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餌付け作戦終了
※主人公=鳩
※日記ネタとは関係なく、某ハットリ成り代わりにつき注意
(つまりルッチには鳩語通用しない)






 吾輩は鳩である。
 猫だったら決まる台詞かもしれないが、俺は鳩なので今いち締まらない気がする。
 大体道端の鳩と道端の猫だったら猫の方が名前を付けられる確率は高いだろうし、名無しでも仕方ないことじゃないだろうか。
 死んだはずの俺は、生まれ変わって鳩になった。
 人間だった時の名前はナマエだが、ぽーとしか鳴けない口でそれを言える筈もない。
 卵から生まれて、目の前の親鳥にびっくりしつつ餌をもらって、どうにか巣立ったのがつい最近のこと。
 どうにか生きて行かなくてはならない俺は、最近、素晴らしき餌場を見つけた。
 そちらへ向けて翼をはばたかせて、たどりついた場所でそっと降り立つ。

「ぽっぽー」

 そうしてそこで鳴き声を零しながら、切り株に座っている相手を見上げた。

「…………今日も来たのか」

 呟いた黒い髪の男が、その手に持っている自分のパンの端っこをちぎってこちらへ放り投げる。
 ふんわり柔らかいそれをくちばしでつつきながら、俺は相手を観察した。
 黒いくせ毛を後ろでひとまとめにして、険しい眼差しをしたその男は、とある漫画を知っている人間なら大体が名前を知っている風貌をしていた。
 ルッチだ。ロブ・ルッチ。
 まだちょっと若いみたいだから俺が知っているのは未来の話なのかもしれないが、随分と先の未来で肩口に白い鳩を乗せてぽっぽーと腹話術をする恐るべきCP9最強の男だ。
 そっくりさんだというわけじゃない。
 前にカクがルッチを呼びに来たのを見たし、カクの鼻もどう見たって本物だった。
 どうやら、俺がいるこの世界は漫画『ワンピース』の世界だったらしい。
 そう知った時、俺は自分がよくも無事でいられたものだと神様に感謝した。
 だってこんな化物だらけの世界で、ただの鳩の俺が外敵にも遭わずに生きてこれたなんてなんとも素晴らしい話じゃないか。
 ハットリの飼い主である筈のルッチは他の鳩にも優しいようだし、そのおこぼれに預かって今日も俺は生きながらえている。
 どうやら、近くにルッチ達の鍛錬場があるらしい。
 呼びに来ていたカクの台詞から判断するに、一人で食事するのが好きらしいルッチがこの森の中で食事をしているのを、俺は偶然見つけたようだった。
 黙々とパンを食べていたルッチが、俺がつつくパンがなくなったのを見てまた少しパンを分けてくれる。
 ぽいと放られたそれを追いかけて、俺はルッチへ近づいた。
 それにしても、前は随分と離れた場所に放り投げてくれたのに、最近のルッチは自分のすぐ近くに落とすようになった。
 面倒なのか、疲れているのか。
 CP9である以上その鍛錬だってものすごいものだろうから、疲れているのが正しいかもしれない。
 そんなことを考えつつ、パンをつつく。
 一日ぶりの食事はめちゃくちゃ美味しい。
 ルッチのところのハットリはきっと幸せに過ごしているに違いない。同じ白鳩としてうらやましい。
 ああでも、腹話術の訓練だってやってるんだろうか。だとすればただの鳩にはそれはそれで大変だろう。

「……平和ぼけたツラで食いやがるな」

「ぽ?」

 せっせとくちばしを動かしていたら、そんな風に真上から声が落ちた。
 戸惑いつつ顔を上げれば、ちょっと近づいてきていたらしいルッチが、俺を真上から見下ろしている。
 こんなに近くに寄ってくるのは初めてじゃないだろうか。
 ぱちぱちと瞬きをしてその顔を見上げると、ルッチが口の端を上にあげた。

「…………ぽー」

 随分と悪人面な笑みだった。怖い。
 もっとこう、カクみたいに天真爛漫に笑えばいいのに。
 そこまで考えて、そんな風に笑っているルッチを想像してやめる。いや、それはそれで怖いか。
 パンの最後のひとかけらを飲み込んだので、改めて顔を上げた俺は、軽く翼を広げた。

「待て」

 そろそろお暇しようかな、と羽ばたこうとしたのを、声を掛けられて動きを止める。
 俺のその様子を眺めてから、やはりな、とルッチが一人で呟いた。

「お前、人の言葉を理解しているな」

 問いかけじゃなくて、確定的な言葉だった。
 それとともに身を屈めたルッチが素早く片手を伸ばしてきて、背中側からがしりと俺を掴まえる。

「ぽ!?」

 慌ててバタバタと羽ばたいてみても、俺の大事な羽が散るばかりで何の解決にもならなかった。
 なんということだ、捕獲されてしまった。
 慌てる俺をよそに、体を起こしながら俺の身を裏返したルッチが、空いた手で俺の足を掴んで何かを確認する。

「足輪もついていないが……誰かに飼われていたか? どこのどいつだ」

 呟き尋ねられても、ぽーとしか鳴けない俺が答えられるはずもない。
 ぐりんと裏返されていた体を戻されて、俺は正面からもう一度ルッチの顔を見つめる羽目になった。
 じっとこちらを見ているルッチの顔は緩んでもいないが、怒っている様子でもない。
 そう感じて、体から力を抜く。
 ルッチが何を考えて俺のことを掴まえたのかは分からないが、毎日食べ物を分けてくれるのだから、暴れたり攻撃して逃げるつもりにはなれなかった。
 猫や犬だって、餌を貰えたらおさわりくらい許すのだ。鳩の俺だってそうしていいだろう。
 普通の人は鳥を触りたいとは思わない気がするが、まあルッチを普通の人というカテゴリーわけしていいのかも分からない。
 俺が無抵抗なのに気が付いたのか、さっき座っていた場所まで戻ったルッチが、どんな斧で切ったのかも分からないが素晴らしく美しく切られた切り株に腰を降ろして、自分の前に俺を降ろす。
 大地を足で踏みしめて、離れた手を追いかけるように俺はルッチを見上げた。

「ぽっぽー」

 鳴き声を漏らした俺を見下ろして、少しばかり何かを考えたルッチが、それから口を動かした。

「……名前は?」

「ぽ」

 寄越された言葉に、ぱちぱちと瞬きをする。
 今、ルッチはなんと言っただろうか。
 俺の名前を聞かなかったか。
 鳩になってからの今までの鳩生で、そんな問いかけをされたことがあっただろうか。
 いや、無い。
 驚き見つめた先で、さっさと答えろ、とルッチが言葉を落とす。
 だから俺はきょろりと周囲を見回して、よさそうな小枝を見つけてすぐにそれをくちばしで拾い上げた。
 ちょうど先ほど降ろされたあたりが土の露出していたあたりだったので、そこまでひょこひょこと戻ってから小枝の先を地面に押し付ける。
 確か『ワンピース』は英語文化だったはずだから、言葉を伝えるならローマ字がいいだろう。
 そう判断して、俺はルッチに分かるように、土の上に『ナマエ』と書いた。
 鳩の俺に誰かが名付けてくれることは無かったから、それこそが俺の名前だ。
 まさか、誰かに呼んでもらえるようになるなんて思いもしなかった。「…………『ナマエ』か」

 書き終えたいびつなそれを見下ろして、ルッチが呟く。
 ぽ! と短く鳴いて頷くと、ふむ、と顎に手をやったルッチが俺を見つめて言葉を紡いだ。

「その無責任な野郎はおれが見つけて殺しておいてやる」

「…………ぽ?」

 あれ? 何か怖い台詞が聞こえた気がする。
 おかしいぞ、と小枝を置いて顔を上げると、ルッチはさっきと同じ悪人のような笑みを浮かべていた。
 もしかしたら優しく微笑んでいるのかもしれないが、とてつもなく怖い。
 ルッチは多分、その凶悪な目つきで色々と損をしていると思う。
 身を屈めたルッチが伸びてきた手が、がしりと正面から俺の体を掴まえる。
 片手の親指と人差し指が俺の首を固定するようにくるりと回って、まるで抵抗すればここから折ると言いたげにがっしりと俺のことを掴まえていた。
 そのままさっきと同じように持ち上げられた、と思ったら、切り株から立ち上がったルッチが俺を掴んだまま歩き出す。

「ぽ……ぽー?」

 今までずっと俺の餌場だった場所から連れ出されている状況に戸惑いつつ、俺はちらちらとルッチを見上げた。
 俺の視線に気が付いて、さっきと同じ笑顔のままのルッチが、そのまま言葉を紡ぐ。

「その『ナマエ』とやらのことはもう忘れろ。おれがお前の飼い主だ」

 言われて、俺は少しばかり首を傾げた。
 もしやさっきの質問は、俺の名前ではなくて飼い主の名前を聞いていたんだろうか。
 いや、もしそうだとしても、ただ動物を捨てただけの奴を殺すなんて恐ろしいことを言わないでほしい。
 大体、別に俺は誰かに飼われていたわけじゃないのだ。このままでは、無関係などこかのナマエさんが指銃されてしまう。

「ぽ、ぽっぽ、ぽー」

「お前の名前は今日から『ハットリ』だ。分かったな?」

「ぽ」

 どうにか抗議しようとしたところで寄越された言葉に、俺のくちばしからは間抜けな鳴き声が漏れた。
 ハットリというのは、俺が読んだ漫画の中で、ルッチが肩に乗せていた白い鳩だ。
 同じ白鳩である俺が羨んだ、ルッチの飼い鳩だ。
 その名前を、あの漫画のころより若く見えるルッチにつけられた、ということは?

「…………ぽっぽー?」

 混乱していた俺がようやく状況を理解したのは、ルッチによって訓練場まで連れて帰られてからだった。
 何とも用意周到なことに、ルッチは大きめの鳥かごを持ってきていたらしい。
 ぽいとそれに放り込まれて、俺が何もできないでいるうちに出入り口が閉ざされる。
 ルッチは全く気にしていないが、周りからの視線がとても恐ろしい。突き刺さるような、とはきっとこういう視線を言うに違いない。
 怖い顔をした俺が知らない人の群れの中で、ルッチへ近づいてきた俺の知ってる顔の何人かだけが笑っている。

「おー、ようやっと捕まえたんじゃなァ」

「チャパパパー、ルッチが鳩を飼ったって広めてこなくてはー」

「あら、随分可愛いのね」

 微笑んだカリファの人差し指が籠の中へ押し込まれて、俺はとりあえずあいさつ代わりにくちばしの先でその指を優しめにつついた。
 名前はもう決めたのか、と尋ねたカクに、ルッチがちらりと視線を向けてから答える。
 ハットリだ、と聞こえたその声に、どうやら本気らしい、と俺は判断した。
 死んだはずの俺は、生まれ変わって鳩になった。
 そしてどうもこの世界はワンピースで、俺の体はロブ・ルッチの飼い鳩のものだったらしい。

「ぽっぽー」

 今、ただ願うことは、ナマエという名の一般人がこの島にいないでいるように、ということだけだった。



end


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