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君の居場所はここらしい
※エースくん白ひげ海賊団入団済みで微妙な捏造



 先日白ひげ海賊団に吸収された『スペード海賊団』には、他の海賊団と比べて変わった『仲間』がいた。
 ナマエという名の『彼』は人ではなく、虎ともライオンとも違った異様な巨体を持っている。

『……それで、なんてェ動物なんだよい?』

『ん? ……さあ?』

 爪を隠せる様子からして猫科の動物であるようだが、とマルコが種類を訊ねても、エースは首を傾げるだけだった。
 正体も分からない相手を仲間にしたのかとマルコは呆れたが、エースの傍らに伏せているナマエは獣にしては理知的な目をしている。
 二人の交わす会話を大人しく聞いているその様子からして、ただの獣だと言う判断も出来ない。
 エースと同じく仲間になった他の元スペード海賊団のクルー曰く、ナマエという名前のその獣は、誰より早くスペード海賊団のクルーとなったらしい。
 無人島で出会い世話をされたのが最初だとエースは言うが、野生動物がそんなことをするのはそれほど多くないだろう。
 得体のしれない生き物を、しかしそのままモビーディック号に乗せることとなったのは、ナマエがエースの仲間であり、すなわちマルコ達の兄弟となったからだ。
 どう見ても肉食獣であるナマエが現れて、何人かのクルーはぎょっとしたようだが、見た目に反して大人しいナマエにすぐ打ち解けたようだった。
 何せナマエは、無造作に頭を撫でられようが尻尾を誤って踏まれようが、唸りはするが牙も爪も相手に向けないのだ。
 思えば最初から、彼は白ひげの命を狙って弾き飛ばされるエースの心配はしても、近寄ってくるマルコ達を威嚇したりはしなかった。
 一度、エースを取り戻すためにと仲間と共に戦うナマエを見たことはあるが、あの時のナマエは怖れもせず、仲間とともに白ひげ海賊団へと立ち向かっていた筈だ。
 だから普通ならマルコ達のことだって敵だと判断しただろうに、ナマエはそれをしなかった。
 後からマルコがそれを言った時、飯を分けて貰ったからじゃねェのか、とエースは言ったが、いくら食料を分けて貰ったからと言って、そう簡単に信用できるものでも無いだろう。
 むしろ獣なのだから、本来は分けられるのを受け取るのではなく、奪うなり盗むなりしにきそうなものだ。ナマエがマルコ達を怖れていたわけではないことくらい、眺めていれば分かる。
 けれどもナマエは、ただ甲板で座り込むエースに寄り添い、エースの体のあちこちに出来ていた傷を舐めては時々舌を火傷していただけで、報復に向かおうとはしなかった。
 変わった動物もいるもんだと呟いたマルコの横で、グララララと白ひげが上機嫌に笑ったのは、ほんの数日前のことだ。

「マルコ、ナマエ見なかったか?」

 よろりとその身を揺らしながら現れたエースにそう尋ねられて、マルコは軽く首を傾げた。
 その目がきょろりと甲板を見回して、そういや、とその口が声を零す。
 あちこちにクルーが立ったり座ったりしている広いモビーディック号の甲板の上に、あの巨大な獣の姿はない。

「今朝から見てねェよい」

 少しだけ記憶をさらってそう言ったマルコは、その視線をすぐそばの海岸へ向けた。

「降りちまったのかねい」

 見やった先には、灰色の砂浜と、生い茂る鬱蒼とした木々が見える。
 仲間が増えることになり、白ひげ海賊団の食糧事情にもある程度の修正が図られることとなった。
 特に、新たなる『家族』の筆頭が大食らいなので、魚釣りや時たま見かける海王類を狩る程度では追いつかないのだ。
 それを告げ、号令を掛けたマルコの指揮のもと、何人ものクルー達が辿り着いた無人島へと降り立っている。
 エースのために、と気合いを入れていたのは『元』スペード海賊団の連中だったが、今日は珍しくサッチ達も降りて行ったので、それなりに豪勢な食料が集まるに違いない。
 同じように駆け出そうとしたエースは、その前に船医によって船内へ連れ込まれ、どうやらようやく解放されてきたようだった。

「何だよ、おれを置いてったのか」

 つまらなそうに呟く彼の体には、ぐるりと包帯が巻かれている。
 上半身を覆うそれがどういう理由で施されているのかを、マルコは知っていた。
 つい先日『家族』となった目の前の弟分は、その背中に白ひげの証を背負うことを選んだのだ。
 マルコが胸に入れているのと同等かそれ以上の大きさを入れたと聞いている。恐らく包帯が取れるまでには時間が掛かるだろう。
 いつもよりその体に力が入っていないように見えるのは、片手に装備させられている海楼石の装飾品のせいだ。悪魔を身に宿すとあれこれと難儀なことがあるというのは、マルコもよく知るところである。

「午前中でてこなかったからねい、いいかげん暇になったんだろい」

 肩を竦めたマルコの横で、そうだけどよ、と呟いたエースはまだ少しつまらなそうにしている。
 その目が先ほどのマルコのように海岸を見やり、いくつもつけられた足跡のうちのどこかにあの獣のものが無いかと探している様子を傍らで見てから、マルコも同じように灰色の砂浜を眺めた。
 時々どこかで歓声とも悲鳴ともつかない声が聞こえているが、それほど恐ろしい獣はいないはずの島だ。何かあれば呼べとは言っているから大丈夫だろう、とまでマルコが考えたところで、何やら恐ろしい鳴き声がその場に響き渡る。
 雷鳴のようなそれを聞いて、慌てたように鳥が何匹か飛び立って逃げ出した。

「……ん?」

「ナマエだ」

 あいつマジで降りてたのかよ、と呟くエースは、今の鳴き声に確信を持っているようだ。
 更につまらなそうな顔をしながらも、常に海楼石を携帯していなければならない自分では船を降りられないとは分かっているのだろう、仕方なさそうに船の縁にもたれかかって、その顔が生い茂る木々の彼方を眺めている。

「……今のが、ナマエの鳴き声かよい」

 思わず、マルコはそう呟いた。
 マルコにとってのナマエというのは、見た目に反して大人しい肉食獣である、というその一言に尽きる。
 うなりはするが怒らず、エースに寄り添ってだらりと甲板に寝そべる様は、大きな猫のようだと言えばそれまでだったのだ。
 当然、エースを奪還しようと仲間と共に襲い掛かってきたこともあるのだから戦う度胸があることくらいは知っているが、しかしあの時だって、ナマエはぐるるると低く唸って牙をむいていただけだった。

「そりゃナマエだって吠えるに決まってんだろ。何かあったっておれ達に知らせる時とか、威嚇する時とか……あ、おれ達が酒盛りして歌ってる時に合わせて吠える時もあんな」

 さっきのはなんか啖呵切ってる時の声だな、と続けるエースは、何でもないことのように笑っている。 動物の鳴き声が聞き分けられんのかい、とそちらへマルコが笑い、分かるって、とエースがそこに返事をしたところで、がさささ、と草をかき分けて進む派手な音がした。
 その合間にゴス、ゴスと鈍い音がして木々が揺れているのは、その歩く何かがぶつかっているせいだろうか。
 思わずマルコとエースが注視すれば、二人のその目の前に、茂みをかき分けて影が現れる。
 軽くふるりと身をふるい、体についた草を払い落としながら砂浜に足を進めたのは、今マルコとエースが話題に出していた獣だった。
 相変わらずの太い四肢で縞模様の入った毛皮に包まれし体を支え、ライオンほどでは無いが派手に広がるたてがみの真ん中にある顔が、モビーディック号から島を眺めていた二人を見上げる。
 ぐるるる、と喉を鳴らすようにしている彼の口元には、何やら獣の足がくわえられていた。
 ナマエのその足より太く見えるそれがつながる部分が、砂浜へと歩き出したナマエに引きずられてその全貌をあらわにする。

「おー、ナマエ、でっけェなあ!」

 そうして引きずり出したそれは、ナマエの二倍はあろうかという巨躯の獣で、明らかに仕留められているそれを見やって、エースが顔をほころばせた。

「……っと、おい、悪ィが手伝ってやれよい!」

 ずりずりと砂浜から水へと足を踏み込むナマエに気付いて、マルコが声を掛けると、それを聞いてナマエの姿を発見したらしいクルーの何人かが、肩にロープを掛けて船を降りていった。
 獲物を口に咥えたナマエは、近寄ってきた人間に唸ったりすること無く、獲物を任せてさらにモビーディック号へと近付く。
 体の半分以上を水に浸して、その上で跳躍したその巨躯が甲板の縁まで前足を届かせ、ナマエはそのままべちゃりと音を立てて甲板の上へと降り立った。
 ぶるりと身をふるう相手に、うお、とエースが悲鳴を上げる。
 同じようにマルコの体も濡れたが、体からしぶきを飛ばしたナマエは気にした様子も無い。

「ばっか、ナマエ、それやるんなら離れてやれっていつも言ってんだろ!」

 呆れた声を零しながら、濡れた髪をかきあげたエースがナマエの傍に屈みこんだ。
 自分より低い位置にきたその顔を眺めて、ぐるるる、とナマエがうなりを零す。
 あの巨大な生き物と一戦交えてきたのだろうに、その体には傷の一つも無い。
 やれやれとため息を零して、マルコは甲板から水面を見下ろした。
 ナマエに任された獲物にせっせとロープを巻いている一番隊クルーが、でかいなァと笑っている。牛や豚に近い何からしいその生き物は肉付きがよく、肉好きらしいエースが喜ぶことは請け合いだ。
 選んで狩ったとは思えないが、エースを喜ばせようと狩りを行ってきたんだろうナマエに、ふ、とマルコの口元に笑みが浮かんだ。
 その顔がちらりと傍らを見やれば、エースの手がナマエの頭を抱えるようにして捕まえて、何でおれを置いていったんだ、とエースが何やら文句を言っている。
 そんなことを動物に聞いても返事など貰えないだろうに、ナマエを見つめるエースの目は真剣だ。
 ふんふん、と海水に塗れたエースの顔を嗅いでいるナマエには返事をする気など無いのか、開いた口から伸びた舌が、べろりとエースの顔を舐める。

「うお、いって!」

 ざりりと削られた鼻先に、エースが悲鳴を上げて身を引いた。
 その拍子に足元が滑ったのか、ころんと後ろへ転がってしまい、いっ! とまたも悲鳴を上げて体をうつぶせにする。

「……馬鹿だねい、エース」

 その背中には先ほど刺青が施されたばかりなのだ。
 眺めて呆れた声を零したマルコに、うるせェと抗議したエースが身を起こす。
 背中を向けたまま、拗ねたような顔をして振り返るエースの表情は、まるで子供と変わらない。
 ガキかよい、とそれにマルコが笑ったところで、のそりとナマエが体を動かした。
 その鼻先が、包帯に覆われているエースの背中の匂いを嗅ぎ、ぴしぴしとその尾が甲板を叩く。
 あまり愉快そうではないその様子に、おや、とマルコが眉を動かしたところで、エースが体をナマエの方へと向け直した。

「どうした、ナマエ?」

 問いかけて顔を見つめるエースに、ぐるるる、ともう一度ナマエが唸る。
 まだ尾は不満げに揺れていて、近付いた鼻先がエースの包帯の前側の匂いを確認した。
 くすぐったいとエースがそれに笑うのは、包帯の役割がその背中を守るためのものであるからだ。
 エースの様子を確認し、ぐる、ともう一度唸ったナマエが、それから顔を離す。
 じっとその視線を注がれて、笑っていたエースが、それから軽くため息を吐いた。

「……まあ、アレだ。おれはこれから、白ひげのマークを背負うことにした。昨日話しただろ、入れるんならでけェのにするって」

 そうして、子供に諭すように言葉を紡ぐ。
 ぐるるると唸っていたナマエの唸りがじわりと弱まり、その尾が揺れを辞めて、巨躯がその場に座り込んだ。
 屈んだエースより大きなその体で、じとりとエースを見下ろすその目に、エースが笑う。
 そう心配すんなよ、と、まるで人間を相手にするように言い放つエースとその目の前の獣を見て、なるほど、とマルコは一人で頷いた。
 どうやら、変わっているのはナマエだけに限った話では無いらしい。



end


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