最優先事項
※ライガー?なアニマル主人公とエース
※エースが白ひげ海賊団入り後
※微妙にモブクルー注意
「グララララ、気持ちいいか、ナマエ」
低くとどろく笑い声と共にたてがみを大きな掌で梳かれて、獣が喉を鳴らすように唸り声を零した。
大きなその肢体を自分の膝の上に乗せたまま、大人しい獣相手に偉大なる船長がその目を細める。
虎と獅子を掛け合わせたような風貌で、通常のそれらよりずいぶんと大きい体つきであるナマエも、このモビーディック号の持ち主と並べれば少し大きな猫と大して変わらないように見えた。
当然、それが錯覚なのだと言うことは、船長の隣に座っている不死鳥マルコとナマエを見比べればすぐに分かる。
先ほどまで船長の横で与えられた獲物を噛んでいたナマエは、すっかり満腹になったのか、頭や背中を撫でる白ひげの手を拒むでもなく、どちらかと言えばまどろむような顔でその膝の上に陣取っていた。
夜のとばりが降りたグランドラインの海の上で、いつものように酒盛りを行っている白ひげ海賊団の甲板の上はにぎやかだと言うのに、そちらを見やったエースの顔は微妙に曇ったままだ。
「よー、どうしたんだよエース」
その肩をがしりと抱いて、すぐそばに腰を下ろした白ひげ海賊団の一人が、ついでのようにぐしゃりとエースの黒髪を撫でる。
やめろよとそれを身をよじって避けてから、エースの手が軽く相手を押しやる。
「何でもねーよ、まだ酔いがさめてねェだけだ」
そんな風に答えたエースの口元には、笑みが浮かんでいた。
それはわずかにいびつな色をしていたものの、酔いの回った彼には分からなかったらしく、そーかそーか、と適当な相槌を打ってエースの手元に酒を押し付け、他のクルーを構う為に移動していく。
次なる獲物を定めて去っていくその背中を見送ってから、押し付けられた手元の酒の封を切りつつ、エースは端で一人眉を寄せた。
いつものように宴が始まって、エースの記憶があったのは月が真上に昇る前までのことだ。
その時はすぐ傍らでエースの背もたれになっていた筈のナマエは、酔いが回って眠り込んだエースが目覚めた時には無くなっていた。
その不測の事態に戸惑って、きょろりと周囲を見回してみたら、ああして偉大なる船長の膝の上にいたというわけである。
もちろんナマエもこの白ひげ海賊団の『家族』であり、つまりはかの船長の『息子』の一人に数えられるべき獣なのだから、膝の上で愛でられることに何か問題がある筈もない。
だというのに、面白くない、と小さな子供のように少しだけ口を尖らせてしまったエースは、それを隠すように酒瓶に口を付けた。
「…………ばっかみてェ」
酒の香る瓶の中に吹き込むように言葉を零して、その目がふいと船長達のいる方から逸らされる。
あの無人島でエースを起こし、エースが島から連れ出したナマエと言う名のあの獣は、それからというもの大体においてエースのすぐそばにいた。
普段は温厚だが、いざ敵を前にすればその牙を晒し爪を出して相手を攻撃することなどエースだって知っているし、火を怖れぬ獣であるナマエは何度もエースの背中を庇っていた。
エースが白ひげ海賊団に連れていかれた時には、他の仲間達と共にエースを奪還しようと勝てぬ相手に戦いを挑んでもきたらしい。
怪我をしたエースの傷を舐めようとして、自然系能力者であるエースの体が零した炎に舌を火傷して顔を引いたことだって一度や二度ではないし、自分が空腹であっても、ナマエは自分だけで獲物を平らげると言うことをせず、同じように腹を減らしていたエースの前へと自分の狩った獲物を運んできた。
他の誰にだって、ナマエはそんなことをしない。
エースにだけだ。
それはつまりエースがナマエの一番だと言うことで、しかしそれならなんで、今エースの傍らにあの獣がいないのだろうか。
ぐるぐる考え込みながら呷った酒は苦く、強い度数に喉を焼かれて思わずせき込む。
胃に落ちた酒に体の中の熱を上げられて、あー、と声を漏らしながら酒で濡れた口元を軽く擦ったエースは、さわ、と何かが自分の肩をくすぐったことに気が付いた。
柔らかなそれに思わず身を竦めて、その目がすぐに傍らを見やる。
先ほどまで船長達の姿が見えていた方向へと顔を向けたはずなのに、どうしてかその視界いっぱいに、自分の方を見つめる大きな獣の顔があった。
え、と声を漏らしたエースの口元が、ざらついた大きな舌にべろりと舐め上げられる。
「いでっ」
ざりざりと、顎から唇の端の薄い所まで舐めていくそれに肌を削られそうになって、悲鳴を上げながらエースの体が後ろへ傾いだ。
人の体に前足を乗せ、更に追いかけてくる相手の大きな顔を両手で掴んで、こら、と子供を叱るように声を零しつつ、エースが加害者を睨み付ける。
「それ痛ェって言ってんだろ、ナマエ」
やめろ、と猫科特有のざらついた舌を伸ばしてくる相手へ抗議すると、エースの目の前で凶器をしまい込んだナマエが、ぐるると軽くうなりを零した。
その目がじっと見つめてくるのを見返して、酒にむせただけだっつうの、と答えながらエースの手がナマエを押しやる。
大人しく体を引いたナマエの傍で姿勢を戻して、エースは改めて傍らの獣を見つめた。
「お前、さっきまでオヤジの膝にいただろ?」
いつの間にこっちに来たんだ、と尋ねてはみても、当然ながら獣であるナマエからの返事は無い。掴まえていたその顔を撫でてみても、わずかに目を細めるだけである。
不思議に思ってエースがナマエの向こうへ視線を向けると、どうしてかそちらに座っている『白ひげ』とその傍らの不死鳥マルコが、揃ってエースとナマエの方を見ていた。
『白ひげ』の視線はじゃれ合う子供を見るような穏やかなもので、マルコのそれはただ面白がるような視線だ。
何なんだ、と戸惑うエースの傍らで、ぐるるるともう一度唸ったナマエが、その額を軽くエースへ押し付ける。
まるでエースを慰めようとでもするようなその様子に、手を降ろしながら、何だよ、とエースは呟いた。
「オヤジに撫でられて、気持ちよさそうにしてたくせに」
まるで陽だまりで眠り込んだ時のような顔で膝に乗っていたナマエを非難するように言いつつも、エースの口元はわずかに弛んだ。
何故なら、ナマエがこうしてエースの傍らで座っていると言うことは、つまりナマエが、あれだけ気持ちよさそうな顔をしていた場所よりもエースの傍をとったと言うことだからだ。
もちろんこの船の『一番』はかの偉大なる船長であるし、『息子』であるエースやナマエにとってもそうであるべきなのだが、獣であるナマエにそれは理解できないだろう。
『一番』を寄越されたことに高揚したエースの手元がちらりと炎を放って、それに気付いたナマエが少しだけ身を引き、しかし逃げることなく不思議そうにエースの手元を見やっている。
炎を怖がらない稀有な獣を見やってから、よし、と呟いたエースはその場からひょいと立ち上がった。
「久しぶりにアレやるか、ナマエ」
テンガロンハットの位置を戻しながら立ち上がったエースが視線を向けながら尋ねると、その言葉に不思議そうに耳をぱたりと動かしたナマエが、エースに倣うように腰を上げる。
その様子を見やって、ちょっと待てよと掌を向けてからエースがナマエとの間に距離をとると、エースとナマエのやり取りに気付いたらしい何人かのクルーが、何かすんのか、と面白そうに声を掛けながら視線を向けたのが分かった。
おう、とそちらへ返事をしつつ、ある程度のところで距離をとったエースの体がナマエへ向けられて、その両手が軽くナマエへ向けられる。
その仕草でようやく何をするか気付いたらしく、ナマエが両足に力を入れて身を低くした。獲物を狙う獣の目が、まっすぐにエースの両手を見つめている。
まだ潰れていなかったらしい元スペード海賊団のクルーが、アレやるのか、なんて言って笑いながら軽く瓶と瓶を打ち合わせ始めて、単調に零れたそれに少しばらけた手拍子が加わり、エースとナマエの周囲に満ちていく。
「行くぞナマエ、へますんなよ」
にやりと笑って言葉を放つエースへ、がう、ともぎゃう、ともつかない鳴き声が向けられた。
自信に満ちたそれに頷き、エースの両手がナマエから自分の真上へと向けられる。
それと同時にぶわりとその両腕が炎となって、ゆらりと揺れながら少し大きな円を描いた。
暗い海を照らすそれに何人かのクルーが歓声を上げて、どこかからは少し焦ったような声も聞こえる。
そうして、それを見ていたナマエが太い四肢で甲板を蹴り飛ばして、エースの頭の上に出来た火の輪を、難なく潜り抜けた。
エースの後ろにいたクルー達がぎゃあと悲鳴を上げたが、何かにぶつかる音はしなかったので、ナマエはうまく避けたのだろう。
それをエースが確認する前に、もう一度ナマエの体がエースの作り出した炎の輪を潜り抜けて、くるんと一回宙で回って元いたあたりへ着地する。
四肢をつっぱり、ふんと得意げにエースを見やったナマエへ、炎を収めたエースの口から笑いが零れた。
「何だ、久しぶりでも鈍ってねェな」
時々スペード海賊団での宴でやっていた余興だ。
最初に言いだしたのはクルーの誰かで、エースがナマエと少しばかりの練習をして、これは炎を怖がらないナマエの持ち芸の一つとなった。
あの時も、今のように楽しげな顔でエースを見上げていたのだと思い出しながら、エースはナマエへ視線を注いだ。
「他のもやるか?」
尋ねたエースの前で、がう、とナマエが返事を寄越す。
他のクルーが分かるかどうかは知らないが、今のそれはナマエの『肯定』だ。
ぐるるると低く唸っているのは威嚇しているのではなくて、純粋に楽しんでいるからであると言うことくらい知っているエースの手が、改めて炎を灯す。
「よし、行くぞ、ナマエ」
言葉と共に夜の甲板で炎を広げて、楽しいエースとナマエの『火遊び』は宴をそのまま随分と盛り上げ、エースの機嫌はすっかり良くなったのだった。
甲板の端にあった積み荷が少しばかり燃えて怒られてしまったのは、ご愛嬌と言うものである。
end
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