こら、ナマエ! 舐めるのは禁止だって言ってんだろ!」

 少し怒ったような声をエースが出しても、ナマエに怯んだ様子はない。
 それどころか更にざりざりと額を舐められ、そのまま首やら肩やらを舐められて、痛さとくすぐったさに身を竦めたエースの両手がナマエの顔をがしりと掴まえた。
 間違っても『家族』をやいてしまわぬよう、能力の発生をどうにか抑えながらぐいと力を入れて押し返すと、ぐぐ、とその力に抵抗しながら押しやられたナマエが、不満げな目をエースへ向ける。
 ナマエはどうも、知性のある生き物らしい、というのがエースの仲間達の発言だった。
 元よりそう言うものなのではないかとエースは思うのだが、確かにナマエは、動物にしてはエース達の話を聞く姿勢を見せ、そしてそれに従うことの多い生き物だ。
 だからこそエースは口で『舐めるな』と言うのだが、どうしてかナマエはそれにだけは従わない。
 それがただの本能ならばまだどうしようもないことだと分かるのだが、自分の毛並みを整える為に舌を使うことの多いナマエが、今のように舐めるのは基本的に己とエースだけだと言うことを、エースはよくよく知っている。
 そして、ナマエがエースへその舌を使う時は、大体エースが痛い目を見た時だ。
 エースの体は炎を零し、傷跡を舐めればその分やけどを負う確率も上がる。時たまその舌先をやかれたりもして、そのたびに情けない顔までするくせに、ナマエはそれをやめない。

「これは、舐めても治らねェの」

 寝転んで掴まえたままの鼻先へ向けてエースが言うと、ぱち、とナマエが一つ瞬きをした。

「今んとこ原因は分かんねーけど、急になったからすぐ直るって。まあ、放っておいてもまたでかく育つだけだと思うけどな」

 見下ろしてくる獣へ向けて笑いかけ、エースはそんな言葉を口にした。
 いっそ、育ち直すのも一つの手なのではないかと、そんなことも考え始めているのだ。
 『兄弟』達と育ったあの場所での思い出はかけがえのないもので、それを捨てたいわけでは無いし、何かで塗りつぶしたいわけでもない。
 けれども、今エースがいる『家族』の中で育ったなら、本当にあの偉大なる海賊が『父』だったなら、それはどれだけ幸せなことだろうと思うのだ。
 だからこそ何となく、エースは自分が元に戻る方法を積極的に探しに行く気になれないでいる。
 『家族』の誰かに聞かれたら何と言われるかも分からぬことを考えて、軽く笑ったエースの真上で、ナマエが小さく喉を鳴らす。
 それからエースの腕にかかっていた負荷が消え、お、と声を漏らしたエースの上から大きな獣が退いた。

「ナマエ?」

 それを追いかけて起き上がりながらエースが声を掛けると、エースの隣に座り込んだナマエが、ゆっくりと周囲を見回す。
 甲板の向こうにはすぐそばにある無人島が見え、そちらを見やったナマエの目がわずかに光ったのが、エースの目にも見えた。
 どうしたのかと思って見つめているエースの方へと視線を戻し、がう、ともぎゃう、ともつかぬ鳴き声を零したナマエが、すくりと立ち上がる。

「どっか行くのか?」

 戸惑いながら尋ね、同じようにエースが立ち上がると、ぱたりとナマエが一度尾を振った。
 そうしてそれからその顔を無人島の方へと向けて、素早くその足が甲板の上を走る。
 強靭なその脚力で軽々と船から飛び出し、軽く水柱を上げて海へ飛び込んでしまった獣に、ナマエ! とエースが慌てて声を上げた。
 そのまま甲板の端へ駆け、見やった先で、一匹の獣が海の中を悠々とわたっていく。
 どうやら、その目的地はすぐそばにあるあの無人島であるらしい。
 口を尖らせたエースが軽く両手で目の前の欄干を掴まえると、エース! と真上から大きな声が落とされた。
 それを聞いてエースが顔を上げると、見張り台にいた『家族』のうちの片方が、エースの視線を受けてふるりと首を横に振る。船を降りるなと言いたいらしい。
 確かに、今のエースは小さな子供の見た目をしていて、まだそれに慣れてもいない。
 何がいるかも分からない島へ行くのは危ないと言うことも、一匹で渡っていったナマエだけなら何かあっても逃げ帰ってくることが出来るだろう、ということも、よく分かっている。
 分かっているが、しかし。

「……何だよ。せっかく、起きるの待ってたってのに」

 こんなことなら、気持ちよさそうに眠っていたナマエの懐にでも飛び込んでおけばよかった。
 つまんねーの、と声を漏らしたエースが仕方なく甲板から去った、二時間ほど後。
 何やら大きな獣を数匹捕まえて船へと戻ってきたナマエは、『家族』に呼ばれて戻ったエースの周りに獲物を並べ出した。
 何だ何だ求愛か、と近くにいた『家族』が冷かしても気にした様子もなく、さあ食え、とばかりにその視線をエースへと注いでいる。

「……いや、あのなナマエ、食って寝てもすぐには育たねェんだって」

 その意図を正確に理解して言葉を投げたエースに、ナマエはとても怪訝そうな眼差しを向けたが、その顔をしたいのは自分の方だとエースは思った。


end


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