- ナノ -
TOP小説メモレス

けもののみみ
※ショタローとロリベビーとショタバッファロー
※アニマル転生主人公はフェネックギツネ



 その日、ローは信じられないものを見た。
 困惑と驚愕と戸惑いがまじりあった顔で、じっとそれを見つめる。
 体格の良い人間が座るための椅子にはいつもの通り、派手なメイクとシャツを決めて、ドンキホーテファミリーの首領とわざとらしく似せた羽毛コートを着込んだ男が座っていた。
 それは別にいいのだ。
 椅子に座る時に一度ひっくり返ったのも、その後何事も無かったかのように起き上がって椅子に座っているのも、煙草の火をともす時に自分が着ている服にまで引火していたのだって、どこぞのドジ野郎にとっては日常茶飯事なのだから今更気にすることも無い。
 だがしかし、ローの知る今までの『日常』と違うのは、ただひとつ。

「コラさん、はい、コーヒーです!」

 駆けてきたベビー5がいつもと変わらぬ笑顔で差し出したコーヒーカップへ手を伸ばしたコラソンの、その頭の上に三角の耳が生えている。
 体格のいい男の頭の上などローからは見えないが、頭にかぶっているものを突き破って露出しているようであるそれは、誰がどう見たって何かの動物の耳だった。
 せめて趣味の悪い装飾品であったなら良かったが、飾りものではないことは、時折ぴくぴくと動いている様子からして一目瞭然だ。
 それに何より、ローが一度この大部屋を出る直前まで、コラソンの頭にそんなものは生えていなかった筈だ。
 だと言うのに、所用を済ませたローが戻って来た時から、すでにコラソンは『ああ』だった。
 今の今まで、ローにとっての『コラソン』というのは『子供だから』と言う理由だけでロー達を手荒く扱う酷い人間であった筈だが、ただの人間へ急に動物の耳が生えているなんてことがあるだろうか。
 コラソンの実の兄であるドフラミンゴにだって、あんなおかしなものは生えていない。
 悪魔の実の能力者と言う奴なのかとも思ったが、耳だけをゾオン化している意味が分からない。ドジなコラソンならあり得ない話でも無いかもしれないが、彼が動物系能力者だとは聞いていない。
 しかし、困惑と驚愕と戸惑いに立ち尽くすローを置き去りにして、当人も周囲の人間もいつも通りだった。
 もしやあれは自分にしか見えていないのではないかと、そんなことまで考えてしまったローをよそに、恐らくはまた何か悪戯されているんだろうコーヒーを気にせず口元へ運んだコラソンが、驚いたようにそれを噴き出して後ろへのけぞる。
 それと共にバタンと椅子ごとその体が倒れ、それに合わせたように『きゅう!』ととても高い音がした。
 何だ今のは。まさかコラソンの鳴き声か。
 口のきけないコラソンがあげられる筈もないのにそんなことを考えてしまったローの目の前で、あっ、とベビー5が声を上げる。

「ナマエ、大丈夫?」

「……『ナマエ』?」

 放たれた彼女の口が紡いだ聞きなれない名前に、ローは軽く首を傾げた。
 思わずその足が一歩、二歩と相手側へ近付いたところで、むくりとコラソンが起き上がる。
 やはりその頭の上には一対の耳が鎮座しており、そうして自分の頭の後ろへ手を回したコラソンが、そこからずるりと何かを取り出した。
 コラソンの大きな手に体の殆どが隠れそうなそれは、誰がどう見ても動物だ。
 狐に似ているが、ローの知っているそれらよりずいぶんと耳が大きい。
 まるでぬいぐるみのようなそれに、ローの目がぱちりと瞬く。

「……動物?」

「コラさんのナマエだすやん」

 思わず呟いたローへ、近くを通りかかっていたらしいバッファローが言葉を寄越す。
 それを聞いてローが視線を向けると、そういえばローはまだ会ってなかっただすやん、と動物相手に言っていいのかも分からないような言葉を吐いて、バッファローの手がローの腕を掴まえた。
 ぐいと引っ張られ、唐突なそれに放せと暴れる暇もなく、ローの足がコラソンとの間に開いていた距離を詰める。
 近くまでやってきたローを、起こした椅子に座り直したコラソンが見下ろしたのが、何となくわかった。
 サングラス越しのその両目を睨み付け、身構えたローへ向けて、コラソンが片手を動かす。
 また頭を掴まれるのかと、自分の腕を掴んでここまで連れてきたバッファローを盾にして身を隠そうとしたローは、しかし自分のすぐ目の前に差し出されたものにその動きを止めた。

「きゅ?」

 ローの顔を真正面から見ているそれは、コラソンが片手でつかんだ動物だった。
 アーモンド形の両目でじっとローを見つめて、鼻が少しばかりひくひくと動く。
 豊かな毛皮に覆われた尻尾は両手と共に下へと垂れさがっていて、急な落下に備えて身構えている様子も無い。
 体からだらりと力を抜いた無防備なその姿は、まるで自分を掴んでいる相手が『急に放したりしない』とでも思っているかのようだった。
 野生のかけらも見当たらない姿にもう一度瞬きをしてから、ローが帽子の下で眉間にしわを寄せる。

「……なんだ、こいつ」

「だから、コラさんのナマエだすやん」

「コラさんが飼ってるのよ」

 呟くローに、バッファローとベビー5が言葉を放つ。
 可愛いでしょ、とまるで自分のもののように言い放ったベビー5がコラソンの方へ両手を伸ばすと、コラソンはローの前に晒していた『ナマエ』をベビー5の方へと向け直した。
 手渡された動物を受け止め、人形でも抱くかのように両手で抱きしめて、ベビー5が動物の毛皮に頬ずりをする。
 動物の方も、ベビー5にされるがまま、拒否をする様子もない。
 少しばかり漏れる『きゅう』とも『くう』ともつかない鳴き声は、先程コラソンが椅子と共にひっくり返った時に聞こえたものと同じだ。
 数回頬ずりをした後、ベビー5が両手を開くと、解放された動物が美しくその場に着地し、それからすぐに後ろを向いてコラソンの方へと跳びあがった。
 とん、とんと軽やかに椅子やコラソンの足の上を跳ねて飛び上がっていき、最後はコラソンの着込んだコートの首周りへと侵入して、小さな体がコラソンの肩に乗った。

「く〜う」

 甘えるような鳴き声を零してから、すり、と自分の額をコラソンの頬のあたりへ擦り付けた動物に、コラソンが軽く手を伸ばす。
 まだ入って日の浅いローが見てきた中で、一番優しく見える動きをしたその掌に体を撫でられて、ぱた、と尾を振った『ナマエ』はそのままコラソンの頭の後ろ側へと潜り込んだ。
 色の暗いコートへ隠れてしまったのか、その姿がまるで見えなくなる。
 それから数秒を置いてにょきりと生えてきたコラソンの頭の上の『耳』に、なるほど、とローはようやく理解した。
 大きなあの耳は、どう見ても先ほどの『ナマエ』のものだ。

「コラさんの頭の後ろがお気に入りなんだって。危ないのにね」

「あんなにちっちゃいけど、コラさんが好きにさせてるからナマエは多分オトナだすやん」

 ローの左右でそんな風に言っているベビー5とバッファローをよそに、自分を見つめ続けているローに気付いたらしいコラソンが、軽く首を傾げた。
 頭の上の『耳』がそれに合わせたようにぴくぴくと動いて、似合っているような笑ってやった方がいいようなその姿に、ローにはとりあえず目を逸らしてやることしか出来ない。
 まるでその隙をついたかのように手を伸ばしてローを窓の向こうへ放り投げた『コラソン』は、やはりとても酷い男だった。


end


戻る | 小説ページTOPへ